第30話 襲撃
どのくらい眠っていたのか、ガタンと音がしたと思ったら馬車が突然急停止し、リーシェは目を開けた。
「ん……、どうしたの?」
「起きたか」
正面にいるはずのルゼオンに声を掛けたが、なぜか隣から返事が聞こえた。まだぼんやりとする頭を持ち上げ、隣を見るとルゼオンが険しい目を窓の外に向けている。
「あれ……、私、ルゼに寄っかかってた? ごめんね、重かったでしょ」
「静かに」
「ん?」
ルゼオンの鋭い声にリーシェは口を閉じると同じように窓の外を見る。外は真っ暗な森の中で、まだ街の灯りひとつ見えない。
なぜこんなところで止まっているのだろうと疑問に思った瞬間、ぎゃあと男の叫び声が聞こえた。
「な、なに!?」
「馬車を囲め!!」
「貴様ら!! 何者だ!?」
ベルナールの叫び声と、馬のいななく声が同時に響き、複数の足音と金属がぶつかる音が四方から聞こえた。リーシェは驚き思わずルゼオンの腕を掴んだ。
「襲撃だ」
「襲撃!? なんで!?」
「分からん」
「ルゼオン様!! 野盗です!!」
外からベルナールの切羽詰まった声が届く。馬車の周囲で争う声と音がして、恐怖が徐々に大きくなっていく。
「ど、どうするの!?」
「ベルナールだけではどうにもならんか」
「でも兵士の人たちもいるし」
「多勢に無勢だろうな」
「ええ!? そんな……」
そんな訳ないと外を見ると、兵士たちよりも明らかに獣の毛皮を纏った粗暴な男たちの方が多い。斧やらこん棒のような武器を持った男たちは、数に物を言わせて兵士を囲み倒しているように見える。
次々に倒れていく兵士の先で、ベルナールが戦っているのが見える。だがベルナールも5人に囲まれ今にもやられてしまいそうだ。
「リーシェは絶対に馬車から出るなよ」
「ちょ、ちょっと待って!! ルゼも行くの!?」
「ああ。お前は床に伏せていろ」
「だ、ダメダメ!! ルゼもやられちゃうわ!!」
明らかに剣などとは無縁そうなルゼオンが、あんな野蛮そうな男たちを相手に勝てる訳がないと、必死で腕を掴む。
ルゼオンはムッとした顔をしてリーシェを睨み、その手を握り締めた。
「お前、俺が負けると思っているのか?」
「当たり前でしょ!? あんな野蛮そうな人たちに敵うわけないわ!!」
はっきり言い切ると、ルゼオンはフッと笑ってみせる。そうしてリーシェの掴んでいる手をそっと解くと扉をゆっくりと押し開けた。
「まぁ見ていろ」
そう小さく呟くように言ったルゼオンは、腰にあった剣を引き抜き走りだす。その速さにリーシェは目を見開いた。
そして向かう先、斧を構える無骨な野盗の男に接敵したと思った瞬間、ルゼオンが剣を振り抜いた。その速さに反応できなかった男がゆっくりと後ろへ倒れ込む。
「ルゼオン様!!」
「ベルナール!! 兵士を纏めろ!! 無駄死にさせるな!!」
ルゼオンの激しい声にだいぶ馬車から遠ざかっていたベルナールが一瞬振り返る。
ルゼオンが加勢したからか、慌てふためいていた兵士たちの動きが冷静さを取り戻したようにリーシェには見えた。
まだまだ野盗の方が数が多いが、ベルナールが指示を出し始めると徐々にその数が減り始める。ルゼオンは単身で動き回り、すごい勢いで敵を倒している。
その様子を窓からこっそり見ていたリーシェは、口をポカンと開けたまま、ただただルゼオンに目を奪われていた。
(腰の剣は飾りじゃなかったのね……)
城に戻ってからルゼオンは腰に剣を携えていたが、完全に飾りだと思っていた。塔では引き籠もって本ばかり読んでいたから、勝手に文系の人だと思っていた。
上背はあるけれど、結構ひょろっとしているし力も無さそうだから、力仕事もお願いしたことはない。
「カッコイイかも……」
ポツリとリーシェが呟くと、それまで大人しくしていた大福がバサバサと羽を動かしガーガーと鳴き始める。
「しー!! 大福!! 大人しくしてて!!」
動き回ろうとする大福を捕まえて抱き締める。それでもまだ鳴き止まない大福の口を塞ごうとした瞬間、肩を誰かに捕まれた。
驚いて振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべた男が、馬車の扉を開けて腕を伸ばしていた。
「いや!!」
「暴れるんじゃねぇ!!」
男はリーシェの腕を強い力で掴み、そのまま馬車の外へ引きずり出そうとする。
「いや!! やめて!!」
「うるせぇ!!」
どうにか抵抗しようと暴れようとするが、羽交い絞めのように背後から拘束されて身動きが取れなくなってしまう。
大福が狂ったように鳴きながら外へ飛び出すと、その場をぐるぐると走り回る。そのうるさい声で気付いたのか、ルゼオンがこちらに顔を向けた。
「リーシェ!!」
途端に険しい表情になったルゼオンが目の前の敵を倒すと、走り寄ってくる。
「おっと!! それ以上近付くんじゃねぇ。この女が殺されてもいいのか?」
ルゼオンが持つ美しい剣とは似ても似つかない無骨な大剣をリーシェののどに突き付けた男は、楽しげに言い放つ。
ルゼオンは足を止めると、不敵に笑った。
「さすが野盗だな。女を盾にするなど」
「ふん! お高くとまりやがって。だから貴族なんてもんは嫌いなんだ」
「見たところお前がこの野盗の頭領か」
「だからどうした!?」
「お前を倒せばどうにかなりそうだ」
ルゼオンの言葉に男は大口を開けて笑う。
「騎士道なんてもんに振り回されてる奴らが、この女を見殺しにできるのか!?」
「そんなことはせん」
ルゼオンが言い切った瞬間、なぜか男がギャッと叫び声を上げた。間近で見上げたリーシェは、男の腕に細い短剣のようなものが刺さっているのを見た。
男の腕が緩みリーシェがその場に座り込む。その隙をついて一足でルゼオンは近付くと、男を一撃で倒した。
すぐそばで倒れ込む男を見つめるリーシェに、ルゼオンが走り寄る。
「リーシェ、大丈夫か?」
「こ……、怖かったー!!」
ルゼオンの優しい声に緊張の糸が切れたリーシェは、声を上げてルゼオンに飛びついた。
身体がぶるぶる震え、涙が溢れて止まらない。
ルゼオンはリーシェをしっかり抱き締めると、ポンポンと背中を叩いた。
「怖い思いをさせてすまなかった」
「ルゼオン様」
ルゼオンの言葉にベルナールの呼び声が重なる。リーシェは涙で滲む視界でそれでも顔を上げると、戦いは終わったようで辺りは静かになっていた。
倒れた野盗たちを兵士たちが縛り上げている。ベルナールは剣を鞘に仕舞いながら近付いてきた。
「リーシェ嬢は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。だいぶ手こずったな」
「すみません、油断していました。ご助力感謝します」
「いや……。とにかくこいつらから話を聞こう」
「はい」
ベルナールは頷くと、目の前に転がっている頭領と思しき男をロープで縛り始める。ルゼオンはそれを手伝うことはせず、リーシェを馬車に連れていくとゆっくり座らせた。
「落ち着いたか?」
「うん……、ごめん……」
リーシェはぐずぐずと洟をすすりながらも小さく頷く。いつの間に乗り込んできたのか、大福が膝の上に頭を乗せてくるので、その頭を撫でると少しだけ気持ちが落ち着いた。
「まだ少し時間がかかるから、お前はここで休んでいろ。いいな?」
「うん、分かった……」
優しく言われリーシェが素直に頷くと、ルゼオンは馬車から下りてベルナールのそばに歩いていく。
外ではすっかり野盗たちが縛られ、一ヶ所に座らされていた。ざっと見た限り30名ほどはいる。こちらの3倍はいる人数で、よく勝てたものだとリーシェはいまさら感心した。
「なんのために俺たちを襲った?」
「ふん。俺たちは盗賊だ。貴族の馬車を襲ってなにが悪い」
致命傷を免れていた頭領の男は、縛られても尚不遜な態度を崩さない。
「兵士がこれだけ守っている馬車をわざわざ襲うか? それも先頭は国で名高い騎士ベルナールだ。野盗が知らぬ訳があるまい。誰に頼まれた。それだけ言えば助けてやってもいい」
「はあ? なにを言ってるかさっぱり分からねぇな。俺は誰の命令も受けねぇ。好きでやってるだけだ」
口を割りそうにない男にベルナールは明らかに苛ついた顔を見せているが、ルゼオンは冷静な表情のままだった。
男の前に膝を突くと、じっと目を見つめる。
「これだけの大所帯を食わせていくのは大変だろう。街道の取り締まりもきつくなる一方だ。食っていくだけで精一杯なんじゃないか?」
「お優しい貴族様、なら俺たちにお恵みでもくれるってのかい?」
「優しい? 俺が?」
馬鹿にしたような男の言葉に、ルゼオンは笑いながら立ち上がる。
「申し訳ないが、そんなことを言われたことは一度もない。ベルナール、口を割らないのなら邪魔なだけだ。皆殺しにせよ」
「ハッ!!」
低い声で指示を出したルゼオンにベルナールが答える。スラリと剣を引き抜きながらベルナールが男に近付く。
(嘘でしょ……!?)
固唾を飲んで見ていたリーシェは驚いた。そんな冷酷なことをするはずないと思いながら、窓にかじりついて見つめていると、慌てた男が足をばたつかせて声を上げた。
「ま、待て!! 普通野盗を捕まえたら、牢に入れて取り調べをするもんだろ!?」
「何をそんな生ぬるいことを。野盗などいくら狩っても溢れて出てくるものだ。お前たちが数人死んだところで、誰も気にはせんよ」
ルゼオンの冷酷な言葉と、抜き身の剣を持って近付くベルナールに恐怖したのか、男は切羽詰まった顔をして迷った末、ぎりぎりになって口を開いた。
「ま、待ってくれ!! 俺たちは頼まれただけだ!! 馬車を襲えと!!」
「誰に頼まれたんだ?」
「分からねぇ!!」
「分からない? 身元も知らない相手に頼まれて、お前は仕事をするのか?」
ルゼオンの質問に男はついに土下座のような格好になって答える。
「仕方なかったんだ!! 前金ですげぇ金額を渡されて。馬車に乗る者を殺して、荷を奪えば残りの金も渡すと言われて。……あんたが言った通り、俺たちはすぐにでも金が必要だったんだ」
「金を渡したのはどんな奴だった?」
「黒いフードを被っていてよくは分からなかった……。声と体型で男だとは分かったが、それ以上は……」
しょんぼりと話す男にルゼオンはそれ以上質問はせず、腕を組みしばらくその場で考え込んだ。
「ルゼオン様」
「ああ……。ここで考えていても埒が明かない。一旦城に戻ろう」
「この者たちはどうします。殺しますか?」
ベルナールの言葉にひいと情けない声を漏らす男を一瞥し、ルゼオンは首を振る。
「近くの村に知らせを出して牢へ入れておけ。後で証言が必要になるかもしれないからな」
「分かりました」
それから負傷した兵士たちと後始末をする兵士を残し、馬車は城へ向かって走り出した。
向かいの席に座るルゼオンは無言で何事かをずっと考え込んでいる。目が冴えてしまったリーシェは大福を撫でながら、なんとなくそんなルゼオンを見つめていた。
「どうやら敵も焦り出したようだな」
「ルゼは敵が誰か分かっているの?」
独り言のようなルゼオンの言葉に質問を投げかけてみると、ルゼオンは視線を合わせてきた。
「たぶんな」
なぜか少し悲しそうに答えたルゼオンは、それきり話すことはなく、窓の外を見つめ続けた。