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第3話 ルゼとの出会い

 突然声を掛けられたことに驚いた里沙――リーシェは、目を見開いて身体を硬直させた。

 ゆっくりと歩み寄ってくる男は、ぼさぼさの髪が顔を隠していて表情はよく見えない。背はそれなりに高いけれど猫背ぎみに立つ姿は、くたびれたシャツとズボンも相俟って、非常にやぼったい印象だった。

 一目で兵士ではないと分かって一瞬安堵したが、この世界の人に見つかったことに焦り一歩退く。


「あなた……誰?」

「どこで泳ぎを習った?」

「な、なに?」

「水の中で腕の拘束を解きここまで泳ぎ切るなど、相当泳ぎが卓越していなければ無理だろう。どこで習ったのだ」


 この男は突然現れてなにを言っているんだろうとリーシェが困惑していると、男はリーシェから視線を外し湖に向ける。


「ここは断罪の湖。ここに沈められる者は、王族や高位の貴族に危害を加えるなどした極刑の者だけだ。それが生き残っていたとなると大問題だな」


 リーシェは男の言葉にギクリとした。この男は自分のことを知っている。そしてやはり自分は死ななくてはならなかったのだと理解する。


「わ、私は……」

「この国に水に落とされて生き残れる者はいない」

「え?」

「この国に泳げる者は一人もいない」


 男の発言に益々訳が分からず顔を顰める。泳げる人が誰もいないなんてそんな訳がない。


「なに言ってるの?」

「リーシェ・エルナンド。お前は死にたくないのだな」

「そんなの当たり前よ」

「罪を償うつもりはないのか?」


 そう言われてぐっとのどを詰まらせる。リーシェとしての罪は償われるべきかもしれない。でもそれはゲームの話だし、自分はリーシェではないのだからそれを簡単に受け入れることなどできない。

 このまま自分が死んで償うのはなんだか違う気がする。

 押し黙ってしまったリーシェに男は顔を向ける。そのままじっと見つめた後、小さく溜め息を吐いた。


「背に腹は代えられないか……」


 男の落とすようにこぼれた独り言にリーシェが顔を上げると、男は湖を指差す。


「この湖で俺は探し物をしている」

「探し物?」

「湖の底に沈んでいるある物を」

「湖の底? この広い湖の?」

「そうだ」


 リーシェは驚き湖を見渡す。どう見積もっても一周歩いて一時間は掛かるだろう湖に落とした物など見つかるはずがない。

 呆れて思わず笑ってしまうが、男は真剣な様子で湖をまだ見つめている。


「お前がもし探すのを手伝うと言うのなら、お前を匿ってやってもいい」

「え……?」

「兵士に見つかれば、いや、村人にでも見つかり都に知られれば、すぐにお前は捕まるだろう。そうして今度こそ死は免れない」


 明らかに脅しの言葉を吐く男をリーシェは睨み付ける。断ることなどできないことを分かっていて、こちらに選択させようとしている。

 意地の悪さを感じて唇を噛み締める。すぐに返事はしたくなかった。


「なぜあなたが私を匿うの? そんな義理はないでしょ?」

「義理はまったくないな」

「それなら意味がないわ。泳げる人がいないなんて、そんな訳ない。あなたが泳げないってだけでしょ? 誰か探せば?」

「なぜお前がそれを知らぬのか不思議だが、この国の信仰は水を尊き物としている。湖や川の水は水竜ゼシリーアのものだ。飲み水としてありがたく頂くことだけが許されていて、身体を浸すなどあってはならない」

「ゼシリーア……」


 ゲーム内で聞いたことのある名前だ。この国ゼシア王国の昔からの守り神、水竜ゼシリーア。

 名前だけなら知っているが、それにそんな設定があったなんて知らなかった。


「じゃあ、この国の人って、ホントに誰も泳げないの?」

「ああ」


 驚きに訊ねると、男は短く答える。

 リーシェはだからこの男は自分に手伝えと言っているのかと納得できた。だがだからといってすぐに手伝う気にはならない。

 最初から脅しを掛けてくるような男だ。人として良い人間とは思えない。そんな男の口車に乗っていいものだろうかと考える。


「お前に断る余地などあるのか?」


 考え込んでしまったリーシェに、男は肩を竦めながら言い放つ。鼻で笑われてリーシェは顔を赤らめると口を開いた。


「あなたが何を探しているのか知らないけど、もしそれが悪いことなら手伝えないわ!」

「悪いこと?」

「そうよ!」

「極刑を食らったお前がそれを言うか?」


 男は耐え切れずといった様子で笑い出す。明らかに馬鹿にされていると分かってリーシェは両手を握り締めた。


「私は! 確かに悪いことをしてここに落とされたのかもしれないけど、これ以上、するつもりはないわ!!」


 言っていることが意味不明だと分かっていたが、言わずにはいられなかった。リーシェではなく里沙として、それはできないと言いたかった。

 リーシェが叫ぶと、男は笑いを収めゆっくりとリーシェに向き直る。


「お前の言い分は分かった。俺の探し物は悪いことではない。それは心配いらない。それから、そうだな。俺の手伝いをしてくれるなら、衣食住を保証しよう。身の安全もな。どうだ?」


 さきほどまでよりも大分柔らかい口調で言われ、リーシェは戸惑いながらも頭を巡らせる。

 ここから逃げたとしても行く当てなどない。この深い森の中をさ迷っていつかは野垂れ死んでしまうのが落ちだ。それにこの男が言ったように村人や兵士に見つかれば、もはや生きてはいられないだろう。


「……分かったわ。あなたを手伝う」


 仕方なく頷くと、男の口許が緩むのが分かった。

 見上げる先で男がまた湖を見つめる。強い風が吹いて、リーシェは自分の髪を押さえる。


「あなた、名前は?」


 風に煽られて金髪がなびき顔の輪郭が現れる。

 緑色の綺麗な瞳がこちらを向いて、リーシェの胸が跳ねた。


(もしかしてちょっとカッコイイかも……)


 思った以上に整った顔立ちに驚きながら男を見つめる。


「俺は、ルゼだ」

「ルゼ?」

「ああ、そう呼べ。今日はもう遅い。塔に戻ろう」

「塔?」


 ルゼは頷きながら歩きだした。遠く見える古びた塔に向かって。

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