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第22話 報告

 朝、メイドのノックの音で起きることにまだ慣れない。少し前までは、遠慮のないリーシェの声で起こされるのが普通だった。その前はいつ起きても誰にも咎められない生活だった。

 もはやその時の記憶は遠く、思い出されるのはリーシェと過ごした日々ばかりだ。

 朝から豪華な朝食を食べながら、リーシェの作ってくれる黄身の潰れた目玉焼きを懐かしく思ってしまう。

 食後のコーヒーを飲んでいると、セドリックが部屋を訪れた。


「おはようございます、ルゼ様」

「ああ、おはよう。早いな」


 窓辺に置いたハイバックスチェアに座ると、そばにある小さなテーブルにカップを置く。

 セドリックが差し出す書類を受け取ると目を通した。


「やはりウィル様の身辺は警護が厳しく、目新しいことは出てきませんでしたが、リーシェの事件については色々と面白いことが分かりましたよ」

「リーシェか……」

「リーシェが毒殺しようとした相手、ローズ・バレットの父、バレット公爵の屋敷ですが、王太子妃選定の少し前に一人失踪者が出ています」

「失踪者?」

「庭師のハロルド・ベッカーです。年齢は20歳。10歳の頃からバレット邸で庭師の助手をしています」


 セドリックの説明を聞きながら、報告書に書かれているバレット公爵の家族関係を確認する。


「バレット公爵は一度俺の事件の際、調べたと思ったが」

「三年前にはなにも出ませんでした。さすがに公爵ですので屋敷の警護も私兵が多く、十分な調査ができなかったのですが」

「それが今更情報を拾えたと」

「ハロルド・ベッカーは表向きは仕事を辞め実家に戻ったことになっております。メイドたち数名にそれとなく探りを入れてみましたが、皆口を揃えて『田舎で結婚するらしい』と言っていました」

「では失踪というのは?」


 ルゼオンの言葉にセドリックは直立不動のまま報告を続ける。


「ハロルド・ベッカーが屋敷を去った後、1ヶ月もしない内に屋敷に家族から手紙が来たそうなのです」

「手紙?」

「実家に帰ったはずの息子に向けて、家族が仕事場に手紙を書くというのはおかしいと思いませんか?」

「なるほど……」

「郵便屋から手紙を受け取ったのは、ハロルド・ベッカーがいなくなってから雇用された年若いキッチンメイドでした。庭師も新しい人物になっていましたが、前任者がハロルドであるということを知っていたそのメイドは、メイド長に手紙を渡したそうです。その時、メイド長に「ハロルドは家に帰ったのではないか」と、訊ねたそうですが、言葉を濁されたと言っていました」


 セドリックの報告を聞いたルゼオンは眉を顰め、顎に手を添える。


「セドリック、お前はそのメイドから直接話が聞けたのか?」

「ええ。休暇の日に町で声を掛けて聞き出しました」

「おかしいな……。バレット公爵の屋敷で働いている者たちは、そう簡単に屋敷内の話をするようなタイプではないと思ったが……」


 ルゼオンの指摘にセドリックは大きく頷く。


「そうなのです。それで手こずっていたのですが、今までは忠誠心の強い者だけを選んで雇っていたはずですが、そうも言っていられない状況だったようで、随分違うタイプのメイドを雇っています」

「どういうことだ?」

「どうやらそのキッチンメイドと共に、数人のメイドが入れ替わったようなのです」

「入れ替わった?」

「はい。古参のメイドや侍従たちが数人屋敷を辞めています。それぞれしっかりとした理由はありますが、数日でバタバタと辞め、急遽町でメイドが募集されたようです」

「その者たちの足跡は?」

「しっかり辿れました」

「話は聞けたのか?」

「いいえ。その者たちにはまったく隙がありませんでした。バレット邸の話を振ってみても、頑なに口を閉ざしており、箝口令が行き渡っているように感じました」

「そのハロルド・ベッカーの行方は分かっているのか?」

「いいえ。実家がどこかもまだ……」


 悔しそうにそう言うセドリックを見つめ、ルゼオンは書類をテーブルに置くと、冷めてしまったコーヒーを一口飲み込む。


「臭うな……」

「はい。綻びが見えた気がします」


 ウィルと懇意にしているバレット公爵。ウィル以上に警戒の強い相手に、調べるのもままならなかった。だが、ここに来て糸口が見えてきた。


「セドリック、お前はなにがなんでもハロルド・ベッカーの行方を追え。そこから突破口が見つかるかもしれん」

「ウィル様には部下を張り付かせていますので」

「分かった」


 足早に部屋を出て行くセドリックを見送ったルゼオンは、もう一度書類を手に取ると中身に目を落とす。


「辞めたのは主にローズの身の回りの世話をする者たちか……」


 王太子妃選定の命が出た頃、そんな重要な時に、幼い頃から親しんだメイド達が次々と辞めるなどあるだろうか。

 もしこれが本当に偶然だとしても、ローズのために引き留めるのが親心というものだ。新参者ばかりが周囲にいても心は休まらない。

 文章の中にある不自然さを感じ、そこに答えを探すように報告書を読み込む。

 しばらくそうしていると、ベルナールが部屋に入ってきた。


「ルゼオン様、国王陛下からご夕食のお誘いが来ております」

「父上が?」

「はい。ぜひご一緒にとのことです。リーシェ嬢も呼ばれております」

「そうか……。分かった」


 ルゼオンが頷くと、ベルナールは無駄口を叩くこともなく踵を返し部屋を出て行く。

 ルゼオンはふうと大きく息を吐き、バサリと報告書をテーブルに置き立ち上がる。窓辺に寄り、外を眺めながらもう一度溜め息が漏れた。


「リーシェ……」


 何事もなく終わればいいがと思う反面、そうはならないだろうなという確信が、ルゼオンにまた大きな溜め息を漏らさせた。

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