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第20話 お茶会

 ふかふかのベッドで久しぶりにぐっすりと眠ったリーシェは、朝食を食べ終わるとルゼオンの部屋に呼ばれた。

 昨日とは違うメイドが支度をしてくれたのだが、昨日のメイドと同じように脅えた目を向けられて少し落ち込んだ。メイドたちはきっと自分の世話をするのが怖いし、嫌なのだろう。

 自分がリーシェである以上それはしょうがないことだがら、やるせない気持ちをぐっと堪えて笑顔で接するしかない。

 メイドの案内でルゼオンの部屋に行くと、塔にいた時よりも少し装飾のあるシャツとズボンという格好でルゼオンが机に向かっていた。


(いいなぁ、ルゼは……)


 この世界ではどうにもならないだろうが、自分もできればそっちの格好がいい。今日も朝からコルセットをきつく締められドレスを着せられた。瞳の色と同じ薄紫のドレスは綺麗で素敵だったが、苦しいしヒールは足が痛いしで、朝から気分は下降気味だ。


「おはよう、ルゼ」

「……ああ、おはよう」


 机で何か書き物をしていたルゼオンが顔を上げたと思ったら、なぜか一瞬少しだけ驚いたような顔をされた。


「なに? なんか変?」


 こんなドレス着たことがなかったからか、何かおかしなところがあるのかと自分の姿を見下ろす。だがルゼオンはすぐに表情を戻すと、持っていた羽ペンを置いて「そこに座れ」とソファを促した。


「朝食は食べたか?」

「もちろん! ものすごい美味しい朝食を食べたわ。自分で用意しないってやっぱりすっごく楽よね」

「そうか」


 ルゼオンは苦笑を漏らしつつ立ち上がり、昨日も座った一人掛けのソファに座る。

 そのゆったりとした動作を見て、まだ髪は伸びっぱなしのボサボサの状態だったが、やはりルゼオンは塔よりこの城の方が似合うと感じた。

 上品な立ち居振る舞いや所作は、こここそしっくりくる。


(本当に王子様なんだなぁ……)


 ルゼオンを見つめてぼんやり考えていると、ルゼオンはその視線に気付いて咳払いをする。


「リーシェ、今日はお前の事件について聞かせてくれ」

「私の事件?」

「ローズが毒入りの紅茶を飲んだ時のことだ」

「ああ、それね……」


 ルゼオンに言われてリーシェはゲームの内容を思い出そうと目を閉じた。

 時間が経ってしまっているので詳細なセリフなどは思い出せないが、ゲーム画面や全体の流れはなんとなく覚えている。


「えーと、あれは王太子妃選定の日程の最後の週に起こったのよ。リーシェに、じゃなくて私がローズをお茶会に誘ったの」


 思わずローズの立場になってしまって慌てて訂正する。ゲーム上はローズでプレイしたので、なかなか説明がややこしい。


「そこにいたのはローズとお前だけか?」

「いいえ。メイドが何人かそばにいたわ」

「名前は分かるか?」

「うーん……、ローズのそば付きのメイドはアリエスだけど、それ以外は分からないわ」


 アリエスというメイドは主人公のお助けキャラで、ゲーム中は色々なヒントを与えてくれる。また、ターゲットの男性との連絡役もしてくれる。

 その他のメイドはモブとしているだけで、明確な名前が語られることはなかったはずだ。


「そうか……。それで?」

「ローズに誰が好きかを訊ねて、ローズがウィルの名前を出したのよ。それで、えーと、私は“分かったわ”と言って、紅茶を入れたの」

「最初からポットの中身は入っていたのか?」

「たぶん……。すぐにポットを持ってカップに注いだもの」


 この辺の描写の記憶はかなり曖昧だ。ゲーム画面をうっすらと覚えている程度だからだいぶ自信はない。


「それでローズが口を付けたと。お前は飲まなかったんだよな?」

「飲んでないわ。ローズだけが飲んで倒れたのよ」

「なるほどな……」


 ルゼオンは顎に手を添えて数度頷く。


「すぐに衛兵が来て私は捕まって……」


 リーシェが「私じゃない!!」と泣き叫びながら衛兵に連れて行かれる描写でそのシーンは終わる。

 ゲームとしてはプレイはそれで実質終わりとなり、ベッドに横になるローズにウィルが「君が好きなんだ! 死なないでくれ!!」と、感動の愛の告白シーンとなる。


「そして断罪か」

「うん……」


 こくりと頷くリーシェにルゼオンは腕を組んでしばらく黙って何かを考えていたが、「よし」と呟きリーシェを見た。


「よく分かった。部屋に戻っていいぞ」

「うん……。えっと私って部屋から出たらいけないのよね?」

「城の中なら動いても平気だろうが、出る時はメイドに声を掛けろよ」

「分かった」


 ルゼオンにそう言われて部屋に戻ったリーシェは、しばらく大福を抱えてぼんやりとしていたのだが、扉からノックの音がしてビクリと立ち上がった。

 驚いた大福が羽をばたつかせて部屋を走り回る。


「リーシェ様、入ってもよろしいでしょうか」

「ど、どうぞ!」


 返答をすると、すぐに扉が開いてメイドが姿を現した。


「リーシェ様、ローズ様がお呼びです。どうぞお越しください」

「ローズが?」


 昨日の今日で少し戸惑いはあったが、だいぶ暇を持て余していたこともあってリーシェはその呼び出しを受けることにした。

 部屋を出てメイドの案内に従って城を歩くこと5分ほどで、中庭のような場所に到着した。木々の中に小さな池や噴水がある。花壇には美しい花が咲き乱れ、その中心には東屋がある。

 その東屋には遠目にも複数の女性がいるのが分かった。


「ローズ様、リーシェ様をお連れ致しました」


 メイドが声を掛けると、小鳥が囀るようにおしゃべりをしていた声がピタリと止まる。

 ローズの他に同い年ほどの女性が二人と、ローズのメイド、アリエスがいた。


「いらっしゃい、リーシェ」


 ローズはにこやかにそう言ったが、両脇にいる女性二人は明らかに不審な目をリーシェに向けている。

 リーシェは極力そちらは見ないようにしてローズに目を合わせる。


「呼んでくれてありがとう、ローズ」

「あら、まもなく正式に王太子妃となるローズ様に、その口の利き方はないんじゃなくて?」


 剣呑な女性の言葉にリーシェは「あっ」と口許に手をやると、慌てて頭を下げた。


「えっと……、呼んで下さり、ありがとう、ございます」


 これで合っているかなと恐る恐る言い、そっと頭を上げると4人はキョトンとした顔をしたままリーシェを見ていた。


「リーシェ……、今のはなにかしら?」


 不思議そうに訊ねるローズに、リーシェは自分の何が間違っていたのかが分からず同じようにキョトンとしてしまう。


「ローズ様、リーシェは水に落とされて、頭がおかしくなったのでは?」

「そうよ! そうに違いないわ! 挨拶さえ忘れてしまったなんて信じられない!」


 大袈裟に言う二人に挟まれて、ローズはどこか同情的な目をリーシェに向ける。


「二人ともそんなこと言うものじゃないわ。リーシェは大変な体験をしたのだもの、少し変なところがあってもしょうがないわ」


 ローズは怒った顔をして二人を窘める。なんとなく引っ掛かることを言われたような気もしたが、庇ってくれているのだろうとリーシェは聞き流すことにした。


「あの、私気にしていないから。えっと、変なところがあったら言って下さい」

「あら、リーシェ。私に敬語なんてよして。王太子妃になっても、あなたとはずっとお友達でいたいのよ」

「なんてお優しいの、ローズ様ったら」

「寛大な御心に感謝するのよ、リーシェ」


 取り巻きの二人のよいしょにリーシェは呆れ、ローズとはもう少し話したいが、さっさと部屋に戻ろうかと思っていると、ローズが着座を促した。


「ずっと立たせてごめんなさいね。さぁ、ここに座って? 今日はリーシェのために美味しいケーキを用意させたのよ」


 リーシェの正面の椅子に座るように言われ、断るのもどうかと思い言葉に従う。

 テーブルにはすでにケーキと紅茶が用意されている。いつかの景色を思い出してなんとなく顔が引き攣ると、それを察したのかローズが笑顔を向けた。


「そんな顔しないで。あの時のことは忘れましょう。辺境の地では大変な暮らしだったと聞いたわ。ケーキなんて口にできなかったでしょう?」


 エイミーの作ってくれた美味しいヤマモモのパイは食べたけれど、それは口にせずとりあえずリーシェは頷くだけにした。

 あれこれ言うと、また取り巻きが口うるさくなりそうで嫌だったのだ。


「さぁ、遠慮せず食べてちょうだい。この城の料理長の作るケーキは絶品よ」

「ありがとう、ローズ」

「ではわたくしが紅茶をお入れ致しますわ」


 ローズの右にいた女性が優雅な手付きでポットを持つと、カップに紅茶を注ぐ。その様子を何となく見ていたリーシェに気付いた女性がクッと笑った。


「あらあら、そんなに食い入るように見なくても毒なんて入ってないわよ」


 明らかな嘲る言葉にリーシェはさすがに腹が立った。このお茶会はローズの優しさで呼ばれたに違いないのに、この二人の取り巻きのせいで台無しだ。

 いくらローズが窘めても二人の悪口は止まりそうにない。なぜこんな二人をそばに置いているのか、リーシェにはまったく理解できなかった。


「おやめなさい。さぁ、気にしないでケーキを食べて。紅茶はわたくしが大好きなローズティーなのよ」


 ローズの言葉に少し気持ちを持ち直したリーシェはケーキを食べることにした。ケーキに罪はないし、この際美味しい物くらい堪能しようとフォークを手にする。

 一口パクリと口したケーキはチョコレートケーキで、中には甘酸っぱいベリーが入っている。


「んー! 美味しい!!」


 本当に久しぶりのチョコレートの味に、思わず声が出てしまうと、驚いたのはローズだった。


「リーシェ……、あなた本当に変わったわね」

「え?」

「なんてはしたないのかしら。辺鄙なところで暮らすと、こんなにも下品になってしまうものなのね」

「ああ、嫌だわ。やっぱりリーシェがここに戻ってきたのは間違いなのよ」


 口々に言われた言葉にリーシェは真っ赤になってしまった。今までルゼオンに言われたりもしたがそれほど気にしていなかったマナーに対して、“下品”などと言われてはさすがに傷付く。


「二人とも少し口を閉じなさい。リーシェ、ごめんなさいね。少し驚いてしまっただけなの。ここでしばらく暮らせばきっと前のように戻るわ。大丈夫よ」


 優しく微笑むローズにリーシェは申し訳なくなってしまい俯いた。

 たぶんこの二人が言うことは悪口ではあるが、それほど間違っていないのだろう。

 この世界の暮らしもマナーも知らない自分にとって、やることなすこと間違いなのかもしれない。文字もよく分からない自分があまりにも情けなくて落ち込んでくる。


「ローズ……、私もう部屋に戻るわ」

「そんなこと言わないで。さ、紅茶を飲んで気持ちを落ち着けて、ね?」


 優しい声でそう言われては断ることもできず、リーシェはとりあえず紅茶だけは飲もうとカップを持った。

 一口飲むと、鼻腔から薔薇の香りが抜けていく。美味しいは美味しいけれど、あまり口には合わなかった。


「美味しかったわ。ありがとう、ローズ」


 もうこれで十分だろうと、席を立とうとしたリーシェを取り巻きの二人が引き留めた。


「ちょっとお待ちなさい! ローズ様にちゃんとお礼を言わないで帰るつもり?」

「それくらいはさすがに覚えているでしょう?」


 二人にそう言われて、リーシェは少し考えてから両膝を床に突いた。頭を下げるのは違うということは分かっていたが、それ以外の礼の仕方が分からずそうしたのだ。


「ありがとうございました、ローズ様」


 二人のうるささに辟易していたリーシェは、もう敬語でもなんでも使って早くここを離れようとしたが、そう上手くはいかなかった。

 二人は耳障りの悪い高い声で笑い出した。


「まさかカーテシーまで忘れてしまったなんて!!」

「信じられないわ! もうあなたは伯爵令嬢でもなんでもないわね!」


 けたたましい笑い声にリーシェは耳まで真っ赤になってスカートを握り締める。とても恥ずかしくて悔しい。けれど“カーテシー”が何なのかも分からず、反論する言葉も出てこない。

 なぜかローズも二人を止めることはせずにいて、針の筵のような気でいると、ふいに腕をぐいっと引っ張られた。

 驚いて振り返ると、そこにはルゼオンが立っていた。


「失礼。リーシェに用があるのだが、連れて行っても構わないか」


 そう言ったルゼオンは、あのボサボサの髪をすっきりと切っていた。そしてウィルのような王子様然とした美しい衣装を身に纏っていた。黒が基調で、金の刺繍が美しいそれは、ルゼオンにぴったりだと思えた。


「……ルゼオン様」


 ローズは呟くようにそう言い静かに立ち上がると、その場で深く腰を落とした。慌てて隣の二人と背後に控えていたアリエスも腰を落とす。


「初めてお目に掛かります。ローズ・バレットでございます」

「ああ、噂には聞いている」

「このほど、王太子妃として命を受けることとなりました。お見知りおき下さいませ」

「そうか。ならばこんなところで油を売っている暇はなかろう。リーシェ、行くぞ」

「え、あ、うん!」


 ルゼオンは勝手に話を終わらせると踵を返し歩きだしてしまう。リーシェは慌ててその後を追った。

 後ろからルゼオンを見上げると、切りそろえられた髪がよく見える。


「……髪、切ったのね」

「変か?」


 振り返らずにそう聞いてくるルゼオンに、リーシェは少しだけ考えてから答えた。


「ううん。その方がずっといい」


 そう言うと、ルゼオンの肩が少しだけ揺れるのが分かった。

 なんとなく照れているのが分かってリーシェは笑うと、少し足を速めてルゼオンの隣に並んだ。


「助けてくれてありがと」

「そんなつもりはない」


 真顔のままの横顔を見上げてリーシェは微笑む。ルゼオンの優しさが胸に沁みて心が温かくなる。

 そうこうしているとリーシェの部屋の前まで戻ってきた。


「今日はもう外に出るなよ、いいな?」

「うん、分かった」


 リーシェはルゼオンの忠告をしっかり聞き、部屋に戻ると大人しくしていようと決めた。

 それから机に常備されていた紙に文字の書き方を練習していると、しばらくしてまた扉からノックの音がした。

 恐る恐る扉を開くと、そこには年配の女性が立っていた。


「初めまして、リーシェ様」


 茶色の髪をきっちりと纏め、背筋のしゃんとしたその女性は眼鏡の奥に光る瞳を真っ直ぐにリーシェに向けている。

 にこりと笑ったその目がまったく笑っていないと感じたリーシェは、なんとなく嫌な予感を覚えつつとりあえず「初めまして」と返事をした。

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