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第2話 岸辺へ泳ぐ

 派手な水音を立てて水面に落下すると、深く身体が沈むのが分かった。慌てて水をかきたかったが、両腕が縛られていてどうにもならない。


(やばい!! 溺れる!!)


 焦りにじたばたしてしまうが、ハッとして動きを止めた。


(とにかく腕の紐を解かなきゃ……)


 海のそばで育った里沙にとって水はとても身近な存在だった。子供の頃は暇があれば海に潜っていた。だからそれなりに水との付き合い方は分かっている。

 冷静さを取り戻して腕を捻る。緩めに縛られていたらしい紐は、何度か腕を引っ張ったり捻ったりする内にどうにか解けた。

 もう息が限界に近付いていた里沙は慌てて水面に向かって泳ぎだす。だがあと少しで顔が出る瞬間ピタリと動きを止めた。


(このまま顔を出したらまた捕まって、今度は殺されてしまうかも……)


 本来ならゲームのエンディングでリーシェ・エルナンドは死ぬ。その描写を里沙は確かに見ている。もしこのまま顔を出し見つかったとして、明るい未来が待っているとは到底思えない。

 だが息はもうもたない。どうにかしなければと辺りを見回すと、水面に大きな葉が浮いているのが見えた。蓮の葉のような大きな葉が水中からもはっきりと分かる。

 里沙は力強く水をかくと、葉の真下に向かい鼻先でゆっくりと葉を押し上げて大きく息を吸い込んだ。肺が空気で満たされる感覚に安堵しながら、とにかくやり過ごさなくてはとできるだけ身体を揺らさないように立ち泳ぎを続ける。


(もう行ったかな……)


 時間感覚がまったく分からなかったが、立ち泳ぎが疲れてきたあたりで里沙はそっと葉をどけて周囲を窺ってみた。

 視界の中に船は見当たらない。


「助かったぁ……」


 大きく息を吐いて弱く声を出す。その声は自分の声とはまったく違う高い声だったが、今はこの状況をどうにかしなくてはとあまり気にも留めず、今度は一番近い岸に向かって泳ぎ出した。

 着ている長いスカートが足に絡みついて邪魔だったが、泳げないこともない。音を立てないように静かに泳ぎ続ける。

 相当距離があったが、体力の限界になる前にどうにか岸に辿り着いた。

 水から上がるとぐっと身体が重くなる。よろよろと足を進め完全に水から出るとバタンと地面に倒れ込んだ。


「やった……やったぁ……」


 大の字に寝転んで呟く。人生の中でこれほどの命の危険に晒されたことなど一度もなかった里沙は、ただただ助かったことを噛み締める。

 はぁはぁと荒い呼吸を整えながら青空を見つめ続ける。

 なにも考えられなかったけれど、しばらくして呼吸が落ち着くと徐々に自分の置かれている状況を知りたくなった。

 ゆっくりと起き上がって自分の身体を見下ろしてみる。


「さっきのおじさん、私をリーシェ・エルナンドと呼んでたわよね」


 頭からすっぽり被るような簡素な白いドレスを見て思い出す。これはたぶんリーシェが断罪される時に着ていた服だ。

 差し出す両手の白さと細さは、自分からはまったく掛け離れている。


「まさか……、まさかよね……」


 そんな馬鹿なことがある訳ないと思いながら、よろりと立ち上がりもう一度水面に歩み寄る。

 そうして青空を映す水面に、里沙は恐る恐る顔を近付けてみた。


「嘘……」


 そこにいたのは紛れもなくリーシェ・エルナンドだった。水に濡れても尚美しいプラチナブロンドに、大きな菫色の瞳。真っ白の透き通るような肌に高い鼻筋。

 里沙とは比べようのない美少女が水面には映っていた。


「ホントに私、リーシェなの?」


 どういうことなのかまったく理解できず、動揺したまま顔に手を当て考える。

 自分は夢を見ているのかもしれない。とてもリアルなゲームの夢を。それにしては臨場感たっぷりだが。


「なんでローズじゃなくて、リーシェなのよ」


 ゲームではローズをプレイしたのだ。夢を見るならローズになるのが妥当だろう。文句を言いながらもまじまじと自分の顔を見つめる。

 ゲーム中、ことごとくローズの邪魔をしてきたリーシェ。意地悪な行為や言葉にプレイしながらもイライラしたものだ。そんなキャラに自分がなるとは、なんとも奇想天外な夢だ。


「実は私、ローズよりリーシェが好きだったのかしら」


 そんな訳ないかと立ち上がると、長いスカートを手で絞る。

 とにかく夢の中であったとしても、このままここにいるのは得策ではないだろう。誰かに見つかってまた死の恐怖を味わうなんてまっぴらごめんだ。

 びしょびしょの髪を絞りながら、辺りを見渡す。


「家とかないのかしら」

 美しい森の中の湖。あるのは湖の畔の円柱形の高い建物だけだ。遠目に見てもボロボロな様子で、居心地が良いようには思えない。


「あれって塔よね」


 ファンタジーにはありがちな古びた塔のような姿に、雨風くらいは凌げるかしらと考える。

 太陽はすでに傾きだしている。このまま灯りもない森の中で夜を迎えるのは怖すぎる。


「とにかく行ってみるか……」


 夢なら早く覚めてくれと思いながらも、歩きだそうとした瞬間、背後でガサリと音がした。


「見事な泳ぎっぷりだったな。リーシェ・エルナンド」


 振り返ったその先、森からゆっくりと姿を現したのは、ぼさぼさの金髪の男だった。

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