第18話 あらまし
ローズが倒れたことで謁見はとりあえず終了となった。ローズのことは心配だったが、退室を促されて仕方なく大広間を出るとルゼの後を追う。
今すぐに処刑という最悪の事態は免れたが、ルゼの発言によって更に立場が危うくなった気がしてリーシェは気が気ではない。
前を歩くルゼが大きな扉の前で足を止めると、ノックもせず中へ入った。リーシェもそれに続いて恐る恐る部屋に入る。室内は落ち着いた書斎という感じだった。壁際に大きな本棚があり、中央には木製のデスク、その前にはソファセットが置かれ、ローテーブルには花が飾られている。
「この部屋、ルゼの部屋なの?」
「ああ。放っておかれていると思っていたが、よく手入れされているな」
ルゼはそう言いながら一人掛けのソファに座るので、リーシェはその正面に腰を下ろした。
やっとそれで少し緊張が解けて大きく息を吐く。
「緊張したか?」
「まぁね……。それよりなぜ国王に嘘を吐いたの?」
「嘘?」
「私が神様の加護を受けたとか、神の力で王笏を見つけたとかよ!」
素知らぬ顔のルゼにリーシェが少し声を荒げるが、ルゼはゆったりと足を組むと背凭れに背を預けた。
「あと、あなたが王子だってこと、なぜ言ってくれなかったの?」
黙ったままのルゼに文句を続けるが、表情は変わらない。
「俺が王子だということはあの時のお前には関係ないことだった。それにゼシリーアの加護があるから見つけられたと俺は思っている」
「それは詭弁だわ。私はただ泳ぎが上手いだけ。水に落とされて死ななかったのも、上手く紐が解けて岸まで泳げたからよ。王笏を見つけたのだって、端から探して中央で見つけた。ただそれだけのことよ」
偶然はあったかもしれない。ただそれは日々の中のラッキーが続いたということで、神の力なんて大層なものではない。
いつかそのことがバレてしまえば、国王に嘘を吐いた罪も重ねてしまう。リーシェはそれが怖かった。
「現実主義者だな、リーシェ。神を信じていないのか?」
「私は無神論者よ。あなたの罪と私の罪をごっちゃにしないで。私はあなたの助け手にはなれないわ」
ウィルの口からきいた国王暗殺という言葉に、リーシェは自分が利用されたのではないかという思いが強かった。
何も知らずに王笏を探し見つけてしまったけれど、こんなことならば手伝わなければ良かったと後悔が募る。
「俺が国王暗殺を企んだ悪党に見えるか?」
「罪を認めたからあんな辺鄙な塔に謹慎処分になったんじゃないの?」
国王暗殺なんて重罪なら、たとえ王子だろうと処刑されてもしょうがないと思うが、謹慎処分というなら何か酌量の余地があったのかもしれない。
だがその罪自体は変わらないのだから、罪人は罪人だ。
「もう3年も前の話だ。俺とウィル、父上の三人でワインを飲むことになり、俺がワインを注いだ。そのワインに毒が入っていた。ウィルが飲み毒だと声を上げ、父上は口にすでに含んでいたワインを吐き出した。俺はまだワイングラスに口も付けておらず、すぐに捕縛された」
「あなたが……毒を入れたの?」
「そんなことをした記憶など一切なかったが、なぜかその時俺が着ていた袖口から毒が見つかり罪は確定された」
「それって……」
「誰かが俺を陥れた」
リーシェはルゼの言葉に唇を噛み締める。明らかな冤罪だ。けれどこの中世の世界で、詳細な捜査など行われるはずもない。
それくらいはさすがにもう理解している。
「濡れ衣だと訴えなかったの?」
「言ったさ。だが、俺が“国王になりたがっている”やら、“ウィルを疎ましく思っている”だの貴族たちから色々と声が上がって、それを父上は無視できなかった。それに物証はどうにも覆すことはできなかったからな」
「それであの塔に……」
「王笏の件は、父上が俺を処刑させないための苦肉の策だ。貴族連合からは処刑を求める声が強く出ていたが、父上はどうしてもそれを阻止したくて王笏を持ち出した。塔に謹慎し、王笏を探すこと。それがギリギリの譲歩だった」
「国王はあなたを信じているということ?」
「そうだと信じたいがな」
ルゼは少し柔らかい目になると、リーシェに微笑み掛ける。ルゼもまた父親を信じている。そう感じてリーシェの胸が少し温かくなる。
「じゃあ、ウィルが言っていた恩赦って、王笏が見つかれば罪が許されるってことなの?」
「そんな簡単なことではないが、俺が申し出た再捜査の間はここで過ごせるはずだ」
「再捜査……、私のことも調べるって言ってたけど……」
「なんだ、不満か?」
リーシェは眉を顰めて下を向く。リーシェの罪は疑う余地がないと思う。これはゲームイベントとして確定しているからだ。ゲーム終盤、ローズとリーシェは最後のお茶会を開く。そこで誰が好きかというのをリーシェから訊かれ、主人公であるローズは告白をする相手を決定するというイベントだ。
その後、リーシェは紅茶を注ぎ、それを飲んだローズは毒に倒れる。そうしてローズは一命を取り留め、看病をし続けたウィルと真実の愛で結ばれ王太子妃となるのだ。
リーシェの断罪はエンディングの一コマで語られ、その後はエンディングロールをバックに、ローズが王太子妃として選ばれ国民に祝福されるムービーで終わる。
「私の罪は変わらないわ……」
「お前が毒を入れたのか?」
「それは……」
はっきりとは分からない。なにせ自分はローズとしてゲームをプレイしていたのだから。リーシェが毒を入れたという描写はゲーム中には描かれていない。
「お前のことを調べたが、あの事件は俺の時とよく似ている」
「どういうこと?」
「色々と調べることが残されているということだ」
ルゼの言葉にリーシェは何を聞いていいかも分からず口を噤んだ。
もし万が一自分が毒を入れていないのだとしたら、一体誰が入れたというのだろうか。
「とにかく時間は稼げた。俺が調べている間、お前は城で静かにしていろ」
「私はここにいていいの?」
「外出はできないがな。ただ出来るだけ自重しろよ」
塔の暮らしよりは良い暮らしはできるだろうが、なぜか少し居心地の悪さを感じてしまうのはなぜだろうか。
こんな煌びやかな城に入ったことがないので引け目を感じているのか。なんだか自分が場違いな気がしてしょうがない。
「とりあえずお前はドレスを、」
ルゼがそう言い掛けた時、ノックもなく扉が開きウィルがズカズカと入り込んで来た。
その後ろにはベルナールもいる。
「まさか王笏を持って帰ってくるなんて思いもよりませんでしたよ、兄上」
ルゼはウィルを一瞥しただけで返答しない。ウィルは明らかに不機嫌な様子でルゼのそばに来ると、チラリとリーシェを見た。
「リーシェと組んで悪巧みか。悪人同士馬が合いましたか」
敬語で侮蔑するウィルにリーシェは腹が立ったが、ルゼはまったく動じずに優雅に足を組み直す。
ルゼに反応がないのをイライラした様子で睨み付けるが、フッと口元を歪めて笑った。
「まぁいいでしょう。父上はお優しいのでああは言いましたが、私はそう簡単に騙されません。兄上にはベルナールを監視につけます。おかしなことをすれば容赦しません。いいですか?」
「その場で首を落とすか?」
ククッと笑いを漏らしたルゼはベルナールを見上げる。真っ直ぐにルゼを見つめるベルナールの表情は固まったように動かない。
「そんなことは私が許しませんよ」
背後から訊き馴染んだ声が聞こえて振り返ると、リーシェの後ろにセドリックが立っていた。
いつの間に来たのかリーシェは驚いたが、それはウィルもベルナールも同じだったのか、目を見開いている。
すでに衣服を整え、騎士のような服に身を包んでいるセドリックは見違えるほどカッコイイ。
「ベルナール、ルゼ様に失礼な態度は許さん」
「セドリック……」
ベルナールの前に立ち睨み付けるセドリックに、ベルナールも応戦する。
睨み合う二人を見上げて、なんだか麗しい戦いねと明後日なことを考えるリーシェだったが、ルゼの咳払いに意識を戻した。
「そこまでにしておけ、セドリック」
「はっ」
「ベルナールのことは承知した。監視役としてそばに置こう」
ルゼがそう言うと、ウィルは満足したのか部屋を出て行った。
緊張ばかり続いてだいぶ限界に近いリーシェが、大きな息を吐いてソファの肘置きに身を傾ける。それを見ていたベルナールとセドリックは眉を顰めたが、ルゼは笑ってその頭の上にポンと手を置いた。
「さすがにもう限界か。お前の部屋も用意されているはずだ。廊下で待っているメイドに付いていけ」
「それはありがたいわ……」
よろりと立ち上がり、とぼとぼと扉に向かう。そこでふと思い出して足を止めた。
「ルゼ、あなた本当はルゼオンっていうんでしょ? 私もそう呼んだ方がいい?」
なんとなく王子様を愛称で呼ぶのはいけない気がして、ルゼ――ルゼオンにそう訊ねるがルゼオンは弱く首を振った。
「ルゼでいい」
「……うん、分かった」
ルゼオンの言葉に少し嬉しく思いながらリーシェは頷くと、全員に向かって「おやすみなさい」と小さく頭を下げて廊下に出た。
待っていたメイドと目が合うと、何も言わずに歩きだすのでその後を付いて歩く。
長い廊下を進み、大きな階段を上がる。とりあえずルゼオンの部屋までは覚えておいた方がいいよねと辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていると、ふと廊下の先にドレス姿の女性が一人立っていた。
なんとなく見覚えがあるが遠目でよく分からず、ゆっくりと近付くとその特徴的な髪の色にその人物が誰なのかを知った。
「ローズ……」
リーシェが呟くと、ローズは柔らかな笑みを浮かべて優雅に腰を落とした。




