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第16話 ゼシア王国

 馬車に乗り込んだリーシェは小さな窓から見える森を見つめ、それから室内に目を移すと目の前に座ったルゼに声を掛けた。


「ルゼ、私これからどうなるの?」

「さぁな」

「また……、処刑されちゃうのかな……」


 自分がリーシェ・エルナンドである以上、また処刑されてしまうかもしれない。前回と同じように水に沈められたとして、二度目も上手く逃げられるとは思えない。

 楽観的なことなど考えられる訳もなく、暗澹たる気持ちで俯いたままただ時間だけが過ぎていった。


「ルゼ様」


 しばらくしてふいに窓から声が掛かった。低い声にリーシェが顔を上げると、そこにはセドリックがいた。


「え? セドリック?」

「来たか」

「連行されたと聞いて」

「王笏を見つけた」

「本当ですか!?」


 セドリックは馬車と並走して馬に乗っている。なぜここにセドリックがいるのか不思議だったが、二人の会話に口を挟めそうにないので黙って聞いていると、セドリックはリーシェの膝の上にある王笏をチラリと見て深く頷いた。


「なるほど。王都にお戻りになられるのですね」

「そうせざるを得まい。タイミング悪くベルナールが来てしまったからな」


 ルゼの言葉にセドリックは視線を前へ移す。先頭にいるベルナールを見ているのだろう。


「なぜベルナールは?」

「リーシェのことを疑った奴がいる。調べろ」

「はっ」


 セドリックは小さく返事をすると、馬を前の方へ走らせていく。窓から覗くとベルナールに近付いて行くのが見えた。

 リーシェは少し考えて視線を戻すと、ルゼの顔を見た。


「ルゼ、セドリックはただの村人じゃないわよね?」


 どう考えても今のやりとりは上司と部下という感じだった。それにただの村人なら、今ここに駆け付けてくるのは明らかにおかしい。そう思って訊ねるが、ルゼは答えてくれる気はないのか、腕を組んだまま黙り込んでいる。


「……ルゼも、何者なの? なぜ王笏を探していたの?」


 森の中の古い塔に一人暮らしている理由など皆目見当が付かない。態度や言葉遣い、エイミー達から“様”付けで呼ばれているから、それなりに偉い人なのかもとその程度しか考えられなかった。


「ああ、王都が見えてきたな」


 リーシェの質問に答える代わりに、ルゼは顔を上げると窓の外を見てそう言った。つられて見た窓の外、森のずっと先に大きな街が見えだす。

 思わずリーシェは窓に顔を寄せた。


「あれが王都……」


 ゲーム中何度も見た美しい街並みを思い出す。中央の小高い丘に巨大な王城があり、緩やかな山裾に街が広がっている。まだだいぶ遠いが、オレンジの屋根が軒を連ねているのが見える。

 リーシェは目を輝かせてその景色を食い入るように見つめた。


「この国は昔、ゼシリーアという古き竜の神を信仰していた」


 ルゼが静かに語り出し、リーシェは外に目を向けたまま耳を傾ける。


「この土地を守る者が王国を興す時、ゼシリーアはその者に王笏を与えた。末長い信仰と交友の証として。だが時が流れ、王国に長く日照りが続いた年、当時の国王は水竜であるゼシリーアに祈りを捧げたが王国はさらに困窮し、絶望した国王はゼシリーアとの絆である王笏をあの湖に投げ捨てた。あの湖は今は断罪の湖と言われているが、昔はリアナ湖と言われていてな。リアナとは古語で『友』という」

「友……。その王笏が、これってこと?」


 王笏に視線を下ろし訊ねると、ルゼは穏やかな表情で頷く。


「そうだ。その伝説の王笏だ」


 そんなすごい物だとは思っていなかったリーシェは、なんだか自分の膝の上に乗せているのが少し怖くなった。落として壊しでもしたら大変だと、しっかり両手で握りしめる。


「ルゼはそんなすごい物を探していたのね」

「見つけたのはお前だ」

「見つけて……、あなたはどうなるの?」


 探すことに夢中で考えたことがなかった。けれど探すには何か理由があるはずなのだ。王笏が見つかった場合、ルゼはどうなるのだろうか。


「街の入口が見えてきたな」


 ルゼの言葉に顔を向けると、窓の外の風景は変わりだす。ただの土だった道はレンガ敷きになり、ポツポツと家が見えだす。人の往来もあり、中世の服装をした人々が馬車の横を通り過ぎていく。

 そして遠目に見えていた巨大な城がかなり近付いていることに気付いた。途端に身体に緊張が走る。


「城に、行くのよね……」

「怖いか?」

「怖いわ。これからどうなるか、なにも分からないんだもの……」


 ギュッと王笏を握り締めて、硬い声で呟くように言うと、なぜかルゼはふっと笑みを見せた。


「なによ……」

「王笏を離さないことだな」

「これが私の助けになるの?」

「ああ。きっとな」


 “きっと”と言った割に確信があるのか、余裕の笑みを見せて言うルゼに、リーシェは少しだけ頼もしさを感じた。

 それでもまだまったく見えない己の未来を思うと、手に嫌な汗が滲み出てくる。

 ――窓の外の風景は、城へ向かう大通りに差し掛かり、華やかさを増していく。



◇◇◇



 ゼシア王国の城は、街の家々と同じように、白い壁にオレンジの屋根でできている。丘の高低差を利用して高さを出しており、真下まで来ると相当な圧迫感がある。

 何棟もある円柱の塔の上には尖った屋根があり、その上にはそれぞれ三角の旗が風になびいている。

 馬車から降りたリーシェは美しくも堅牢な城を見上げ、口をポカンと開けた。


(すごい……。ゲームで見るよりずっと大きいわ……)


 ゲームの舞台は主にこの城の中だったため、この景色自体は初めてではないが、さすがに現実で見るとその大きさに驚くばかりだ。


「国王陛下は謁見の大広間におられる」

「国王!?」


 驚くリーシェにベルナールは眉を顰めるが、サッと踵を返し歩きだしてしまう。

 リーシェは戸惑いルゼに視線を投げると、付いて行けと顎で指示され仕方なく歩きだした。

 ルゼも隣を歩いてくれて一人ではないことに安堵しつつ、徐々に近付いてくる運命の足音に唇を噛み締める。

 城の中は、輝くばかりの美しい装飾に彩られていた。金や銀をふんだんに使い、どこまでも赤い絨毯が続いている。今までボロボロの古びた塔の中にいたせいか、目が眩みそうなほどだった。

 そうして先導していたベルナールが身長の二倍はありそうな大きな両扉の前で立ち止まると、カツッと踵を合わせ背筋を伸ばした。


「ベルナール・グラニエ! リーシェ・エルナンド及び、ルゼオン様をお連れ致しました!!」


 そう声を上げると、音もなく扉は開いた。室内は吹き抜けになっており、高い天井からゼシア王国の国章と星のような紋章の刺繍の入った布が何枚もぶら下がっている。そして中央には大きなシャンデリアが並んでおり、その先に数段高い場所がある。そこに大きな椅子があり、座る者がいた。


(本当に国王だわ……)


 この謁見の大広間にも見覚えがある。確か王太子妃選定の最初の日に国王と謁見したのはこの場所だ。

 その時と同じように、まっすぐ引かれた赤い絨毯の両側には豪奢な格好をした貴族たちが揃っている。その視線に気圧されてリーシェは足を動かすことができない。


「どうした?」


 動かないリーシェを訝しんでベルナールが声を掛けるが、リーシェは声も出ない。

 恐怖で足が竦んでいると、ふいにルゼに手を握られた。王笏を持たない左手を取られて、前へ歩きだす。


「ルゼ……」

「怖がるな、大丈夫だ」

「でも……」


 ルゼに引っ張られるようによろける足で前へ進む。貴族たちの前を通り過ぎると、コソコソと何事かを囁いているのが聞こえて胸がドキドキしてきた。

 玉座の前まで来たルゼが膝を突くので、リーシェも慌ててそれに倣った。

 胸が早鐘を打っている。


「長らくの不義理をお許し下さい」

「よく戻ったな、ルゼオン。我が息子よ」


 玉座に座る国王の言葉にルゼが深く頭を下げる。けれどその横で、リーシェは驚きに顔を跳ね上げルゼを凝視した。

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