第11話 エイミー
焼き魚を食べて数日後、朝いつものように朝食の準備を始めていると、「おはようございまーす!」と明るい声と共に女の子が突然扉を開けて入ってきた。
その女の子は明るい茶色の髪に青い瞳で、少しそばかすのある頬と健康的な肌の色にとても親近感が湧く。
年齢は高校生くらいだろう。若い溌剌とした印象とは反対に、その表情は明らかに不審な者を見る目つきで、リーシェはいつかのセドリックを思い出した。
「あなた誰!?」
「あなたこそ誰?」
訊ね返すと、女の子は勝手に中に入ってきて持っていた籐カゴをテーブルの上に置く。
それから見分するように室内を見回すとリーシェに顔を向けた。
「私はエイミー・チアーズ。すぐそこのケイル村に住んでいるの。ルゼ様にお料理を持ってきたの。あなたは?」
「私は……、リーシェよ。ここに住んでいるの」
「は!? 住んでる!? ルゼ様と!?」
「そうだけど……」
驚くエイミーに頷く。料理の途中だったことを思い出して、フライパンを火に掛けるとなぜかエイミーが隣に並んだ。
「……料理人?」
「違うわ」
「掃除はしたのね」
「ごちゃごちゃだったからね」
未だ不審な目でじろじろと見つめてくるエイミーに短く答える。
「メイド?」
「……まぁ、そんな風な感じではあるけど」
曖昧に答える。湖での探索のことはあまり喋らない方がいいような気がしてそれは話さなかった。あれこれ聞いてくるエイミーに適当に答えながら、ベーコンエッグが出来上がる頃にルゼが階段を下りてきた。
「おはよう、リーシェ」
「おはよう、ルゼ」
「おはようございます! ルゼ様!!」
「なんだ、エイミーが来ていたのか」
さきほどまでの声のトーンとは打って変わって、高い声を出したエイミーがルゼに走り寄る。輝くような笑みを浮かべていて呆気にとられたリーシェだったが、少し笑ってしまった。
(この子、ルゼのことが好きなのね……)
若さによるのか、性格なのか、明け透けな意思表示は少し羨ましく感じてしまう。
そんなことを知ってか知らずか、ルゼはまったく表情を変えず椅子に座る。
「ルゼ様、今日はパイを焼いてきたんですよ」
「ああ、すまないな」
「いつの間にメイドを雇ったんですか? 人手が必要なら私がもっと来ますのに」
「お前は家の仕事があるだろう? それにリーシェはメイドではない」
「あら、じゃあなんなんです?」
エイミーが首を傾げて訊ねるが、ルゼはそれには答えずにリーシェを見た。思わず二人の方を見てしまっていたリーシェは慌ててベーコンエッグを皿に移す。
「リーシェ、エイミーが持ってきてくれたパイも食べるから切ってくれ」
「ああ、はいはい……」
テーブルの上にあった藤カゴからパイを取り出すとまだ温かい。硬いパンよりよっぽど美味しそうだとリーシェは嬉々としてパイに包丁を入れた。
切り口からは赤い果実がトロリと出てきて、甘い匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。久しぶりの甘い食べ物につい笑みが零れる。
切り分けたパイを3人分皿に移しテーブルに並べると、エイミーがキョトンとした顔を向けた。
「ん? 私も?」
「一緒に食べましょうよ。折角だし」
「え、でも……」
少し戸惑いを見せるエイミーはちらりとルゼを見る。リーシェはエイミーに笑い掛けると椅子を引いた。
「いいでしょ、ルゼ」
「ああ」
「ほら、ここに座って」
ルゼの隣へとエイミーを促すと、真っ赤な顔でおずおずと座る。リーシェも座ると朝食を食べ始めた。
パイを食べてみると、果物の自然な甘みと酸味がパイ生地と合わさって絶妙に美味しい。リーシェは思わず頬に手を当てた。
「んー!! なにこれ!! すっごく美味しい!!」
「えー? 普通のヤマモモのパイよ?」
照れた様子で答えるエイミーにリーシェはブンブンと首を振る。
「なに言ってるの! こんな美味しいパイが焼けるなんてすごいわ!! ね、ルゼ!」
「ああ、そうだな。エイミーのパイはいつも美味い」
「ルゼ様……」
ルゼの言葉にエイミーは頬を真っ赤に染めて嬉しそうに微笑む。
それほど口数の多い方ではないルゼとの食事はいつも静かなのだが、今日は同性がいるからか会話が弾んだ。最初は警戒していたようなエイミーも食べている間に慣れたのか、だいぶ気楽に会話してくれた。
食事が終わりルゼが部屋に戻ると、またエイミーと二人になった。
皿を片付けるリーシェをエイミーはしげしげと見つめ、それからおもむろにこちらのスカートを摘み上げた。
「これ、あなたの服?」
「え?」
「ちゃんとした服、持ってないの?」
エイミーはリーシェの周りをぐるりと回り顔を顰める。
そんなに変かしらとリーシェは思いながらも頷くと、エイミーは深い溜め息を漏らした。
「こんな古い、ボロボロの服じゃ着心地悪いでしょ」
「そう言われても、これしか持ってないし……」
何度か顔を出したセドリックに頼むことはできるのかもしれなかったが、服や下着を男性に持ってきてもらうのが少し恥ずかしくて今までできずにいた。
エイミーは何を思ったのか、それで会話を終わらせると持ってきた藤カゴを持って扉へ向かう。
「ちょっと待ってて」
「え? ちょっと、エイミー?」
こちらの呼び止める声も聞かず、エイミーは扉を開け走り去ってしまった。
呆気にとられたリーシェだったが、とりあえず後片付けをしてしまおうと持っていた皿を洗い出した。
皿洗いが終わり、このまま湖に出ようかどうしようか迷っている内にエイミーが戻ってきた。
「お待たせ」と言って扉を開けたエイミーは、そのまま室内に入ってきて大きな布の包みをテーブルの上に置く。
「これは?」
「私のお古で悪いけど、それよりはマシでしょ」
エイミーが包みを開くと、中には数着のドレスが入っていた。それを手に取ってリーシェの身体に宛がう。
「うん、大丈夫そうね。ちょっと着てみなさいよ」
「え、いいの?」
「そのために持ってきたんだから。ほら」
出会ったばかりでこんなに優しくしてもらっていいものだろうかと戸惑ったが、エイミーは気さくな笑みでドレスを差し出してくれる。
リーシェは嬉しく思いながら着ているドレスを脱ぐと、エイミーの持ってきた薄い水色のドレスに袖を通してみた。
「ああ、良かった。ぴったりじゃない。あなた細いから、入ると思ったのよね」
「軽い……」
「それはそうよ。あなたの着てるドレスって、結構昔の物でしょ? 生地は重いしゴワゴワしてるから、今じゃ着てる人なんて相当のお年寄りくらいよ」
エイミーは裾が少し足りないのが気になるのか、床に膝を突いて裾を見ている。
「でもいいの? これあなたのでしょ?」
「お古だって言ってるじゃない。3年くらい前に着ていた物だけど、もう胸とか色々きつくて入らないのよ」
エイミーの言葉についリーシェはエイミーと自分の胸を見比べてしまう。エイミーは肉付きがよく胸もたっぷりしている。自分はスレンダーと言えば聞こえはいいが、どこもかしこも細く、胸にもボリュームが足りない。
「あ、ちょっと! 今私のこと太ってるって思ったでしょ!?」
「思ってない、思ってない! 私、胸ないなって思っただけ!」
慌ててリーシェが言い訳のように声を上げると、エイミーはキョトンとした後、プッと噴き出した。
それからクツクツと笑いながら、こちらの肩をポンと叩く。
「あなた、面白いわね」
笑ってそう言うエイミーに、リーシェも笑い出すと、しばらく二人で笑い合った。
それから持ってきてくれた服の試着会になった。どれも簡素な造りだったが、薄い生地はどれも軽く動きやすい。
今まで着ていたドレスよりよっぽど着心地も良くて、リーシェは心の底からありがたいと思った。
「ああ、これもとってもいいわ。袖も邪魔にならないし、料理とか作業しやすそう」
黄色の明るい色のドレスに袖を通し、その着やすさに感想を言うと、それまで笑みを見せていたエイミーの表情がふと陰った。
「どうしたの? エイミー」
「あ、ううん。ちょっと友達のこと思い出しただけ」
「友達?」
エイミーはリーシェの着ているドレスを見つめ、落としたように笑う。
「私の幼馴染は服にすごくこだわりがあってね。こういう質素なドレスにいつも文句を言っていたわ」
「動きやすくて私はいいと思うけど……」
リーシェの言葉にエイミーはクスッと笑う。スカートに付いている小さなリボンを結び直しながら、遠い目をして続きを話した。
「いつも綺麗な服を着たがって、村の仕事も汚れるからって嫌がってたわ。すごく綺麗な子だったから仕方なかったのかもしれないけど。綺麗なピンクブロンドと細い首をいつも自慢してた……」
「……その子は今?」
リーシェが訊ねると、エイミーは弱く首を振る。
「一年くらい前に村を出て行ってしまったわ。あの子には村は合わなかったのかもね……」
エイミーはそこまで話すと立ち上がり、ドレスを包んでいた布を折りたたむ。
「さて、私帰るわ」
「この服、ありがとう。大事に着させてもらうわ。あと、パイもありがとう。とっても美味しかったわ」
「いいのよ。あ、パイはあなたに作ってきたんじゃないからね」
愛嬌のある顔でエイミーが言ってきてリーシェは笑って頷く。
「分かってる。気を付けて帰ってね」
「うん、ありがと。あなたもルゼ様の世話よろしくね。でも! ルゼ様に変なことしたら許さないからね!」
エイミーに釘を刺されて、リーシェは何度も頷くと、エイミーは笑って扉を開けた。
手を振ってエイミーが出て行った後、一人キッチンに戻ったリーシェは、着ているドレスを見下ろしクルリと一度回ってみる。
軽い布でできたスカートがふわりと揺れる。女の子らしい明るい色のドレスに自然に笑みがこぼれる。
リーシェはエイミーに感謝しつつ、今日の仕事を始めるかと軽い足取りで階段を上がった。