第1話 気付いたら断罪中
まもなく日付の変わる時間、しんしんと降る雪の中を里沙は自転車で家路に急いでいた。
毎日の残業で、金曜日のこの時間は本当にペダルを踏む足が重い。それでも海岸線をひた走りながら、頭の中は家に帰ってからやろうと思っているゲームのことでいっぱいだった。
(やっとメインのキャラでエンディングを見たから、今日から推しを落とそうかな……)
里沙が最近手に入れた乙女ゲーム『薔薇の乙女』は、中世ヨーロッパを舞台に、主人公ローズ・バレットがライバルと競い合いながら王太子妃まで上り詰めるゲームだ。もちろん王太子の他にも数人のイケメンが登場し、誰と恋仲になるかによってエンディングも変わってくる。
里沙の推しはメインキャラである王太子ではなかったが、まずは王太子妃となるストーリーが見たくて、とりあえず最初のクリアは順当に王太子と恋に落ちゲームをクリアした。
明日は土曜日で、思う存分ゲームができると少し浮かれていた里沙の目に、正面から強いライトが入り込んだ。
(え……?)
真っ白な雪が視界を遮っている。その向こうからこちらに滑ってくる車が見えた。
◇◇◇
「――及び、ローズ・バレット嬢への度重なる嫌がらせに飽き足らず、王太子妃に選ばれないと知るや、ローズ嬢の紅茶へ毒を入れ殺害せんとした罪は許され難く、極刑とすることは満場一致で決定した」
(なにをごちゃごちゃ言ってるの……?)
眠っていたのか、目を閉じた状態でなぜか背後から男の声が聞こえて眉を歪める。
「この断罪の湖にて、いつの日か魂が清められることを切に願う。リーシェ・エルナンド、最期にローズ様の慈悲深きお心により、言葉を残すことを許す。なにか言いたいことはあるか?」
「はあ? リーシェ・エルナンドってゲームのキャラでしょ?」
呆れた声を出して目を開けた瞬間、目の前に広がる水の景色に身体が硬直した。
太陽の強い陽射しに目を細め、瞬きを繰り返す。
波のない大量の水の先には、鬱蒼とした森が広がっている。水面を渡ってくる熱い風が頬を撫でて、里沙は目を見開いた。
「どこよ、ここ!!」
叫んだ瞬間、ぐらりと身体が傾いだ。慌てて踏ん張って体勢を立て直すと同時、自分が細い板の上に立たされていることに気付く。手首は紐で括られており、真下は水で、明らかに愉快な状況ではない。
「な、なにを突然騒いでおる! 厳粛な場であるぞ!」
「厳粛!? あなたこそなに言ってるの!?」
どうにか身体をねじって背後を振り返ると、そこには黒い頭巾を被った男と、どこかの宗教で見たようなローブ姿の太った男が立っていた。
「だ、誰!?」
「この娘はおかしくなったのか!?」
「死を前にして、支離滅裂なことを言う者はおります」
太った男が慌てたように訴えると、黒い頭巾の男は低い声で答える。
「そ、そうか。そうだな。若い娘だ。仕方あるまい。リーシェ・エルナンドよ。心を落ち着かせて聞くのだ。お前の罪は償いきれぬほどに重いが、ローズ様がその立場にご同情下さり、両親やお前に関わった者たちの罪は問わないと約束して下さった。これでお前も心置きなく逝けるだろう」
「は? だからなに言ってるのよ!! 私がリーシェ・エルナンド!? そんな訳ないじゃない!! キャラクターはローズしか選べないのよ!?」
「だいぶ混乱しているようです。司教様、そろそろ執行した方がよろしいかと」
黒い頭巾の男の言葉に里沙は焦ったが逃げ場はない。きょろきょろと辺りを見渡したが、自分は船の上に張り出された板の上に立たされている。船に戻ろうにもそこには黒い頭巾の男が立ちはだかっていて戻らせてくれそうにない。
男と睨み合っていると、司教と呼ばれた男が小さな本を開き、片手を上げた。
「今日この日、リーシェ・エルナンドの魂は肉体を離れる。汚れし魂が浄化され、いつの日かハルニエの元へ辿り着くことを願う」
「ちょっと!!」
なにかの間違いだと叫びたかった。けれどそれは黒い頭巾の男が振り下ろした斧によって遮られた。
薄い板は一撃で叩き切られ、里沙の身体は呆気なく水面に向けて落下した。
新連載です。よろしくお願いします!