6:約束された栄光の道
さらに月日が経った。俺はもう12歳で、妹のマナが10歳。
今年はマナが洗礼の儀を受ける歳だ。
俺はあれからもずっと体を鍛え続けた。最初こそ体を鍛えることに苦い顔をしていた両親だったが、洗礼の儀からは俺のしたいようにやらせてくれるようになった。
魔法ってのは本当に便利だ。俺が少し無茶な修行をしても、母親が傷をすぐに癒してくれる。これは『超回復』の理論と全く同じだと思ってもいいだろう。
さらにマナも見よう見まねで回復魔法を唱えることが出来た。天才ってレベルじゃねぇ。俺が知ってるだけでも最低8属性以上は使ってることになる。
この格差……いやいや、それでも俺は自分の経験と今の肉体を信じるだけだ。
でも体を鍛え続けてるお陰で、村では一番の力持ちだし、今まで以上に早く走れる。さらにはマナと毎回魔法訓練をしてるから、魔法のくせや避け方、叩き落とし方もわかるようになってきたんだ。
だけどマナはすげぇや。一度に別系統の魔法を放って来るし、俺に当てられないとムキになって連続で魔法を放って来る。
この前なんて5時間以上ずっと訓練し続けてたもんな。魔力が枯渇すると身体中がダルさと重さを感じるらしいけど、マナはピンピンしてる。多分一般的な魔法使いもこれぐらいは魔法を打ち続けて来るんだろう。
それと父親と一緒に狩りにも行くようになった。魔法で遠距離から攻撃して、おびき寄せたところを罠や一斉攻撃で仕留めていく。
俺も買ってもらった木刀を使って魔物にけしかけてみるが、まー硬い硬い。たまーに有効打を与えることもあるが、魔物はすぐに体制を整えてくる。魔法はそんな硬い魔物にも効果的で、安全に狩りをしている父親達には尊敬の念しか出てこなかった。
そこでも気になるのはやっぱり詠唱の部分だ。マナに慣れすぎた俺も悪いのか、大人達は必ず詠唱をしてから魔法を発動する。中には詠唱が短かったりする人もいるけどね。
ただ詠唱が長ければ長いほど強大な威力を持つそうだ。
その日はいつもの様に俺とマナで裏庭で修行していた。
マナの魔法攻撃を避けながら近付き剣を振り、連続魔法を叩き落としながら下がっていく。
もちろん剣を当てるつもりはない。ただ、マナが一撃を入れられたと思えば俺の勝ちになる。マナは俺に魔法を当てたら勝ちだ。
最近ではマナの無詠唱にも母親は驚かなくなった。今日もニコニコしながら紅茶を手に俺たちの修行を見ている。
危なくなれば俺に回復魔法をかけたりなど、色々サポートをしてくれていた。
「マナ、フィル! いるなら部屋に入りなさーい!」
「あら、シモンが帰ってきたわ」
父親が今日のノルマをこなしてきたのだろう。俺たちは修行を中断し、母親と一緒に家へと入っていく。
この時期に早い時間で家に呼ばれるんだ、話はアレしかないだろう。
夕飯も終わり、全員が席に着くと父親が口を開いた。
「よし、明日はマナのーー」
「わーい! やったー!!」
早い。父親が話きる前にマナが椅子から飛び降りながら喜び始めた。ここ最近、いつになったら行くのかをずっと気にしてたからなぁ。
前回俺の時に (マナが勝手に)触っただけでも凄い色を放っていたが、今回はどうなる事やら。
前に聞いた話だが、教会で洗礼の儀が終わると優秀な者はそのまま協会から王宮へと紹介状が書かれる。さらに魔法技術育成学院へ進学するかも選べるようになるし、学院に入ればもう生活していく上で困ることは一切ない。
言ってしまえばエリート街道を進むことが出来るんだ。
さすがは俺の妹。俺はこのまま実家の手伝いをするか冒険者にでもなるかなぁ。
嬉しそうなマナはそのまま部屋で明日の準備を始めている。
俺も軽く明日の準備をして眠りについた。
◇
この街に来るのも久しぶりだ。あの洗礼の儀以来俺は一回も来ていない。
街は相変わらず賑やかだし、多くの魔法使いや住人が楽しそうに街を歩いている。相変わらず露店も多く、見た事ないようなものなども売っていそうだ。
教会に到着すると、相変わらず多くの人達が並んで待っている。
前回の時と同じように俺たちもその列に並んでいると、俺の洗礼の儀を行った時の司祭が近付いてきた。
「おぉ、待っていました。ささ、こちらにどうぞ……」
どうやらマナは特別扱いらしい。確かに前回水晶玉が異常な反応を示していたもんな。
これでマナが洗礼を受ければ、約束された栄光の道を歩む事になるだろう。お兄ちゃんとしても、優秀な自慢の妹が学院に入って幸せな道を歩むのは嬉しい。
まぁたまには会えるだろうし、色々な魔法を見せてもらうつもりだ。もしかしたら俺が使えるスクロールを開発してくれるかもしれない。
余談だが、俺もスクロールを使って魔法を発動させてみようと頑張ったが、一切ダメだった。体内の魔力に順応してスクロールに記載された魔法陣が発動するが、どうやらほんの少しも魔力などはないらしい。
教会の内部は相変わらず広く、前回来た時と同じような魔法陣が描かれていた。今回は前にもいた司祭のおじさんだけでなく、何人かの修道女や別の司祭までいる。
2年前にマナが凄かった事を聞いて集まっているのだろうか。手には何か羊皮紙っぽいものを持ってるし、あれが学院への推薦状っぽそうだ。
「では、洗礼の儀を受けるものは前へ」
「いってくるねー!」
ニコニコしたマナが前へ出る。近付いただけで水晶の中にある炎が揺らめき始め、すでに何人かから「おぉ……」と言った呟きまで聞こえてくる。
いやまぁね? 実際マナは凄いよ? 無詠唱もそうだけど、色んな系統の魔法を使ってくるしさ。連続して魔法を放ち続けるけど、まだ俺は負けてない!
今のところ勝ち越してるからな!
マナが水晶玉に手を置くと、中の炎が勢いよく回転し始めた。すぐに発光し始め、最初は赤、そして緑黄黒青とドンドン色が変わっていく。
七色どころじゃない。色々な光を発色し、教会内を明るく照らしていく。
「おぉ……おおおお……」
「何という……」
「す、素晴らしい……」
周りの人達も感嘆な想いを溢している。俺だってそうだ。マナは本当にすごい。
俺の魔法の才能は全部母親のお腹に置いてきてて、マナに全部引き継がれたんじゃないのか?
そう思えるほど色鮮やかな光を照らしている水晶からマナが片手を離すと、俺たちに向かって無邪気な笑顔と一緒に手を振って来た。
うん、やはり可愛い。
「……司教様。彼女が以前お話し致しました……」
「ほぉ。これは凄い。彼女で間違いなさそうだ……」
周りを改めて見ると、さらに人が増えていた。
司教と呼ばれた人は、司祭のおじさん達よりもさらに立派な服を着ている。その周りにも人が並んでおり、出で立ちからも護衛者にも見える。
どうやら俺の妹は、そうとう気にかけられているのだろうな。
司祭からの合図でマナが手を離す。これからマナの適正が告げられ、さらに学院の推薦状も貰うことが出来るだろう。
司祭の1人が紙を手に取り、マナを通り過ぎて俺たちの方へと近づいてくる。
その紙には学院への推薦状が書かれており、後はマナ本人と親のサインを入れるだけになっている。
この紙にサインすると、その日からマナは学院へと向かうことになるのだ。
「ではこの紙へサインをして、荷物をまとめた後にこの教会までお越しください」
「はい、ありがとうございます」
父親と母親が仰々しくお辞儀をする。俺も見よう見まねでお辞儀をした瞬間、それは起きた。
「銀の鎖よ、掴み離さず自由を奪え。拘束」
「!?」
俺たち3人は地面から生えてきた銀の鎖に全身を巻きつかれた。そのまま地面に横たわるように突っ伏し、動くことも鎖を解くことも出来ない。
前を見ると、司教の近くにいた男が他の司祭や修道女をなぎ倒しており、俺に洗礼の儀をしたおじさんがこちらに手を向けているのが見えた。
なんだ? 何が起きているんだ?
中には狼狽えている人も見える。
「魔女を捕まえろ」
「はっ!」
俺たちを尻目に護衛っぽい奴らがマナに近付いて行く。逃げろ! って声を出したくても鎖が口に絡まってきて上手く声が出ない。
マナも何が起きてるのかわからないのか、その場に座り込んでしまっている。
「ほら! こっちにこい!」
「いや……いや!!」
その瞬間男が吹っ飛んだ。マナが涙目になりながらも魔法を発動させたのだ。だが、飛んでいく魔法は全て司教に届く前に何かの壁に弾かれるように消えてしまった。
何か防護壁のようなものが展開されているのだろう。それでもマナは魔法を打ち込み続けている。これではどんな人でもマナに近付くのは不可能だ。
「ほう、素晴らしい……」
司教がマナに向かって杖を向ける。何かを呟きながら力を込めると、マナの魔法が収まっていく。催眠魔法か? マナがその場でフラフラし始めた。
「この程度にかかるとは……まだ覚醒までは時間がかかりそうだな。ほら、お前らしっかり働きなさい」
「ハッ!」
護衛たちがマナを取り囲むと肩に抱えるようにして持ち上げた。
くそッ! 何が起きてるんだ!? マナをどうする気だ!?
だが分かっていることもある。こいつらは敵で、マナを攫おうとしているのだ。
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は力一杯鎖を解こうと力を入れる。メチメチと音を立てながら鎖が緩んでいく。これならもう少しで解けそうだ
そんな努力を尻目に、隣では父親と母親が鎖をまさに解いた。
その表情は怒りに満ちているのがわかる。
「ほぉ、さすがは王国魔術団の団長と副団長。烈火のシモンに龍光のティリア……皮肉な物だ。王国随一の魔力を持った2人からーー」
「うちの娘を返してもらうぞ!」
父親が叫ぶと同時に母親が魔法を解き放つ。光り輝く光線のような魔法が司教達へ向けて発射されたが、それは全て見えない壁に弾かれるように消えてしまった。
続いて父親も魔法を放つが、母親の時と同じように全て消されてしまう。
「なっ……!」
「ふぅ、怖い怖い。さっさと退避せねばな。ーーーー空間転移」
司教が魔法を口にすると、その場に大きな黒い空間が出来上がる。
俺が見ても膨大な魔力を携えてるのがわかるそれに、先程の護衛や司祭達が吸い込まれていく。そしてマナも一緒にーーそれだけはさせない!!
俺は力を振り絞って鎖を引きちぎった。腰に持った木剣で敵に突進し、マナだけでも助けようと足に力を込める。
今の俺の最高スピードなら、この距離ぐらいーー
「ガハッ」
そう思った瞬間に、俺の体へ衝撃が駆け抜けた。何かーーいや魔法か。司教が杖を俺にまっすぐ向け、そこから何か魔法を唱えたのだろう。
俺は壁まで吹っ飛ばされ、叩きつけられると同時にまた別の痛みが全身を襲ってきた。
「「フィル!」」
「まさか……まさかな? それではご機嫌よう」
「クソッ! 待てっ!」
父親が飛び出した時には黒い空間が消えてしまった。かすれた視界の端に見えるのは、空を掴もうとした父親の腕。
そして母親が俺に何か魔法をかけているのがわかる。
周りには赤い液体……これは俺の血か?
父親が俺の正面にやってきながら何かを叫んでいる。しかし耳が遠くなったのか、何を言ってるかわからない。
いや、これは俺の頭がぼーっとしているのか? だんだん意識が朦朧としてくる。俺の手を母親が掴みながらーー泣いてーー
俺の意識はそこで途切れた。