2:目覚め
次の日……だとは思うが、俺はいつものようにゆっくりと目を開けた。
まだ神様は死なせてくれないらしい。こんな老いぼれに残された余生など、日記をつけるぐらいしか趣味はないのに。
しかし、目を開けると強烈な違和感に襲われた。
知らない天井……うちの天井は木材で出来ている筈だ。木目が美しく樹齢を数えるのが日課だった。
だが今はどうだ? 木材なのかもしれないが、真っ白に装飾されておりこれはこれで美しい。
ただそれだけではなく、視界には知らない女性が映り込んでいるのだ。
年齢は20代前半だろうか。茶色い瞳は大きく、顔立ちは整っている美形。いや、可愛らしさが際立っている。
シンプルな服装だが、その胸ははち切れんばかりに大きくたわわ。「ぐらびあもでる」と言われても俺は信じるだろう。
その女性が俺の目が開くと同時に声をあげた。
「★◇⁂∀※&○≒%!!」
……すまない、早口過ぎたのか俺の耳が遠いのか、まったく理解できなかった。
いやむしろ日本語ですらなさそうだ。
だが彼女は非常に喜んでいるのだろう。その場で飛び跳ねると俺に抱きつき頬ずりをしてきた。
若い女子に頬ずりされるのはいささか気が引けるが……うむ、悪くない。
ひとしきり俺に頬ずりした彼女が離れると、何故か目に涙を浮かべていた。
「○%◇◻︎!? ∀〆⌘$*!?」
先程の声を聞きつけたのか、今度は若い男が現れた。女は男に泣きながら抱きつき、男はその女の頭を優しく撫でている。
どうしたのか。俺が目覚めてそんなに嬉しいのか?
ただ俺にはまだ違和感がぬぐいきれていない。
まずここはどこだ? そしてこの2人は誰だ?
俺の血筋なら俺が末代だ。隠し子……いや隠し孫などいるはずもない。
しかしこの2人は俺のことを知っている……むしろ目覚めただけで女は泣いてるレベルだ。
もしかすると、俺は一度死んで蘇ったのか? ……んなバカなことがあるか。
とりあえず俺はこの2人に話を聞くべく、手を伸ばしながら声を上げることにした。
「う……ああ……うあー」
なんという事だ。声が出ない。いや、うまく声が出せない。
そしておかしいぞ。俺の鍛えた腕ではなく、もちもちとした丸っこい腕が見える。
手のひらも小さく、まるで自分が赤子のようーーーー
そんな考察をしていると、今度は男が俺のところまでやってきた。
鍛えていそうな大きな腕を俺に伸ばすと、軽く持ち上げて抱きかかえられた。
おかしい。俺は180近い身長だった筈だ。しかし今はどうだ? 簡単に抱きかかえられるほど俺は小さくなっている?
いやこの2人が大きい可能性も……それはないか。俺の垂れ下がった足もフラフラと動いてるのがわかる。
俺は……生まれ変わったのか?
なんだこれは。ダメだ、全くわからない。
昨日までは自分の布団に入り、いつものように寝たはずだ。
死んだのか? 俺は死んで転生したとでも言うのか?
頭の中が混乱し続ける。人間は混乱するとここまで思考回路がおかしくなるのか……。
「うぁぁぁぁーん!」
泣いてしまった。もう95を超えた俺が、人目を気にすることなく泣いた。
わからない。不安、焦燥、いらだち、不安定な心は涙となって俺から発散されていく。
わからぬ。何もかもわからぬ。これは一体どういうことなのか……!
泣いている俺を見かねたのか、慌てる男から女の手に俺は移された。
その抱かれ具合……まるで聖母に包まれたかのような安心感。
差し出された桜色の突起物を咥えると、口の中に暖かな優しさが降り注いでくる。
これはこれで……素晴らしい……。
泣き疲れた俺は、そのまま眠りに落ちてしまった。
◇
「あら、この子寝ちゃったわよ?」
「泣き疲れたんだろう。急に泣き出したからびっくりしたよ」
若い男が女の頭を撫でながら、我が子の寝顔を見つめている。
泣き疲れた赤子は安心感を前面に出したような顔をしながら、小さな寝息を立てていた。
ゆっくりと体と頭を支えながら子供用のベットへと寝かせる。男が指先を赤子の手に差し出すと、しっかりと握ってきた。
「もう……大丈夫なのよね? この子。また起きなかったりしたら私……」
「ティリア、大丈夫さ。あんなに毎日お祈りを捧げ続けたんだ。この子は神様に護られているんだよ」
「シモン……そうね、そうよね。これからもしっかりしなきゃね!」
ティリアは浮かべていた涙を拭うと、もう一度我が子の頭を撫で続けた。