1:孤独死
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1:孤独死
太陽はすでに沈み、辺りは静寂に包まれ、物音すら聞こえてこない。
俺は机に向かって筆を動かし続けた。
これが最後の日記になる……そうわかっているからこそ、止まることはない。
日記の最後に自分の名前ーー「五十嵐 達之助」と署名を入れ終わった時、気管に違和感を覚え咳が出てきた。
「うぐっ……ゴホッゴホッ」
胸を締め付けるような痛みと、咳を庇って手を口に当てると赤い液体が出てきた。もう長くはない。それどころか、今にでも迎えが来ておかしくないぐらいだ。
医者にはもう長くないと言われた。いくら身体が丈夫だと言われていた俺でも、寄せる年波には敵わない。
最後の文字を書き終えると、俺は布団へと向かう。
毎日握っていた木刀はすでに床に伏せた。父から譲り受けた道場はすでに人などいない。
俺が毎日必死に修行した剣術も、役に立つ事なく人生を終えようとしている。
「早い……ものだな」
物心ついた頃には竹刀を振っていた。毎日毎日ーー先祖代々から伝わる斬心夢幻流剣術ーー朝から晩まで親父から仕込まれた。毎日吐いた。毎日怪我や痣を作り続けた。それでも……強くなるために、必死に剣を振り続けた。
世間ではもう剣術を使っている人間も少ないのだろう。銃などがあれば、接近戦にもつれ込む前に決着はつく。
だが、俺は銃撃をも剣で弾くほど修行し続けた。風圧で蝋燭の火を落とすことなど朝飯前だ。
そんな俺に友達と呼べる奴はまったくいなかった。学校が終わってもすぐ帰り、誰かと楽しく話すなんてもこともなかった。
小中高ずっと……大学は中退だったか。親父が金を持ってたから、俺は何も気にすることなく木刀を振り続けられた。
しかし親父には勝てなかった。何度挑戦しても、ずっと勝てなかった。
楽しみといえば、お小遣いを貯めて買っていた漫画や小説。現実から空想の世界へと誘ってくれるそれらは、俺の一番の宝物だった。
今でもーー時代が変わっても書物というものは心を躍らせてくれる。
気付いた時には1人だった。それでも、本を読んでいる間は1人ではない気がしていた。
「孤独……か」
部屋には誰もいない。いや、部屋だけでなくこの家には誰もいない。周りは山で囲まれ、よっぽどの物好きでなきゃ訪ねてくることもない。嫁はおろか、恋人や友人すらいなかった俺だ、最後としては当たり前なのだろう。
身体が丈夫なだけで95歳まで生き延びた。ここ最近の医療技術や世界情勢は全くわからん。「すまーとふぉん」なるものなど怖くて使ったことすらない。
家の電話はオレオレ詐偽とセールスの電話以外鳴ることもなく、この家で発せられる音は俺の独り言ぐらいだ。
「……」
自分の死期はもう分かっているつもりだ。
早ければ今日、このまま寝たら目を覚ますことすらないだろう。
ただがむしゃらに剣を振っていただけの人生。親父の遺産を食い潰し、女を知ることなく俺は一生を過ごし続けた。
もし、時間を戻す魔法があればなどと考えたことすらある。
だがもう、俺の人生はここで終了を迎えるのだ。
「ゴホッ……ゴホッゴホッ」
もう一度盛大な咳をする。しかし、先程の食事をした後飲んだ薬がもう効いてくる頃の筈だ。
つらい今を乗り越えれば、薬によって呼吸も楽になる。
もう、目覚めないかもしれない。その覚悟はとっくに出来ているが……やはり死は恐ろしい。出来れば死にたくなどない。
まだやりたい事は多くある。
俺はどれだけ強くなれたのか?
俺はなぜ女も知らずに過ごしてしまったのか?
俺に友人はなぜ出来なかったのか?
目を瞑るといつもこの考えが頭を回り続ける。後悔がないわけではないが、今から求めたとしても何か出来るわけでもない。
願わくば、また人として人生をやり直したい。
「ふっ……願わくば……か」
目を瞑り続けると、身体中の力が抜けていく感覚がある。脳も身体も睡眠へと落ちていく感覚。
また明日、もし目覚めることが出来れば日記を書こう。そんな気持ちを持って、俺の意識は闇の中へと落ちていった。
◇
降りしきる雨の中、大きな家の玄関にはパトカーと救急車が止まっている。
周りには野次馬も多く、家から隊員が出てくると老人が1人横たわったまま運ばれていった。
親族などはおらず、孤独死を迎えた老人は最後に何を見たのだろうか。