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手料理

人に教えるという作業は、結構自分の勉強としても捗る。

普段ならば分かったと思えばすぐに別の問題に取り掛かるところをもう一度分かりやすく手順を整えるのだから、復習となって記憶に焼きつきやすく、何より自分のための勉強では上がらないモチベーションも、人のためならすぐに上がるからだ。


案外人間は、自分のことは怠けてしまう生き物だからだ。


狭い机で横に座ると、どうしても身体が触れ合うこともある。俺は暑いから半袖で、ユラは長袖だけど寝巻きのパジャマだから生地が薄く、その奥のユラの肌の感触が分かってしまう。


「ねえ、イクセくん。ここなんだけどね」

「どこだ?」


妙なこと、特に先ほどのピンクのパンツのことを頭に思い浮かばないように、可能な限り勉強に集中する。


いつもならアイの奴も「イクにい教えて」といってくるのだが、先程のことがあったからか、それとも遊びたくなったからかやってくる様子はなく、ずっと二人きりだ。


ユラは頭が悪くないので、聞いてくるのは俺も復習しておきたいような問題ばかりだ。教えながらでも十分捗る。


「んー、息抜きにゲームしない?」

「一時間ぐらいしか経ってないだろ」

「あと、お腹空いた」


そういえば、ユラは起きてすぐに勉強を始めたんだったか。

俺はシャーペンを置いて、机の上に教科書などをまとめる。


「じゃあ、何か食ってこいよ」

「んぅ、イクセくんも一緒に食べよ?」

「そんな世話になるわけにもな。昼飯も近いんだから食う量は考えろよ?」

「……食べなくてもいいけど、一緒にいてよ」


ユラはそう言い、俺は仕方なく頷いた。

まぁ、ユラの部屋に一人でいてもやることがないから別にいいだろう。


家族の多いユラの家では、おじさんの仕事時間が不安定なこともあり揃って食べるということはそう多くない。

ある程度一緒に食べようとはしているらしいが、朝はバラバラなようだ。


「イクセくんも食べる?」

「朝は食ってきた」

「僕の手料理だよ?」

「トースト焼いただけで手料理とはおこがましいな」

「ジャムも塗ってあげるよ」


俺はバター派だ。

牛乳を飲みながら、もちゃもちゃと小さな口でパンにかじりついているユラを見る。


引きこもり始めて四年か。……まぁ、家族とは普通に話せるようになっただけ十分かもしれない。

今時、在宅でも仕事は出来るし、買い物や娯楽もある。ある程度は俺も支えてやれるし、最低限生きていくには十分だろう。


「なあ、ユラ」

「んぅ?」

「……映画でも、観に行かないか?」

「パソコンで見る?」

「いや、映画館で」


それでも、もっと広く人生を楽しんでほしいと思うのは、きっとユラのためではなく俺のワガママだろう。


ユラは難しそうに首を傾げさせて、それからゆっくりと首を振る。


「んぅ……それは……」

「じゃあ、服を買いに行くのはどうだ」

「イクセくんが僕とデートしたいのは知ってるけど、僕は引きこもりだからなぁ……」


引きこもりのために引きこもっているわけじゃないだろ。

何度か頭をかいてから、言葉を続ける。


「海とかプールとかどうだ」

「イクセくん、僕の水着が見たいの?」


外に連れ出したいだけだ。そう言おうと思ったけれど、ユラはなんだかんだ優しいので俺が見たいと言えば、見せるために外に出てくれるかもしれない。


「ああ、そうだ」

「……えっち」


ユラは照れたように顔を少し赤らめて、口元を隠しながら言う。

パクッと、小さな口で最後の一切れを食べたユラは、恥ずかしそうにしたまま言葉を続ける。


「考えておくね」


ユラの言葉に頷きながら、彼女の口元に付いたミルクを拭ってやる。


「お昼からどうする?」

「宿題しろ。お前の、ただでさえ学校行ってなくて遅れてるんだからな」

「んぅ、対戦ゲームやろうと思ってたのに……」


残念そうなユラを見ると、どうしても胸が締め付けられる。


「……それは少しだけな」

「えへへ、楽しみだなぁ。用意しておくね」

「とりあえず、一回帰るな。飯時にいても邪魔だろうし、二時ぐらいにまた来る」

「えー、一緒に食べようよ」

「迷惑だろ」

「お母さんも喜ぶと思うけど」


ただでさえ入り浸っているのに、食事まで世話になっていられるか。昔と違って、ユラが俺の家に来ることもないから余計に長居はし辛い。

アイは時々俺の部屋にエロ本を隠しにやってくるが。


「イクセくんは気にしすぎだよ。むしろお世話してくれてるんだから胸を張って」


ユラは「こんな風に」と、えへん、と威張るように胸を張る。

薄手のパジャマのせいで、普段なら分かりにくい胸の膨らみが分かってしまう。

ユラの胸でも計算出来るじゃないかアイの奴め、と思いながら、視線がユラに気づかれる前に目をそらす。


「次来るまでにはちゃんと着替えとけよ」

「分かってるよぉ」


教科書は置きっ放しでもいいか。

とりあえず昼飯をどこかで食べてくるか、と思いながら立ち上がる。


一度ユラと別れて、外に出る。適当に弁当でも買って食おうとも思ったけれど、夏休みの間、ユラと外出する可能性もあるので、無駄遣いはしない方がいいだろう。

家で卵かけご飯でも食おう。


帰るまでの道のりで、一応ルフでも出しておくかと眼鏡をかけて起動する。

モンスターは勝手に行動するので、特に気にせず気軽にプレイ出来るのがいい。


夕方と昼では違うのか、昨日よりもモンスターの種類が違うように思える。

けれど空の上にいる龍のようなモンスターに変わりはなく、昨日と同様に空を泳ぐように飛んでいた。


「あれ、倒せるのか?」


かなり高度を飛んでいることを思うと、20m近くの大きさはありそうだ。

昨日のカラスのように飛べるモンスターじゃなければ辿り着けないだろうし、『範囲』のステータスも数十倍は必要だろう。


当然、それに加えて戦うには他のステータスも必要になる。

見掛け倒しで案外弱い、なんてことはないだろう。


少し歩いて家の中に戻り、眼鏡を外そうとしたが、家の中にもモンスターがいるかもしれないと思い、かけっぱなしで中に入る。


設定とは言え、虫とかいたら不快だと思ったが、室内には虫はおらず少し安心する。ルフを戻してから眼鏡を外し、卵かけご飯を食べる。


めちゃくちゃ時間が余った。暇だ。

外を歩き回るには暑すぎるので、家で出来ること。


「……俺ってユラのこと以外だとかなり無趣味だな」


ゲームもするが、基本的にユラとするだけだし、勉強もユラに教えるためだ。

趣味を作る時間があれば、先にユラのことをしているので趣味がないのも当然だった。


ぼうっと、テレビを付けてみるが、興味のある番組ではないし、わざわざチャンネルを変えるのも面倒だ。


不意に昨日の酔っ払いのおっさんのことを思い出した。

創造主の意図を知るには創造物を知るのがいい、だったか。


神を信じているような、あるいは否定しているような言葉。酔っ払いの戯言だとは分かっているものの、なんとなく印象に残っている。


俺は立ち上がり、昨日のゴミ捨て場に向かった。

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