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 彼女の目には、困惑と、疑惑が浮かんでいるように見えた。

 簡単に想像出来る。あの目は、自分を助けにやって来たとは思っていない。

 親しい友人が憎い王族だった。もしや彼も、この犯人達の仲間なのか。そんな所だ。

 信じられない、という顔では無い。信じたくない、という顔でも無い。彼女はきっと、自分で見たものは信じる。

 知られてしまった。


 護衛が警戒の色を薄めずに、イストの横に立つ。どこか気遣うような表情で、イストを見ているのが、視界の端に入った。


「……ご無事ですか、メリルさん」ひとまず、メリルは無事のようだったが、一応彼女用の笑みで尋ねる。他に何と言えばいいか分からなかった。

 メリルは視線を護衛の男に向け、すぐにイストに戻した。「どういうことだ」と、やや低い声で言う。


「それは僕の台詞ですよ。帰りの遅いメリルさんを心配して、探しに来たんです。一体どういう状況ですか?」


 とても危機的には見えない。

 僕、と言った時に、護衛が変な顔をして「僕?」と小さな声で繰り返すのが聞こえたが、無視する。

 質問には答えず、メリルが問いかけてくる。


「そういうお前は、何故ここが分かった? 最初から知っていたんじゃないのか?」


 疑う口調だが、彼女の中では既にイストも犯人の一味になっているようだ。

 ――お前、か。

 自身の呼び名に、イストは絶望した。

 顔に出てしまったようだ。笑みを見せたつもりだったが、メリルは苦しげな顔をして、「やはり……」と呟く。


「最初から、分かっていたなら――全部、掌の上だったという事か。いや、もう今更だ。私はこれから、どうなる?」


 体の力を抜いて、メリルが言った。戦う意思などは、感じられない。

 会話に、微妙な齟齬があるような気がした。

 最初から知っていたというのは、ゾランの計画――つまりこの誘拐事件を指していると思ったのだが……彼女の言葉には、別の意味も含まれているように感じる。

 掌の上という事は、彼女はイスト達の計略に嵌り、踊らされたという意味だろう。しかし、そんな事をした覚えは無いし、この誘拐事件はそんなに手の込んだものでも無い。

 どちらかと言えば、ゾラン達の事を知っていたというよりも、メリル・アーガストについて、知っていたと言われているような。


 最初からも何も、イストはメリルの事を、彼女が話してくれた以上には、何も知らない。

 まさか、と彼女は言った。王族がそこにいると彼女は認識したはずだ。そして立っていたのは、イストだ。

 この一幕で、心理的に追い込まれているのは、寧ろイストの方のはずだ。

 だが、どんな思惑があったとして、メリルがこれからどうなるかなんて、最初から決まっている。月色の瞳に出会った時から。


「観念して、僕のお嫁さんになって下さい」


 文字通り、親の敵を見る目を向けられる覚悟で、イストは彼女を求める言葉を口にした。

 柄にも無く緊張して、喉が張り付いた。


 彼女が抱える秘密など、イストは知らない。でもこちらの秘密は、いつか明かさなければならなかったのだ。もう、知られた事実は取り消せない。今取り繕った所で、もう無意味なのだから、いっそ早く連れて行く。

 イストがする事は、初めから変わらないのだ。だから、今この瞬間から、彼女に罵られようとも、憎まれようとも、名前を呼ばれなくても、二度と笑ってくれなくても……彼女を隣に置く事を、諦めるつもりは無い。


「……なにを言っているんだ」


 メリルは状況が飲み込めていないのか、呆けた顔で言った。

 油断するな、次の瞬間には、彼女の顔は憎悪で染まる……頭の中で、自分にそう言い聞かせながら、事実でしかない言葉で、彼女を追い詰める。


「メリルさん、貴女の事が好きなんです」


 イストの告白を聞いたメリルは、口を開けたり閉めたりして、何か言おうとしている。理解が追いつかないようだ。

 それにしても、こんなボロ家で言う事になろうとは、情緒も何もあったものでは無い。全てゾランのせいだ。一生恨む。


 彼女の返事は期待していない。ただ、言い分があるなら聞いておこうと思っただけだ。聞き入れるつもりは無いが、彼女の思いを、受け止めて置きたい。

 メリルはやっと口を開いた。


「何で、だって、いや、そうだ。私を騙すつもりなのか? 一体どこまで読んでいるんだ、そうやって言えば私を掌握出来ると思っているのか? 全部知った上で、情に訴えかけようとしているのか? 私が、メリルお嬢様よりも、お前を選ぶと思って、そう言うのか……?」


 半分は自分に問いかけるように、もう半分は、縋るような目でイストを見つめて、弱々しく言う。「王族は、メリルお嬢様の、敵だ。」


「私がお前に屈したら、お嬢様が、旦那様と奥様が、浮かばれない。私がお嬢様を裏切るわけにはいかないんだ……何故、そんな事を言うんだ。王族らしく、恨まれるような事を、言ってくれればいいじゃないか。何故、悪い奴になってくれないんだ。生き残った王族を恨まないといけないのに、最後の最後で、優しい言葉をかけないでくれ。これじゃあ、本当に……」


 視線を逸らされた。泣きそうな声で、「どうしていいか、わからなくなる」と呟くと、メリルは黙りこんでしまう。

 彼女の紡ぐ言葉を、知らなかった事実を、静かに聴いた。


「……貴女の言うお嬢様は、いつ亡くなったんでしたっけ」


 情報を整理しながら問いかける。

 “メリルお嬢様”。さて、他人のように自分の名前を呼んだ彼女が抱える秘密とは、一体どのようなものか……。

 全く知らない訳だが、さも全て分かった上で確認しているに過ぎない、という雰囲気を滲ませて、続きを聴く体勢に入る。メリルも、怪しむ事無く、ぽつぽつと語った。


「……ご両親が崖から落ちて、心を病まれて……すぐに。お嬢様は、私の光だった。あの方達が死ぬことになるなんて、知らされていなかった、私も王族に利用されて、殺されるはずだったから……知っていたら、私は何としてでも身代わりになんてさせなかった! でもその前に、王位争いは終わった……」


 ある考えが、イストの頭に浮かんだ。出会った時の、彼女の行動を思い出す。タイミング良く助けに入ったのは、偶然では無かったのだろうか。彼女は、最初から、イストの事を知っていたのだろうか。

 知った上で、「王族が憎い」とイストに言ったのかもしれない。でもそれは、彼女の声を聞く限りは――


「メリルお嬢様の耳に、入らないようにしておけば良かった。王族のせいで死んだなどと、知らなければ、死の間際まで、あんなに恨み言を、最期まであんなにお辛そうにされる事も、無かったかもしれない。こんな、こんな中途半端な事になるなら、」


「どうして、そんなに話してくれるんですか」


 止められなくなったように話し続ける彼女を、遮った。


「僕が憎いでしょう。それは、恨み言ですか?」


 ――彼女の声を聞く限りは、寧ろ……。


「それとも……僕を憎まなければいけないと、自分に言い聞かせているんですか?」





 メリル・アーガストという名の令嬢は、もうこの世にいない。

 両親が乗った馬車が崖から落ちて、二人ともが亡くなった事で、娘は心を病んで、体を壊した。

 後から、両親の死に王族が関わっていた事を知る。王位争いに巻き込まれ、彼ら王族の身代わりとして、殺されたのだと。

 メリルは王族を恨んだ。死の間際まで、憎んで、憎み抜いた。

 アーガスト家に仕えていた使用人に、毎日毎日、恨み言を聞かせて、その恨みは晴らされる事の無いまま、この世を去った。

 最後には、使用人だけが残った。


 その使用人は、心の底から、アーガスト家に仕える様になっていた。だが元々は、諜報のために、王家と関わりの深い貴族の家からやってきた間者だった。

 彼女は殆ど何も知らされていなかった。ただ言われた通りに、アーガスト家で働いていただけだ。

 自分が関わっている貴族が、アーガスト家を利用して、抹消するつもりだとは、全く考えもしなかった。

 勿論、自分が捨て駒として消されることも。




 彼女の話から推察して、イストが整理した情報は、こんなところだ。

 泣きそうな、でも泣けないような顔をしている彼女の両肩を掴む。彼女は震えた後、固まった。言う事を止めてしまった。

 ――貴女がそんなに苦しそうなのは……多分。

 自分の考えを確かめるために、畳み掛けるように、彼女に言った。


「恨んでくれて構いませんよ、覚悟していましたから。でも、貴女は本当に、僕が憎いんですか? ねえ、初めて会った時、助けてくれましたよね。ずっと、知っていたんでしょう、僕の事。どうして親切にしてくれたんですか。どうやって恨みを晴らすつもりでした?

 仲良くなってから、実はずっと嫌いだったって、そんな子供じみた復讐をするつもりでした? 貴女はとっくに調べたはずです、恨むべき相手は、もうとっくに自滅していると。

 薄々気付いているんでしょう、お嬢様の敵を取らなければいけないという思いが、王族に親しみを持ってはいけないという思いに摩り替わっているって。僕に好きだって言われて、そんな困った顔をして、全部、全部顔に書いてあるんですよ」


 暴論かもしれない。こじつけだ。でも、結構当たっていると思う。彼女は全く否定しない。そんな余裕も無いのかもしれない。

 彼女に、大義名分を与えてやる。


「辛いなら、憎んでいる事にしていいですよ。恨まれてあげます。いつでも敵を取るつもりでいていい。そうやって自分を納得させて下さい。僕は無理やり貴女を連れて行きます。いいですか、嫌がる貴女を、憎い王族の僕が、強引に連れて行くんです。貴女はお嬢様を裏切っていません。僕は貴女の本心を知りません。僕はずっと、片思いのままです。だから何も考えなくていい。でも、一つだけ」


 ――貴女の、本当の名前を教えて下さい。


 大好きなお嬢様の名前を、憎い男に呼ばれたくは無いでしょうからと、これももっともらしい理由をつけて、“強引に”彼女の名前を聞き出した。





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