旅に出るので家出します
僕は今3階にある自室で衣類を詰めていた。
詰める、と言っても旅行バックにぎゅうぎゅうと詰めるわけではなく、この世界に存在するアイテムボックスという素晴らしいチートアイテムに入れ込む、というのが正しいかも。
何故荷物をまとめているのか。
答えは簡単、これから旅に出る予定なのだ。
「シュン、入っても、いい?」
「ちょちょ、ちょっと待って!」
僕は急いで服をくしゃくしゃにしながらも、アイテムボックスに入れる。
「ど、どうしたのユラシル姉、また変な夢でも見た?」
なんとか動揺を抑えながら、いつものように会話をする。
「ん、そうじゃ、ない、んだけど...」
「と、取り敢えず入ってよ、部屋散らかってるけどさ。」
ガチャリ、とドアノブを回してユラシル姉が恐る恐るという感じで入ってくる。
「し、失礼、します。」
かれこれ半年前くらいからほぼ毎日僕の部屋に訪ねて来ているけれど、未だに慣れない様子。
どうぞ、と僕はベットに腰掛けるように促して、僕も同様に腰掛ける。
「それで、どうしたの?何かあった?」
「何かあったわけじゃ、ない。けど、なんとなく、嫌な予感が、した、というか...」
嫌な予感、ユラシル姉のそれは予感というよりも予言に近いものであって、言ってしまえば未来予知の類だ。
今まで、その嫌な予感のおかげで助かったことは1回や2回ではない。
「嫌な予感、か。今回はどんなものだったの?」
「いなくなる。」
「へ?」
「シュンが、いなくなっちゃう、気がした。」
「シュンって、僕がってこと、だよね?」
彼女は大きく頷くと、涙目になりながら僕の腕をぎゅっと掴む。
「いや、だよ、私、シュンがいなくなるのは、いや...」
やめてください、そんな目で見つめられたら、この家を出て行けなくなる。
というか、出て行くんじゃなくて、ただアクセサリに使うお花の採取に行きたいだけなんだけど。
「ユラシル姉、僕はこの家を出て行くつもりはないよ。そりゃ家を出ることはあるさ。買い物とか散歩とか色々したいしね。」
「でも、僕にはユラシル姉もオリフェナさんもいるんだし、何より僕の家はここなんだから、必ず戻ってくるよ。」
「そう、だよ、ここはシュンの家、だから。」
「だから、離れちゃ、いや。買い物なら、ヴェレガに頼めば、いい。散歩なら、私も一緒に、行く、から。」
やめてください、ヒキニート推奨とか、僕率先してダメ人間になっちゃうから。
「そうかもしれないけど...。お花とかも摘みに行きたいし、さ。」
「...これ、あげる。」
なんとなく俯いていたユラシル姉は、僕に1センチ程度の小さな石を渡してくる。
「ユラシル姉、これは?」
「これは、...転移石。これを、使えば、この家に、戻ってこれる。」
ユラシル姉は、泣いていた。
恐らく、いや間違いなく、彼女は僕が出て行くことを理解している。
「どこか、行っちゃっても、絶対に、帰ってきて、ね?」
涙を流す彼女を見て、誰が首を横の振れようか。
僕はこくりと頷いて、ねえの頭を撫でる。
「絶対に、だよ。」
「うん」
「3日に1回は、顔、見せて、ね。」
「いや、それはちょっと厳しいかも。」
3日って行ける場所限定され過ぎですよ。
「もし、もし、ずっと帰ってこなかったら...」
「こなかったら?」
「すぐに、迎えに行って、私の部屋から、出られない、ようにして、...うふふ。」
うん、よくそこで留まりました。それ以上は思ってても言っちゃダメなやーつ。
ばっ!
突然ユラシル姉は立ち上がると、部屋の出口まで珍しく早足で向かう。
「あれ、ユラシル姉、ど、どうしたの?」
「ちょっと、等身大の、シュンぐるみを、作ろうかな、と。」
なにそれ、怖い。
まあでも、涙が止まったのは良かった。
「そっか、...ユラシル姉もう寝るでしょ?おやすみね。」
「うん、おやすみ、すき。」
突然の告白...ってわけでもない、というか毎日の挨拶だ。
いつも僕は笑って濁すんだけど、今日くらいは...ね。
「僕も好きだよ、ユラシル姉。おやすみ。」
ユラシル姉はその場で硬直するも、こちらを振り返ることなく部屋を出て行く。
はあ、本当はオリフェナさんたちにも挨拶しておきたかったんだけど、これ以上彼女たちの声を聞いたら僕の心がもたない。
僕は身支度を再開して、考え込む。
もちろんユラシル姉たちが、僕をヒキニートにしたいことはわかっている。
出て行って欲しくない、ずっといて欲しい。
出来れば僕もそれに答えたい。
だけど、
だけど、僕が異世界にきた理由はそれを許さない。
僕は、アクセサリを作るために日本を捨てたのだから。