そのさん 【転】
隣の県に入ると、僕らは川沿いの道を進んでいった。そこは少し古臭い感じのする家が並んでいた。しばらく進むと小さな公園があったので休憩をすることにした。ユータは水筒からごくごくと美味そうに飲むとそれを僕に差し出した。
「飲む?」
「ありがとう」
中身はスポーツドリンクだった。僕はふた口ほど飲んで返した。
「思ったよりも時間がかからなかったね」
受け取った水筒を自転車のかごに入れながらユータが言った。
「うん。あまり坂が無かったのがよかったな。それにしても、さっきの橋の上だけど、怖くなかった?」
「橋? なんで?」
ユータはきょとんとして答えた。
「いや、なんでもない。さて、ここまで来たけどこれからどうする」
「そうだなあ、どうしようか」
考えていると、ふと公園にいる人たちの視線に気が付いた。ベンチに座っているおじいさんや、小さな子どもを遊ばせているお母さんたちが、こちらをちらりちらりと見ているようだ。そこで、こちらの県では今日は学校が休みではないのだと思い当たった。僕はユータに提案した。
「学校に行ってみないか?」
「学校?」
「そう。こっちでは今日は学校は休みじゃないだろ」
「え? ああ、そうだね。僕らのところだけ休みだね」
「だろう。だから、授業をしている学校の様子を外から覗いてみたら面白そうだと思わない?」
「なるほど、面白そうだね。よし決まりだ。この辺に学校ってあるのかな」
「ええと」僕は昨夜調べた地図を思い浮かべた。「この先をもう少し行ったところにあったはず」
公園を出発して川沿いの道をさらに進んだ。いちど気が付いてしまうと大人たちの視線はさらにチクチクと刺さってくる。ユータもそれを感じてきたようで、信号待ちの時に寄ってくると不安げに言った。
「ねえ、僕たち身分証を持ってきたほうが良かったかな」
「身分証ってなにさ」
「たとえば、保険証とか?」
たしかに僕もトラブルの気配を感じていた。だけどそれをおくびにも出さずに言った。
「大丈夫だろ。悪いことをしているわけじゃないんだし。堂々としてなよ」
「うん……そうだね」
僕はユータから離れるように自転車を漕ぎだし、彼はワンテンポおいて後をついてきた。
川沿いの道を離れ小さな商店街の中を進んでいった。昼前の買い物客で賑わい、大人たちは場違いな存在の僕らを不思議そうに見つめたり、今にも声をかけてきそうな表情をしながら目で追っていた。僕は居たたまれない気持ちがこみ上げて自然とペダルをこぐ足に力が入ったが、商店街の中とあってはスピードを上げるわけにもいかずやきもきとしていた。
商店街を抜けて少し行くと目当ての学校が正面に現れた。僕たちは閉じられた校門の横に自転車を置くと、門のすきまから中を覗き込んだ。学校はしんとして物音ひとつなかったが、それでも人の気配はかすかに感じられた。
「静かだね」ユータが言った。
「ここからは教室の中は見えないか」
僕は伸びをしてみた。校舎の窓は見えているが、そこから見えるのは廊下らしく人の姿はなかった。
「校庭の方に回ってみようか」
そのとき校舎の脇からジャージ姿の大人が現れた。先生だろうか。彼は校舎の正面を横切るように歩いていたが、校門の前にいる僕らの姿に気が付くとこちらに向かってやって来た。
「まずい」
僕は慌てて自転車に跨り漕ぎだした。ユータもママチャリのハンドルを両手でつかみ必死に遅れまいと駆けた。後ろで先生が何か声を上げているのが聞こえる、だけど僕は振り返らずにその場を離れた。