そのいち 【起】
六月十五日は県民の日だ。学校が休みなので、僕とユータはどこかへ出かけようという話になった。その場にいたたかし君にも声をかけてみたが、彼は部活があるからと笑顔で言った。
当日は気持ちのいい朝になった。僕は学校ちかくにあるコンビニの駐車場でマウンテンバイクに跨ったまま通りを眺めていた。少し遅めの出勤をする人や、少し早めの買い物に出かける大人たちが、少しのんびりとした足取りで行き交っている。それは僕には見慣れぬ風景だった。すると向こうの方からママチャリに乗ったユータの姿が見えた。
キイーッと甲高いブレーキ音をさせて止まると、ユータはサドルの前方にお尻を滑らせ、フレームを跨ぐように両足を踏ん張らせた。
「おはよう、待った?」
赤いママチャリは彼にはふたサイズほど大きすぎるように見える。サスペンションがついた黒いマウンテンバイクを持っていたのだけれど、先月にスーパーマーケットの駐輪場にとめておいたのを盗まれてしまい、それ以来お母さんが使っていたというこの赤いママチャリに乗っている。お母さんは電動アシストを買ったんだ、とユータは連絡をするように語っていた。
「そうでもない」僕は右足でペダルをぐるぐると逆回転させた。チェーンがジャラジャラと鳴った。
「それで、どうする? どこに行くか決めた?」
ユータはハンドル前方に取り付けられた大きなスチール製のかごからコーラの2リットルペットボトルほどもある大きな水筒をとりだすと、両手で抱えてごくごくと飲んだ。ぷはーっと息を吐きだす。
「今日ってうちの県だけが休みなんだって」
「うん、らしいね」頷くユータ。
「だからさ、隣の県に行ってみないか。川を越えてさ」
「ああ……うん、面白そう。でもちょっと遠くないかな」
「大丈夫だろ。行ったことはないけど道は調べておいたし、それほど時間もかからないと思う」
「そっか。よし、決まりだ」
ユータは水筒をかごに放り込むと、サドルに尻を載せ、ぐいっとペダルを踏みこんだ。赤いママチャリのどこかがギギッと鳴った。
「レッツゴー!」