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ザルド王国編 その1

マジックドラゴンシリーズ第2話です。


今回はジタンの物語の前期、中盤辺りでしょうか、第1話より千年位さかのぼっていると思います。

長年付き従う三人の従者、マルス、セグ、ロイドがそろい踏みです。

この後列強編へとつながるのですが、まだ先は長そうです(;^_^A

最後までお付き合い願えれば幸いです。









プロローグ








オルダ街道はこの辺ではたいそう整備された石畳の道である。

荷馬車隊が余裕ですれ違える程の幅のある街道が、何リド・リーグも続いていた。


王都に通じる街道であるから当然と言えば当然ではあるが。


行き交う行商人や荷馬車隊が数多く使っている。

季節が変わりようやっと初夏の風が吹くようになった。

人の往来も日増しに増える道理である。


王都とオルダ商業都市を結ぶ大街道の丁度中間辺り。

右手に鬱蒼とした雑木林があり、左手側が田園地帯になっているところで、緩やかにカーブしている。

雑木林を囲むように、街道は曲線を描いていた。


この辺はまだ敷き詰められた石畳が新しい。

改修されたか、新しく作ったか、まだ雑草も生えていない街道であった。


雑木林を右手に暫くいくと、湧き水の出る場所があった。

雑木林の奥は大森林地帯バグダーが控えている。

それらの森からしみ出してくる水であろう。

その側に大人が五人座っても余る程の大きな切り株があった。


森の木々が日陰を作り、格好の休憩所になっていた。


普段はそこで汗を拭いたり、水を飲んだり、補給をしたりして結構な人集りが見られるのだが、今日に限り誰も立ち止まらずに通り過ぎていく。

なぜなら、その大きな切り株に一人の大男がデンと腰を落とし座っていたのだ。

座っているだけで、男の巨体が判る。

多分3リーグを越える。

傍らに置く剣も大剣である。

こちらも2リーグ近くある赤い鞘に収められていた。

剣だけでも大変な重さがあるであろう。


行き交う人々は恨めしいそうな一瞥をくれ、通り過ぎていく。


大男の風体はさらに異様であった。


全身を赤銅色(しゃくどういろ)の鎧で覆われていた。

巨大攻殻虫コルゼアの殻を使った鎧であろう。

この世界でも最も硬いとされる殻の一つである。


ただし、コルゼアは凶暴な肉食昆虫と知られているため、滅多に材料は手に入らないとされている。

大変高価な品物と言える。

殻を使ったとしても、兜の一部とか、胸当てとかであった。


コルゼアの殻を全身に使った鎧は見たことがない。

そして、男が被る兜もまた異様であった。

コルゼア虫の頭部には二本の長い角が生えている。

元々牙が変異したものとされるが、蒼穹を描く美しいさがある。


その角が生えた頭部を兜に加工して被っていた。

眼の部分はやはりコルゼア虫の赤い眼を利用して面当てにしている。

頭から顔半分以上がマスクされていた。


眉間から生え蒼穹を描く長い二本の角のうち、右側の角が無くなっていた。


眉間から少しの所でポッキリと折れていた。

切り取られたのでは無く、強力な力で叩き折られた様な跡がある。


コルゼア虫の角をへし折るとは、想像の域を越えていた。


男は兜を外し、傍らに置いた。

まだ若い。

銀色の長髪が肩にかかり以外に目立つ。

面長の顔立ちに切れ長の眼元がやや険しい。


ダークブルーの瞳が怪しく光っている。


鼻筋の通った美男子であった。


手元の手提げ鞄からタオルらしき物を出し、額の汗を拭う。


一息、深く吐き出す。

随分疲れたような感じだ。


ー ここが待ち合わせ場所だと聞いたが、少し早かったか?



通り過ぎる通行人の視線を気にするふうもない。

そんな通行人の中で、汚い道中笠を被った、ヒョロリといた男が寄ってきて、チョコンと大男の横に座った。

痩せた貧相な男である。


笠取るとその顔はどことなく狐に似ていた。


ー 亜人種か?


汚い麻か何かで作った粗末なつなぎの作業服を着ていた。

長旅の衣装で無いことから近隣の住人らしくはある。


大男は横に座った貧相な男に一瞥もやらない。


『へへ」

貧相な男は笠をとり頭をペコリと下げ、作り笑いをした。

痩せた顔に茶髪の髪がざんばらに伸びている。


『チゲリと申しやす」


『・・・・」

大男は無言て目だけを動かす。


『しがない情報屋をやっておりまして」

またペコリと頭を下げる。


『旦那、かの有名な紅蓮(グレン)の戦士マルス様とお見受けしますが」


『・・・」

『旦那はこの先の城下町に逗留なさると思いまして、きっと私の様な情報屋が必要になると」


『・・・」


『その時は逗留先でこの笠の模様を、何処かに示してあただければ要件はすむかと」


へへとまた笑う。


笠の中央にはルーン文字に似た模様が一つ描かれていた。


『お主をどうして信用する?」

『旦那はそんな心配はしませんでしょう?」


チゲリと名乗った貧相な男はそう言うとさっさと立ち上げた。


街道を城下町に向かって歩いていった。


ー あれが地の姿では無い、か。


切り株にドッカと座り、男が去った方向を睨む。


『なるほど、面白い事がありそうだ」


すると一陣の風がが吹き抜けていった。

風と共に1羽の白い鳥がすっと、大男の肩に止まった。

小鳩であろうか。


彼が手を鳥に伸ばすと鳥の形は消え、紙片に変わった。


ー 式か。

紙片は三通あり、彼はその二通を広げた。


短い文と王国への通行手形であった。

『あい分かった」

三通目の紙片が再び鳥に変化し、空に舞い上がった。


『さて・・・」


紅蓮の戦士マルスは切り株から、重い腰を上げた。












城下町の夜















この世界(ル・リクラード)の東側にビューザ大陸がある。

大陸には四つの国があり、ザルド王国はその大陸の南に位置する。


大陸の背骨にあたる大山脈ガーネットを背景に広がる広大な穀倉地帯を有する大国であった。



巨漢の戦士マルスはオルダ街道を真っ直ぐに城下町に向かった。


陽は既に傾き、街道を行き交う人々の足は速い。

こんな所でノコノコしていて、闇に飲まれれば魔物にさらわれても自業自得としか言えない。


さっさと用をすまし、家路を急ぐか宿を探すのが常であろう。

いくら整備された大街道と言えど、夜の闇に住む魔獣まで面倒を見てくれない。


急げば陽が沈む前には城下町にたどり着くことはできるだろう。


それでもマルスは悠然と歩を進める。

彼にすれば凶悪な魔獣もそこらを歩く犬や猫と変わらぬのかもしれない。

背に担ぐ赤い鞘に収まる大剣は伊達や酔狂では無い。

彼が大剣を振るう時、赤銅色のコルゼアの鎧が真紅に染まる。


『凶戦士マルス」の二つ名のほうがとおりが良かったりする。

その凶戦士が急ぎもせずに街道を歩いている。


傍らを過ぎ去る行商人などが、気味悪そうにチラ見していく。


もしかしたら魔獣よりたちが悪いかもしれない。


誰も彼に近づこうなどと考える者はいないはずであったが。


二頭立ての幌馬車が、ギシギシ軋ませながらマルスを通り過ぎて止まった。


幌のかかった荷台からヒョイと顔を出した人間は顔見知りであった。

『旦那、乗ってくかい?城下町までまだ少しあるよ」

声色を使う相手にマルスはぶすりと言う。


『遅いぞ、セグ」

『これで超特急さ」



そう言って朗らかに高笑いをするのは、まだ若い顔立ちの女であった。


ブロンドの輝く髪が肩にかかっている。

金色の瞳はキャッツアイを連想させた。


細面の女の顔を睨みマルスは聴いた。


上半身だけあらわしているが、並の女よりガタイがデカイのが直ぐに分かる。

銀色の鎖帷子を着ている。

細い金属の糸で編みこんでいる、贅沢な代物であろう。

魔法印も練り込んでいるかもしれない。


『ロイドはどうした?」

『知らん」

簡単な会話をして、悠然と馬車に乗り込む。

頑丈な荷台が少し傾く。



初老の従者がムチを振ると馬車はゆっくりと動き出した。

二頭の馬は嘶きもせず、重くなった幌馬車を引く。


幌馬車の中は、明かり取りの窓からも光は既に入らず、薄暗い。

ブロンドの女、セグの表情もほとんど判らない。


それなりに広さが有るはずの馬車の中ではあるが、二人の巨体をもてあまし気味であった。


セグと呼ばれたブロンド女は幌馬車の奥端に陣取り、何か巨大な柄物?を肩に携えて座っていた。


ハンマーの長い柄に見えるが、サイズが規格外である。

やたらデカイ。

ブロンド女がこのハンマーを振りかぶるさまは想像の域を越えている。



二人の間で特に会話をするでもなく、馬車は夕闇が迫る街道を走る。

辺りは既に人通りはは絶えていた。


闇が近づく中、ザルド大国配下の城下町まであと少しであった。





◆◆◆




馬車が城下町についた頃には、もう辺りはドップリと闇に包まれ暗くなっていた。


木戸が設置され両脇にかがり火が炊かれていた。

門番が一人いて、従者と話しをする。

別に荷馬車を検分するでもなく、すんなり中に誘導された。


今はそんなに厳しい情勢ではないからであろう。


馬車を預ける所は既に分かっているのか、町の入り口から直ぐに脇道に入り込んでいく。


少し行くと馬車停があった。

通常の馬車停より数倍大きい造りであった。


城下町専用にあつらえた馬車置き場になっている。

2階は簡易宿泊所になっているようだ。


信用第一だが、金もそれだけ払うなことになる。


数十台の荷馬車や幌馬車が停の中にあった。

随分繁盛しているようだ。


帳場から対応に出てきた老人は老け顔の割にはまだ腰も曲がっていない元気な爺さんであった。

従者を見つけて声をかけてきた。

『ラスの爺さんじゃないか」

帳場の爺さんの声に。


『おや、久しいな」

『馬は左の奥が厩舎になっているからな」

『承知しておる」


二人はどうやら知り合いのようだ。

なんやかんやと話しなが、馬車を置く場所を指示している。


マルスとセグはその間に荷台から降りていた。

大剣と大型ハンマーは中に置きっぱなしであろう。


あんなデカイ武器を運びだそうとする者は居はしない。


代わりにマルスは腰にロングソードを帯びている。

当然、兜と鎧は脱いでいる。

皮の簡単な装備を身につけていた。

あの異様な兜も外し、肩まである銀色の長髪をなびかせていた。


異様な鎧兜の格好で城下町を歩けば、一騒動起こる事受けあいである。


一方セグは茜色のワンピースに、濃い緑色のハーフパンツに着替えていた。

腰に青いベルトを巻いてアクセントにしている。

普通の女性より頭二つ大きいセグではあるが、まあ仕方が無いであろう。

背の高さは隠せない。


一応丸腰に見える。

荷馬車の中の銀色の鎖帷子の様子と一変していた。


『俺は先に宿にいくつもりだが、セグはどうする?」

『あたしは例の情報を確認するのが先かな、宿は分かるから後で向かうよ」

『そうしてくれ」



二人はそこで分かれた。


セグは従者の爺さんに幾ばくかの金の入った袋を渡し、繁華街に向かった。


マルスは教えられた宿にと歩を進めた。


ー 途中に酒場でもあれば、

そんなことを考えながら彼は街の中に入って行った。





ザルドの王都の前に囲む様に栄えた城下町であった。

華やかな街である。


王都に通じる石畳の中央道を境に左右に街が存在している。


左側は旅籠や民宿が軒を連ねている。

高そうな宿が中央道に幅をきかせ建ち並んでいる。


奥に行けば、一般の住宅街が続いていた。


右側は明らかに繁華街であった。

『あらゆる物がある」とザルドの人間は誇らしげに言う。


ザルドに行けば何でも手に入る、と自慢する。


それもあながちウソではないだろう。


繁華街の中央道側には、立派な店構えの飲食店が軒を並べていた。

この時間帯では既にピークを過ぎているが、それでも人の往来はそれなりにあった。


少し前までは店の前での客の呼び込みが盛んであったであろうと、容易に想像できる。


幾つもある飲み屋の奥から、客の盛大に盛り上がった笑い声が響くのが証拠であった。


中央から奥に入ると、店は密集し細い小路が入り組み、あちらこちらで小さな飲み屋や酒場、飯場、惣菜屋の灯りが辺りを照らし出す。


更に奥に進むと次第に薄暗い路地に変わり、怪しい店があらわれはじめたりする。


昼間はそれ程でもないのだが、今時分この辺りをうろつく輩は、それと知れる。


怪しい賭博に、売春宿、何の店かも判示出来ぬのに以外に人の出入りが多かったりする謎の店が現れる。


そんな繁華街の上。

闇がかぶさる屋根の上をセグが音も無く駆けていく。


二階屋があったり、平屋があったりとまちまちの上を疾走する。

その姿は夜の闇を疾走する猫のようだ。


事実、セグは亜人種と呼ばれる種族であった。


種族の名は山猫族(キャリオン)

巨大山猫族の戦闘民族である。


この時代、亜人種と呼ばれる種族は多種多様に存在している。

まだ普通に人間と交流し、生活圏も共有していた。

珍しくない存在だ。


亜人種が人の世界から姿を消すのまだまだ先の世紀の話し。


セグはー 四つ脚 ーで暗い屋根の上を、その巨体に似合わず、音も無く走り移動する。普段は化身の法で人の姿に見せているが、隠せない所が一つある。

眼だ。

金色に輝くキャッツアイは隠すことができなかった。


闇を見通すセグの金色の眼が目的地を目指していた。


闇の小路の中に、占い師の店が集まる一画があった。

通称『八卦見(はっけみ)通り」


セグはその小路にふわりと舞い降りた。


降りた目の前にこきたない扉があった。


目的の店『ハザンラキンの占い屋」だ。

が、看板を出しているわけではない。


扉には小さく呪が貼られていたが、セグはそんな物も無視してノックもせず、扉をあけ ー鍵もしていない ー スルリと中に入った。



汚い扉の奥は随分と広い部屋になっていた。

部屋の中央に小さなテーブルが一つ置いてあり、その上にロウソクが一本灯っている。


唯一の灯りは暗く、部屋全体を照らすには力不足であった。

テーブルの周りを照らすのがやっとである。

だか部屋の壁側には棚やタンス類がひっそりと有るのは分かる。


暗闇を苦にしないセグの瞳は入り口から入った正面にもう一つある扉が、音も無く開くのを確認した。


外からの見た目以上、この空間は想像を越えて奥が深い。


ー この奥は何処につながっているのか?


セグはそんな事を考えながら、現れた小さな影を見下ろしていた。

黒いフードを頭から被った人物がソロリと歩み出た。


手には魔法師特有のねじれた杖を持っていた。


『以外に速いご到着ではないか、セグ殿」

枯れて、しわがれた老人の声であった。

テーブルの下にあった小さな丸椅子を引き出し、チョコンと座る。

ゆっくりと頭のフードを後ろに下げた。


老婆である。

長く伸びた白髪を後ろで簡単に縛り背に垂らしていた。

皺が顔を包んでるかのようだ。

細い、皺と間違えそうな眼の奥で暗い灰色の瞳が見える。

高いワシ鼻はやはり魔法師特有のものだろうか。

歯が欠けた口がほくそ笑む。


『そうだろ、以外に、だろ?ハザンラキン?」

セグは両腕を胸の前に組んで、偉そうな素振りで言う。


魔法師の老婆は手に持った杖を小さくふって見せた。

すると、部屋の四隅に青白い鬼火が現れ、暗い部屋を照らし出した。

部屋はやはり思っていた以上に広い。

グドンが入る程の広さがある。


『・・・」


驚いた事に部屋の四隅に四つの暗い影法人が憂っそりとたたずんでいた。



セグは入ったときから勘づいていたのだろう。

さして驚きもしなかった。



『護衛付きとは豪勢なことだね」

『まぁ、事がことだけにな」

老婆ハザンラキンがまた小さく杖を振る。


『しかし、われらは護衛を依頼されまして、」

思いがけず、暗い影が声に出して反論してきた。

まだ若い男性の声であった。


ー 下がれ、と言われたかな?

セグはヒッソリ考える。


『此奴とは古い付き合いじゃ、下がっておれ」


護衛の暗い四角の魔法師はそれ以上反論はしなかった。


影の中に染みこんで、去っていた。

『案外素直じゃないか」

『ふぇ、ふぇ、ふぇ、まぁそう言うな」


ー 去って行ったわけではないはず。案外影の中に、


『さてセグよ、話しに入ろうか?」

『まて、その前に、その格好は何とかなんないの?」

『良いではないか?」

『.....」

『わかったよ」


老婆ハザンは黒いフードから両手をだし顔を触った。

仮面であった。


仮面が外れると魔法が弾けた。

黒髪の美少女がそこに現れた。


まだ若い少女が着る黒いフードコートは似つかわしくない。


ハザンラキン、またの名を『第11代夢見の預言姫ラーサ」であった。



『では要件を話そうか」

預言姫ラーサは黒い大きな瞳でセグを見つめて言った。



ー なんで老婆の格好でくるんだ?

ー 雰囲気作りよ♡




◆◆◆






その頃、マルスは繁華街を少し奥に入った居酒屋にもぐり込んでいた。



客引きの若い娘に誘われるまま、その店に入った。


中は意外に繁盛しているようで、幾つかあるテーブルは埋まっていた。

酒場特有の賑わいで、マルスが入って来ても特に注意を引くこともないようだ。


皆、陽気に酔っ払っていた。



デカイ男が一人入って来たところであまり注意を払いはしない。


勧められたカウンターの隅に陣取って出された酒を飲み始めていた。


マルスは前金で1/4銀貨(タース)を二枚渡し、おまかせにした。

気前の良い払いに女将はめを丸くしたが、何も言わずにすぐに用意してくれた。



酒は自家製酒、この地域では当たり前に飲まれている蒸留酒レクタを冷やし、炭酸水で割って飲むが常であった。


酒と一緒に三本の串焼きの肉が出された。

多分牛(ラク)であろう。

大きめの角切り肉を特製タレにつけて焼き、五個を串に無造作に刺していた。


この店の一番の人気商品である。


マルスはこの肉をあてに飲んでいたが、酒が物足りず『火酒(リガン)」を大コップにした。


串焼きを追加した後、幾つかの皿が出された。


キノコと野菜の炒め物や、肉をコトコト煮込んだシチュー風な物、自家製のフカフカの丸パンが目の前にならんだ。


暫く飲んでいると、隣の少し離れたテーブルで盛り上がっている二人の男の話しが、聞こえてきた。

聴くとはなく耳にしていた。


店の喧騒の中で、近くの話しが妙に気に触った。


『俺が配置された宝物殿は地下に在るのだが、」

城勤の若い男が串焼きを頬張りながら言った。

栗色の髪に白い肌、青い瞳の優男である。

衛士に見えない。


『お前、いつの間にお城にあがっんた?」

同い年の青年は驚いて聞いた。

こちらも銀髪に色白、やはり青い瞳の優男だ。


『親父がうるさくてさ、短期の研修みたいなもんよ」

『なんだ、だったら離宮とかの門番にすればいいじゃないか」

はふはふと肉を頬張る。

『俺はこの前、馬場の草刈りだったぞ」と言いながら肉を咀嚼する。



『あっちは正規の衛士の仕事だろ。こっちは非正規」

『そんで地下の倉庫の番人か、はっ!ご苦労さま」


マルスはたわいのない話しを聞きながら、この二人は多分貧乏貴族か下士官の次男か三男坊と推察した。


両親が手を回して城で働ける口を探しているのだろう。その足掛かりとして、馬場の草刈りや地下倉庫の番人を世話してもらったのであろう。

戦時下であれば最前線で下手な指揮をして死んでいく人間であろうが、平和時ではこの手の人間はただの穀潰しにしかならない。


ー 世話の焼けるボンボン様たな。


二人は酒が入っているため声が少し高くなっていたが、周りはさして気にしていなかった。


『この前の夜勤の時な、その宝物殿の中から異様な音がしたんだ」

『音?どんな?」

『んー、獣の叫び声とか、うなり声とかに近いかなぁ」

『地下倉庫に動物でも飼ってたのか?」

『まさか!」

『じゃあ、何かが迷いこむとか」

『無い、無い、入り口は一カ所だし、魔法印で封じられているんだ。はいれっこないよ」


『ふーん、それで?」

聴き手はあまり興味がわかないようだ。

『それで直ぐに担当者に連絡したよ、そしたらさ」

グラスの酒を一口煽り、神妙な顔付きで言った。


『次の日に魔法省から二人の役人と三人の調査師がワラワラと来たんだ」

『へぇー、大層なこった!」

『直ぐに封印を解いて、鍵を開けて宝物殿に入って行ったよ」

『お前さんは?一緒に?」

『まさか!門番様だぞ、はいれるもんか」


栗色の若様は『ははっ」と笑って肉を頬張った。

肉を飲み込みながら『そんでよ」と声を落として言った。


『小一時間程で魔法省の一人がほうほうの躰て逃げて来たんだ」

『逃げて?」

『うん、あれは絶対逃げてたな、絶対」

『一人か?あとの調査師とかは?」

『戻らなかった、魔法省役人一人しか戻ってこなかったよ」

『ふーん」

相手はあまり興味が無い相槌を打つ。


『その後、また大層な人数の魔法省の奴らが押し寄せて、宝物殿の中をなんやかんやと騒いで、また入り口に鍵をかけたんだ」



『へぇ、番人の仕事は?」

『それがさ、まだ続いてんだなぁ」

『続いてんだ?その後どうなの?」


『変な音は今だに時々あるな、そん時はいちいち報告するけど、まぁ様子見かな」

『そうなんた」


二人の話しはそこで尻切れトンボになった。他愛の無い話しに変わって行った。


ー ザルド王城の宝物殿は幾つかあるが、地下にあるのは二箇所の筈だ。ボンボン様の話しの宝物殿は多分、西の外れの所だろう。

マルスは記憶を探りなから酒を飲む。

なぜマルスがそんな事を知っているのかは、置いておいて。


ー 地下1階、2階はそこそこの宝が置いてあるが、あそこは確か地下3階まであった筈。問題は3階の宝物殿だ。


マルスは過去の嫌な記憶を蘇らせていた。


ー 今の話しが話し半分でも、、まさかなぁ。


ボンボン様二人が店を出るのを確認すると、マルスはゆっくりと席を立った。


ボンボンが店を出るのに合わせて、直ぐに後を追う数人の客を見たからだ。


ー これは面白い事になりそうだ。


マルスは不謹慎な事を考えながら後をつける。

自然と笑みがこぼれてきた。

もしもこれを見た人間がいたならば、その不気味な笑みに背筋が寒くなったに違いない。





暫く行った先の袋小路に複数の人影を確認した。

さっきのボンボン二人を囲むように四人の人影がいた。


二人は殴られたか、蹴られたかしたのか、地面にうずくまっていた。


二、三発殴られ、転がったのだろう。

そこをしこたま蹴られたのかもしれない。

二人の顔は変形し、血にまみれていた。


『ちゃんと、聴かれた事にちゃんと答えていれば、こんな目に遭わないのになぁ」

四人の中で一回り体の大きな、多分リーダー格であろう、男が陰鬱な声色で言った。


『だから、なんの事だか、ガ!ぅ!」


途中まで言って呻きに変わった。また腹でも蹴られたのだろう。


『そんな返事は期待していない」

『う、え?」


ー このままだと、ボンボン様二人とも話せなくなるか、仕方が無い。


マルスは消していた気配を表し、囲む四人の後ろに現れた。


『!」

突如現れた巨大な影、自分達より頭二つ高い人影に四人は度肝を抜かれた。


『なんだ貴様!」

誰が叫んでいた。


ー 四人もいらん。

マルスの剣が閃くと三つの首が宙を飛んだ。

頭を失った体は、切断された首から大量の鮮血を吹き出しなから地面に崩れ落ちた。


リーダー格の男が残った。


半分気絶しているボンボン様二人を見下ろしながら、マルスは言った。


『俺も聴いたことにちゃんと答えれば、決して手荒なことなどしないぞ」


『ひっ!」

こいつは絶対嘘つきだと確信した。


『な、何が聴きたいんだ?」

男は震える声で言った。


『さて、何を聴けばよいのかな?」


死神(マルス)は面白そうに聞き返した。


    










白夜の森










大山脈ガーネットの東側から西にかけて広がる大森林地帯バグダーから街道まで下がった森林を、この地域の者達は『オロンの森」と呼ぶ。


そのオロンの森の北側にオロンの宿場町として栄える湯治場がある。

白熱石と呼ばれる岩石がこの辺一帯を形成し、地下水を加熱して温泉となって湧き出ていた。


ー 火山性ではない。この世界(リクラード)では火山は存在していない。強いて言えば火薬類も無い。その材料が無いからだ。



湯治場はザルドの城下町や沿岸州につながる街道の中継地に丁度よく、宿屋が数軒あったがどれも年中繁盛していた。


そのオロンの宿場町の奥は森林からの清流が長い時をかけ岩だなを浸食して落差のある滝を作っていた。


滝壺からの流れは清流を作り、山を浸食して結構な急流を作っていた。

渓流の流れは白熱石に当たり、宿場町付近の山間での蒸気を発生させている。

蒸気は霧を作り、年中白い闇に包まれている事から滝から宿場町付近のある森を『白い闇の森」と呼んでいた。


これも名物の一つで観光名所になっている。


ところが、最近不気味な噂が流れていた。


その白い闇の森に何やら凶悪な化け物が住み着いたと言う。

不気味な咆吼が宿場町まで聞こえてくると、町の者達は身を縮めた。


ー なんとかしなければ。


変な噂が流れれば、せっかく繁盛している宿場町の評判に差し障りが出かねない。


町名主立ちは人を頼んで退治しようと考えたが、我こそはと名乗り出る者なぞいない。

傭兵を雇う計画もあったが、高額な費用ー 足元をみられ ーをふっかけられ、らちがあかなかった。


そこへ二人の旅人が現れた。


ひょろりとした若者、吟遊詩人風の出で立ちでさして強そうには見えないが、つれの従者風の男はでかくて頼りになりそうであった。


若者はテンガロンハットを被り、ハットのヤマの左右にバロー鳥の白い羽を一本づつ、きざったらしく刺している。

小さなリュックを右手にもっているが、長旅なのか随分薄汚れていた。


吟遊詩人風のチェニックの軽い服装に黒いマント 元は青色?を纏っていた。

マントの端の肩先から金属製の棒が見える。

長い棒を袈裟懸けに担いでいた。

棒を担いでいるなんて、可笑しな奴だ、とみられていた。



つれの大男は長身で三リーグを軽く越える。

幅も広くがっちりした体格をしていた。


鈍色の硬い皮膚は、多分ガチン族に違いない。青い兜の両脇に短角が生えている。

肉食甲虫ガーゼンの殻を加工したのであろう。

胸当て、手甲、足甲とも青い甲虫のものだ。

背には巨大な両刃の千斧が2本くくられている。

これは凄い戦士だぞ、と皆色めき立った。


青年の名はジタン、従者の名はロイドであった。


彼らは化け物退治を引き受けるハメになっていた。


二人はオロンの湯治場で一番の旅館のスイートルームに通されていた。


『ジタン殿は厄介ごとを簡単に引き受けなさる」

『はは、たまには人助けも悪くは無いだろう」


『たまに、ですかね?」

『ロイド、そお言うなよ。一応反省しているんだよ」

『本当ですか?」

『うん」

『・・・」


ロイドは疑い深い目で睨んでみせる。


実はこの地、オロンに入ってすぐに二人は食事にありつくため手頃な飯屋に入った。


その飯屋に働く美人の女中から、白い闇の森に住み着いた化け物退治の話しを聞いた。


ジタンは『化け物退治は専門家だ」と安請け合いをしてしまった。

ロイド曰く、ジタン殿は美人に弱いであった、


話しは直ぐに町名主に疾風のように伝わり、ジタンとロイドの二人は、あれよあれよという間にスイートルームに通されてしまった。



『まぁ、仕方が無いじゃないか、さっさと化け物を退治してマルスとセグが待つ城下町に行こう、な!」

『やれやれ」


ロイドは深いため息をつくが、我が剣の主ジタン殿が引き受けたのだから無下にも出来ない。


『そうですな、そうするしかなさそうですな」


そして、二人は部屋で夜中まで時間を潰し、問題の白い闇の森へ向かう事になった。

化け物は夜半に騒ぐらしい。



町名主達に『くれぐれもよろしく」と見送られて、二人は森へと向かった。


森の奥に進むと以外に明るいのがわかる。

白熱石が所々で顔を出して夜の闇を払っていた。

灯り取りの松明は必要は無いようだ。


二人は真っ直ぐに滝壺を目指す。



夜は気温が下がる為か、霧は少し薄いようだ。


すると、霧の向こうから獣の叫びが聞こえてきた。

金切り声に近い叫びだ。


『ロイド、この獣の声だけど?」

ジタンはのんびりと尋ねた。


『はて?聞き覚えがあるような」

『うん、なんだけっかなぁ」


そんな話しをしていると噂の滝壺付近の森に近づいていた。

以外に近い。


清流が勢いよく流れ落ちる音と、白熱石に当たり水が蒸発する音が混じって聞こえてくる。


白い闇が立ち込めている、その中に、獣がいるのが分かる。

金切り声が近くに聞こえる。


化け物はこの霧で視界が効くのだろうか?


ジタンはゆっくりと背の金属製の棒を外し、両手に持つ。

2リーグ程の丸い棒である。

この世界リクラードでは棒は武器として認識されていない。

だが、ロイドは知っている。


ジタンがその棒『ロッドステア」を構える時の恐ろしさを。


そしてロイドも、背に担いだ2本の戦斧を外し手に持った。

巨大な両刃の戦斧である。通常の数倍の大きさと重さがある。

それを軽々と持っている。


『ガイラでしょうか?」

ロイドはトカゲの一種の名を口にした。

『んー、そうだけど、なんか変だ」


ジタンに緊張感が無い。

ロイドは少し緊張感があるが、戦闘態勢に入っているわけではない。


が、その時!


黒い影が目の前に現れた。

霧を払い、見上げるばかりの巨体である。


ー これは!

ロイドは驚いていた。


姿はガイラであろう。

よく見るトカゲである。

しかしサイズが十倍近くある。恐竜サイズだ。


そのトカゲは二本の足で立ち、棍棒のような武器を携えていた。


トカゲが立ち上がっている。

まるで人の様に。


『変種にしては、なんだかなぁ」

ノッソリと動くトカゲに対してのジタンの感想た。

『しかし、囲まれた様です」


一匹ではなかった。霧で数は知れないが随分いるようだ。


目の前のトカゲが金切り声を急に上げた


トカゲの躰が変化した。

皮膚が硬化し、白熱化してきた。


『ほぉー」

ジタンが関心する。


『白熱石を食ったかな?」

ジタンの感想である。

『まさか」


しかしトカゲは更に変化していく。


背中の背びれらしき皮膚が硬化して石化し、鱗状に形成されていく。


『変種のガイラにしては、形状は珍しいですな」

『これは変種じゃないよ」

『では?」


『トカゲと白熱石を合成したんだ」

『合成!?ですか?」

『うん、それも禁呪の魔法を使ったようだ」

『!」

ジタンは手に持っていた金属の棒を地面に突き立てた。


両手を身体の前で交わし、複雑な動きをする。

ジタンの精神統一である。


ロイドは衝撃に耐える姿勢をした。


真空の(わざ)の一つ『人旋風」


ジタンは両手を頭上に移動させながら印を構成した。

そして両手を振るう。同時に裂帛の気合が発声された。


『はぁ!!』


突風が起こった。

ジタンのマントが風で舞い上がる。

ロイドのマントもはためく。


風は渦を巻き森の霧を巻き込んで行った。

風が唸りを上げ、烈風となって森の木々をざわめかせ、木の葉を吸い上げていった。


霧が晴れた。



白熱石トカゲの群れが、数十匹、いるだろうか?


トカゲの目に狂気の色が映える。

攻撃体制に移った。


『来るよ、ロイド」

『おまかせあれ」


ジタンは棒を取り構えた。

ロイドは、2本の両刃の戦斧を構えた。


トカゲの叫び声が重なった。






ザルド王国編 その2へ











































まだまだ序盤なので、物語は静かに進行していますが、だんだん血生臭い展開になる予定。


まずマルスが絡むと悲惨な展開になることが多くなるなぁ。

でも、絶対面白くなる!

乞う御期待!

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