お魚煉獄。
どうも、大塚です。
受験に備えて活動を控えていたということで投稿していませんでしたが、息抜きに書いた海のお話でもひとつ。
注)オチはありません。お暇な方、読んでくだされば嬉しいです。
「なぁ、ここ、うまいらしいぜ」
「うまいって、何が?」
◆ ◆ ◆
「いや、聞いたんだって!うまいんだってよー」
ココ、と見せて言うのはサタケだ。
普通だったら指を指すところだが、彼が指さして伝えれないのには理由がある。
そう、彼は、魚なのである。開きにしても旨いアジの、サタケ。サケではない、サタケだ。
隣で「へぇ~」と相槌を打っているタナカもまた然り。ちなみに彼は、サバである。味噌煮…は定番すぎるのだろうか。
「ここ、だろ?」
タナカがヒレを動かして見せたのは背骨の辺り。
「そうそう!!」
理解してもらえて嬉しそうなサタケは尾ビレを動かし、ぐいと水中を進んで一回転した。彼が喜んだときにするサインだ。
「…でもここ、骨じゃんか。人間ってどんな趣味をしてるんだか」
「ちがうんだよ。この背骨の、周りの肉を食うらしいんだ」
おえっと顔をしかめてみせるサタケ。嫌そうな顔をしたが心底楽しんでいるようだ。
それに対してタナカは、人間の趣味がおかしいらしく笑っている
「ちょっと気になるよなー、どんな味か。いや、アジじゃなくてさ。うん。サバでもいいんだけどね」
「おいおい、やめろって」
魚の中でもお前に食われるのは御免だ、とヒレを左右に動かすタナカ。
美味しいかどうかなんて、知りたくもない。
「こないだあの辺の渦巻いてるところで会ったジョンいたろ?」
「あー、いたかも」
「そいつはな、イザカヤってところに連れて行かれたらしいんだよ」
ジョンとは、気前の良いイカである。
船に店の名前が書いてあるのを見た、というのはこの辺では珍しくないのだった。
「さっきすれ違ったキダの奥さん、そうそう。可愛いよな、うん。その人は一回釣られて、そんで戻ってきたんだってよ!」
「キャッチアンドリリース、とかいうやつだろ?聞いたよ、もうこの辺の海域じゃ噂になってるって」
キャッチアンドリリース。
なんでも、人間の間で魚を釣った奴がその行為自体に満足して、魚を海に戻すっていうのが、はやっているらしいのだ。
…と、魚界では言われている。まぁ人間が何を意図してリリースしているのかは知らなくても良い案件なのだろう。
「だからな?釣られたときはな?キャッチアンドリリース!って叫ぶんだってさっ」
意気揚々と言い放ったサタケだったが、魚同士が話すその言葉で釣った人間に通じるかなんて考えていないのだろう。
彼は釣り人が発する言葉を理解しているのだろうか。謎である。
「じゃあ俺も…叫んで、みようかな」
素直である。
まぁ人間に捕まるということは、すなわち死を意味するのだから叫ぶことに意味は、まぁ、あると信じよう。素直さは神なのだ。
きっと、釣り人の目には魚が口をパクパクと開閉しているだけのように見えるのだろうが、それは必死の抵抗なんだと思ってもらいたい。
そして口の動きをしっかり見ていれば「キャッチアンドリリース」と言っているはずだ。見てみようじゃないか。
「他にはどこが旨いんだろうなー。ってかさ、貝って旨いの?」
サタケがまたも口を開いて言った。
「ツメタガイの先輩いるじゃん?そう、二個あっちの岩の陰の。聞いたんだけど、旨いらしいんだよね。特にアサリ」
「アサリ!?そういやこの前、アサリのせっちゃんツメタガイに食べられたって聞いたんだけど!?」
「あぁ、それはツメタガイの先輩じゃないんだってさ。聞いてまわったら他の奴が食ってるのを見たって言うのがいてさ」
へぇーと、下を向く(目だけだけど)サタケ。
彼はアサリのせっちゃんに好意を寄せていた。だが、魚類と貝類の恋愛はタブーとされているため、思いは伝えていなかったのだ。
二匹は愛し合っていたのだと思う。
「なんでイソギンチャクに生まれなかったんだ」と悔やんでいたサタケの表情がタナカの脳裏をよぎる。
イソギンチャクは、小さな魚といつもイチャイチャしているのだ。イソギンチャクのユウが良い例だろう。
毎晩とっかえひっかえメスの魚を中に受け入れて…嫌な話だ。
仲間の魚とイソギンチャクの話をするのも、魚類の仲間内ではタブーなのだ。まぁそれは、イソギンチャクに対する彼らの嫉妬から来るものなのだが。
「アサリのせっちゃんなー。可愛かったもんなぁ」
「ほんとになー…」
しょんぼりしている。これは由々しき問題だ。彼は一度落ち込むと立ち直りが遅い。人一倍…いや、魚一倍遅いのだ。
繰り返す、由々しき事態である。
彼が落ち込むと面倒だ。タナカはそれを十分に理解しているため慌てている。実に、慌てている。内心は。
「まぁでもな、女の子って他にもいるじゃん?ほら、あそこの海草の奥にいる彼女…ずっとお前のこと見てないか?」
「え…?まじで?」
開き直りは速かった。
思っていたより速かった。タナカは呆れた。いや、まぁ喜んだよ。
「うん、あぁ。うん。」
その後、適当に話をスルーしていたタナカはサタケにキレられました。
◆ ◆ ◆
「ここ。うん、そこ」
「へぇ~」
例によってまた旨い部位の話をしているらしいサタケとタナカ。今日は他にもう一匹。
「スズキさんはさぁ~。俺らの旨いところって知ってる?」
スズキさん、と呼ばれたのは眠そうな表情のタイである。決してスズキではない。彼はスズキさんであって、スズキではないのだ。
「んぅー、知らへんなぁ。食ったことあるわけちゃうし、食いたいとも思わへんからのぅ。それに、旨いって人間の感覚ちゃうん?いや、知らんけれども」
スズキさんは物知りで有名な魚なのだ。スズキさんが知らないとなると他の魚に聞いたところで誰も知らないのだろう。
「なぁ、サタケ。人間の世界ってどんな感じなんだ?人間は、俺らみたいな魚を食って、あとは海を汚す存在ってことくらいしか知らないだろ?」
「いやぁ。そんなの俺に聞かれたって分かんねぇよ…スズキさん分かる?」
「んー、俺も人間とちゃうしなぁ。まぁでも二足歩行するやろ?俺らにはない、足っちゅうもんがあるやんか。ヒレにも指とかいう細長いの付いとるやろ?」
うんうん、言われてみれば…と自分のヒレを見るタナカ。
「あの指…ってさ、何に使うんだろうな」
「さぁ、俺らを捕まえるためにでも使うんじゃないのか」
「あの細長い触手みたいなんで、文字っちゅうもんを書いたりするみたいやで。読めるやろ、あれ、ほら」
そこには「高田漁師組合」と書かれた船。
まさに彼らの真上に漁船が止まっているのだ。
「あぶない!それはっ…」タナカとサタケが言おうとした瞬間。
パクッ。
そこには擬音が聞こえてきそうなほど勢いよく、餌を飲み込もうとするスズキさんの姿。
ぎょっとして口を開けた彼だったが、餌の中にあった針が喉に刺さって抜けないらしくもがいている。
「いってぇ!おいっ、うわっ。いひゃいっ、やめっ」
悲鳴(?)を上げるスズキさんを助けようと、サタケとタナカは必死で、彼を釣り上げんとする釣り糸に小さな歯をたてている。
無駄だった。彼らの奮闘は意味を成さず、未だ切ろうと噛みついたままの彼らをひっかけたまま、釣り糸は海面へ向かっていく。
このままでは彼ら三匹、仲良く釣り上げられてしまう。
スズキさんは喉に刺さった針が痛いのだろう、右に左に引っ張って抜かんとしている。
が、人間の発明した釣り針は簡単には取れない。動き回っては、奥まで食い込んでしまってもおかしくはない。
上に見える、二匹だけでも逃げてもらおうとスズキさんが振り落とそうとしたその時。
釣り糸の先は、バシャンッと大きな音を立てて水面から引き上げられてしまった。
「キャッチアンドリリィイイイイイイイス!!!!!!!!」
二匹の声(人間に届いているかは定かではないが)が、初めて空気中で響いた。
パチャンッ
三回の水音を、彼らは忘れないだろう。
「キャッチアンドリリース、人間って分かってくれるんだな」
そう言ったタナカは、初めて何かに頭をぶつける感触を覚えた。
四方を取り囲む壁は冷たかった。
どうでしたでしょうか?
思いつきで書いたお魚の話。実は自分が焼いたノドグロを食べているときに思いついたお話です。
需要があるかは分かりませんが、受験生の息抜きにお付き合いくださり、ありがとうございました。
ではまたお会いしましょう。読んでくださった全ての皆様に感謝を込めて。
大塚 涼火
作者twitter【@Ryouka_Ohtsuka】