チートキタコレ
チートキタコレ
僕、菅原道真は異世界に転移した。
早朝の散歩中、塀の上の猫がにゃあと鳴いたのに気を取られ、一歩進んで前を向くと、そこは草原だった。
さすがに1分ぐらいはびっくりして色々考えたが、とりあえず拳を青空へ突き上げた。
「異世界転移きたああああああ!」
叫ぶ僕の隣で、ヤギがむっしゃむっしゃと草をはんでいた。
・
少し歩くと村があった。
僕の身長よりも少し高い程度の柵に囲まれている。柵の内側には、木造というか、半草造の家々。柵の外側には、畑と、家畜が囲われた柵があった。ヤギが30頭ほどぶらぶらしていたり寝そべったりしている。
僕の後ろを着いてきたこのヤギは迷子だったのかな。
太陽が傾いているが、朝なのか夕方なのかは分からない。転移してから歩いて20分ほどだ、太陽がどっちに動いているかはまだ分からない。
草原の終わりは森になっている。その近くに村はあった。
この草原は森の中にどばっと開けた場所の様だ。森の中に転移してたら熊さんと出会ってお待ちなさいと追いかけられて生きたまま腹をもっちゃもっちゃといただかれていたりしたかもしれない。
ともかく、さぁ、ファーストコンタクトだ。
村の近くに村人発見。子供達も走り回っている。
僕の後ろでめぇぃと鳴くヤギに勇気をもらって、
「たのもー! じゃなかった。すみませーん! こんにちはー?」
しばらくぶりに大きな声を出した。
・
最初はヤギ泥棒かと疑われたが、説明したら分かってくれた。
言葉も普通に通じた。日本語が聞こえるわけではないが、理解できた。自分が喋る言葉もこちらの言葉に変換されているようだ。相手に喋っている言葉も独り言も日本語なのだが、独り言の方は伝わらなかった。相手に伝える気があると変換されるのかもしれない。よくわからないが。
定番の記憶喪失設定にした。とはいえ、後でボロがでると困るので、普通に生活していてそれからここに来るまでの記憶が無いという事にした。
実際、僕には瞬きの間だったけど本当は転移してくる時の記憶をなくしている可能性だってあるのだ。
日本とはどんな国かと聞かれて説明したが、物珍しさで集まった村人達の好奇の目が、可哀想な物を見る目に変わった。
まぁいいけどね。
その後、だいぶ手厚く歓迎を受けた。歓迎だよな? なんだか介護ちっくだったんだけど。
藁編みの座布団を指差して、
「ほら、これ。これに座るんだよ。ゆっくりね。支えててあげるから、あんまり力んじゃダメだよ」
という具合だ。
僕の上下黒ジャージにスニーカーの服装は、灰色の貫頭衣を着ている村人達の中で完全に浮いていた。
子供達はじゃれついてきて可愛いものだが、大人たちがそれをたしなめる。
「やめなさい。お兄ちゃんは頭打ってるんだ。あまり激しく揺らしてはいけない」
転移した時は直立してたんだけど。
ともあれ、どうやらイージーモードで助かった。
突然人攫いからの奴隷落ちだったり、村人に身ぐるみ剥がされて殺されて土の肥やしコースでも無い。
この村の人々の見た目は、アジアの西あたりの顔というか、彫りが深いアジア人というか。髪の色は茶色から金髪。肌は少し茶色い。目の色はグリーンやブルーだった。全体的に深めの色をしている。
元々は遊牧民らしいが、数が増えたためにコミュニュティーから別れてここに来たらしい。
遊牧民が突然森の中に居を構えるとは冒険心溢れてるな。
「ずっと草原暮らしじゃったからの。森で生きてみようかと思ったんじゃ。ヤギを連れて森を抜けたらまた草原に出会ってしまったわい」
そう言って、村長の爺さんは笑った。
ちょっとアホなんじゃないかと思ったけれど、案外こういう人が人類の版図を広げて来たのかもしれない。
村の規模はおよそ150人。村長はお年寄りだが、後は結構若い人達だった。子供が一番大きな子で5歳ぐらい。ここに定住してから生まれた子らしい。
長旅に年寄りや子供は連れて来れなかった。
移住して、子供も生まれて、僕にじゃれついて引きずり倒すぐらい元気に育っている。良い事だ。
主食はヤギの乳製品と森の中の獲物。
元々弓矢を使う民族で、それは森の中の獲物に対しても有効だった。
いいなぁ。弓いいなぁ。
色々話をしながら、3日も長居してしまった。
西側の森が薄く、そこを抜けると街道に出る。街道をそのまま北に進めば街があるという事だ。
森を抜けるまでは若い衆が護衛をしてくれる。
熊も狼も居ないが、山猫がいるらしい。
日本じゃあまり見かけないが、犬ぐらいの大きさの猫だと言う。こええよ。虎の子供じゃないのか?
村を立つ時には、子供たちが手を振りながら泣いていた。
つられてこっちも涙が出た。
たった3日だったけど、楽しかった。
若い衆とちょろちょろ話をしながら森を進む。かなり緩い感じだが、通り抜けるだけなので声を出していた方が良いらしい。獣がこっちを避けてくれる。
体感で3時間。実際には1時間も経っていないと思うが、慣れない森歩きで汗だくになった頃、森が開けた。
すぐそこに街道が通っている。
若い衆の1人が指を刺した方に城郭が見える。城郭都市か。ファンタジーの基本だな。
そこで若い衆と別れた。
別れる際にヤギのチーズを一袋持たせてくれた。
これを売れば金になるという事で。
村の人達は街へ行って乳製品や細工品、獣の肉や皮などを売って、それで生活に必要な道具などを買っているらしい。
ということは、このチーズも本来なら彼らの生活用品になるべきものだったはずだ。
3日間面倒見てもらった上にこんな気遣いまで。
ありがたくて涙が出た。
僕が泣きながら何度も頭を下げると、
「よせやい。お前はもう家族も同然だ。それより、街に着いたらチーズ売って、まず治療院に行けよ? 絶対だぞ! 約束してくれ兄弟」
僕は若い衆の皆と握手を交わす。
「困った事があったら帰ってきな。お前は手先が器用だからこきつかってやるぜ。ともかく、治療院には行けよ。絶対に行けよ」
若い衆、いや、兄弟達と治療院に行く約束をし、そして、背を向けて歩き出した。
・
結構遠いかと思ったけど、歩いたら1時間かからなかった。とはいえ体感だ。時計ほしいな。
城門に門兵がいたので、事情を話して街に入れてもらった。
「坊主、商店は大通りを真っ直ぐ行けばある。治療院は…… 商店の奴に聞け。いいか、絶対に聞け。教えてくれなかったり忘れたりしたら戻って来い、案内してやるから。いいか、絶対に治療院に行くんだぞ」
門兵に何度も念押しされた。
・
さて、僕は、商店を素通りした。冒険者ギルドに向かう。
村長に冒険者の話は聞いていた。冒険者になるにはどうしたらいいのか聞いたら教えてはくれた。冒険者ギルドに行って登録すればいいと。しかし、冒険者になりたいのかという問いに、曖昧なYESで返答すると、やんわり止められ、とにかく治療院に行けと言われた。
記憶喪失設定がどうというより、本当の話のせいでだいぶ心配されている。
あんまり心配されすぎて、実は本当に妄想なんじゃないかとさえ思ったりする。でもまぁ黒ジャージ上下にスニーカーだし。
きっと僕は大丈夫だろう。……大丈夫だよね?
・
冒険者ギルドも大通りにあった。
木造二階建て。道行く人達が白人系だったので石造りの住居のイメージがあったけど、街の建物はほとんど木造建築だった。決めつけよくない。
西部劇の酒場の様なスイングドアをくぐり抜け、中に入る。
パッと見、広いホールがあるバーだった。
テーブルに椅子、4人掛けの席や、2人掛け。あ、1人掛けは無いのね。もっとお一人様を優遇してほしい。
2つの席に、2組? の冒険者が居た。
室内では帽子をとる、みたいなルールがあるのかわからないが、兜を脇においている人が数名いる。首から下はネットの画像や映画なんかでしか見たことがない鎧姿だ。兜を持ってない人は元々装備していないんだろう。革鎧の様なものを着ている。
細身の人も太めの人もいるが、一様に肉が詰まっている感じがする。
あれ酒だろうな。木製のジョッキをあおっては、赤い顔でなんやかんやと話し合いをしている。
昼間から酒を飲んでいるのはともかく、作戦会議の様な雰囲気があった。ちょっと冒険者すげぇなと思った。
バーカウンターに見えるところが受付らしい。僕が前に来ると、
「こんにちは」
愛想笑いもなく職員さんが挨拶してきた。
まぁ、笑顔で接客なんてマニュアルの話だ。無理に笑うことは無いし、店員が笑顔じゃないとイラつく様な人は牛乳飲め。ヤギ乳も美味しいよ。
職員さんは40代ぐらいの女性の方だった。
灰色の長袖ブラウスを着ている。
自分達で作っている村人の麻服に比べると、だいぶ生地が良いようだ。
「あの……冒険者になりたいんですけど」
という僕の言葉に返事は無く、無言で紙と黒い棒を出してきた。
黒い棒は木炭だった。手が汚れた。
紙はA6程度のサイズ。無地だ。手にとって見ると、分厚くてしなる。動物の皮の様だ。獣皮紙ってやつか?
これは製紙とえんぴつ製作で大儲け展開いけるか?
名前と出身を書くらしい。こっちの文字は分からないので、日本語で書いた。
それを受け取った職員さんは少し文字を見た後、
「外国の方ですね」
と一言。
僕が、はい、と答える前に、のそりと席を立って奥に引っ込んだ。
しばらくして戻ってきた職員さんの手には、金属片と僕が記入した獣皮紙がある。
「こちらの識別番号を確認してください」
「はぁ…… これですか?」
獣皮紙には、僕が書いていない文字が追加されていた。
村で習ったこの国の数字だった。
同じ数字が金属片にも刻まれている。金属片をこの短時間で加工したとも思えなかったので、元々常備されているものだろう。金属片の識別番号を獣皮紙に書き写したと思われる。
僕は言われた通り確認し、獣皮紙に確認済みのサインをした。
これで登録終了。
なんというか、ザルじゃね?
・
金属片は細長い長方形で、大きさは人差し指程度。穴、識別番号、穴、という感じで、割りとギリギリまで面積を使ってある。材料費ケチってるな。
この穴に、これまた貰い物の革紐を通して首からかける。ドッグタグみたいなものか。
なお、登録は無料だが、期限内に初回の仕事をしなければこのタグは返還、罰金まで支払う事になる。手数料や材料費を後で取られる感じだ。
まだ午前中だったので、何かできる依頼はないかと職員に尋ねると、すっと僕の後方を指差さされた。
この冒険者ギルドは掲示板方式らしい。
・
言葉は通じるが文字は読めなかった。
ギルド職員さんにお願いして、新人でもできる依頼をいくつか読んでもらった。
面倒くさそうな職員を拝み倒して色々聞いた。
掲示板に貼りだされている依頼は、ギルド職員に何も言わなくても勝手に受けていいらしい。依頼を達成後、現場で渡された証明書や証明書代わりの物をギルドに提出して報酬を得るシステム。
なお、依頼書を見て依頼を達成しに出発して、入れ違いで達成した人が帰って来る事もある。無駄足だ。
提出するアイテムがある場合は、なおさら早いもの勝ちだ。依頼が達成された後に持ってきたアイテムも買い取ってはいるが、依頼が出されている時よりも値は下がる。
現場で冒険者同士かち合った場合は基本早いもの勝ちだが、それが森の中や誰も見ていないところだと喧嘩になる事もあるらしい。こわい。
工事現場手伝いの依頼があったのでそれを受ける事にした。
これは依頼書に書いてある場所に行けばいいらしい。集合時間は朝と昼になっていたので、昼の分に行く。
「これって…… 冒険者ギルドというより、人材派遣会社じゃね?」
・
集合場所はそのまんま工事現場だった。広い土地を平たく地均している。すべて手作業。なるほど人手が要るわけだ。
現場監督に話をして、ギルド証を見せる。例の金属片だ。現場監督が手元の木版に炭で識別番号のメモを取っていた。
やっぱり紙は無いのかな? 紙の歴史自体はかなり古い。建築物を見ると、古代ローマよりは進んでいる。その当時も紙はあったはずだ。高価であまり出回っていないのか?
道具を受け取り、地均し作業に参加する。ちょいちょい挨拶をしながら、作業を続けた。
僕は単純作業を黙々とできるタイプなので、作業自体は苦にならなかった。
日が暮れはじめ、辺りが赤く染まり始めた頃、作業終了の笛が鳴る。現場監督の前に他の作業員が群がる。それに従って、僕も現場監督の元へ。
何か木片をもらった。幾何学模様が書かれている。
木片をギルドに持って行くと、引き換えに硬貨を渡された。
この依頼は工期中毎日受け付けているらしい。
半日ごとらしいので、明日からは午前中にしよう。現場監督に聞いたら朝の方が人が少ないらしいので。みんな朝から働きたくないという事だろうか。
今は地均しの単純作業で、木槌を振り下ろしたり専用の道具を地面に叩きつけたりする程度だが、地均しが終わって、柱を立てたり石を積み上げたりとなると僕の腕力でついていけるか不安だ。それまでには街に来た目的を達成したい。
報酬は硬貨3枚。くすんだ銀色で、傷だらけだ。何か葉っぱの様なものが彫ってある。裏にも表にも数字は無かった。一応円形だが、輪郭はぐにゃぐにゃと凹んだり出っ張ったりしている。いびつだ。
大通りにはだいたいの店が揃っている。
冒険者ギルド、商店、武器屋、そして、居酒屋。これが飯屋らしいのだが、酒半分食事半分が普通らしい。僕から見れば完全に居酒屋だ。
まだ日が沈んですぐだが、すでに酒を飲んでいる人たちがいた。ガバガバと。工事現場で見かけた顔もちらほらいる。ギルドで報酬をもらってすぐに来たのだろう。なるほど、これで朝起きれないわけか。
居酒屋の中はギルドの内装と似ていて、カウンターで注文をする仕組みらしい。ウエイトレスが注文を聞きに来る事はない。給仕のおばちゃんは料理を席に運ぶだけだ。
入り口に突っ立って他の客の動向を見ていて理解した。迷惑な客でゴメンよ。
メニューは無かった。酒の種類は1つ。料理は3つ。ある意味これも定食か。
僕がもらった報酬の硬貨1枚分が一番安い料理の値段だった。端数の出ない明瞭会計。
お持ち帰りもできるということで、お持ち帰りで注文。カウンター席に座って待たせてもらう。
どんどん客が増えている。居酒屋で、酒が入って、夜で、人が多い。避けなければ。
「兄ちゃんの番だ、袋出しな」
と言われて、びっくりした。
そうか、テイクアウト用の袋とか包む物をお店で用意してるわけじゃないのか。
注文したのは、パン1つと焼いた骨付き肉と茹でた長ネギの様な野菜一本。他の客のテーブルに乗ってる実物で説明されたので間違い無いはずだが、袋に詰めて帰るだと? パンはともかく、茹でたものや焼いたものを袋に詰める? 汁気は無いが……
「おばちゃん、ナイフ貸して」
怪訝そうな顔をするおばちゃん。しかし、ちゃんと貸してくれた。
渡されたナイフで硬い黒パンにざっくり切り目を入れる。
そこに、骨を抜いた謎肉と、ネギの様な野菜を詰める。
つまりサンドイッチだ。これなら手で持っても大丈夫だろう。
大きさは一般的なサイズの2倍近いけど、これで一食分なら十分過ぎる程だ。ネギの様な野菜のせいで、見た目は緑色の大きなウインナーを挟んだホットドッグだが。ウインナーとかあるのかな? なければ作って売れそう。
なお、値段が上がると肉の量が増えたり別の野菜が増えたりする。基本メニューがパンと謎肉とネギの様な野菜で、お金を出してそれに付け足す感じだ。なるほどメニューが無いわけだ。
「兄ちゃん、面白い事するね。兄ちゃんの国じゃ食事はそうやって出てくるのかい?」
おばちゃんが興味津々でサンドイッチを見ている。
サンドイッチの原型は古代からあった。この辺で知られて無いだけだろう。
「全部じゃないですけど、結構そういうお店多かったですよ」
どこもかしこもファーストフード店だらけだった。
おばちゃんに宿の場所を聞いたが、それもこの通りにあった。
サンドイッチをもそもそと食べながら歩く。
辺りは既に暗いが、建物の明かりがちょいちょいあって、晴れた夜空には月も上がっている。だいぶ明るい。
そりゃあ、月が3つもあるもんな。
小さいのが2つ。大きいのが1つ。村で見上げた時には興奮してしまったが、一週間も経たずに慣れてしまった。
宿屋に入った。謎硬貨1枚で1日部屋を借りれるらしい。
謎硬貨1枚で1食、そして1泊。一食分で一日泊まれるというのはどういう事だ?
食事が高すぎるのか、宿賃が安すぎるのか。
受付の人に燭台を渡された。カラオケボックスの受付でマイクとかドリンクバー用のグラスとかもらう感じを思い出した。
僕の部屋は1階奥。
薄暗い部屋の中はベッドと椅子と机がある。以上。
トイレもシャワーも無い。今日だいぶ汗かいたんだが。
村に居た頃は、草原に幾つかある川で水浴びをしていた。お湯じゃなくて少し不満だったが、今回はそれどころじゃない。
「まぁ、いいか」
元々テキトーな性格なので、多少納得できなくても深呼吸3回もすれば慣れる。
ドアを閉めると、窓から入る月明かりのみになった。それでも結構明るい。
鍵は閂だ。トイレの個室か?
燭台を渡されたものの、ろうそくに火を付ける道具を渡されていない。手違いでは無い。
とりあえず僕は眠った。
・
僕は朝早く起きて、宿屋を出た。
工事現場へはギルドに寄らなくても直接行けばいい。
まだ日は登っていない。朝の集合時間は分からない。朝とだけ書いてあった。昼は日が真上という事でハッキリ分かるのだが、この国の時間を僕は知らない。村でもあんまし時間とか気にしてなかった。
でも、流石にギリギリ朝か夜かというこの時間で遅刻は無いはずだ。
僕は工事現場の端に腰をおろして、あぐらをかいて座る。姿勢とはどうでもいいらしいが、村では皆地面にあぐらかいて座っていたし、僕も床生活をしていたからこの方が楽だ。
深呼吸をし、心臓の鼓動に神経を向ける。
体を巡る血液に感覚を集中していくと、血液とは別の何かが体を循環しているのに気付く。
これが魔力だ。
村長の言葉を一つ一つ思い出し、体を巡る魔力の流れをあっちからこっちから加速したり変形させたり緩めたりして、魔力を操る感覚を鍛える。
すっと、右手を前に出した。拾った小枝が握られている。
村でごちそうしてもらった肉。何の肉は知らないが、串に刺して、焚き火で焼いた。あの火を思い出す。
じっとりと時間が流れ……
ひょろっ、と、枝の先から僅かに火が上がった。
「ぶはっ」
力みが限界に達し、肺が激しく呼吸を求める。
「はぁ、はぁ、ダメだ。村の皆はもっと自然にやってたもんな。もっと鍛えないと」
小枝の先の火はすぐに消えた。
呼吸を整えて、再び集中する。
仕事が始まるまで、何度も火を点けた。
・
この世界には魔法がある。
その話を聞いて飛び上がって喜んだ。村の人達の労りの視線なんてものともせずに小躍りした。
魔法は誰もが使える。
特に、火と水の魔法は子供の頃に訓練される。
力の大小はあるが、火の魔法なら最低限ろうそくに火を点ける程度、水の魔法なら、手のひら1杯分の水を作り出す程度には使える。
一種の義務教育の様なものだろうか。どちらも生きていくのには使えたほうが良い。
村にあった水晶の様な物に手を置くよう言われた。
鑑定アイテムだった。
何か凄い能力とかあったらいいけど。
そう思って手を置いた水晶が、ふにゃふにゃと色を変えながら輝く。激しく光っているのに、眩しくはない。不思議な光だった。
集まっていた村人達が息を呑んだ。
あれ? これまずい?
「村長、これ…… 僕、何かまずい感じですか?」
周りの沈黙に耐えられなくなって、僕は村長に尋ねた。
「いや、これは凄まじいぞ。これほどの輝きは見たことがない。お前さんの魔力量は異常じゃ。これ程の魔力量は見た事がない」
周りから、うおおお、という声が聞こえる。
「まじで? やった! チート能力キタ!」
僕の喜びの叫びを遮る様に、村長が続ける。
「じゃが、これは……土魔法以外の才能がほとんど無い。魔力量がこれほどあるのに、魔法との相性がこれほど悪いとは……」
周りから うあああ…… と落胆の声が聞こえた。
「どういう事ですか?」
「つまり……お前さんの中には大きな湖がある、しかし、それを汲み出す桶が小さすぎるのじゃ。これでは子供が使える程度の魔法しか使えん」
「え? いや、それは…… 訓練したらどうにかならないんですか?」
「多少は変わるだろう。しかし、それほど変化するものではない」
村長が言い淀む。
「でも、土属性は大丈夫なんですよね?」
「うむ。土属性の桶はかなり大きい。見たこと無い程の大きさじゃ」
「じゃあ、土属性を頑張れば……」
「え?」
村長の目が点になった。周りからも驚く様な反応があった。
どういう事?
「そうか…… 記憶が無いんじゃったな……」
「それは…… どういう……」
・
日が昇って、体感で8時頃だろうか。現場監督が来た。昨日と同じ人だ。
自分より早く来ていた僕にびっくりしている。
「まさか、ここで野宿したのか?」
などと聞かれた。
皆時間の感覚が緩いんだな。
先に受付を済ませて、仕事を始める。
報酬額は変わらないよと言われたけど、ただ待ってるだけでは暇だ。それに、僕は腕力がない。皆と同じだけ進めるには、早めにやっておくに越した事はないだろう。
・
朝から昼まで働き、報酬を貰い、サンドイッチを宿に持ち帰り、水風呂に入って、部屋で村のチーズを追加したサンドイッチを食べ、魔法の鍛錬をして、暗くなったら眠る。
僕がサンドイッチを作って見せた翌日にはテイクアウト専用の食事として居酒屋で出されていた。
僕以外にも、疲れた顔の労働者達がサンドイッチを買って帰っていた。道端でもそもそ食べながら歩いている人もいる。
お腹は減ったけど、さっさと帰って眠りたいという人におすすめのサンドイッチ。
流行の立役者になった気分だ。
風呂は共同水風呂があった。そこで昼、仕事が終わってから入る様にしている。暗い水場は怖いです。
貯金が少しずつ溜まってきた。
魔法の訓練は順調だ。滞在3日目で蝋燭にすんなり火を点ける事ができるようになった。
水も、体感15分ほど集中すればコップ1杯分生み出せる様になった。
そよ風も起こせる様になった。でもこれは口から息を吹いた方が強い。
それが、僕の限界。
魔力そのものは腐るほどある。なので、疲れる事なくいくらでも使える。村長によれば回復量も異常に高いらしく、僕の中の膨大な魔力を全部使い切ったとしても、3日あれば元に戻るだろうとの事だ。
しかし、一度に汲み出せる量が少ない。一日中持続させることも可能だが、マッチ程度の火を一日中点けっぱなしでどうしようというのか。水を一日かけて少しずつ溜めてどうするのか。
風は割りと便利だ。扇風機いらずで涼しいままでいられる。しかし、これでモンスターなんぞ倒せるのか?
そして、肝心の土魔法は……
「いや、諦めるのはまだ早い。まだ土魔法は発現もできてないんだ。実際に使ってみるまで諦めない」
誰に言うでもなく1人つぶやき眠りに落ちる。
・
地均しは、僕が参加してから27日後に終わった。
貴族の屋敷を建てるとかで、広い土地を念入りに叩いて回った。
次からは基礎工事らしい。
これを期に、僕は村に帰る事にした。荷物は無い。
特に使う当ても無いので硬貨はだいぶ溜まっていた。
いつも早くから作業したり、丸一日作業したりする事もあった。おかげで現場監督の覚えがよく、少し色を付けてもらったりもした。
何かお土産に買って帰ろうかとも思ったが、村で何が必要なのか分からない。
下手に自分で選んで行くよりも、村長に聞いてからにしよう。
武器屋に寄って、最初に見た時から気になっていたナイフを購入する。
小振りで鉄量が少ないためか結構お手頃な値段。でも肉厚でしっかりしている。武器屋に置いてあったが、実際には道具の類だろう。
村に帰って色々と使う予定だ。
貯金の半分ほどが消えたが、生産性はある。大丈夫。
帰り道は来た時ほどキツくなかった。体力付いたんだろうか。
それに、結構痩せたので体の負担も減っている。
村に着いたのは午前中で、ちょうど放牧していた。
まずヤギに迎えられた。近くの1頭が僕に擦り寄ってめぇめぇ鳴くと、周りのヤギも寄ってきた。
ちょっと涙出た。
「あれ? 兄ちゃん! 帰ってきたの?」
放牧の仕事をしていた数人の子供たちが駆け寄ってくる。
やっぱり体力付いていたみたいだ。子供達の突進に耐えられるようになっていた。
・
まず村長宅に挨拶に伺った。
「魔法が使える様になったか。まだ一月ほどだというのに、お前さんかなり練習したんじゃな」
「ははは…… まぁ」
村長に、火、水、風の魔法を披露して見せた。
「こりゃ凄い。全く使えない状態から一月でこれとは」
「でも、この3つはこれが限界の様です」
「そうか……」
たった2人しか居ない村長宅に、重い空気が満たされる。
「土属性はどうなんじゃ? 才能あったじゃろ?」
「それが、土魔法はまだ発現自体していないんですよ」
「なんと…… それは面妖な。才能が飛び抜けて高い方がまだ使えんとは」
「はい。街に行けば土魔法を使える人がいると思ったのですが、結局誰も土魔法を使える人はいなくて。毎日土木作業と村長に教えてもらった鍛錬の繰り返しでしたよ。どうして街に行ったんでしょうね僕」
「街にも居なかったか。儂も土魔法を使える者に出会った事が無いからの。よっぽど数が少ないのかもしれん」
ギルドや一緒に作業した人達にも聞いたが収穫無し。
土属性が少し高めだという人は何人か居たが、その人達も土魔法を使った事がなかった。
火や水、風はイメージできるのだが、土だけはピンとこない。それで、誰か土魔法を使える人に師事願おうと街に出たのだが、誰も土魔法が使えなかった。
ギルドで冒険者登録して土魔法からの俺tueee展開を期待したが、そんな事にはならなかった。モンスターの一匹も倒していない。というか、この世界に来てまだモンスター見てない。
バイトでお金を貯めるのが楽しくなっちゃってしばらく居座っていたけど。
とはいえ、冒険者は色々と優遇されていたり免除されたりしているので、無駄では無いはずだ。
「……まぁ、とにかく、よく帰ってきた」
「すみません。出戻りですが、またよろしくお願いします。これから多少は力になれると思います。何でも言いつけてください」
「まったく、お前さんはホントに真面目じゃな。まぁ、儂らと共に生きるというのであれば、丁度良いわ。お前さん結婚はしとらんよな?」
「結婚ですか? はい。してませんが」
「好きなおなごはおるか?」
「いえ」
「よろしい。おい、入って良いぞ」
村長の声に、玄関から誰か入ってくる。
隣の部屋なんて洒落たものは無い。茅葺きワンルームだ。
ペコリと頭を下げたその人は、他の村人と同じように日に焼けた肌で、赤みがかった茶色の髪は短く切りそろえられている。
すっと上げた顔は彫りが深く、深いグリーンの瞳をしている。僕を少し睨んでいる様だ。
身長は僕よりも高い。年の頃は同じぐらいか? すっと背筋が伸びており、肩幅がある。
女性にしては、凛々しい顔つき。女性にしては、短い髪、女性にしては逞しい体付き。女性にしては薄い胸。
でもそこに立っていたのは間違いなく女性だった。
「お前さんの嫁にどうじゃ?」
「……は?」
呆けた声を上げた僕を、彼女がギラリと睨みつけた。




