階段
高校生の頃に書いたもの
目を開けると私は階段の上に座り込んでいた。階段は一段一段幅が広く、緩やかに右カーブを描きながら上へと続いている。途中からは中心にある太い柱の陰に隠れ先が見えない。辺りを見渡せばむき出しのコンクリートの壁に覆われ窓は無く、明かりは細長い蛍光灯が怪しげに照らしているだけだった。
しばらく光源を見つめながらいままで何の夢を見ていたか思い出そうとしていたが、やがてゆっくりと静かに立ち上がった。ついでに後ろを振り返ると階段の下り側は壁になり、それ以上降りることが不可能になっていた。そそり立つ壁は不思議な威圧感を放ち、戻る事を許さない様子だ。仕方ないので上に行くことにした。黙って座っていると落ち着かないのだ。よく分からない焦りが私を駆り立てる。無理にでも座り込んでいれば気がおかしくなりそうだ。
カツ、カツと乾いた音を響かせ、右回りに上を目指す。のぼっていて気が付いたのだが、ここは右巻きの螺旋階段のようだ。上下左右壁なので外から見れば、円柱の柱にしか見えないことだろう。さっきから気になっているのだが、この螺旋階段はどこに繋がっているのだろうか。もしかしたら、永遠に終わりがないのかもしれない。
同じような光景に私が飽き始めた頃、壁に一枚の写真が貼ってあった。写真には生まれたばかりと思われる赤ん坊が写っていた。ほとんど顔しか映っていなく、気が抜け切った表情で眠っていた。これは誰だろうか。
悩んだ末、結局誰かは分からなかった。しかしあの頃の子供は誰だって、同じ様な顔ではないだろうかと思う。どうでもよくなり先を行くことにした。
また上った先に写真があった。今度は二三歳ぐらいの子供だろう。青々とした芝生がひかれた場所に、くすんだ黄色のシートを広げ困惑した表情で座っていた。服装は白色で上下一体型の着せやすそうなものだった。目線はたぶんカメラに、もしかしたら私に向けられている。目尻や眉の形、口元にどこか見覚えのある顔のつくりだ。先ほどの赤ん坊と同一人物なのだろうか。そう思ってふと顔を階段の下りの方に向けると、鼻すれすれに灰色の壁が迫っていた。私は体を少し硬直させた後駆け足で登り、もう一度振り返るとやはり壁が鼻すれすれに迫っていた。私はついてくる壁に多少の不快感は覚えたが、そのうち気にならなくなった。
二十段上るごとに写真があるようだ。今度は小学生低学年位の子供だった。どこかの家屋で、大人の男女が向かい合って何かを言っている。恐らく口論をしているのだろう。その横で子供は、泣くのを我慢している様子だ。もうこれは誰だかはっきりしている。私だ。だとしたら前のも。階段を二段飛ばしで他にも無いか探すと、さらに成長した私を見つけた。図書館で本を読んでいる。本の内容が重いのか、それとも内容は関係なく憂鬱な気分なのか、表情は影を帯びていた。次は中学生の私だった。学ラン姿の私は雨の中、黒い傘をさしてこちらを見つめていた。
私が高校入学あたりの写真を見つけた所で、ある疑問が生まれた。写真の人物は本当に私なのか、ということだ。だっておかしいではないか。私は螺旋階段以外の世界にいた記憶がないのだから。ただ写真の人物が私だと、私が勝手に思い込んでいるだけの話であって、本当は別の人物かもしれない。螺旋階段には鏡がなく自分を映す物は、信じきれない曖昧な私の記憶しかないだ。そう思うと私は駆けだしていた。写真がどこまで成長するか確かめるために。どこまであるのだろうか。私が私と信じる人物が死ぬときまであるのだろうか。だとしたらそれはどこだろうか。確かめたからといって、どうにかなるとは思わない。そもそもどうしたいのかもわからない。けどだまってはいられなかった。息を切らしながらも、決して上る速さを変えることは無かった。
案外、終わりはすぐ来た。写真は高校生の途中で成長を止めた。その先は同じ写真が続いているだけだ。それは一筋の涙を流している写真だった。私以外は何も写ってなかった。
なぜ泣いているのだろうか。それよりも、もう終わりなのだろうか。ここ以外行くところがないのだろうか。
私は座りこみ、目をつむった。まだやれる事を思い出したのだ。寝ればいいのだ。夢を見ているうちは、別の場所に行くことが出来る。
意識はすぐに途切れた。次に目を開けたのは、学校の教室だった。開け放たれた窓からは、心地よい風が流れてくる。周りには誰もいなかった。少し体を伸ばしたあと、今まで何の夢を見ていたか思い出そうとした。でもそれは無理な事だった。