空飛ぶ納豆
好きなコーラはコカコーラ
納豆が空を飛んでいた。ねばねばの糸を引きながら、ふわりふわりと空を飛んでいた。目を凝らすと、それはどうやらひき割り納豆らしい事が分かった。
人通りの多い地下鉄の入り口付近。朝、八時五十分。
引き割り納豆は人々の頭上を自由に漂い、たまに風に吹かれ、そして渦を巻いて行く。考えてもみれば当たり前の事だ。納豆はかき回さないといけない。だから、納豆はあのようにして自らぐるぐると回転するのだ。
そうして気が済んだのか納豆は動きを止め、徐々に下へと下りて行った。そこには茶碗を掲げた禿げ頭のスーツ姿の中年おじさんがいる。茶碗からは湯気が立ち上り、ほかほかのご飯が盛られていた。納豆はその上へ舞い降りる。
「うむ、うむ……」
中年おじさんは箸を取り出し、納豆ご飯を食べる。
「ごちそうさま」
食べ終わると茶碗を置き、地下鉄の入口へと姿を消した。
取り残された茶碗とはし。
さて、どうなるのか。
「へぐ、へぐ」
通りの向こうから汚らしいホームレスがやって来た。髪もひげも伸び放題。茶色い皮膚に血走った目。
「おひょおおお」
ホームレスは茶碗を見つけた。
「いただきま~す」
バリバリと音を立てて茶碗を食べ始めたホームレスは、ものすごく上手そうに茶碗を頬張っている。
「ぷふ~。これで今日も生きられる」
そう言い残し、ホームレスは去って行った。
後には何も残ってはいない。はしまで食べてしまったのだから。
この一連の出来事を誰も気に留めなかった。行き交う人も、さっきからさっぱり進まない車の渋滞も。巡回中の警官も、どこからか逃げてきた犬も。誰もかれも。
そう、このようにして世界はまわっている。
気づかれなかったことはなかったこと。秘密は秘密のままで。
たとえ、何か重大な事が起ころうとしていても、その事を知る存在はいないのである。
例えばカレーライスがハヤシライスになっていても、目玉焼きがひよこ焼きになっていても。太陽が実は地球の周りをまわっていても。誰も知らないのである。