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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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17

ライン回です。

「さて、行くか」

 自分の荷物を背に、手にはミーシャの荷物と杖を持ち、ラインは船から降り立った。

 結局あの後、予定していた港の方が近かったため先へと進むことになったのだが、拿捕した海賊船も引き連れての大所帯になった。

 そのため予想よりも時間がかかり、港に着いたのは海賊に襲われてから1日後の事だった。


「すまねぇ。本当なら手伝いたいくらいなんだが」

 背後から声をかけられ、振り返れば肩を落としたカーターが立っている。

「いや。海流の予想図をもらえただけでも十分だ」

 相変わらずの申し訳なさそうな顔に、ラインは小さく肩を竦めて見せた。


 海賊に襲われた時、自主的に外に飛び出して加勢したラインのおかげで劣勢を立て直すことができた場面もあり、本来なら海図をよそ者に見せる事はないのだが、船長が特別にと書き写すのも許してくれたのだ。

 さらには、現在地や季節もかんがみて海流が流れつく予測を、ベテランの航海士たちと額を突き合わせて相談しながら白地図に書き込んでいた。

 よくよく話を聞くと、航海中にいつの間にか船長とも知り合いになっていたようで、ミーシャの人たらしっぷりにラインは内心苦笑していた。


「世話になったな」

「いや。もし縁があれば、また船に乗ってくれって船長から言付かってる」

「……あぁ、またミーシャと利用させてもらう」

 短く答えると、ラインは振り返ることなく歩き出した。

 その足元を、レンがしっかりとした足取りでついていく。


 驚くことにレンは、目を覚ますとすぐに立ち上がり、ミーシャを探しに行こうとしていた。

 もちろん、魔法のように傷が消えたわけではない。

 ラインが丁寧に縫い合わせてはいたが、当然動けばひどい痛みが走ったはずだ。

 それでも険しい表情で動こうとするレンを止めたのはラインだった。


「焦ったところで船上で、出来る事はなにもない。

 今は落ち着いて体を休め、陸に上がった時少しでも動けるようになれ」


 淡々と言い含めた言葉に、納得できない様子で鼻にしわを寄せながら、海に飛び込むわけにもいかないレンは体を横にしてじっと耐えていた。

 そして、接岸した気配を感じれば途端にそわそわとラインにまとわりつき、早く行こうと急かしたのだった。


 ラインは呆れながらも痛み止めを飲ませてやり、海賊捕縛の知らせに沸く港から速やかに離れる事にした。

 巻き込まれて事情聴取のために拘束され、時間を無駄にすることを嫌ったのだ。

 賞金を懸けられていた海賊もいたため、場合によっては金になったのだが、それよりも時間が惜しかった。余裕ありそうに見せていたが、ミーシャを見失って焦燥に駆られているのはラインも同じだったのだ。


 これまでに起こった不思議な出来事の数々から、ミーシャが特別な存在に気に入られているのは間違いない。それゆえに、見つからないミーシャの命の心配はほとんどしなかった。

 代わりに、大っぴらには言えないものの、あちらの世界に引き入れられて帰れなくなるのではないかという、別方向の心配は湧き上がってきたのだが。


「とりあえず、一族に連絡とるか。人手も情報も必要だ」

 ちらりと足元を見れば、すたすたと歩くレンの姿。

 いつもと変わらないように見えるが、動物は死ぬ瞬間まで平気な顔をしていることが多いため油断は禁物だろう。


(本当はもう一日か二日は大人しくしていてほしい所だが、おそらく納得はしないだろうな)

 小さくため息をつきながら、とりあえず商店街に向かう。


 予期せず降りる事になった港は、ジョンブリアンの隣国、アンバー王国だった。

 北南をレガ山脈とユス山脈に挟まれ平地は少なく、東方向は海に面しているが切り立った崖が多く港に適した土地は多くない。

 領土としても小さくあまり豊かな土地ではないが、大陸の中間地点にある強みを生かそうと湾岸工事に力を入れ、近年では長距離航行の船の補給港として栄えてきていた。


 しかし隣国のコーラルン王国がシルバ帝国に敗れその属国に堕ちて以来、風向きが怪しくなってきた。

 この十年で急速に近隣諸国を飲み込んできたシルバ帝国の魔の手が、隣国を手にいれたことでアンバー王国まで伸びる危険が、身近なものになってしまったのだ。

 もっとも、急激な国土増大につき、国内の情勢平定に手を焼いているようで今のところ大きな戦の気配はない。

 しかし、戦を逃れてコーラルン王国からの難民が増えたことで治安の悪化が起こり、さらに、王弟が謀反を企んで粛清されたという話だった。


 不穏なうわさの多さに巻き込まれては大変と、ラインたちの乗っていた客船も長期の停泊は予定してなかった。食料や水の補給目的で端の方の小さな港の奥に止めて半日ほどで積み込む予定だったのだ。

 しかし、海賊の件の対応や戦闘で傷ついた船の補修や利用した武器などの消耗品も補充する必要ができたため、アンバー王国の首都近くにある一番大きな港へ寄港する事となった。

 できる事なら速やかに離れたいところだろうが、応急処置をするにしても船の大きさが大きさであるため時間がかかりそうだった。


(もし、ミーシャをさっさと見つける事が出来たら、もう一度船に乗り込むこともありかな)

 今後の算段をつけながら足早に進みラインは、小さな商店が集まる通りの中にある一軒の小さな雑貨屋に入っていった。


 庶民の日用品を取り扱っているらしい品ぞろえの雑貨屋は、珍しい商品はないが綺麗に整頓され、店主の几帳面な性格を伺わせた。

 丁度客の切れ目だったらしく、人影のない店内の奥、小さなカウンターの中で店主らしい男が小麦を大袋から小袋に量りなおしていた。


 がっしりとした体を小さく丸めて、真剣にマスの中身を睨む目つきは鋭い。

 日に焼けた顔はいくつものしわが刻まれ、男が中年を通り越している年齢であることを伺わせた。

 いかつい顎は髭に覆われ、顔の真ん中で主張する高い鷲鼻と相まって男の人相をさらに悪くしている。しかし太い腕の先、マスを握る指は長く意外なほど繊細に動き、一粒の麦すらも取りこぼすことなく小さな袋へと移し替えられていく。


「よう、邪魔するぞ」

 スタスタと中にすすんだラインは、コンッとカウンターを拳で叩いて意識を引くと、軽く手をあげた。

「……ラインか。あんたが来るって事は、ついにこの町も戦渦に巻き込まれる時が来たって事か?」

 手を止めて顔をあげた店主は、まじまじとラインの顔を見た後、いやそうに眉間にしわを寄せる。


「失礼な。人を死神みたいに言うのはやめてくれ」

 軽く肩を竦め、ラインはカウンターの側に置いてあった椅子へと背中のリュックを下ろした。

「買取を頼みたい。ここで出していいか?」

 それは秘密の相談がある合図だった。

「……いや、裏の作業場の方へ回ってくれ。ワシもすぐに行く」

 眉間のしわをそのままに、店主は太い指で店の奥の方を指さした。


「了解」

 ラインは慣れた様子でリュックを背負いなおすとカウンターの横をすり抜けて、店の奥へと入っていった。

 その背中を見送る店主の前を、レンもスルリとすり抜ける。

 丁度カウンターの陰になっていてレンの存在に気づいていなかった店主は、突然現れた狼にビクリと体を跳ねさせたが、わき目も降らずにラインを追っていく姿に力を抜いた。


「……やれやれ、ただでさえ治安が悪いってのに、やっぱり厄介事じゃねぇか」

 小さな声でぼやくと、店主はやりかけの仕事を先に終わらせるために再び小麦袋へと向き直るのだった。




「勝手にさせてもらってるぞ」

 裏の居住スペースまで入り込んだラインは、かつて知ったる他人の家とばかりにくつろいでいた。

 いつの間に入れたのかその手には熱いお茶の満たされたカップが握られている。


「あぁ、好きにしろ。で、何の用だ?」

 小麦の始末を終え、店を一人だけいる通いの店員に任せてきた店主は、するりと頭に巻いていた手ぬぐいをほどいた。

 パラリと短めに整えられた白金の髪がこぼれ落ちる。


 男の名前はゲイリー。

『森の民』の血を引く男で、ミランダと同じようにサポート役を担っている。

 とはいえ、各地を飛び回るミランダとは違い、拠点となる店に腰を据え、放浪する一族が立ち寄る場所となっていた。

 本人も成人直後から先代店主に弟子入りしており、代替わりしてからもすでに数十年が経っている。

 町の雑貨屋店主の顔の方が長すぎて、すっかり町にもなじんでいた。

 何ならこの町で伴侶も得て、成人済みの子供だっている。後三月もしたら祖父にもなる予定だった。


「前触れなく来るのはいつもの事だが、こんなに短期間で顔を出すのは珍しいな」

 台に置かれたやかんから自分のコップにも茶を注ぎながら、ゲイリーは首を傾げた。

 「レッドフォードの騒動の後に、保護した娘を村まで連れて帰ってるんじゃなかったか?」

 拠点として自身が動くことはないが、情報は定期的に回ってくる。

 知らなければサポートすることもできないのだから当然だが、だからこそ、一人で・・・ラインが顔を出したことに違和感を感じた。


「あぁ。船で移動中だったんだが……」

 グッとカップの中身を飲み干して、ラインが少し迷うように視線を落とした。

 足元にうずくまっていたレンが、気遣うように顔をあげる。その鼻先を軽く撫でると、ラインは再び顔をあげた。


「海賊船に襲われた余波で、保護していた少女、ミーシャが海に落ちて行方不明になった」

「大事じゃないか!」

 一族を抜けて嫁いだレイアースは有名だ。今後村を背負っていく人材に育つだろうと期待をかけられていた兄妹の片割れだったからだ。


 サポート役の一員として、レイアースのその後の生活も大体のところは把握していたが、それなりに平和に暮らしているという認識だった。

 それが紆余曲折の後、命を落としてその娘を保護することになったと聞いた時には驚いたし、その保護にラインが動いたと知った時には安堵もしていた。

 二人が仲のいい兄妹だと知っていたから、その娘も安心だろうと思ったのだ。


「落ちて数分もたたないうちに近辺の捜索はしたが見つからなかった。外海の潮の流れのはやい場所だったから、おそらくそれに乗って流されたんじゃないかと思う。乗っていた客船の航海士たちに協力を得て、だいたいの潮の流れと流れ着く予測値をいくつか出してもらう事ができた」

 ラインの言葉は淡々として静かだった。

 表情にも一見変化がないように見える。しかし、レンに触れる指先が微かに震え、瞳にも焦燥の色が見え隠れしてた。


「……で、何を知りたい」

 その全てを見て取って、ゲイリーは喉元までこみあげていた言葉を飲み込んだ。

 道は分かれてしまったとしても大切にしていた妹の忘れ形見だ。

 現状を誰よりも悔いているのは、目の前の男だと悟ったからだ。


「海に流されたなら、瞳の色は元に戻っているはずだ。この近辺で発見された漂流者で茶の髪色に翠の瞳を持った少女がいないか。それから、人手を貸してほしい。あんたが信頼できるなら、一族の人間じゃなくてもいい。探索するのは、あくまで俺の姪だ」

「分かった。半日ほど時間をくれ」

 協力要請に言葉少なく答えると、ゲイリーは茶を飲み干して立ち上がった。

 脳裏の中で忙しく今後の動きを考えていたゲイリーは、部屋を出ようとして、ふとラインを振り返った。


「お前はどうするんだ?ここにいるか?」

「いや。少し他の心当たりを訪ねるつもりだが……」

 ラインは少し迷うように足元に目をやった。

 いつの間にかきちんと座ったレンが、じっと見上げている。

 その腹に厚く巻かれた包帯には、微かに血が滲んでいた。


「悪いが、その間、こいつを預かってもらえないか?腹に受傷したばかりで、まだあまり動かしたくない」

「ガウッ!!」

 途端に、不満そうな鳴き声が上がった。

 

「グルルゥ、ガゥ、ガウッ!」

 まるで大丈夫だというように立ち上がり訴えてくるレンに、ラインは床に膝をついた。

「駄目だ。レン。おまえの体は本調子じゃないうえに、これから行く場所では怖がられる可能性が高い。数時間で戻ってくるから、ここで大人しくしてるんだ」

 真剣な顔で言い聞かせているラインを、ゲイリーは不思議そうな顔で見ていた。


「まるで人間相手みたいだな」

「あぁ。おそらく八割がた言葉の意味を理解してる」

 不満を訴えるレンに待てを言い渡しながらを言い渡しながら、ラインが軽く答える。


「ほ、それはすごいな。天然か?」

「いや、テリアスの薬を与えてある」

 目を丸くするゲイリーにラインが首を横に振った。

「本当か⁈適合したやつがいたのか⁈」

 今度こそゲイリーは驚きに声をあげた。


 テリアスの薬とは『脳細胞の活性化を促し、知能をあげる』という眉唾物の薬の事だった。

 もともと伝鳥を研究していた研究者だったのだが、飼われている伝鳥よりも野生の伝鳥の方が複雑な動きをすることに注目して生育環境を調べた際、好んで食べる植物があることが発見されたのだ。

 その成分が脳細胞の増強をしていると仮説を立て薬品化したのだが、なぜか哺乳類では失敗続きだった。興奮状態になり自傷行為を起こす事例が多発したのだ。一部効果が見られる検体もいたのだが、一定時間が経つと死亡してしまう。


「鳥類以外で適合したのは初じゃないか?成長や行動に問題はないのか?」

 矢継ぎ早に振ってくる質問に、ラインがうるさそうに眉間にしわを寄せた。

「もともと賢い個体だったから、どれくらい薬の効果が出ているかは不明だがな。適量の十分の一から少しづつ投下して、今で4か月ほどだ。今後どうなるかは分からないが、今のところは問題ない。そのうち結果報告をあげるから、興味があるなら確認すればいい」

 そんな事より動け、というように戸口を指さされ、ゲイリーは自分のすべきことを思い出し、慌てて動き出した。


「レン、お前も大人しくしててくれ」

 タシタシと足踏みして不満を訴えていたレンも、真剣な顔で首を横に振られようやくあきらめたようだった。

 シオシオと尾っぽを垂らし、部屋の隅に置かれたミーシャのリュックを腹に抱き込むように体を横たえる。恨めしそうな目を向けてくるから、決してラインの言いつけに納得したわけではなさそうだが、少なくとも自分の体が休息を欲していることは分かっていたのだろう。


 グルグルと喉の奥でうなりながら目を閉じたレンに苦笑を残し、ラインも店の裏口から外に出た。

 そこには、猫の額ほどの小さな庭がある。

 雑草に埋もれかけた小さな畑と井戸があるだけの空間に立ち、ラインは鳥笛を取り出した。

 空に向けて力強く息を吹き込む。

 人の耳には捉えられない特別な音を出す笛で、教えた通りのリズムでしばらく吹き続けた。


「……まだ、戻ってきてない、か」

 ミーシャが父親に旅の便りを送ってから6日が過ぎる。

「カインの羽なら、そろそろだと思ったんだが、どこかで追いこされたかな?」

 ブルーハイツの森から連れ出したミーシャのそだてた伝鳥カインは、拠点ではなく人を目安に手紙を届ける事ができる特殊能力を持っていた。


 どうしてそうなったのかは不明であるが、初期の頃に渡されていたテリアスの薬を、たまたま給餌を手伝う事になったカインの雛時代にこっそり与えていたことが原因ではないかとラインは考えていた。

 とはいえ、レイアースのもとに通っていたことは秘密にしていた為、カインの存在は一族には秘密にしている。そのため、当然検体としての研究はされておらず、真相は謎のままだ。

 ミーシャは「カインは特別賢いのねぇ」と喜んでいたけれど、レイアースは何か聞きたそうな顔でよくラインを見ていた。


「ミーシャが笛を失くしてなければ、意外とカインが見つけてくれそうなんだがな」

 ため息をついて笛をなおすと、ラインはもう一つの心当たりを試すために歩き出した。

「どうも、後手後手に回ってる気がするのは、なにの思惑なんだろうな」

 ぽつりと吐き出された言葉は、誰の耳にはいる事もなく消えていった。



 





読んでくださり、ありがとうございました。

ミーシャ不在回でした(笑)

賢すぎるレン君たちの秘密の一端がここに。

森の民ってマッドサイエンティスト集団でもあるのでは、な気持ちがしてきました。

今更でしょうか?(汗)

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― 新着の感想 ―
[一言] レンは賢いなぁと思ってたらヤバそうな薬が出てきたでござる ……今のところ害は無さそうなのでヨシッ(現場猫並感)
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