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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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14

「ババ様の目は、目の中の一部分が白く濁ってしまう病気なんです。私は白濁眼病って教えてもらったけど、他の呼び方もあるかもしれません」

 ミーシャは、かつて母親に教わった事を思い出しながら、ゆっくりと話した。

「……白濁眼病。ババ様、知っている?」

 真剣な顔で話を聞くエラが右隣に座るマヤを振り返った。


「いや。ただ、長生きした年寄りによく起こる症状なのは確かだよ。幾人かそういうものを見てきたし、先代の薬師からもそう言われていた。長寿と引き換えに起こるどうしようもない事だと。だからこそ、自分の目に異常が起こった時も、仕方ないものだと思ってたんだが……」

 少し迷うように、マヤが答える。

「そう。原因の大半は、年を取ることによるものですけど、まれに他の目の病気や目を傷つけてしまう事で起こることもあるんですって」

 マヤの言葉にうなずきながら、ミーシャが言葉を続ける。


「徐々に視力が落ちて、目がかすんだり、光をまぶしく感じたりするようになります。そして、最終的には、見えなくなってしまうのですけど、その時、患者の目は真っ白に濁って見えるから「白濁眼病」ってつけられたって教えられました」

「……そのままだねぇ」

 濁り切ったマヤの片目を眺めながら、エラがしみじみと言った。


「だいたい、物事の名前はそんなふうにつけられるみたいよ?見たらすぐにわかるほうが、分かりやすいでしょう?もしくは、それを見つけた人の名前が残る場合もあるらしいけど……」

 感心したような呆れたようなエラの表情に、ミーシャが少しだけくすりと笑った。

 幼い頃、同じような会話を母親と交わした記憶が蘇ってきたからだ。


「と、話がそれちゃった。マヤさんの右目みたいに完全に濁ってしまうと難しいけれど、左目の症状はまだ軽いみたいだから、私の知っている薬でかなり改善すると思います」

「薬、作れるのかい?!」

 驚いたように叫んだエラに、ミーシャが頷く。


「もちろん。丁度いい事に、少し前に眼病に効く珍しい薬草を採取できたから、伯父さんから新しいレシピを聞いたばかりだったの。練習に作っていたから、その時の薬が薬箱に入ってるわ」

 ミーシャの脳裏に、リュスト山でラインと見た光景がよみがえる。


 開花の勢いで飛び出した光る花粉が朝もやの中宙を漂う風景は、まるで夢のようにきれいだった。

 軽く風に吹かれただけではかなく散る花弁が、触れた指先で水滴に代わっていく不思議な体験も、ハッキリと思い出せる。


 採取した花弁の雫は、ミーシャが集めた分はそのまま持っているといいと言われ、葉や根っこを使って粉の段階まで調合した薬と共に、せっかくだからと薬箱に入れていたのだ。

 次に手にいれる事ができるのは、運が良くても三年後。

 幻とまで言われている希少な薬草だったが、使用することにミーシャはほんの少しも躊躇わなかった。

 それよりも、命の恩人が目の病を患っていたことに、運命のようなものを感じてしまう。


「後は、水薬の形にするだけだからすぐに用意できますよ」

「あぁ!感謝するよ、ミーシャ。これでババ様の目が治れば、私もまだまだ教えてもらえることが増える」

 だから、ニッコリと笑顔を向けたミーシャに、エラが、文字通り飛び上がって喜んだ。

 その衝撃で、背中にくくられたまま微睡んでいた子供がびっくりして目を覚まし泣き出した。


「ごめんよ。母ちゃん、興奮しちゃって」

 大きな声で鳴いてむずかる子供に、エラが慌てて背中の子を揺らしながらなだめ始めた。

 予想以上の喜びように驚いていたミーシャに、マヤが呆れたようにため息を落とす。


「この子は、数年前から私の跡継ぎとして勉強中なんだ。覚えは悪くないんだが、この通り落ち着きはないし、うっかり幼馴染と子供がデキちまって、勉強どころじゃなくなってね。最近、子供も大きくなってきたし、ようやく再開しようとしてたところなんだよ」

 しかし、文句を言いながらもエラを見るマヤの瞳は、可愛くてしょうがないと言っているようだった。


「でも、ここ数年であたしの目も急激に悪化していたからね。すべてを伝える前に、残った片目も駄目になるんじゃないかとやきもきしてたから、嬉しかったんだろうさ」

「え?ババ様のお弟子さんだったんですか?」

 ミーシャは驚いたように、立ち上がって子供をあやしているエラを見上げた。


 随分と若い母親だと思ったけれど、改めて見ても20才くらいに見える。

 対して、マヤは、今まで出会った誰よりも年老いて見えた。


 世間知らずのミーシャでも、閉ざされた村だというなら、なおの事医療や薬の知識はしっかりと継承されるべきものだと分かる。

 それなのに、直接の弟子にしては、二人は年齢が開き過ぎているように思えた。

 マヤの年齢を考えればすでに複数の弟子がいそうなものだし、それらも独り立ちしていてもおかしくなさそうだ。

 エラが習うなら、兄弟子からの方が自然ではないだろうか?


 ミーシャの戸惑いを見て取ってか、マヤが苦笑を浮かべる。

「この村での暮らしは厳しいからね。せっかく弟子を育てても、道半ばで命を落とす者もいるし、……運が悪い事が続いたんだよ」


「なに言ってるのさ。育てた三人のうち二人は手に職着いたって、村を出てっちまったんじゃないか!あの恥知らずども!!」

 そっとつぶやいたたマヤの言葉を打ち消すように、エラの威勢のいい声が響く。


「ま、その恥知らずの一人はあたしの年の離れた姉ちゃんだから、何とも言いづらいんだけどさ」

 その後、眉をしかめたまま言い放たれた言葉に、ミーシャは目を丸くした。


「おかげで、あたしが弟子にしてもらうのもすごく苦労したんだよ。何しろ、裏切り者の妹だからね。でも、記憶力がいい事を証明して、どうにか勝ち取ったんだ。それでも文句言うやつがいたから、村から離れないって証明のためにも、旦那を口説き落として子供作ったんだよ!」


「これ‼エラ!!」

 あまりにも明け透けな言葉に、マヤが鋭い声をあげる。


「怒んないでよ、ババ様。もともと旦那とは小さな頃から恋仲で、そのうち結婚するつもりだったんだ。ちょっと順番が前後して、数年早くなっただけじゃないか」

「このおバカ。その数年が大事なんだよ!女として成熟する前に子供なんか作ったら、子供にも母親にも負担がかかるんだって教えていたのに!」

 けろっとした顔で語られる過去に、マヤは目くじらを立てて声を荒げた。


「エラさん、今幾つなんですか?」

「ん?16。この子産んだのが14の終わりだったから、時間がたつのは早いよね」

 思わず尋ねたミーシャに、エラはあっけらかんと答えるが、ミーシャは悲鳴をあげそうになった。

 つまり、エラは今のミーシャとさほど変わらない年齢で妊娠したというのだ。


「あたし、村の中でも発育良かったから、いけると思ったんだけどさぁ。やっぱり無理があったみたいで、出産後出血止まらなくなっちゃって。危うく死にかけた」

 ミーシャの脳裏に、自分を助けてくれたカシュールの姿と、そのやり取りが思い浮かぶ。


(民族的に体格がいい人が多いのかとは思ったけれど、それだからって……)

 体が大きい事と、体が成熟していることは別問題である。しかも、マヤの言葉からそれなりの知識はすでに教えられていたことが分かる。


(ただでさえ出産は命がけなのに。弟子入りしたばかりだったのかもしれないけど、あまりにも軽はずみじゃない?)

 怒りとも呆れともつかない感情に襲われたミーシャが、信じられないものを見るような視線を向ける中、当の本人に反省の色はない。 

 

「ちょっと大変だったけど、命は助かって子供も私も無事だったし、反対していた奴らも文句言わなくなったし良かったよね。ま、産後の肥立ちも悪くて、動けるようになるまで半年以上かかったけど」

「それ、全然大丈夫じゃないです」

「まったくね。一度は心の臓まで止まったんだ。体が元通り動くようになったのは奇跡だよ」

 思わず首を横に振るミーシャと、その時の騒動を思い出したのか眉間にしわを寄せるマヤを、それでもエラは笑い飛ばした。


「ま、いいじゃん。それで、その白濁眼病?の薬、作り方教えてよ。あ、材料ってここでもそろうのかな?」

 泣き止んで目をぱちくりさせている我が子を背中からおろしてやりながら、エラが再び座り込んだ。


「あぁ。どうでしょう?私、ここ近辺で手に入る薬草の種類を知らないので何とも。一応、必要な薬草とレシピはお教えしますけど、そこら辺は後で擦り合わせをしましょう」

 それと入れ替わるように、気を取り直したミーシャは立ち上がると、寝かされていた部屋に持ち込んでいた薬箱をとってきた。


「とりあえず、エラさん。調薬用の鍋に湯を沸かしてもらえますか?」

「分かったよ。あ、でもその前に、この子をお義母さんに預けてくるね」

 エラは、そろそろ膝の上から逃げ出そうとしていた幼子を抱き上げると、二人の返事も待たずに軽い足取りで家から出ていってしまう。


「……本当に、落ち着きのない子で悪いねぇ。あれでも、手先は器用だし物覚えは良いんだよ」

「大丈夫ですよ。ババ様の目から見ても才能があるから、弟子にとられたんでしょう?」

 突然現れたと思ったら、あっという間に去っていったエラに、顔を見合わせた二人は苦笑する。


「お薬作るのに、側に小さい子がいない方がいいのは確かですから、預かり先があるならそうしてもらった方がいいです。危険なものも多いし、調合は細かい作業が多いから」

 好奇心のままに動く幼子の手の届くところで作業しようとすれば、結局誰か一人は手を取られることになるだろうし、気も散りそうだ。

 

 肩を竦めた後、ミーシャは、奥の部屋から窓際に置かれていた小さな机をもってきて囲炉裏の側へと置いた。その上に次々と道具を並べていく。


「今回は私の物を使いますね。後は、目に挿せるように必要な濃度の水薬にするだけですから」

 分解されていた小さな秤を組み立てるミーシャの手元を、マヤが珍しそうにのぞき込んだ。


「そんな小さな秤もあるんだねぇ。分解できるなら、移動に便利そうだ」

「そうですね。さすがに、家で使っていたものを持ち運ぶわけにもいかないので」 


 森の家に置かれた大きな秤を思い出して、ミーシャは少し笑った。初めて秤に触れる事を許された時、スプーンや皿、ハンカチなど手当たり次第に何でも秤に乗せて遊んでいたことを思い出したのだ。



『母さん!ミーシャのコップの重さ、150だった!スプーンは20!!』

『もう!ミーシャったら!使ったらちゃんと消毒して片付けるのよ』

 お気に入りのぬいぐるみまで秤に乗せだしたミーシャに、呆れたように笑うレイアース。

 それでも、ミーシャの好奇心を止めることなく優しく見守ってくれていた。


『じゃあ、問題よ。これはどれくらいの重さでしょう?』

『え~~?100くらい?』

 秤の扱いに慣れてからは、いろいろなものをミーシャに持たせては、実際に量ってみるという遊びを始めたのだ。

 真剣に秤の上に重りを載せていくミーシャを、レイアースはいつだって優しい笑顔で見守っていた。

 そして、正解すれば大げさなほど一緒に喜び、間違えれば飽きることなく何度でも繰り返し付き合ってくれた。


 そうして、重さの感覚を手に覚えさせてくれたのだ。

 おかげで、今ではミーシャは手に持てるものなら、だいたいの重さを当てる事ができるようになった。



「少量の薬を作るときなんかは、こっちの方が使いやすかったりしますね」

 手早く組み立てた小さな秤で、ミーシャは必要な量の粉薬を量っていく。

 全て量り終えると、擦り鉢の中へ入れゆっくりと混ぜ合わせた。


 マヤは、その全てを傍らで眺めながら、内心舌を巻く思いだった。

 会話しながらも、ミーシャの手は迷いなく動き、その熟練度を伺わせた。

(まいったね。まだ幼い少女のように見えるのに、どれほど調薬を繰り返したら、これほどの腕になるんだい?)

 複数の薬草を混ぜ合わせるタイミング。慎重に少しずつ注がれる水。


(それにしても、外の世界ではいろいろな道具が使われているんだねぇ)

 秤は大きさが小さくなっただけでほとんど形が変わらなかったからそうと分かったけれど、ミーシャの薬箱から取り出された道具のいくつかは、マヤの知らないものだった。

 特に、水を灌ぐための小さな筒のようなもの。


 ガラスの筒の先に小さなでっぱりがあり、その中に棒を差し込んである。棒を引くことで水が吸い込まれ、押すことで吸い込まれた水が出てくるのだ。

 筒の横にはいくつもの線が刻まれ、どうやらその線に棒の先が合わさることで、水の量を計ることができる様なのだ。


「便利なものだねぇ」

 薬用にと定めたスプーンですくう事で、ある程度同じ量を計ることはできるが、そのスプーンで少しづつ注ぎながら混ぜ合わせることは一人では難しい。

 しかし、ミーシャの持つその道具は中に水が入っていても、そのまま横に寝かせる事ができるようなのだ。


 思わず声を出したマヤに、ミーシャは首を傾げた。

「今あんたが水を注ぐのに使っているその道具はなんていうんだい?」

「これですか?」

 ミーシャは手に持っていた道具を少し掲げるようにしてマヤに見せた。


「シリンジって言います。少量の水を計るのにも、小瓶に移し替えるのにも便利です」

 簡単に手渡されたその小さな道具を、マヤは手の中で転がしたり、実際に棒を動かして水が吸い込まれたりでる様子をまじまじと観察した。


「うん、これはいい。いちいち水をすくう手間は省けるし、一人で調薬するのに楽そうだ」

 感心したように声をあげるマヤに、ミーシャは、コレも珍しいものだったのかしら?と内心少しだけドキドキしていた。


 当たり前のように使っていた道具が、出会った医師や薬師の中で物議を醸しだす様子を何度も見てきた。そうして、みんなが珍しがることで、ようやくミーシャはその道具が世間一般では流通していないものだという事を知るのだ。


(うん、でもマヤさんは村からほとんど出たことがなさそうだし、隠れ里なら時代の流れから取り残されているってこともありそうだし)

「ふーん。この棒の先についている少し柔らかい部分が問題なんだね。これが、ぴたりとガラスにはまることで水が漏れてこないんだ」

 悩むミーシャをよそに、マヤは楽しそうにシリンジを検分している。


「面白いものをありがとうね、ミーシャ。これは真似させてもらっても大丈夫かい?」

 ひとしきり手の中でこねくり回した後、マヤは満足そうなため息をついてからシリンジを返してくる。

「えっと、そんなに複雑な作りでもないし、大丈夫だと思います。ただ、ガラスはともかく押し棒の先の部分についている素材が何でできているのか私も分からなくて」

 受け取りながら、ミーシャは少し困ったように答えた。

「さしあげるにも、私も今はこれ一つしか持っていないんです」

 ラインに言えば手にいれる事ができるかもしれないが、再会のめどが立っていない今、そう簡単に手放すわけにもいかない。


「あぁ。取り上げたりなんかしないよ。薬師の道具は秘密が多いものだからね。真似させてもらえるだけでも御の字だ。先端の素材は、何か似たようなものがないか探してみるよ。筒の部分だって、別にガラスじゃなくてもいいだろうしね」

 困り顔のミーシャに、マヤはおおらかに笑うと手を横に振る。


 それに、ほっとして、ミーシャは予定の濃度まで蒸留水で薄めた薬液の最後の仕上げに、慎重にひかり草の花弁の露を一滴垂らした。

 一瞬、薬液がふわりと光を放つ。

 瞬きの間に消えたその光が、花が咲いた瞬間に弾けた胞子の物と似ていて、ミーシャはもう一度クスリと笑う。薬草の名前を告げた時の少しきまり悪そうなラインの顔を主追い出したのだ。

(そうね。物の名前は分かりやすいのがいいわ)


 最後にもうひと回し混ぜた後、ミーシャは顔をあげた。

「出来上がりです。早速さしてみましょう」



読んでくださり、ありがとうございました。

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