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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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13

「お見苦しいものをお見せして、申し訳ない」

 マヤに一括され、冷静に戻ったらしいポリュースは恥ずかしそうに頭を下げる。

 ゼンテュールに比べ一回り大きな体を心なし小さくして、しょんぼりと肩を落とす様子は、いかつい顔とのギャップと相まって可愛らしくすら見えた。


「いやぁ。久しぶりのお客さんだからはしゃいじまった。悪かったな」

 その横で、ゼンテュールは性懲りもなく軽口をこぼし、反射的に出たらしいポリュースの手で張り倒されている。


「まったく、あんた達はそういうところは、昔からちっとも変わらないね。話が進まないから、シャキッとしておくれ」

 呆れたようにため息をつくネルに、大人たちはようやく真面目に話すことにしたらしい。

 崩れていた体勢を、キチンを座りなおし、改めてミーシャへと向き合った。


「まずは、大切な村の子供を助けてくれたこと、礼を言わせてくれ。人の減っていく村にとって、子は宝だからな。ありがとう」

「やめてください。私はできる事をしただけです」

 大の大人二人に深々と頭を下げられ、ミーシャは面食らいながらも首を横に振った。


「それに、まず救っていただいたのは私の方です」

「あのさ、もうそろそろそのお礼合戦、終了しない?俺もそれなりに忙しいんだけど」

 さらに頭を下げようとするミーシャを遮るように、カシュールが声を上げる。

 その顔は、明らかにうんざりとしていた。

 無理もない。

 もともとカシュールは、渡し忘れていた木箱をミーシャに渡しに来ただけだったのだ。

 村長たちにお使いに走ったのはついでであり、本当ならそこでお役御免のつもりであった。

 しかし、拾った人間として気になるだろうと、村長に半ば無理やり連れてこられていたのだ。


「確かに、イルカたちから受け取った手前、ちょっと気になったのは確かだから付き合ったけどさ。この調子で話が進まないなら、後で結論だけ教えてくれたらいいよ」

 漁から帰ってすぐにこっちに来たため、魚の処理も網の手入れも行っていない。

 明日の漁を考えると、早く仕事に戻りたいと思うのも道理だろう。


「あぁ、そうだな。悪かった。じゃあ、チャチャッと本題に入ろう」

 半眼になってしまったカシュールに、ゼンテュールが気を取り直すようにコホンと空咳をした。

「船から落ちて漂流したという事だが、探している身内はいるのか?」

「伯父さんと一緒でしたから、心配して探しています」

 唐突に、真面目な顔で問いかけられて、ミーシャも居住まいを正して答える。


 いつだって自分を大切にしてくれた伯父が、海に落ちて行方不明になったくらいで簡単に諦めるとは思わない。きっと手を尽くして探してくれているだろうとミーシャは思っていた。

 それは、ミーシャにとって揺るぎない真実だった。


 キッパリと言い切ったミーシャに、大人たちは顔を見合わせた。

 夜も明けきらない晩秋の海に落ちて、命があったのは奇跡に近い。

 普通なら、その時点で諦めているはずだ。

 それなのに、ミーシャは、伯父が自分を探し出すはずだと信じ切っている。


「あ〜、少し話を聞いてもらっていいか?」

 少し迷うように視線を彷徨わせた後、ゼンテュールが口火をきる。

「ミーシャの伯父さんが、どういう人物かは知らんが、それだけ確信を持っているなら、きっと探すための努力をしてくれてるんだろうとは思うんだ。が、おそらくここにいたら見つけてもらえることはないだろう」

 困ったように少し眉尻を下げたゼンテュールに、いわれた意味が分からずミーシャは困惑して首を傾げた。


 確かに、暗い海に落下し行方不明となったミーシャを、広い海から見つけ出すのは困難だろう。

 死んでしまっていた確率の方が、はるかに高いし、ミーシャ自身も自分の命が助かったのは奇跡だと思っている。

 しかし、ラインなら死んだなら死んだ・・・という確証を見つけるまであきらめないような気がしていた。が、ゼンテュールは、そういったところとは別の意味で言っているように聞こえたのだ。


「家の外は見たかな?」

 どう話していいものかと悩んでいる様子のゼンテュールの言葉を引き継ぐように、今度はポリュースが口を開く。

「いえ。子供の対応をするのに夢中で、そんな余裕はなかったです」

 少し恥ずかしそうにミーシャは答えた。

 目が覚め、部屋を出たところで外から切羽詰まった助けを呼ぶ声が聞こえ、反射的に飛び出したのだ。

 喉に詰まっていた異物を取り出してすぐに、女性に話しかけられ、背を押されてマヤの手に託された。

 当然周囲を見渡す余裕もなく、思い出そうとしても浮かぶのは、せいぜい周囲を取り囲んでいた村人たちの顔と、質素な造りの小屋ぐらいだった。


「そうか。ここは、切り立った山の斜面と入り組んだ入江の間にあるわずかな土地に造られた小さな村だ。とある理由から、外界との関わりは極力絶って、隠れるように住んでいる。おそらく、この村の存在を知らない人間がここに辿り着くことはできないし、この村の存在を知っている人間を探し当てるのも難しいと思う」


 ゆっくりと噛んで含めるように、ポリュースが説明してくれる。

「とある、理由?」

 突然の表明に、ミーシャは戸惑ったように言葉を繰り返した。


「まぁ、お家騒動に負けて逃げ出した一族の末裔と思ってくれればいい。何代も前の、今では覚えている人間がいるかも怪しいほど、はるか昔のことだ」

 はるか昔、と言いながらも、何かを懐かしむような遠い目をするゼンテュールに、ミーシャは続けようとした言葉を飲み込んだ。


(お家騒動で逃げ出したって、あの子たちみたい)

 山の中で出会った幼い姉弟たちを思い出す。

 彼らも、命からがら国から逃げ出してきたと言っていた。

 きっと、遠い昔、この村の人たちもそうしてここに辿り着いたのだろう。


「というわけで、その伯父さんと合流したいのなら、まずこの村を出ないといけないわけだ。そして、外に出たい人間を閉じ込める気もないんだが、一応隠れ住んでいる身としては、おいそれと道を教えるわけにもいかないんだよ」

 隠れ里の秘密を守るためには、秘密を知る人間を増やさなければいい。

 それは単純な理屈であり、隠れ住む人間にとっては守らねばならぬ不文律だ。

 そんな状況で、偶然辿り着いた人間を逃がさないように閉じ込めることなく、希望すれば外の世界へと戻すというのは破格の扱いだろう。


 おそらく、過去にはミーシャのように流れついた人間を捕えたり、あえて見殺しにした過去もあったはずだ。それが今の状態になったのは、祖先がこの村に流れ着いてから流れた年月の長さによるものが大きいのだろう。

 過ぎる時間は、切羽詰まった感情も、譲れない思惑すらも穏やかになだめていく。

 今を生きる村人達……まだ若いカシュールどころか、この村を導いている世代であるゼンテュール達にとってすら、祖先たちの話は遠い昔話のようなものになっていたのだから。


 それでもここに住むのは単純に、貧しいながらも暮らしていける環境を手放してまで、今さら移住する理由がないためだ。

 猫の額ほどの土地でも住人たちが生きていける食物は手にいれる事ができるし、どうしても村で賄えないものがある時はこっそりと町へ出て購入する事もできる。

 長い年月の中、そうした基盤もしっかりと確立しており、この地を離れる必要は感じられなかったのだ。


 もちろん、貧しく単調な生き方を嫌って外の世界へ出ていく者はいるが、わざわざ隠れ住んでいる場所を他者に吹聴して回るほど薄情な者もおらず、この場所の秘密は守られてきた。

 まぁ、わざわざ吹聴してまで得るものが、かろうじて暮らせる貧しい土地とかつての仲間の恨みだけというのもあったのかもしれないが……。


「今、冬支度の最後の調達部隊が外に出ていて、お前さんを道案内できる人員がいないんだよ。悪いが、奴らが戻ってくるまで時間をくれ」

 少し困ったような顔でそういわれてしまえば、偶然に流れ着いた挙句命を救われた立場のミーシャに反論の術はなかった。


 ラインや船で仲良くなった人たちに心配をかけているだろうとは思ったけれど、ここから動けなくなるわけでもないようだし、再会した時、心を込めて謝ろうとミーシャは静かに頷いた。

(どれくらいかかるか分からないけど、その間に、私ができる事をがんばろう)

 その言葉が聞こえたなら、「いいから大人しくしといてくれ!」という悲鳴が多方面から聞こえそうなことを心の中で誓いながら……。





「と、いうわけで。ババ様の目を見せてください!」

 小さな家を占めていた男たちが去った後。

 ミーシャは、さっそく隣に座るマヤへと詰め寄っていた。


「なんだい、藪から棒に」

 ミーシャの勢いに目を白黒させながらも、マヤは、どうにか体勢を立て直し、ミーシャの肩を押した。

「マヤさんの目は、年寄り病なんかじゃなくて進行形の目の病です。確かに、年配の方に多い病で完治は難しいものですが、目薬を使う事で症状の緩和ができるはずです」

 落ち着かせようというように、ポンポンとミーシャの肩を叩くその手を握り、ミーシャは必死で言い募った。

 年のせい・・・・だとあきらめた顔をするマヤに歯がゆさを感じていたのだ。


 自分よりはるかに長い年月を生きてきた薬師・・が、病を前に、諦めを口にしてほしくない。

 それは、理想に燃える若者のエゴだった。

 それ以上に、困っている人をすくいたいという、ミーシャの本能ともいえる行動の発露でもあったのかもしれない。


 きらきらと輝く瞳で詰め寄るミーシャを、マヤは少し困ったように、しかしまぶしいものを見るような瞳を向けた。

 この閉ざされた村の中。

 限られた知識しか持たない自分に、幾度も歯がゆい思いを抱え、それでもそれも運命なんだと飲み込んでくるしかなかったマヤにとって、まだ若く希望にあふれたその姿は眩く、そして少し妬ましい。


 しかし、希望にあふれる少女に暗い感情を向けるには、マヤは年を取りすぎていた。

 人生とはままならないものだという事を、とっくの昔に知り尽くしてしまった老婆は、それゆえに、含み笑いひとつでその感情を飲み込んで見せた。


「はて。いまさらこのババに薬なんか使っても、もったいないんじゃないかねぇ」

「そんなこと、ありません!」「そんなことあるもんかい!」

 あえてひねくれた言葉を口にしたマヤを、真っ向から否定したミーシャの声にかぶさるように、背後から声が飛んできた。


 びっくりしたように振り返った二人が見たのは、扉の前で仁王立ちする若い女性だった。

「あ、さっきのお母さん」

 おんぶ紐で背中に幼子を背負ったその顔に見覚えがあったミーシャは、パチパチと瞬きを繰り返す。

 そんなミーシャにかまうことなく、その女性はズンズンと中に入ってきた。


「あんた、今の言葉はほんとうかい?!」

 膝をガッと乗り上げ、ミーシャの近くまで身を寄せて一息に叫ぶ女性に、一瞬何を言っているのか聞き取ることができず、ミーシャはたじろいだ。

 ジリッと後ろに逃げようとするミーシャの姿に、マヤは思わず噴き出した。

 二人の様子が、まるでさっきまでの自分たちに見えておかしかったのだ。


「エラ、落ち着きな。あんたは礼を言いに来たんじゃないのかい?」

 クツクツと喉の奥で笑いながら、マヤは二人をとりなす。

 穏やかなマヤの声に、エラと呼ばれた若い母親はハッと我に返ったように体勢を戻した。


「いやだ、あたしったら。思いがけない話が聞こえて、思わず取り乱しちまったよ」

 乗り上げていた膝を戻し、きちんと履き物を脱いで上がり込んできた母親は、ミーシャの前に正座をすると手を床につけて深々と頭を下げた。


「私の名はエラといいます。先ほどは我が子の命を救っていただきありがとうございました。何も持たぬ身ゆえ、礼しか出来ぬことが心苦しい限りですが、心からの感謝をあなたに」

 初めて見る礼の仕方に、ミーシャは目を白黒させて、目前で体を小さく丸め頭を下げるエラを見た。


 床にまっすぐに背を伏せているため、背中に乗ったままの子供がよく見えた。

 先ほど泣きじゃくった様子もなく母親の背中ですやすやと眠っている。おそらく、世界で一番安心できる場所でくつろぐ子供のふんわりと柔らかそうな頬に、ミーシャは、ほっと胸をなでおろす。

 その血色の良い頬に、どうやら、先ほどの影響は薄そうだとみてとったのだ。


「頭をあげてください。私は私のできる事をしただけです」

 穏やかなミーシャの声に、エラは下げていた頭をあげた。

 ミーシャの翠の瞳と、エラの少し茶色がかった黒い瞳が交差する。

 しばらく見つめあった二人の沈黙を破ったのは、にっこりと笑ったエラだった。


「うん。じゃあ、堅苦しいのはおしまいね。あのしゃべり方、難しいから大変なんだよ」

 肩が凝ったと言わんばかりに腕をぐるぐる回すエラに、ミーシャは吹き出した。

「分かる。丁寧なしゃべり方や仕草ってきれいなんだけど、大変だよね」

 礼儀の授業を思い出して、ミーシャは深く頷いた。

 必要なことだと身に染みているけれど、綺麗なドレスも嬉しかったけれど、やっぱり山育ちのミーシャにとっては少し息苦しかった。


「そう言ってもらって助かるよ。あたし田舎者だから、礼儀なんてババ様に教わったちょっとくらいしかできないしね」

 気楽な話し方になったミーシャに、エラもニカッと笑う。

 明るいその笑顔は、周囲の空気まで明るくしてくれそうなほど溌溂としたものだった。


「で、話し戻すけど。ババ様の目が治るって、本当?」

 だから、唐突に尋ねられた言葉にも、ミーシャは面食らうことなく、しっかりと頷いた。

 きっと、この人はマヤを説得するのに見方をしてくれると確信していたからだ。


「はい。エラさんも話を聞いてくれる?」

「もちろん!!」

 突然意気投合はじめた若い二人に、マヤはやれやれというようにため息を一つ落とすのだった。




読んでくださり、ありがとうございます。


突然のアップデート後の使用変換にアップアップしてました。

書きかけの小説どこ⁈って、一瞬マジで焦りました。

運営からのお知らせは、ちゃんと真面目に目を通さないと駄目ですね。反省。


というわけで、お母さん再登場です。

次回は、彼女の説明およびマヤさんの目の治療予定です。

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