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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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(あぁ、明かりがまるで星みたい)

 薄れる意識の中、ミーシャが最後に見たのは水面に揺れる船の明かりだった。



 豹変した青年に捕まった瞬間、ミーシャは、無意識のうちに腕を組んで胸を張っていた。

 それは、伯父に何度も教え込まれた護身のための動きで、隙を見て足を踏みつけたところまでは練習通りにうまくいった。

 しかし、肩にかけた薬箱の紐の存在を失念していたのが敗因だった。

 逃げだそうとしゃがみ込んだのだが、動きについてこれず少しだけ浮いた紐を伸ばされた指先に捕らえられ、振り回された力に抗う事ができず、ミーシャの小さな体は宙を舞う。

 

 その瞬間、ミーシャはまるで時間が間延びしたように、全てがゆっくりと流れていくのを感じていた。それは不思議な感覚で、まるで俯瞰ですべてを見ているようにすら思えた。

 男の険しい顔が遠ざかり、いまだ墨色の空に星がきらめいているのが見える。

 視界の端で、レンがうなりをあげて青年に噛みついている姿に、レンが怪我しないといいな、と、どこか人ごとのように考える余裕すらあったのだ。


 吹き飛ばされた体は一瞬紐が体に食い込むことで止まったかに見えた。しかし次の瞬間、ミーシャの体重がかかった薬箱の紐が耐え切れずブツリと切れた。

 勢いは殺しきれず再び背後へとよろけたミーシャの背中に衝撃が襲う。

 背中の丁度真ん中辺りが、手すりの上の部分にぶつかったのだ。

 ゴフッと強制的に体から空気が押し出され息が詰まり、ミーシャは意識を半ば持っていかれてしまう。


 手すりの上にのけぞるように一瞬止まった体は、次の瞬間、ガクリと力を失くして落ちた頭部の重みに引かれて手すりを越えていった。

 ゆっくりと、ミーシャの体が手すりの向こうに消えるのを見ていたのは、レンだけで。

 追いかけようと焦ったために牙を弛めてしまったレンは、手痛い反撃を食らう事となったのだった。


 重力に導かれるままに海へと落ちていくミーシャは、霞む視界の中に共に落ちていく大切な薬箱を見つけ、無意識のうちに手を伸ばした。

 それは、ミーシャの努力の証で、魂に刻み込まれた大切なものが詰まっている箱だった。

 絶対に失くしたくない、大切なもの。


 捕まえる事が出来たのは奇跡で、ミーシャは、それを胸に抱きしめると、冷たい海に落ちていった。

 大型帆船の甲板から水面まではかなりの高さがある。

 着水の衝撃に、ミーシャのかろうじて残っていた意識は儚く消えていった。


 コポリ、と吐き出された空気の泡が水面に上がっていくのと反対に、ミーシャはなす術なく沈んでいく。

 夜の海中はあまりにも暗く、そして静かだった。

 しかし、ふいにミーシャの胸元が小さく輝き始める。

 その淡い青の光は、徐々にその輝きを強め、まるで何かを呼ぶように点滅した。


 そして、まるでその光に呼ばれるように、遠くから素早く動く何かが近づいてくる。

 しなやかなその影は、海底へと沈もうとする小さな体をその背にすくい上げると、ぐんぐんと力強く泳いでいった。





 カシュールの朝は早い。

 カシュールはまだ14になったばかりの少年だったが、年寄りばかりの彼の村では貴重な働き手であり、小さいとはいえ船を与えられた一人前の漁師でもあった。


 朝は日の出前に船を出し、網を下ろして魚を捕る。

 そして昼前には村に帰って、今度は猫の額ほどの畑を耕したり、山に入って焚き木を集めたり、前日仕掛けた罠を確認したりするのだ。


 一日中働いても暮らしは貧しいけれど、生まれた時からその生活しか知らないカシュールは、それを不満に思った事はなかった。

 ただ一つの、心配事を除いては……。


「キューイ!」

 いつものように漁をするため、早朝の海に船を出していたカシュールは、聞き覚えのある声に顔をあげた。

 それは、気まぐれに訪ねてくるイルカたちの声で、また遊んでもらおうと声をかけてきたのだと思ったのだ。


「お前たちが来ると魚が逃げるんだよ。遊びたいなら後に……」

 まだ、網を下ろしてさえいないタイミングに舌打ちしながら文句を言おうとしたカシュールは、次の瞬間、飛び込んできた光景に目を疑った。


 のんびりとこちらに近づいてくるイルカの背に、人らしき影が見えたのだ。

「……おい、嘘だろ?」

 ごしごしと目をこすってみても、その影は消えなかった。

 そうして、カシュールの船に寄り添うようにイルカが止まる。


「女の子だ……」

 イルカの背びれに掴まるように身を伏せていたのは、小さな少女だった。

 イルカの背に乗ってなお水に遊ぶほど長い髪は柔らかな茶色で、陽の光を浴びて艶めいて見えた。

 カシュールの片手に納まりそうな小さな顔は整っていて、閉じた瞳を縁取るまつげが少し青白い頬に長い影を落としている。

 まるで、海の雫から生まれてきたかのような、無垢な美しさがそこにはあった。

 

「キュキュキュ!」

 呆然と見惚れていたカシュールは、警告するようなイルカの高い声にハッと我に返った。

 イルカの背から少女を受け取るために、慌てて手を伸ばす

 透き通るような白い肌は、ひんやりと冷え切っていて、掴んだ腕はあまりにも細く華奢で、カシュールの胸がドキリと音を立てる。

 あまりに強く掴んだら折れてしまうのではないかという不安に駆られて、手を出しあぐねるカシュールに業を煮やしたらしいイルカが、少女を背に乗せたままピョンと跳ねた。

 弾き飛ばされるように宙に浮いた少女の体が、うまい具合にカシュールの腕の中に飛び込んでくる。


「うわ!つめて!!」

 水しぶきと共に受け取った少女の体は当然ながらぐっしょりと濡れていて、冬の初めの海水の冷たさにカシュールは小さく悲鳴を上げた。


 それでも少女を突き放すことなく、カシュールはそっと少女を船底に敷き詰められた網の上に横たえた。

 少し魚臭いかもしれないが、まだ海に投入していなかったため濡れていないし、固い船底に直接寝かせるよりはいいだろうと思ったのだ。


「体温さがってるな。しょうがないから一回戻るか」

 意識のない少女をびしょ濡れのまま放置すれば、下手したら命を落としてしまうだろう。

 カシュールは、今日の予定を思い浮かべて小さくため息をつくと、自分の上着を脱いで少女の上にそっとかけた。 

 それから、吹き付ける朝の冷たい海風にブルリと体を震わせると、カシュールは港へと戻るために櫂を手に取る。


「キューイ」

 船を動かそうとした瞬間、少女を運んできたのとは別のイルカが、器用に鼻先で小さな箱をゴトン船に押し込んだ。

「ん?これ、この子のか?」

 木製の箱は、表面がきれいに磨かれ丁寧にニスが塗られているようだった。


「キュキュキュっ!」

 まるで返事をするように頭を振って声を出すイルカに、カシュールは苦笑した。

「わかったよ。この子は引き受けたから、安心しな」

 イルカは人と同じほどに頭がいいと生まれた時から付き合いのあるカシュールは知っていた。

 年寄りなどは、海のみ使い様とありがたがるけれど、カシュールにとっては気まぐれで悪戯好きな友人だった。その彼らが、大切に連れてきて託したというなら、力を尽くすべきだ。


「キューイ!」

 カシュールの言葉に嬉しそうに一声鳴いたイルカたちは軽くジャンプをしながらどこかに去っていった。

 それを横目で見送りながら、カシュールは急いで櫂を操る。

 潮目が複雑なうえに暗礁がいくつもあるこの付近の海は、大きな船は入ってこれないし、慣れていても油断をすると危険だった。

 

 それでもできる限りの最速で港を目指すカシュールの船に、どこかに行ったと思っていたイルカたちが追い付いてきたのは、村にたどり着く直前だった。

「ん?お前たちも来るのか?」

 暗礁の多い陸近くはあまりイルカたちの好みではないらしく、沖で一緒に遊んでいてもめったに港まではついてこない。

 珍しいと首を傾げたカシュールは、イルカの他にも水面を跳ねる魚に気づき、本日何度目かの驚きに目を見張る。


「もしかして、漁ができなかった詫びか?」

 なんとイルカたちが数頭がかりで魚の群れを追い立ててきていたのだ。

「クルルルル」

「キュキュキュ」

 何事かを話しながら、イルカたちは魚を追い立てながらカシュールの船の周りを泳ぎ、いくつかの難所も共に超えて、ついには小さな湾内に作られた港へと魚たちを追い込んでしまった。


 港で作業をしていた者たちが、その光景に目を見張り、勢いのままに陸に乗り上げてくる魚たちに歓声を上げた。

「キューイ!キュキュキュ!!」

 その光景を見届けたのか、高らかに一声鳴くとイルカたちは楽しそうに飛び跳ねながら沖へ戻っていった。


「ありがとうな~、明日にでもまた、様子を伝えに行くから!」

 その背に向かい声をかけると、カシュールは思わぬ魚の贈り物に沸く桟橋へと船をつける。

「おい、カシュール。いったい何があったんだ?」

 魚を拾う人々の間を抜けて駆け寄ってきた老人に、カシュールは意識のない少女を抱きかかえて見せた。


「イルカたちが連れてきたんだ。とりあえず、ババ様に見てもらうから、誰か走らせてくれ」

 カシュールの腕の中でぐったりと目を閉じる少女の姿に、一瞬驚いたように目を見張った後、老人は合点がいったかのように小さく頷いた。


「なるほど、この騒ぎはその子を助ける礼のようなものか。さすが、み使い様は慈悲深い」

 海に向かって礼をとると、老人は足早に歩き出した。

「おい、テン!ババ様の所に遭難者を連れて行くと報せてくれ」

 そして通りすがりに、港に打ちあがった魚を拾っていた人たちの中から、まだ幼い少年に声をかける。

 顔をあげた少年は、カシュールが抱える見慣れない少女の姿に目を丸くした後、弾かれたように走り出した。


「どうしたんだ?漂流者か?」

「女の子だ!」

「死んでるの?」

「馬鹿、連れてきたんだから、生きてるにきまってるだろ?」

 老人の声に魚を拾っていた面々も顔をあげ、ざわめきが広がる。


「説明は後だ。邪魔だからどいてくれ」

 覗き込もうと近づいてくる人の群れをかき分けるように、足早にババ様の元へ急ぐ。

 ついてこようとする野次馬は、老人が蹴散らしてくれた。 

 そのまま、魚を集めて処理するよう指揮をとっている声を背後に聞きながら、カシュールはできるだけ急いで、でも腕の中の少女を揺らさないように気をつけて歩いていった。


 ババ様は、この村一番の長老で、薬草の知識もある。

 人に支えられないと歩けないほどよぼよぼではあるが、頭はしっかりとしていて、村人の相談役でもあった。

 意識のない少女に必要なものもきっと分かっているだろう。


「カシュール、そのまま中に入って。手伝いのおばさんも丁度いたから、着替えとか任せたらいいってさ」

 老人に先ぶれを任されていた少年が、目当ての家の扉の前で待っていた。

 気を利かせて開けられた扉をくぐり、カシュールは家の中に進む。入ってすぐの土間から一段高くなった床へと履物を脱いで上がり込めば、囲炉裏の側に座り込んでいた老婆が手招きした。


「そこに寝かせて出ておいき」

 しわが深く刻まれた顔は陽に焼け、片目は白く濁っている。長い白髪は一つにくくられ、丸まった背中に無造作に垂れ下がっていた。

 指さされた老女のすぐそばに引かれたゴザの上に、そっと少女を横たえて、カシュールは無言で老女を見据える。

 

 動こうとしないカシュールを、一つだけ残った黄緑色の瞳で見つめて、老女は面白そうに笑った。

「別になんも悪さなんてしないよ。濡れた服を着替えさせて手当てするだけだ。終わったら呼ぶから、出ておいき」

 再びやんわりと促されて、カシュールは気まずそうな顔で頭を掻いた。


「別に、ババ様が何かするなんて思っちゃいないよ。ただ、イルカたちに任されたから気になっただけで……」

 ごにょごにょと言い訳めいたことを口にしながら、カシュールは重い腰を上げる。

 服を着替えさせる場所に、男の自分がいるわけにはいかないと思いつきもしなかった、自分の間抜けさ加減が恥かしかった。


「はいはい。着替えも持ってきたし、出てった出てった」

 履物を履いたカシュールと入れ替わるように年配の女が入ってきて、カシュールを追い立てる。

 少女の着替えを調達にいっていたのだろう。

 女が手に持っていたのは、生成りの布で作られたシンプルな服で、カシュールが着ている物と大差ない質素な作りだった。


 その服にちらりと目をやりながら、カシュールは素直に外へ出た。

(あの子の着ている服とは大違いだな)

 綺麗な色に染められ、丁寧な刺繍が施された服は、いかにも値が張りそうな一品だった。


(お金持ちの子、なのかな?)

 湾の外は小島や暗礁が多く、海流が複雑な為外からの船が寄港することはないが、まれに漂着物や漂流者が流れつくことはある。

 そのほとんどが命がないが、それでもまれに息がある人間もいるのだ。


 そういう人間は、元気になれば外の世界・・・・に戻るか、そのままこの村に残るか選択してもらう事になっていた。

 カシュールが知る限りは、皆この村を去っていったが、まれに村に残った人間もいたそうだ。


(あんな綺麗な服を着ているくらいだから、きっとあの子の家族だって、あの子の事を探しているんだろうな……)

 ふと脳裏をよぎった希望を、首を横に振って追いやると、カシュールは扉の前から歩き出した。


「ババ様に任せとけば間違いないだろうし、ちょっと遅くなったけど漁に出よう……」

 自分に言い聞かせるように小さくつぶやいたカシュールは、しかし、もう一つイルカから託されたものがあることを思い出した。


「そうだった、あの子の荷物……」

 何が入っているかは知らないが、イルカたちが持ってきたのならば、きっと大切なものなのだろう。

 しばし迷った後、カシュールは大きくため息をついた。

 

「魚は今日の分以上にイルカ達が持ってきてくれたし、もういいか……。急いで持ってくれば、目を覚ます前に届けられるかな?」

 今日の予定を完全に変更することを決めたカシュールは、自分の船めがけて走り出した。





 ふわりと温かさを感じて、ミーシャは意識を取り戻した。

 とはいえ、まだ体を動かすどころか、目を開くこともできないようだ。

 明け方に目を覚まそうとして微睡んでいる時のように、どこかフワフワと頼りない感覚を覚えながらも、ミーシャはどうにか覚醒しようとあがいた。


 結果、ピクリと指先が動く。


「おや?目が覚めそうかね?」

 少ししわがれた優しい声が耳に入るとともに、そうッと頭が撫でられる感触がした。

 ミーシャは、フルリと一度震えると、その声に導かれるように、ゆっくりと瞳を開いていく。

 

 そこには、しわくちゃの老女がいた。

 

 日に焼けた肌には深いしわがいくつも刻まれ、片目は半分も開かないようで白く濁っている。

 しかし、一つ残った瞳はまるで若葉のような柔らかな黄緑色で、優しく細められていた。

「だ……ぁ…れ?」

 かすれた声で問いかけたミーシャに、なぜか一瞬驚いたようにわずかに目を見開いた後、老女は安心させるように優しい頬笑みを浮かべた。


「お前は海のみ使い様に拾われて、我らの一族の者に託されたんだよ。海に落ちたのを覚えているかい?」

 ゆっくりと問いかけられて、ミーシャはうろうろと視線をさ迷わせた。

 まだ少し頭がぼうっとしているため、老女の言葉が上手く理解できなかったのだ。


「みつ……か…い……。いち……ぞく?……う……み………」

 おうむ返しに言葉を繰り返していくうちに徐々に覚醒が進んだのか、ミーシャの瞳が力を取り戻していく。


「うみ……。海、……落ちました。船から、落ちたの」

 ミーシャは思い出す。

「乗っていた船が海賊船に襲われて。制圧されたけど騙されて部屋から出ちゃって……」

 振り払われて船の手すりにぶつかり、勢いのまま乗り越えて海に落ちた。

 体が動かなくて、冷たい海の底へとなす術もなく沈んでいきながら見上げた水面を思い出し、ミーシャはブルリと体を震わせた。


「そうかい。おまえさんは運が良かったんだね。たまたま側にいたみ使い様が慈悲をくれたんだ。きっとその場は危険があると我らの元まで連れてこられたのだろう」

 細かく体を震わせるミーシャをなだめるように、ポンポンと胸のあたりを叩くと、老女はゆっくりと手を伸ばし、側の囲炉裏にかけられた鍋の中身をコップへと移しとった。


「この時期の海は冷たい。どれほど海の中にいたのかは分からないが、体が冷え切っていたからね。目が覚めたのなら、もう大丈夫だとは思うけど、飲めそうならこれをお飲み」

 いつの間にかもう一人、年配の女性が現れて、ミーシャの体を少しだけ起こしてくれた。

 まだうまく動かない震える手を伸ばすと、老女が器を持たせてくれる。

 一人では支える事ができないと判断されたのか、ミーシャの手を支えるようにしてそっと口元に添えられた器の中身の匂いをクンと嗅いで、ミーシャは逆らう事なく口に含んだ。


「体を温める薬湯だよ。辛く感じるかもしれないが蜂蜜も少しだけど入っているから、少しは飲みやすいだろう。頑張って、飲めるだけお飲み」

 起きたばかりのミーシャの負担を考えてか、本当に少しずつ器を傾向けてくれる老女の気遣いに感謝しながら、ミーシャは器を空にした。


「ありがとうございます」

 温かい薬湯のおかげで体が内側から温まってきて、ミーシャはホゥ、と息をつく。

 胃のあたりからジンワリと広がる温もりは同時に眠気を連れてきて、ようやく開いたはずの瞳が再び閉じてしまいそうになる。


(ダメ、寝たら…。聞きたいこといっぱいあるのに……)

 一生懸命に眠気と闘っているミーシャの様子に、器を囲炉裏近くに置かれた盆の上に戻しながら、老女は、背中を支えていた女に再びその小さな体を横にするように指示を出した。


「いい子だね。もう少しお眠り。その方が回復も早まる」

 クシャリと顔のしわをさらに深くして優しく笑う老女に、一瞬迷った後コクリと頷くと、ミーシャは眠気に逆らう事を止めた。弱った体を回復させるには、休養が一番だという事は身に染みていた。

 それにさっき与えられた薬湯で、老女が腕の確かな薬師だという事をミーシャは感じ取っていた。


「ショガウル……カショノミ……あとは……れ……ぇ………」 

 何かを呟きながらウトウトと再び眠りの国へと戻っていったミーシャに、しっかりとその体を布団で包んでやっていた女は不思議そうに首を傾げた。

「何かの呪文かしら?」

「……薬草の名だよ」

 呟く女に、老女は驚いたように目を瞬かせながら答える。


「飲んだだけで薬湯に使われたものを当てるとはねぇ。瞳の色といい……。さて、み使い様はどんな運命を運んできたことやら」

 足元に湯たんぽをもう一つ押し込んでやりながら、老女は困ったように小さく笑った。







 

読んでくださり、ありがとうございます。


船旅が楽しくて、予想以上に時間がかかりましたが、ようやく予定していた話の舞台にたどり着きました。

頼りのラインやレンとも離れ離れになってしまったミーシャの新たな冒険にお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白すぎて一気に読みました! 波瀾万丈な人生でありながらも、主人公の性格の善良さと前向きさのおかげで、どこかほのぼのとした雰囲気が感じられ、読んでてどんどん続きを読みたくなります これから…
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