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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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7

一週間ぶりの投稿です。

夜凪にしては早い方では?

「楽しかったぁ~」

 久しぶりに稽古をつけてもらったミーシャは、ご機嫌で手すりにもたれかかると大きく伸びをした。

 思いっきり体を動かすのは楽しくて、ついついやりすぎてしまい汗だくになってしまった。


 船の上で水も燃料も貴重だから、当然急にお風呂など入れない。

 だけど、特別に桶にお湯を分けてもらえたから、部屋で体を拭いてサッパリでき、ミーシャはご機嫌だった。


 まだしっとりとしている髪を海風が揺らしていく。

 ひんやりと冷たい風に目を細めて、ミーシャは甲板の手すりに頬杖をついた。

 そして、随分と気温が下がってきた事に気づく。


「もうすぐ、冬になるのね……」

 カーマイン大陸の一番北に位置するオーレンジ連合国は、ミーシャの住んでいた国より、雪が降るのが早いとラインが教えてくれたことを、ミーシャは思い出す。

 あまり時期が遅くなると雪に閉ざされて、村に行けなくなるため、出来るならあとひと月ほどで辿り着く必要があるそうだ。

 

「母さんは、寒いのにとても強くて、これくらいの雪どうってことないわってよく笑ってたな」

 風に攫われる髪が目に入って、ミーシャはそっと手で押さえた。

 今は茶色く染められた髪は、結んで隠す必要もないから、森にいたころのようにさらさらと背中で遊んでいる。母親譲りの、真っ直ぐな髪。


 眠る前に、居間で髪を梳いてもらいながら一日の話をするのが、森の家での習慣だった。

 優しく髪にふれるレイアースの手を思い出して、ミーシャはうっすらとほほ笑んだ。

 何気ない話も真剣に聞いてくれた。

 時には一緒に歌を歌う事もあった。


「風に揺れる~~一枝の花になりたい~~」

 ミーシャの口から、二人で良く歌っていた歌がこぼれ落ちる。

 小さな囁きのような声は、海風にさらわれて誰の耳にも届かなかったけれど。

 影のようにいつでもミーシャの側に付き従っていたレンだけが、その優しい歌声を足元で堪能していた。


「ウォン!!」

 まったりとミーシャの足元で寝そべっていたレンが、ふいに立ち上がり一声吠えた。

 思い出の世界を揺蕩っていたミーシャは、その声に、夢から覚めた気分でハッと目を見開く。


「あ!!イルカさん!!」

 見開いた目に飛びこんできた青の世界の中、船と共に海を泳ぐイルカの姿を見つけて、ミーシャは思わず声をあげた。


 いつの間に現れたのか。

 まるで、船と競争しているかのように、イルカたちが船の横を共に泳いでいた。

 ピョンピョンと軽くジャンプしながら、船を追いこしたり、また横に並んでみたりと、とても楽しそうだった。


「すごいわ!船よりも速く泳げるのね!」

 思わず感嘆の声をあげたミーシャの声が聞こえたかのように「キュキュキュ!」「キューー!!」とにぎやかな声が聞こえた。


 しばらく、船との競争を楽しんできたイルカ達だったが、ふいに先頭を泳いでいたイルカがピョンッと今までより高くジャンプを決めた後、みんな海に潜っていってしまった。

「あら?もう、行っちゃったの?」

 イルカたちの泳ぐ姿を堪能していたミーシャは、残念そうに海を見渡した。

 どこか遠くにでも、またあの姿が見えるのではないかと期待して……。


「あ、見つけた!あんな遠くまで!!」

 そして、はるか前方に小さくジャンプする姿を見つけて、ミーシャは思わず声をあげる。

 それは、大きなイルカが、まるで小さな魚のように見えるほど遠かった。おそらくミーシャの目でなければ見つけられなかったであろう。


「レン、イルカさんってなんて速く泳ぐのかしら。あれなら、きっと目的地のオーレンジ連合までだってあっという間ね」

 ほうッと小さくため息をつくと、ミーシャは小さく見えるイルカに見惚れた。

 それから、違和感を感じて首を傾げる。


「あら?戻ってきてるみたい……。と、いうか……?」

 指先ほどに小さく見えたイルカの姿が少しづつ大きくなってくるのだが、どうもその間に何かがたくさんいるように見えるのだ。


 そして、イルカと同じスピードで近づいてくるその正体はあっという間に判明した。


 最初は、素早い何かが目の前を横切ったと感じただけだった。

 遠くのイルカばかり気にしていたミーシャが、とっさに捕らえることができず目を瞬いた次の瞬間。


「魚が空を飛んでる!!」

 思わず、ミーシャの口から叫ぶような声がこぼれ落ちた。

 きらきらと虹色に輝く魚が、羽を広げて空を飛んでいたのだ。

 何匹も何匹も。

 

 きらきらと光を反射しながら、大漁の空飛ぶ魚たちが船とすれ違う。

 時にはミーシャの頭上高く飛び越えていく強者まで現れ、ミーシャはぽかんと口を開けてその光景に見惚れた。


 甲板で時間を潰していた他の乗客たちもミーシャの声で顔をあげ、その夢のような不思議な光景に見惚れている。

「すげーな。イルカはともかく虹色飛び魚まで現れるとは」

 感嘆というより、どこか呆れたような響きを持つ声が背後から響いた。


「おーい。見惚れるのは構わんが、頭は守ってくれよ、お客さん方。スピードに乗ってるから、小型の魚とはいえ当たると痛いぞ~」

 周囲に向かってそう言いながら、カーターは手に持っていた大きな桶をミーシャの頭にポンっとのせた。

「ほれ。大口開けてる嬢ちゃんにプレゼントだ。後で魚拾うんだから、落とすなよ?」

「魚を拾う?」

 とっさに落ちないように桶を支えながら、ミーシャが首を傾げると周囲から悲鳴のような笑い声のような歓声が上がった。


 方向を見誤ったらしい魚が船に飛び込んできたのだ。


「イルカたちに追いかけられて、群れごとパニック状態になってるからな。避けきれずにごちそうが自分からどんどん飛び込んでくるぞ」

 嬉しそうに笑ったカーターが、手に持った桶を次々に周りへと配りながら遠ざかっていった。


 美しい光景に見惚れていたはずの人々が、桶を渡された瞬間ハンターの目で飛び込んできた魚を素早く拾い始めた。

「え?」

 その変わり身の早さについていけず、ミーシャは小さくつぶやいた。

 

 先ほどと変わらず、美しく輝きながら空を横切っていく魚の群れと、自分の頭に乗せられた桶を交互に確認する。

 ミーシャの顔が何とも言えない表情を浮かべたその瞬間。

 頭上の桶に魚がピョンと飛び込んできた。


「……エェ~~」

 ピチピチと桶越しに魚がはねる感覚が伝わってきて、ミーシャは気の抜けた声で呟くと海を眺める。

 空飛ぶ魚に混ざって、イルカたちが楽しそうにジャンプしながら船の横を通り過ぎていった。





「あれ?指先どうしたの?」

 夕食の配膳をされながら、ミーシャは何気なく視界に飛び込んできた手に、首を傾げる。

 いつも食事を持ってきてくれる船員は水夫としてではなく、主に乗客の対応をするのが仕事だそうで、いつも小綺麗な制服を身にまとい、身だしなみに気を使っているようだった。


 配膳の仕事も多いからと指先まで手入れされていて、初日にそれに気づいたミーシャとハンドクリームについて盛り上がったほどなのだが、その人差し指に布が巻かれていたのだ。


「あぁ、これ」

 船員が、少し恥ずかしそうに頬を染める。

「突然仕事が増えて大変そうだったから、少しでも手伝おうと慣れないナイフを握ってみたんですけど、失敗しちゃって」

 笑いながらテーブルに乗せられた料理に、ミーシャは、何とも言えない顔になった。


「それって、お魚のせい?」

 おかれた皿の上には、まるで見せつけるように大きな前ビレを広げた魚の丸焼きが乗っていた。


 魚の群れが通り過ぎた後、甲板には大量の魚がピチピチと跳ねていた。

 拾うついでに観察したところ、魚には大きな前ヒレがあり、体の大きさほどもあるそのヒレを広げる事で風を受けて飛んでいたことが分かった。


 側にいた水夫に聞いたところ、中には500メートルほども飛び続ける個体もいるのだが、一度飛び出してしまうと自分で方向転換することはほぼ不可能で、今回のように運の悪い魚が船に飛び込んでしまうそうだ。


 虹色に輝いて見えた鱗は、みんなで拾っているうちにみるみるその輝きを失った。

 不思議なことに海から離れると、すぐにその色を失ってしまうそうだ。

 綺麗だけど食べるにはためらいを覚える色みだったため、ミーシャは正直ほっとしたのだが、商人らしき乗客は、綺麗だからはがして装飾に使えそうだったのにとがっかりしていた。


 実はかなり珍しい魚のためなかなか遭遇することはなく、そういう時は海の神様の贈り物として船上のみんなで分け合って食べるのだそうだ。

 無料の振る舞いになる為、乗客は歓声を上げていたが、予定外の魚料理は、確かに料理人にとっては大変だっただろう。

(立場が変わると、同じ出来事でも随分と違って見えるんだわ)

 料理人然り。商人然り。そんな些細な現実に、ミーシャは素直に驚いていた。


 シンプルに塩を振って焼いただけとはいえ、燃料にも限りがある船上では、大盤振舞である。

 余分な仕事が増えたとはいえ、それでも「神様の贈り物」で縁起がいい事だからと、船員たちは歓迎ムードだった。

 前回ほどではないけれど、船員にもいっぱいずつ振る舞い酒があったのも大きな要因かもしれないが……。


「これ、傷薬だから、寝る前にでもぬってね」

「ミーシャちゃんの薬はよく効くから嬉しいな。指先の傷って、結構気になるんだよね」

 素早く荷物から薬を取り出して渡したミーシャに、船員は嬉しそうに笑顔を浮かべてお礼を言った。


「そうだよね、利き腕だととくに大変だよね。水もしみるし」

 おまけに少しだけ防水機能のある包帯もつけながら、ミーシャも屈託なく笑う。

 その会話を、なぜか少しだけ怪訝そうな顔で聞いているラインに気づくことはなかった。




「おーい、これ振る舞い酒の残りだってよ」

 メインマストにある物見台の上で任務に就いていた水夫のもとに届けられたのは、大きなカップに入ったホットワインだった。


「最近寒さが厳しくなってきたから、ありがたいな」

 さえぎる物のないメインマストの上は風が強く、防寒具を着込んでいても厳しい仕事だ。

 受け取った木のカップを両手で包み込むようにすると、じんわりと温かさがしみこんでくるようだった。


「今日は飯も豪華だったし、ラッキーだったよな」

 ちゃっかり自分の分のワインも持ってきた水夫が笑いながらその場に座り込んだ。

「ああ。この船はそこら辺もちゃんとしてるから良い船だよな」

 しっかりスパイスが効きているホットワインの少しピリッとした味を楽しみながら、男が笑う。


 船によっては、末端の水夫など使い捨ての道具のような扱いを受ける事もままあるというのに、船長のポリシーらしく、この船はまるで家族のように一人一人を大切にしてくれる。

 危険の伴う船の仕事は、航海ごとに船を乗り換える水夫もざらなのだが、居心地よいおかげでこの船は一度乗った水夫がそのまま居付くことが多かった。


 物見台にいた男も、ワインを持ってきた男もその例にもれず、この船に乗ってからもう数年がたつベテランであった。

 その後も、ダラダラとワインを飲みながら特に意味もない話で盛り上がる。


「オォ。なんか体があったまってきたせいか、眠くなってきたわ」

 クワッと大あくびをしながら、ワインを持ってきた男が腰を上げた。

「おいおい。降りる時、気をつけろよ」

 笑いながら、物見台にいた男が空になったワインのカップをついでによろしくというように手渡す。


「へっ!新人でもあるまいし、目をつぶってても下りれらぁ」

 空のカップを受け取りながら返事を返すと、相手も笑いながら「違いないと」返す。

 軽く手を振ってから、男は軽やかな足取りで揺れる縄梯子を降りていく。


(そういえば、これを渡してきた新人、登ったはいいものの途中で怖気づいて動けなくなって、カーターに担がれたんだっけ)

 ふと、脳裏に数日前の騒動が浮かんで、男はいかつい顔に笑みを浮かべた。

 新人にはありがちな出来事のため悪く言うものはいなかったけれど、新人とはいえそれなりに年のいっていた男だったため、かなり気まずそうにしていた。


 長年大工をしていたので高い所は自信があると言っていたから、なおさら恥ずかしかったのだろうが、揺れる船の上と陸の上では勝手が違ってもしょうがない。そのうち慣れるさと、みんなに慰められていた。

 あまり人付き合いもうまくないのか孤立しがちだったため心配していたが、こんな気遣いをできるくらいだから、馴染んできたのだろう。


「上は寒いだろうから、ホットワインにしました。実はこれ我が家の特性レシピなんでさぁ」と、少し照れたように笑っていた顔を思い浮かべながら無事に甲板についた男は、もう一つ大きなあくびを落とした。


「やれやれ、これっぽちのワインで眠くなるとは、俺も年かね。やだやだ」

 小さくつぶやくと、次の当番まで仮眠しようと男は足早に船室へと消えていった。


 その姿をなんとなく上から見下ろしていた見張りの男は、一つ肩をすくめてからぐるりと辺りを見渡した。

 今夜は三日月なので明かりが乏しいが、おかげで星が良く見えた。

 満天の星空を見上げて、男は小さく息をつく。

 呼気からワインの甘い香りがした。


「なんか、いつもよりずいぶん甘ったるかったな」

 唇に残る甘みをぺろりと舐め独り言ちる。

 この時期にホットワインが差し入れられるのは、物見台のひそかな名物だったりするのだが、今夜はやけに喉の奥にいつまでも甘みがまとわりついてくる。


 調味料だって限りがある為、乗客用はともかく船員の分は薄味が多い。

 新入りの男の家の特性レシピだと言っていたから味が違うのは当然なのだろうが、この船に乗って長いから舌が薄味にならされてしまったのだろう。


「いつもの方が俺は好きだね」

 馴染みのコックの顔を思い浮かべると「薄味の方が健康にもいいんだ」という口癖まで思い出してしまった。

「さんざん文句言ってたのに、こんなこと思うようになったと知られたら勝ち誇られそうだな」

 些細なやり取りを思い出しながら笑った男の視界がクラリと揺れた。


「おっと」

 ふいの横波でもあったのかと手をついた男は、そうではないと異変に気付く。

(ゆれているのは、俺だ)

 そう気づいた瞬間、心臓がどくりと嫌な音を立てた気がした。

 急激に体から力が抜け、視界が狭まっていく。


(やばい。これは異常だ)

 力が抜けていく足に体を支え切れず、ずるずると座り込みながら、男は必死に目を凝らし鐘の紐へと手を伸ばす。

(知らせなきゃ……畜生……鐘を……な…ら………)


 遠のく意識の中、指先に触れた何かを、男は最後の力で握りしめた。






カーン


 どこか遠い意識の中で、その音をとらえたカーターは、反射的に体を起こし、ハンモックから飛び降りた。


 それは、物見台の警鐘の音だった。

 異常があればけたたましく鳴らされるはずの鐘。

 しかし、鐘の音ははたった一度だけ。

 しかも、偶然鳴ったかのような微かな音量で。


 しかし、カーターの勘がそれこそが異常事態だと告げていた。

 物見台につけられた警鐘の鐘は紐を引かなければ音が鳴らないような仕掛けになっている。

 荒ぶる海で影響の受けやすい物見台の上で船が揺れるたびにカンカン鳴られてはうるさくてかなわないと船長の指示であった。


 その代わりに、いざという時に鳴らなければ意味がないと、確認のために朝夕二回、時報がわりに音を鳴らすようにしてある。

 鳴らすついでに、装置に不備がないかの確認も、カーターの大事な仕事の一つだった。


 そして今の時間の見張りは、水夫歴20年のベテランだったはずだ。一緒にこの船で働きだしてからは8年になる。

 言葉数は少ないが、実直で真面目な性格。

 決してふざけて鐘を鳴らす男でも、異常時に鐘を鳴らすことをためらう男でもない。


「起きろ!野郎ども!!異常事態だ!」

 だからこそ、カーターは迷いなく声をあげ、同じく休憩をとっていた仲間たちを叩き起こした。


「俺は物見台に行く!チャックは船長の所へ確認!砲手は使えるように大砲の用意をしろ!」

 迷いない大声に、眠りの世界からたたき起こされた男たちは、それでも文句ひとつなくそれぞれに動き出した。

 疑う余地のないほどに張り詰めたカーターの声に突き動かされた形だ。

 そんな男たちに先んじてハンモックの隙間を駆け抜けながら、その中の一つに横たわる影がピクリとも動かない事に、カーターは舌打ちをした。


「だれか、グリスを見てやれ!」

 すり抜けがてら叫んだ声に、側にいた誰かの影が動いたことを横目で確認しながら、カーターは足を止めることなく外へと飛び出した。


 誰にも追いつけないスピードで、するするとメインマストを登る。

「寝ぼけてよろけた拍子に、紐を引っ張っちまったって笑ってくれよ」

 脳裏に日に焼けた男の真面目な顔を思い浮かべて、カーターは小さく唸る。

 心のどこかでありえないと分かっていても、杞憂であってくれと願ってしまうほどには長い付き合いの相手だ。最悪の事態など、考えたくもなかった。

 しかし、カーターの祈りは届かない。


「ティガ!」

 狭い物見台の上に倒れた男の手には、警鐘の鐘の紐がしっかりと握りこまれていた。

 固く閉じられた瞳。深くしわの寄せられた眉間と食いしばった唇が、男の最後の戦いをカーターに教える。

 その体がもう鼓動を止めているのを確認して、カーターは唇をかみしめた。


「助かったぜ、ティガ。お前の警告は受け取った」

 小さくつぶやいて、男の手から鐘の紐を抜き取ると、カーターは暗い海を睨みつけた。

 そして、少し離れた岩礁から、船が近づいてくるのを見つける。

 夜中の航行だというのに、明かりの一つもない船が複数こちらに近づいてくる様子は明らかに異常だった。

 闇に潜もうとするのは、悪さを企んでいる者だけだ。


「俺たちの船に手を出したこと、後悔させてやる!」

 カーターは力いっぱい紐を引くと警鐘を三度。そして間を開けて二度鳴らした。

 それは、規則で決められた異常事態の合図。


「左舷、十時及び八時方向!不審船複数発見!総員準備しろ!!」

 下の方に向かって腹の底から吠えると、早くも甲板へと飛び出してきていた男たちから応答が返ってくる。

 カーターは後を追って登ってきた水夫にその場を任せ、滑り落ちるように物見台を後にする。


「ティガがやられてた。状況からおそらく薬だ。裏切者がいるぞ、気を付けろ」

 駆け寄ってきた腹心の部下に警告をすると、カーターは船長室の方へと駆けだした。

「グリスもだ。手にカップを二つ持ったままだった。おそらくいつもの差し入れに何か悪さされてたんだろう!……あいつら仲が良かったから」

 共に走りながらも状況を告げる部下に、カーターは舌打ちする。


「犯人捜しは後だ。砲手がプライド高い爺さん達で助かった。仲間以外は近づけたがらなかったから、そっちには悪さできてないはずだ。遠慮なくぶちかますように伝えろ」

「分かった!」

「船は複数いた。おそらく乗り込んでくるはずだ。意地でも乗客に手出しさせるなよ!」

 短く答えて、砲台の方へと踵を返した男の背中にもう一声かけると、カーターは船長室へと駆けこんでいった。




「来たか」

 船長室の椅子にはすでにこの船の主がどっかりと座り込んでいた。

 先に声をかけるように行かせたチャックも側に控えている。


「こことここに船が潜んでいるのが見えた。おそらく挟み撃ちを狙ってくるはずだ。噂通りなら、複数の船で囲んで襲ってくるのが定石みたいだから、とりあえず牽制も込めて大砲ぶちかますように指示しといた」

 机の上に広げられていた地図の上に、船の模型を置いていくカーターに、船長の眉間にしわが寄る。


「ティガが、知らせてくれなきゃ後手に回るところだった。お手柄だ」

 苦い顔で呟くカーターに、船長が重々しく頷いた。

「だったら、なおのことみっともないところは見せられんな。幸い、昼の騒ぎで夕方に予定していた打ち上げが中止になって、用意していた弾は余っているはずだ。派手にやれ」


 突然現れた海の使いイルカからのプレゼント騒ぎで人手をとられ、夕方に試し打ちするはずの砲弾が用意されたまま残されていたのだ。

「確かにな。予行練習のはずが、少し遅れたぶっつけ本番になっちまったが、爺さんたちは中止に不満たらたらだったから今頃張り切ってるだろうよ」

 悪い顔でカーターがつぶやいた時、ドンッと腹に響く音が鳴った。


「始まったみたいだな。俺も行ってくるが、船長はここで大人しくしててくれよ」

「ふん。さっさと俺の船に手を出したことを後悔させて来い」

「やる気満々じゃないかくそ爺」

 そううそぶいた船長の手元に立てかけられた愛用の剣を見つけて、カーターは鼻を鳴らしてからその場を後にした。


「相変わらず不敬なやつだな」

 その背中を見送ってから、船長は砲撃の音をBGMに窓から外を眺める。

 敵の船の影が目視で確認できるほどに近づいてきていた。


「やれやれ。横っ腹にでも穴をあけられたら、修理が大変だ」

 おそらく荷を奪うためにすぐ沈むほどの傷はつけないはずだが、命がかかっているとなればどうなるかは定かではない。

 近づいてくるスピードを見れば、砲撃に怯んであきらめる気はなさそうである。


「守って見せるとも」

 小さくつぶやくと、船長は迫りくる船影を睨みつけた。





読んでくださりありがとうございました。


無理やりファンタジー感を出した虹色のトビウオ(笑)

ちなみに、実際のトビウオは虹色には輝きませんが、本当に船に特攻かけてくることがあります。

かなりレアとは思いますが、うちの父が実体験。

釣りに行ったわけじゃないのに、バケツ一杯に持ち帰ってきてびっくりしたことがありました。

美味しくいただきましたよ。


さて、不穏なフラグ回収です。

ちょっと重い話になりますが、回収してないフラグもまだあるので次回も頑張ります。



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― 新着の感想 ―
[一言] 海の神様のお気に入りが乗った船を襲撃…… うっかり成功した方が酷い目に合いそう(小並感)
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