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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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ライン君はチート(笑

 ミーシャを追い出した後に予定の調薬をすべて終え、部屋で惰眠をむさぼっていたラインは、突然やってきたテリーにたたき起こされた。

 正確には、その背後でミーシャがアワアワしていたのだが、前面に立ちふさがったテリーの背に隠されて見えなかったのだ。


「レン、制圧」

 寝起きの頭でテリーの早口は耳に痛い。

 ちらりと見えた白に、小さくラインがつぶやくと背後から立ち上がったレンが、上手にテリーの膝関節を後ろから踏みつけ、膝が落ちたところを勢いよく背中に乗り上げた。


 上背はある物の圧倒的に筋肉が足りないテリーは、あっけなくレンの下へと踏みつけられた。

 その間わずか五秒の早業である。

 うつぶせに倒されたテリーの上で伏せをして「上手にできたよ」と得意気にラインを見上げるレン。

 どこから取り出したのか、レンに塩抜きのジャーキーをポイっと放り投げてやりながら、ラインはだるそうに体を起こした。


「で?何事だ?」

 上手にご褒美のジャーキーを空中でキャッチして、そのままおいしそうに齧りだしたレンをあっけにとられたように眺めていたミーシャは、ラインの声でハッと我に返った。


「あっと、お願いがあって。って、言うかレン、いつのまにこんなことができるようになってたの?すごい!」

 目にもとまらぬ早業で大の大人テリーを押し倒してしまったレンにミーシャの目はくぎ付けだった。


「ん?基礎はレッドフォードで教えてたみたいだぞ?それを引き継いで、相手に怪我をさせないように制圧できる方法を教えたんだ。レンは賢いから、あっさり覚えたな」

「そうなんだ!」撫でられて、レンが嬉しそうに尻尾を振った。

「いや。和やかなのはいいけど、そろそろ助けて……」

 レンの下敷きにされたままのテリーが、情けない声で救助要請を出し、ミーシャがハッとした顔で慌ててレンをひっぱった。


「やだ。ごめんなさい、先生。あまりの早業に見とれちゃって」

 レンはミーシャに引っ張られながら、一瞬迷うようにラインの方を見た。

 そして、小さく肩をすくめたのを確認して、テリーの上から軽やかに降り立つ。

 必要もないのに、後ろ足で掻くようにして勢いをつけたのはご愛嬌だ。

「グエッ」とカエルの潰れたような声が聞こえたが、レンは気にしない。


「それで、何の用だ?」

 問いただされて、ミーシャはここに来た経緯をラインに伝えた。

「端っこの方なら使っていいっていわれたから、久しぶりに練習したいとおもって」

 ムンっと気合を入れるミーシャに、ラインはため息をついた。

 おそらく、真剣に訓練をする様子を見て触発されたのだろうが、素直過ぎるのはどうしたものだろう。


(護身術なんて、手の内見せたら効果半減だろうに)

 二人で旅する間、ミーシャの無防備さに何度かヒヤッとする場面があり、少しでも危機感を持てばと暇つぶしもかねて、杖を使った護身術を仕込もうとしたのはラインである。

 もともと反射神経も記憶力もいいミーシャは、ラインが思うよりも素養があったようで、一連の動きをものにするのはすぐだった。


 とはいえ、所詮は「習い事」の域でしかなく、機会もなかったため実践したことはなかった。

 今のところ、レンの方がよっぽど護衛として優秀である。

 それでも体に染みつくほど繰り返していれば、とっさの時に自然に動くようになるかと思っていたのだが……。


 ちらりと立ち上がったテリーに視線を投げると、何かを期待したような顔でこちらを見ていた。

 おそらく、この医者が余計な仲介を買って出たのだという事は、その顔を見れば聞くまでもなく分かった。

 そして、ここで断ったとしても、同じようなやり取りが何度も繰り返されるであろうことも……。


「しょうがない。久しぶりにやるか」

 期待の目を向けるミーシャに諦めたようにため息とつくと、ラインは体を起こした。

 

 ミーシャのやる気があり、時間も場所もあるのだから、しょうがない。

 実は自衛の手段を持ってもらうのは、旅をするうえでの急務でもあった。

 このままでは、森の民の村から成人しても出してもらえないのが明白だったからだ。

 一族の掟で、村から出るためには、ある一定の自衛手段を持っていることも条件に入っていた。


 旅に危険はつきものであり、緊急時に自分を守れない場合、人知れず野垂れ死ぬ確率は高くなる。ゆえに、村を出るにはサバイバル能力と自衛手段の獲得は必須とされていた。

 ラインもそうだが、村の外をフラフラしている森の民は、その掟に従いそれぞれに得意の武術を収めていたのだ。


 あの穏やかそうなガンツですら、実は体術の名手であった。

 血が苦手ゆえに、武器を扱えないといういささか情けない実情はあるのだが、人より柔軟な体と人体の構造をついた関節技を得意とし、一国の騎士を相手取ることも可能なほどの水準に達している。


「やった!じゃあ、行きましょう。すぐ行きましょう!」

 なぜだか当のミーシャよりも喜んで急かしてくるテリーに、ラインに指示されたレンが再び乗っかることになったのは、しょうがない事だろう。




「そんなでかい杖を振り回すのかい?」

 ラインを伴って現れたミーシャの手に握られた大きな杖に、カーターは目を細めた。

 先が丸く湾曲し、先端には小さなランタンまでぶら下がっているそれは、ミーシャの身長よりも長く、とても武器として振り回せるもののようには見えなかった。


「あぁ。あんたが、どんなものを想像したかは知らないが、今のところミーシャに教えているのはあくまで自衛の業だからな。これでいいんだよ」

 軽く肩をすくめたラインは、くるりと辺りを見渡した。

 すでに訓練は終わったようで、集まっていた船員も半数以上が姿を消していた。

 

「あぁ。もともと終わりかけの時間だったからな。まぁ、終わったばかりだからまだ人も少ないし、嬢ちゃんが少しくらい棒を振り回しても大丈夫だ。一応、俺はお目付け役な」

 そう言って笑うカーターに、ミーシャも嬉しそうに笑う。


「じゃ、とりあえず体ほぐしてこい。いきなり動くと体を悪くする」

「はい」

 元気よく返事をして、ミーシャが杖を横に置き柔軟を始める。

 それを眺めながら、ラインも軽く肩を回し手足を振って眠っていた筋肉をほぐした。


「それにしても、自衛って言っても、ミーシャにこんな長い杖をあつかえるのか?」

 それを近くで眺めていたカーターが、興味深そうに声をかける。

「まぁ、なんでもいいのさ。あの杖を使うようにしたのは、旅の間はいつも手元に持っているからで、馴染みがあるからだ」


 手足を曲げ伸ばしたり、軽く飛び跳ねたり、関節を回したり。

 ゆったりとした動作で体をほぐしていくミーシャの動きは独特で、それを見た顔見知りの船員たちが、何をしているのかと近づいていく。


 体をほぐす体操の仕方を説明しだしたミーシャに、まだ時間がかかりそうだと判断したラインは、小さくため息をつくと、側に置いてあった杖を足で器用に蹴り上げて、手に取った。

 こちらを見つめるカーターの目は、興味のある物を見つけた時のミーシャにそっくりで、その好奇心を満たさない限りは、いつまでも質問攻めにされるのは目に見えていた。


「説明が面倒だ。どういうものか知りたいなら、軽くそいつで切りかかってきたらいい」

 ヒョイッと、杖の先で腰に挿していた剣をさされて、カーターは目を見開いた。

 そして、杖を片手にあくまで自然体で立つラインに、二ッと笑った。


「じゃ、遠慮なく!」

 スルリと、こちらも自然な動作で剣を抜くとそのままの流れでラインに切りかかる。

 殺気も何もない流れるような動作に、さらに隣に立っていたはずのテリーはなにが行われたのか認知する暇もなかった。


 しかし、ラインは戸惑う様子もなくかるく片足を後ろにずらし半身になると、振り下ろされた剣を杖の先で受け、横に流すように滑らせた。

 そのまま体を回すように杖を横方向に薙ぎ払う。

 剣の前に出る力を見事に横に逸らされ、さらに杖で押すようにされて、カーターの体勢がたたらを踏むように前方向に崩れた。

 すぐに体勢を立て直し、ラインの方へと体を向けた時には、杖の先がカーターの顔面へと突き付けられている。


「へ?なに?」

それは、本当に一瞬の出来事で、近くに立っていたはずのテリーは何が起こったのかと目をパチパチとするほかなかった。


「……」

 一方カーターは、戯れの一振りとはいえまるで子供の児戯のようにあしらわれ戸惑ったものの、次の瞬間、ニヤリと笑みを浮かべた。

 先ほどとは違う凶悪さに、ラインが嫌そうに微かに眉をしかめた。


 再び、カーターが正眼で切りかかるが、それは先ほどのものとは段違いに覇気の込められたものだった。

 ラインが再びそれを横にいなすが、体勢を崩される前に、あえてもう一歩前に踏み込んだカーターが横なぎに剣を振るった。


 十分にスピードに乗ったそれは、今度こそラインをとらえたかと思ったが、ラインはくるりと反時計回りに回転してかわすと、獲物を見失って剣を振りぬいた方向へと力が抜けたカーターの背を杖で薙ぎ払う。

 回転の力で遠心力の付いた杖は、予想以上の力を生み出すことが可能だ。

 ラインよりも大きく重たい体が、前へと飛んでいく。


 もっとも、それは背中への打撃の効果を弱めるために、あえてカーターが前に跳んだ結果だった。

 勢いのままくるりと地面を転がり距離をとったカーターは、起き上がりざまにラインへと剣を向けるが、その時には、ラインも油断なくカーターを見据えていた。


 しばし、二人が無言でにらみ合う。

 ピリピリとした空気に、いつの間にかその場が支配されていた。

 一触即発の空気に周囲が息を飲んだ時、ふいに、カーターが剣を下ろした。


「いや~、おもしろい!そんな風に使うんだな!」

 ニカリと笑い、剣を鞘に納めながらカーターがラインの元へと戻っていく。

「まぁ、今のは中級編だな。ミーシャにはまだ無理だから、挑むなよ?」

 さっきまでの殺気を感じさせないカラリとしたカーターに、ラインはクスリと笑いをこぼした。


「やんねぇよ!俺をなんだと思ってんだ!っていうか、今のが中級なら上級はどんなんなってんだよ」

 文句を言うカーターに、ラインは肩をすくめた。


「あれに攻撃が加わるな。ちなみに、この長さだから、杖術というよりどちらかというと棒術や槍術の使い方に近いものになる…と、思う。俺も良く分からん」

「なんだそれは」

 はっきりしないラインの言いように、カーターも首を傾げる。


「俺に戦い方を教えてくれたのが、身近にある物を何でも利用して戦えってやつでな。広く浅く、いろいろな武術を仕込まれているうちにゴチャゴチャに混ざった。生き抜くためには役に立つが、武闘家としては失格だな。師匠は無差別流だ!って、訳の分からんこと言っていたが。…まあ、俺には合ってたし、おかげで今まで生き伸びてる」

 少し笑いながら話すラインの瞳は、懐かしそうに細められていた。


「おじさん!すごい!今の何?もっと頑張れば、あんなこともできるようになるの!」

 その瞳の色を問いただす前に、興奮したようなミーシャが飛びついてきて、カーターは言葉を飲み込んだ。

 赤の他人がずかずかと踏み込んではいけない色をしていたと、気づいたからだ。


「まぁ、ミーシャは筋がいいようだから一年もすればできるようになってるかもな」

 全力で飛びついてきたミーシャを受け止めながら、ラインがなんでもない事のような顔で答える。

「一年……。そっかぁ、頑張る!」

 素直にうなずいて、ミーシャがさっそく始めようとラインの手を引く。


「正直、僕には速すぎて何が起きてるかも良く分からなかったんですが、あんな動きが、一年でできるようになるものですか?」

  少し離れた場所で、杖を手に動きの型をなぞる二人をカーターが眺めていると、テリーがそっと側に立った。


「さぁて、な。俺にはわからん」

 カーターは軽く肩をすくめて見せると、先ほどのやり取りを脳内で反芻していた。

 一撃目はともかく、2撃目はかなり本気で打ちかかったつもりだった。

 だが、するりするりとまるで風に泳ぐ布に打ちかかっているように避けられ、気がつけば床を転がっていた。


 今まで撃破してきた力がすべてというような海賊どもとは、まるで相手が違うその感覚に、カーターの口角が意識せぬまま上がる。

「いや、すっごい凶悪な顔になってるんですけど。殺し合いでも始めるつもりですか?」

 その笑顔に、隣にいたテリーが震えあがる。


「しねぇよ!お前ら本当に失礼だな。俺をなんだと思ってるんだ」

 その頭を軽くはたくと、カーターは肩を落とす。

 確かに、面白かったけれど、カーターの本分は水夫だ。

 剣の腕を磨いたのだって、自身と大切な船を無頼の輩から守る為である。


 ラインとのやり取りは楽しかったし、今後のためにもできるならば少しご教授願いたいとは思うが、だれかれ構わず挑みかかるほど、戦闘狂のつもりもなかった。

「そうですか。ちなみに、本気でやりあったら勝てますか?」

「いや?無理だな?」


 だから、武芸者ならば悔しそうにするであろう質問にも、カーターはあっさり首を横に振った。

「ラインがミーシャに教えている戦い方のみで相手してくれんならちっとは目があるかもしれないが、そうじゃなきゃ頑張っても1分もたねぇな」

「そんなにですか?」


 予想外の言葉に、テリーは目を丸くした。

 基本荒事の時は医務室にこもっているから現場を見たことはないが、訓練の様子は暇つぶしに覗いていたし、他の船員からも、カーターがどれだけ頼りになるかと、さんざん武勇伝を聞かされていたのだ。


「いや、だってお前気づかなかったのか?」

 そんなテリーを見て、カーターは笑う。

「さっきのやり取りの時、あの御仁、軸足はその場から一歩も動いてなかったんだぜ?」

「はぁ~?!」

 驚きに口をぽかんと開けて叫ぶテリーに、カーターはさらに声をあげて笑った。


「な?びっくりだろ?俺に剣を教えてくれたおっさんですら、そんなことできなかったわ。そんな相手に、勝とうなんて無理無理。実力差ありすぎで、悔しさも湧き起んねぇよ」

 ケラケラと笑いながら、振り下ろすミーシャの腕の形を直してやっているラインを眺める。


「ま、有事には強い味方ができたとでも思っとこうぜ」

「はぁ、そうですね」

 なぜだかこみ上げるため息を飲み込んで、テリーは力なく頷いた。





「やばいだろ。ただでさえこんな大きな船襲うなんて無茶があるってのに、装備はどんどん追加されて充実してるし、予想以上に戦闘員は多い。さらには、客の中にも手練れっぽい人間までいるって聞いてないぜ」

 先ほどの光景を反芻しながら、男は焦ったように爪を噛んだ。


「んなこと言ったって。いまさら変更は効かんだろう。船は集めちまってるし、今頃予定の位置に潜んでるはずだ」

 そんな相手をなだめるように、もう一人の男が軽く肩を叩く。


「今からでも、どうにか連絡取れないのかよ!」

「方法がないわけでもないけど、お頭がそれを聞いてくれるとは思えねぇ。今回は一番の大物だって張り切って人数集めてたし、ここまで失敗知らずだからなぁ」


 声を荒げた男に、お気楽な様子で肩をすくめたもう1人の男は、次の瞬間、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。

「なんにしろ、もうおまえさんだって後戻りはできないんだ。死にたくなけりゃ、手筈通りにがんばりな。自分もだが、大事な家族を死なせたくないだろぅ?」


 きっと大丈夫さ、と肩を叩いて去っていく相手に、男は落ち着きなく爪を噛むことを止めることができなかった。


「ちくしょう。なんだってこんな事になっちまったんだ。いやだ……。いやだよ、母さん……。サラ……」

 甲板の片隅で、うつろな目で爪を噛む男の小さなつぶやきを耳に止めるものは誰もいなかった。


読んでくださり、ありがとうございました。


戦闘シーンは難しいです。

少しでも雰囲気伝わってると嬉しいです。

皆さんの脳内で、どうにか補完してください。


そして主人公空気の回でした(笑


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