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そろそろほのぼのに飽きてきました?
「船が大きいと、大変だねぇ」
船と遠くに見える港を行き来する小舟を眺めながら、ミーシャはのんびりと呟いた。
豊漁の宴をした次の日の昼には最初の寄港地である港に着いた。
しかし、ジョンブリアン王国とその隣国であるアンバー王国の国境付近にある小さな港には入ることができず、ミーシャの乗る船は港の沖で停泊していた。
そして、貿易の荷を下ろしたり、必要な物資を運び込むために小舟で行きしているのだ。
船体が大きすぎるゆえに、水深が浅い港だと船底がつかえてしまう為、小さな港には入ることができないため、よくあることだそうだ。
荷物の積み下ろしに半日ほどかかるため、ついでにミーシャも陸に上がって観光してもよかったのだが、ようやく波の動きに慣れてきたレンの体がリセットされてしまう危険があったため、今回は留守番を選んだのである。
ちなみにラインは用事があるからと最初の船で下船していた。
「おじさん、何しているのかしらねぇ」
仲良くなった船員たちも総出で忙しそうで声をかける事もできそうにないし、暇を持て余したミーシャは、甲板からのんびりと外を眺めているわけである。
「ワウ!」
ふいに、手すりにもたれるようにして小舟を眺めていたミーシャの足元で、こちらものんびり丸まっていたレンが耳をピクリと立てる。
そして、スックと立ちあがると、小さく吠えてミーシャの気を引いた。
「なに?レン。どうしたの?」
スカートのすそを咥えて引っ張り、どこかへと連れて行こうとするレンに、ミーシャは首を傾げながらも大人しくついていく事にした。
甲板の上を陸と反対側へと移動する。
「キュイ!」
ふいに甲高い声が耳に飛び込んできて、ミーシャは自分のスカートのすそを引くレンを見下ろした。
「なーに?レン?」
首を傾げるも、スカートのすそを咥えたままのレンは振り返ったが鳴くことはできない。
その事に気づいて、ミーシャはさらに首を傾げる事になった。
「あれ?レンじゃない?じゃあ、誰の声?」
「キュキュキュ~~」
呟いたミーシャの声に被せるように、またさっきと同じ声がした。
「キュンキュンキュン!」
すると咥えていたスカートを離したレンが、その声にこたえるように鼻を鳴らした。
その視線の先は……。
「海?」
手すりに体を預け、再び海の方へと視線を投げたその先で、激しく水しぶきが上がった。
水しぶきと共に、高く舞い上がったのは、美しい流線型を持つ大きなイルカだった。
ミーシャとイルカの目線が確かに一瞬交わる。
次の瞬間には、再び水しぶきと共にイルカは海中に消えていった。
突然の出来事に、ミーシャはぽかんと口を開けて固まった。
「え?今の、イルカ?」
子供の頃に父親にプレゼントされた様々な生き物が書かれていた図鑑の中にあった姿そのものの大きな生き物。
つるんとした形に、綺麗な丸い瞳。
「イルカ!?」
ミーシャは、バッと手すりから身を乗り出すようにして海を覗き込んだ。
そこには、チョコン、と顔を出したイルカの姿があった。
上甲板の上から水面までかなりの高さがあり、その姿は小さくしか見えない。しかし、それでもつぶらな瞳がじっと自分を見つめているのが、ミーシャにははっきりと分かった。
思わず手を伸ばしたのはなにを考えての事でもなかった。
しかし、そのしぐさに何を思ったのか、イルカの頭がトプンと水中に消える。
「あぁ!」
行ってしまったのかと、ミーシャががっかりとした声をあげるのと同時に、ぶわりと水面が盛り上がり、イルカが飛び出してきた。
そして、身を乗り出したミーシャとさっきよりもずっと近い位置で視線が交わる。
驚いた顔のミーシャを見て、悪戯が成功したとでも言いたげにイルカの瞳が楽しそうにきらめいたところまで、ミーシャはしっかりと見て取った。
ミーシャは、イルカのその瞳に、思わず笑いだしてしまう。
ミーシャの笑い声をバックに着水したイルカは、そのまま少し沖合の方へ移動して、もう一度軽やかにジャンプした。
今度は、ミーシャも余裕をもってその大ジャンプに歓声を上げる。
一度、二度。
沖合の方で、まるで何かに合図するようにジャンプを繰り返すイルカが、スゥ~っとこちらの方へと戻ってくる。
そして、最初のように、チョコンと船のすぐそばに顔を出した。
「キューイ、キューイ、キューイ」
「あ、さっきの声、やっぱりあなただったのね」
高音の可愛らしい声に、ミーシャは目を細めた。
すると、そのイルカの隣に、プカリともう一頭イルカが顔を出した。さらにもう一頭。…もう一頭。
「え?さっき、もしかしてお友達を呼んでたの?」
目を丸くするミーシャの前で、イルカたちはそれぞれに「キュイキュイ」「カカカ」とそれぞれに声をあげだした。
「ヲォン!」
イルカたちの声に合わせるように一声吠えたレンが、ふいに踵を返して走り出す。
「レン?どこに行くの⁈」
突然のレンの行動に驚いて呼び止めたミーシャに、レンは足を止めて振り向いて小首を傾げた。
「来ないの?」と言いたそうなレンに、チラリと海の方に目をやった後、ミーシャも走り出す。
イルカたちの事を教えてくれたのはレンなのだから、そのレンが「来い」というのなら、意味があるのだろうと思ったからだ。
ミーシャが動き出したのを見て、レンは再び軽やかに走り始める。
迷いない足取りで、レンはどんどん階下へと進んでいった。
「ん?こっちって」
レンの後を追って走りながら、ミーシャは見覚えのある道筋に、レンが行こうとしていた場所にあたりをつける。
「やっぱり!」
本来乗客は立ち入り禁止の階に入り込み、辿り着いたのは魚釣りをした小さなバルコニーだった。
「ヲォン!ヲォン!!」
ミーシャに扉を開けてもらい、バルコニーへと飛び出したレンが、高らかに吠える。
途端、水面からイルカたちが飛び出した。
五匹が連続で次々と決めるジャンプは、見事の一言だった。
中には、ジャンプしながらひねりを加えたり、くるくると回転するイルカまでいて、ミーシャは突然始まったショーに目を丸くする。
先ほどよりよほど彼我の距離が近くなり、迫力は倍増である。
めいいっぱい身を乗り出して差し出したミーシャの指先に、鼻先でタッチしていく強者もいたくらいである。
「おいおい、なんの騒ぎかと思えば」
いささかあきれたような声に振り返ると、カーターが目を丸くして立っていた。
「あ、カーターさん。見て見て!イルカさんたちが、すごいの」
登場した顔見知りに、ミーシャは嬉しそうに笑いかけた。
ミーシャの歓声に答えるようにバッシャン、バッシャンと大ジャンプを繰り返していたイルカたちは、カーターが姿を現した瞬間、ジャンプを止めて、海面から顔だけを出して、じっとこちらを伺っているようだった。
「あれ?おしまい?疲れちゃった?」
静かになったイルカたちに、ミーシャが残念そうに肩を落とす。
「カカカカカ」
「キュイキュイキュイ」
「キューー、キューー」
ミーシャの声に返事を返すように、イルカたちが騒ぎ出した。
そして、バイバイというように前ビレをパタパタと振ると、軽いジャンプを繰り返しながら、沖の方へと去っていった。
「素敵なものを見せてくれてありがとぉ~~」
「ウヲォ~~ン!!」
遠ざかっていくイルカたちに、ハッと我に返ったミーシャは大きく声をかけて手を振った。レンも、長く響く遠吠えの声をあげる。
もう一度だけ、遠くで大きくジャンプすると、イルカたちはそのまま姿を消した。
「ついにはイルカまで出てきたか。本当に嬢ちゃんは、海の神様に愛されてんなぁ」
「どういうこと?」
その姿をじっと見つめていたカーターがぽつりとつぶやいた言葉に、ミーシャは振り返り首を傾げる。
「言い伝えさ。イルカは海の神様の使いって、な」
「そうなの?」
思いもよらない言葉に、目を丸くしたミーシャは、無意識のうちにキュッと胸に下がるお守り袋を服の上から握りしめる。
脳裏に、青い世界で静かに響く不思議な声が浮かんだ。
「さあ、しらん。ただ、魚にしては頭がいいのは確からしいぞ?」
そんなミーシャの動揺など知らないカーターは、あっさりと首を横に振る。
「人懐っこくて、さっきみたいに気まぐれによって来たり、中にはおぼれている人間を助けたなんて話があるから、神格化されたんじゃないか?」
そう言いながら、カーターは懐を探ると、カラフルな飴が入った小瓶を取り出した。
「ほれ。船で留守番していた嬢ちゃんに土産だ。まぁ、大人しくはしてなかったみたいだがな」
「え~~?大人しくしてたもの!」
瓶を受け取りながらも唇を尖らせたミーシャに、カーターがにやりと笑った。
「レンと一緒に船内ダッシュしてたって聞いたけど?」
「え~、それはやむにやまれぬ事情が……」
ついっと目をそらして、ごにょごにょと言い訳を口にしながら、ミーシャは渡された瓶に目を落とした。
「これ、中にお花が入ってる!かわいい」
ちいさな瓶の中には、親指の先ほどの丸い飴が入っていたのだが、透明な飴の中にいろいろな色をした花が一輪ずつ閉じ込められていたのである。
「あぁ、それな。今、町で女子供に流行ってるって港に来てた行商人が売り込んできたんだよ。ちなみに本当の花が入ってるわけじゃなくて飴細工の花なんだってさ」
瓶を目の前にかざして、まじまじと観察しているミーシャに、カーターがどこか照れくさそうにいった。
年中船に乗っているカーターには嫁も子供もいないし、長続きした彼女もいない。
港ごとに女がいるという甲斐性もない寂しい独身男としては、ミーシャくらいの女の子が喜びそうなものなど見当もつかず、行商人に勧められるままに手にいれた一品だった。
「なんか二日酔いの奴らに薬都合してくれたんだろう。よく効いたみたいで、仕事に穴が開くこともなく助かったからな。その礼と思って、遠慮なく受け取ってくれや」
ほんのりと耳を赤く染めながら早口でそういうカーターに、ミーシャはにこりと笑顔を浮かべた。
「うん!ありがとう、カーターさん!」
「おう。食べ過ぎんなよ?」
笑顔を向けられたカーターは、思わずその頭を撫でながら、「娘がいたら、こんな感じだったのかな」と思っていた。
「てわけで、ここ一月ほどで二隻ほど海賊に襲われてるみたいだな」
船長室で、カーターは港で仕入れてきた話を披露していた。
ここ最近、治安が乱れて山賊や海賊が横行しているという噂は出ていたが、被害にあうのは小さな商船が主だった。
海賊にしても、巨大な客船を襲うのは実入りはいいがリスクも高い。
長距離を走る巨大客船は当然それなりの自衛手段を持っているものだ。
カーターが乗っているこの船も、防衛のための武器を積んでいたし、船員の半数は戦える手段を持っていた。
そういうカーターも、実は戦闘員としての訓練もしている兼業水夫だ。
さらに、単純に大きいという事がアドバンテージにもなる。
体当たりして蹴散らすことが可能だし、船内に乗り込むにしても、向こうは下から登ってこなければならないため、無防備な姿をさらすことになる。
それゆえに、ここまでの巨大客船になると、その存在だけで襲われなかったのである。
だが、その不文律が崩されようとしていた。
「どうも敵さんは徒党を組むことを覚えたみたいで、何隻かの船で同時に囲んで襲ってるみたいだな。船員と男は皆殺し。女子供は奴隷として連れ去って、船は証拠隠滅のためか荷を奪った後には沈めてるらしい。運良く逃げ出す事が出来た乗客の証言だから、有力だぜ?」
「……やっかいな」
ここ最近の治安の悪化は、北に行くほどに顕著だった。
戦争のあおりを受けて難民がなだれ込み、生きていくために犯罪に手を染める。
陸路に比べて比較的安全だったはずの海路も、被害にあう船が増えてきていた。
それゆえに、ジョンブリアン王国から北に向かう船が激減していて、この船も本来は運ばない荷物を多く運ぶ羽目になっている。
荷物を多く積めば船が重くなり、結果船足は遅くなる。
つまり、海賊に襲われたときに、逃げ切ることが難しくなるのだ。
それゆえに、船長は今まで載せていなかった大砲を装備することを決めた。
他大陸を行き来する船に比べて、国内を回る船に大砲が装備されることは珍しかった。
そこまでしなくても、十分に対応ができていた為でもある。
しかし、状況は、そんな甘い事を言っていられなくなっていた。
船の長距離運航を中止する話も出たが、そもそも船長はオーレンジ連合のゆかりの人物で故郷といろんな国をつなぐために、この道を選んだ人物であった。
「ここからはさらに気を引き締めてくれ。いつ何があっても対応できるように。皆に負担をかけてしまうが、何があろうと荷と乗客を安全に目的地に運ぶのが我々のプライドだ。協力を頼む」
険しい表情で、船長が、集まった幹部たちの顔をぐるりと見渡す。
それぞれの役職持ちである面々五人は、同じように表情を引き締め、力強く頷いた。
それに、船長も、満足そうに頷く。
「では、予定通り、夕刻には出港をする。それぞれ、采配を頼んだぞ!」
「「「「おう!!」」」」
読んでくださり、ありがとうございます。
イルカ可愛いですよね。
水族館に行くと張り付いて眺めるのが常です。
あの流れるようなスーッとした泳ぎが大好きです。
夢は一緒に泳ぐことなんですが、なかなか実現が難しいですね。
そして、不穏なフラグを立てて、待て、次回!!(笑)




