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ほのぼの続きます
「いやぁ~、近年まれにみる豊漁だったな」
塩を振りかけて焼かれた魚をつまみながら、カーターがご機嫌にワインの入ったコップを傾ける。
「まれにってか、初めてだろ?変な見栄はんなよ!」
同じテーブルを囲んでいたマイクが、笑いながら突っ込めば「違いない!」と周囲がどっと沸いた。
あれからも竿をおろすたびに魚がかかり、結局大小さまざまな魚を十匹以上釣り上げる事になったのだ。
「魚釣ってるより、捌いている時間の方が長かったみたいだしな。おかげでしばらくは魚に困らんが」
奥のキッチンから、コックが笑いながら追加の皿を持ってきた。
突然呼びに来られて辿り着いてみれば、採れたて新鮮な巨大魚に対面させられ驚いていたが、すぐに我に返って予備のナイフまで持ち出し、陣頭指揮を取り出した大ベテランである。
予定のメニューを急遽変更して、船員どころか乗客まで、本日は新鮮な魚のフルコースになった。
それでも余った魚は、ひっそりと切り身にされて潮風の中、例の船員用のバルコニーで干されている。
良い保存食になることだろう。
「海の様子もこの時期には珍しく穏やかだし、魚は豊漁だし。海の神様に愛されてるな、嬢ちゃん」
本日の功労者として、なぜか船員たちの夕食の場に招かれているミーシャは、突然話を振られて、慌てて口の中のものを飲み込んだ。
丁度、熱々の魚の切り身に噛り付いたところだったのだ。
「そうだと嬉しいな。お魚、おいしいし」
行儀よく口の中を空にしてからニコニコと答えるミーシャに、荒くれものぞろいの船員たちも目を細める。
孫や娘を見る目で「これも食え」「こっちもおいしい」と世話を焼こうとする男たちを眺めながら、おまけで連れてこられたラインは部屋のすみで大人しくワインを傾けた。
「よ~う、わぁるかったな、兄ちゃん!妹連れ回しちまってさ」
そんなラインの横に、いつの間にか近づいてきていたカーターが、ドカリと腰を下ろす。
急遽始まった宴会に椅子が足りなくて、間に合わせの空の樽箱だが、妙にカーターに似合っていた。
「もう一杯、どうだ?」
ワインの瓶を差し出され、ラインは大人しくコップを空にすると差し出した。
「ありがたくもらう。そして、むしろこっちこそミーシャの相手をしてくれて助かる。好奇心が旺盛な子だから、仕事の邪魔になった時は遠慮なく追い返してくれ」
軽く肩をすくめながら軽く答えるラインに、カーターの目が面白そうに細められた。
「お貴族様の部屋を使うにしては、気さくな御仁で助かったよ。掃除手伝わせた後に、部屋の場所聞いて青くなったからなぁ」
その時の事を思い出して、カーターはけらけらと笑う。
慣れた手つきで掃除をしていたから、てっきり下層の雑魚寝部屋の住人と思っていたら、まさかの一番上等な個室に泊まっているというから、これは首が飛んだか、と覚悟を決めたほどだ。
「たまたま手持ちの薬を譲った貴族が、自分は取りやめにしたから使ってくれと乗船券を安価で譲られただけで、俺たちはただの旅の平民だ。運が良かっただけだ」
サラッと肩をすくめ、ラインはコップになみなみと注がれたワインを煽った。
少し酸味が強いが、どっしりとした好みの味にラインの顔がほころぶ。
「お?兄ちゃんはいける口だな?これが口に合うとは見どころがある」
目ざとくラインの表情の変化に気づいたカーターが、嬉しそうに笑ってバンバンと大きな手で肩を叩いてきた。
あまりの勢いに体勢を崩しそうになったラインは、とっさにコップを机に置き手をつくことで事なきを得る。
「オォッと!!こりゃ失礼!」
危うくワインをぶちまける危機だったことに気づいたカーターが謝罪を口にするが、それは何処までも軽い。
しかし、悪気のない笑顔に毒気を抜かれ、ラインは苦笑するにとどめた。
「それにしても、俺たちをこっちに引き込んでも良かったのか?」
こぼれることなく無事だったワインを改めて手にしながら、ラインは、カーターへと疑問を投げかけた。
何しろ、今いる場所は船員用の食堂であり、いわゆるスタッフ以外お断りの区画だった。
船室でのんびり午睡を楽しんでいたラインは、意気揚々と帰ってきたミーシャに、訳の分からないまま引っ張られて連れてこられた為、少々面食らってもいたのだ。
「そりゃぁ、今回の一番の功労者をのけ者にするわけにはいかないだろ!とはいえ、あんな子供を一人だけご招待するわけにもいかないから、保護者を連れてきてもらったんだよ。下々の者と顔を合わせるのも嫌だってお貴族様ならともかく、あの嬢ちゃんの保護者がそんなお堅いわけもないだろうしな」
けらけらと相変わらず楽しそうに笑うカーターに、ラインはどう答えていいものか分からず、とりあえずワインを口に含むことで無言を正当化することにした。
「それにしても、嬢ちゃんは本当に海の神様に愛されてるんだろうなぁ。この時期に珍しく海の状態は良好。魚は大漁」
ラインの沈黙を気にする様子もなく、カーターはご機嫌にワインをどんどん喉の奥へと流し込む。
真っ赤な顔にとろんとした目つきは、完全に酔っ払いである。
潰れるのも時間の問題だろうと陽気なカーターにため息をついて、ラインは、目の前に置かれた魚料理に手を伸ばした。
新鮮な魚が生のままマリネされていて、歯ごたえのある白身がおいしい。
船上で火を使う時間は限られている為、新鮮な魚は生食することに抵抗のない船乗りは多いというが、大型客船のコックは腕も確かなようで、丁寧に処理された魚は臭みもなく、これなら初見の人間でも美味しく食べられる事だろう。
もともと、食事にこだわりのないラインは、出されればどんなものでも食べるたちだが、味覚が死んでいるわけでもないので、美食は大歓迎だった。
「おじさん、コレもおいしかったよ。コックさんが、特別にってくれたの。魚のお礼だって」
ミーシャが、盛り上がっている大人たちをものともせずに、上手に人の隙間をすり抜けて皿を運んできた。
そこには新鮮な果物を使った小ぶりのパイが、丸ごと乗っている。
「おお。大奮発だな」
砂糖も貴重だが、それ以上に船上では新鮮な食物は貴重である。
この船は三~四日に一回は寄港するため、それほど切り詰める必要はないとはいえ、船上で手間のかかるパイに仕立て上げるところにも、コックの気持ちが透けて見えた。
そもそも、ミーシャは魚釣りを体験させてもらっただけで、実際ほとんどを釣り上げたのも捌いたり調理したのも船員たちである。
無償提供は当然と言える中で、このお礼は、明らかにミーシャを特別視していることに他ならない。
海の男は信心深い。
板一枚下は奈落の底、というように、陸を離れた先でトラブルがあれば即命に係わる環境の中、信心深くなるしゲン担ぎや伝統を尊ぶ。
そんな男たちにとって、普段ない幸運の先にいたミーシャが、幸運の導き手に見えたとしても不思議ではなかった。
もっとも、釣れた魚の中に好物があったらしい船長が喜んで、船員用にもワインの樽を開けたことが最大の理由かもしれないが。
「すごくおいしいの。伯父さんも食べて!」
そんな大人の思惑など気づかないミーシャは、ただ目の前のパイに気を取られて、楽しそうに笑うばかりだ。
(そういえば、レッドフォードへ向かう途中で変な事件に巻き込まれてたな)
カーターの「海の神様に愛されている」発言に、少しだけ何かが心をかすめたけれど、ラインは、それもワインと一緒に飲み込むことにした。
「じゃぁ、一切れくれ」
ご相伴にあずかったパイは、優しい甘みとパイ生地のサクサク感が絶品だった。
魚尽くしの宴会を終えた翌日。
夜明けと共に起きだしたミーシャは、すっかり調子を取り戻したレンと共に甲板に出て朝焼けに染まる海を見ながら深呼吸をしていた。
ひやりと冷たい空気を体いっぱいに吸い込めば、眠気でぼんやりとした頭がすっきりと冴えわたるようだった。
足元では、レンも大きく伸びをしている。
「昨日は楽しかったねぇ」
海風に目を細めながら、ミーシャは小さくつぶやいた。
お腹いっぱい料理を詰め込んだ後は、同じくふるまわれたワインにすっかり気分が良くなった男たちが持ち出してきた楽器の音色に、歌ったり踊ったりの大騒ぎになった。
ダンスホールは、机や椅子を壁際に押しやって強引に開けた空間だ。
陽気な音楽に合わせて腕を組んで時計回りに三回グルグル。組んでいる腕を変えて反対方向にグルグル。
それを二回繰り返したら、今度は隣で踊る人とパートナーを交換してまた同じことの繰り返し。
ミーシャも、もちろんすぐに覚えてダンスの輪に加わった。
お城で教わった優雅なワルツとは程遠い、腕を組んでグルグルと回るだけの簡単なダンスは、身長も体格も気にせずに誰とでも踊れてとても楽しい。
酔っぱらった体の大きな船員たちに持ち上げられてくるくる振り回されるのも、小さな子供に戻ったようでとても楽しかった。
楽器の音色につられたのか、休憩中の船員だけでなくいつの間にか乗客まで混ざってきて、最後には食堂の中は、踊ろうとしても誰かに当たってしまうようなギュウギュウ詰めになっていた。
それすらもおかしくて、ミーシャはずっと笑いどおしだった。
思い出すだけで楽しくて、ミーシャはくすくすと笑いだす。
「でも、みんなすごくたくさんお酒飲んでたみたいだけど、お仕事大丈夫なのかな?」
船員は交代で休憩をとるそうで、宴会の途中で入れ替わっている人たちがいる事にミーシャは気づいていた。
さすがに、途中交代要員は酔っぱらうほど飲んではいないようだったけれど、朝一から仕事があると言っていたカーターなどは、一足先にミーシャが部屋に帰るころにはフラフラになっているようだった。
「寝坊したら、怒られちゃわないかな?」
「寝坊したら、怒られるどころか懲罰物だなぁ」
ミーシャのつぶやきに背後から返事が返ってきて、ミーシャはパッと振り返ると笑顔を浮かべた。
「カーターさん!おはよう!」
「おう。おはようさん」
相変わらずいかつい顔に笑顔を浮かべ、カーターが立っていた。
「大丈夫?お酒残ってない?」
ラインとの旅路の中で、飲み過ぎはひどい二日酔いを連れてくることを学んでいたミーシャは、心配そうにその顔を覗き込んだ。
「お~う。どんだけ飲んでも、翌朝に残んないのが自慢でな。ぐっすり寝たら、元気なもんよ」
ニカッと笑うカーターに、ミーシャもほっとして笑顔を浮かべた。
「よかった。伯父さんと飲んだ人たちって、たいてい次の日ひどい目に合ってるみたいだから心配してたの。カーターさんもザルなんだね」
「オォ、お前の伯父さん、そんな感じなのか。そういや、いくら飲んでも表情変わってなかったな。俺は途中で抜けたが、こりゃ、何人かつぶされたかな?」
無邪気なミーシャの言葉に少々頬を引きつらせながら、カーターは肩にかけたロープの束をゆすり上げた。
「今日はお掃除じゃないの?」
それに目を止めたミーシャが、首を傾げる。
「おう。今日の朝一番は老朽化したロープの交換だ。昨日の奴らから千切れそうになってるところがあるって申し送りがあってな」
そういうと、カーターはメインマストの方を顎で指して見せた。
「ロープの交換って、もしかして、マストの?船を動かしながらするの?」
思わぬ返事に、ミーシャの目が丸くなる。
メインマストは、朝風をいっぱいに受けてしっかりと帆を張っていた。
「明日には寄港地につくから、とりあえずは応急処置だけだな。そのままにして、航行中千切れちまったら大変だ」
あっさりと答えながら、カーターはメインマストの方へと歩き出す。
「一応言っとくが、さすがにマストの上までは連れていけないぞ?俺にそこまでの権限はないからな?」
ポテポテと後をついて歩きだしたミーシャに、カーターが釘を刺す。
「はぁーい」
少し残念そうに答えたミーシャに、カーターはふと足を止めた。
「随分残念そうだな。もしかして、登りたかったのか?」
メインマストの上ともなると高さは数十メートルはある。
そこに登る為には、縄梯子とは名ばかりのロープを格子状に組んだ網のようなものを登る必要がある。
ただでさえ不安定な上に、風も強いから煽られてグラグラと揺れるのが普通だ。
慣れない新人水夫なら足をすくませて、途中で動けなくなることもままあった。
「こんなに大きな船じゃなかったけど、登らせてもらった事あるよ?空を飛んでるみたいでとっても気持ちよかった」
レッドフォードに向かう船の上でも、ミーシャは暇さえあれば甲板で海を眺めたりしていた。
その際に知り合って仲良くなったお爺さんが船長で、特別にメインマストの物見台まで連れて行ってもらったのだ。
その時の体験を思い出したのか、うっとりとした顔をするミーシャに、カーターはぽかんとした後、笑いだした。
「すげえな、その船長。いや、物怖じせずに登っちまったミーシャがすごいのか?」
けらけら笑いながらメインマストの下まで着くと、ミーシャの頭にポンと軽く手を乗せた。
「今度、うちの船長に聞いてやるよ。魚の件で気に入られてるみたいだし、もしかしたら許可下りるかもな」
ミーシャの頭などわしづかみできそうなほど大きな手でわしゃわしゃと撫でた後、カーターは目を見張る速さでメインマストの上の方まで登って行ってしまった。
見る見るうちに小さくなったカーターの姿をしばらく見送っていたミーシャは、肩をすくめてその場を後にした。
ここで作業を眺めていてもよかったが、遠すぎて何をしているのか良く分からなかったし、陽も昇ったから、そろそろ朝食が運ばれてくる時間だろう。
「朝ごはんにも魚だしてくれるって言ってたし、楽しみ。どんな料理になってるかな?」
いそいそと部屋に戻ったミーシャは、いまだ夢の中のラインに呆れつつ、ワクワクと朝食が届くのを待っていた。
そして、ノックの音に扉を開けて目を丸くした。
そこには、昨夜の宴会で顔見知りになった船員がいたのだが、気の毒になるくらい顔色が真っ青だったのだ。
「……もしかして、二日酔い?」
「……面目ない」
どうしたのか尋ねようとして、ふわりと香るアルコールの匂いとむくんだ顔に気づき、ミーシャは眉をひそめた。
それに、船員が力なく笑って返す。
「でも、まだ俺は動けるだけいい方なんだよ。三歩歩くごとにうずくまってるやつもいるし、お客さんの中には寝込んじゃってる人もいるらしい。船医が「薬が足りん」って文句言ってたから」
萎れた様子のままカートを押して中に入ってくると、朝食をセッティングしていく。
「ラインさんは大丈夫?」
「おじさんのは単なるお寝坊さんだから」
いまだベッドの中のラインに心配そうな視線を送る船員に、ミーシャはきっぱりと首を横に振った。
ラインがどれほど飲んでも翌日に影響しているところを見たことがないし、そもそもラインなら、酒量が危険水準を超えたと判断したら、速やかに薬を飲んで対策しているはずだ。
「そっかぁ。随分飲んでたみたいなのにうらやましい。カーターさんと同じ体質か……」
呟きつつも配膳する手は、いつもと変わりなくテキパキと動いている。
が、やはり顔色は悪く、時折眉がしかめられていた。
「頭痛と胃のむかつき?他にも何かあります?」
それを横目に、ミーシャは自分の鞄に手を伸ばすと薬箱を取り出した。
「へ?なに?なに?」
突然の質問に目を白黒させる船員に、ミーシャは困ったように笑った。
「飲み過ぎたのはそれぞれの判断だけど、宴会の原因造ったのは私だし。よかったら、二日酔いのお薬、処方します。私と伯父さん、薬師なんです」
「え?そうなの?薬持ってるなら、船医さんに相談して、買い取らせてもらうよ!ちょっと待ってて」
ミーシャの言葉に目を輝かせて立ち去ろうとする船員を、ミーシャは慌てて呼び止める。
「ちょっと、まって。とりあえず、これ飲んでから動いて!」
「え?いや、勝手にもらうのは……」
腕をつかまれて、困ったように頭を搔く船員に、ミーシャは、水の入ったコップと共に薬を押しつけた。
「じゃあ、本当に私の薬が効くか実験体で!それで効果があると思ったらお買い上げください!」
「あ、はい」
ミーシャの勢いに押されるように薬を受け取って飲んだ船員は、足早に部屋を後にした。
その背中を見送ってから、ミーシャはいまだにベッドの住人なラインを振り返る。
「あ~、勝手に薬のこと話しちゃったの、怒られるかしら?」
「くぅ?」
首を傾げるミーシャに、レンが真似して首を傾げる。
その可愛らしい仕草に、ミーシャはくすくすと笑った。
「まぁ、しょうがないよね。苦しい思いしている人がいるんだし、きっとおじさんに酔いつぶされた被害者もいるだろうし。協力してもらおう!」
うんうんと自分を納得させるように頷くと、ミーシャは、勢いよくラインのベッドへと駆け寄った。
「おじさーん、起きて!朝ですよ~。お仕事、始まっちゃいますよ~~!」
さしあたり、さっきの船員から話が回った船医が訪ねてくる前に、ラインを起こして説明を済ませようと、ミーシャはラインの肩をポンポンと叩いて声をかけるのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。
カーターさん。
ベテラン船員。
現場1番で役職拒否してるけど、船長とも長い付き合いで物申せる関係性。酒はザル通り越してワク。
基本気のいいおじさん。嫁さん募集の38歳だけど、年中船に乗ってるので多分結婚は無理だと思われる……。
な、誰も気にしないであろう人物設定(笑




