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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
2人旅

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23

もう、潔く月一更新をうたった方が良い気がしてきました。

お待たせしてすみません。

 道中、レンはぴたりとミーシャに張り付いて離れようとしなかった。

 さすがに足にまとわりつくことはなかったが、一歩以上の距離を決して離れようとせず、意地でも目を離すものか!という気迫が感じられた。

 今にも蹴り飛ばしてしまいそうで少々歩きにくい思いをする羽目になったミーシャは、それでも何も言う事はなかった。


(突然いなくなったのが怖かったんだろうし、しょうがないよね)

 機敏なレンが、普通に歩いている分にはぶつかることはないだろうと、ミーシャは現状を受け入れる事にしたのだ。

 

 そんな二人の様子を横目で見ながら先を行くラインは、じっと何かを考えこんでいるようだった。

 その沈黙は、ミーシャの視線を察知してはあれこれと教えてくれていた今までの道中を思えば、不自然なほどだった。

 

 しかし、それも、ミーシャは大人しく黙殺する。

 自分の責任ではないとはいえ、巻き込まれて心配をかけた自覚はあるし、さらに押し付けられた黒い箱が、ラインの悩みの種となっているのは言葉にされずとも察せられたからだ。


 もくもくと山道を下りながら、ミーシャは、黒い箱の事を考える。

 非常につるりとして薄いけれど、とても固い金属。

 もう少し厚みがあれば、鉄でできているのかと思うが、それにしてはやけに軽かったことを思い出す。


(私が知らないだけで、普通に使われている素材なのかな?でも、伯父さんも分からなかったみたいだし、今まで通った町や、レッドフォードのお城でも、あんな見事な金属の小物入れなんて見たことなかったよね)

 とろりとした質感に見えるほど滑らかな箱の艶やかさは、ミーシャの目には実用品というより観賞用にすら見えた。

 

(でも、それより気になるのは箱の中身だよね)

 ミーシャの脳裏に浮かぶのは、ピカピカに光る銀色の道具たち。


(伯父さんは言葉を濁してたけど、あれってきっと医療道具だよね。刃先は小さかったし軸と一体化して変わった作りだったけど、伯父さんの持っていたメスに似てたし。小さな鋏みたいなものは何か分からないけど、縫合用の針と糸みたいなものもあったし)


 ミーシャはぐるぐると考えながら、先を行くラインの背中をじっと見つめる。

 視線に敏感なはずのラインが、頑なにこちらを向かないのは、ミーシャにあの箱について問いただされたくないからだろう。

 もっとも、一度保留を宣言したラインが、ミーシャに問いただされたところで口を割ることはない。

 自分以上に頑固なラインの性格を知っているミーシャは、無意識のうちに唇を尖らせていた。


(ダメって言われると、もっと気になっちゃうのってなんでなんだろう)

 もともと好奇心旺盛で、疑問は解消したくなるし、知っていることをより突き詰めるのも大好きなミーシャにとって、このお預けはもどかしくてたまらなかった。


(こうなったら、さっさと森の民の村にたどり着いて、教えてもらうしかないよね!)

 うんうんと頷いて、ミーシャは足を速めるとラインに追いついた。

 そして、その背中をグイグイと押していく。


「伯父さん!私は大丈夫だから、もっと早く歩いてもいいよ!早く早く!!」

「お……、おう」

 突然張り切りだしたミーシャに首を傾げながらラインは言われるままに足を速めるのであった。





「やっぱり温泉最高。ガンツさんの言っていた通りだわ。ここの温泉とあそこの温泉は別の温泉。みんなそれぞれ特徴があって、みんなそれぞれ素晴らしい」


 結局、麓の村を通り過ぎ少し栄えた街に着いたのは二日後の昼過ぎだった。

 まだ陽も高い時間ではあったが、連日の強行軍もあり、ミーシャとラインは早々と宿をとることにした。少し値段は張るものの、部屋に風呂がついている二人部屋である。


 もっとも、豊富に温泉の湧き出る土地柄上、他に比べると格段に安いのだが、例え値が張ったとしても選択肢にあるなら二人は風呂付の部屋を選択したはずなので、大した問題ではない。

「森の民=お風呂好き」の構図は鉄板なのである。


 部屋に入ってすぐ先に汗を流して「情報を集めてくるから大人しくしていろ」との言葉を残し、ラインはさっさと出て行ってしまった。

 一人残されたミーシャは、言いつけ通り部屋で大人しく温泉を堪能しているのである。

 木でできた湯船はそれほど大きくないが、小柄なミーシャが足を伸ばして浸かるには充分であった。


「ガンツさんの所は白くて少しトロミがあったけど、ココは無色透明でさらさらしているのね。香りも薄いから、レンも前に比べたら楽そうだし、良かった」

 パチャンとお湯をかき回して、ミーシャはうっとりと目を細めた。

  

 ちなみに、レンも別料金を払う事で特別に部屋の中に入れてもらっている。

 客室に獣を入れるのを嫌がる宿は多い。

 いつもなら、大人しく厩の片隅かいっそ町の外で一人自由を満喫しているのだが、ミーシャを見失った事件が尾を引いてか、レンは意地でもミーシャの側を離れようとしなかった。

 結局、お座りや待てなど指示に従うデモンストレーション及びお腹見せゴロンの無害アピールの元、部屋から出さないことを条件にようやく許可が下りた。

 レンの魅惑のモフモフ腹毛の感触に陥落したともいう。

 今まで初対面の人に触れさせたことのない部分まで大盤振舞だった。レンなりに必死だったのだろう。

 

 そんなレンは、部屋の隅に敷いてもらった古毛布の上に丸まって、惰眠をむさぼり中である。

 せっかく部屋にお風呂がついているのだからと誘ってみたものの、断固拒否され、足の裏を洗うだけにとどまった。

 

「まあ、レンにとっては苦手な温泉の匂いを体につけるとかどんな苦行、って感じだろうしなぁ」

 いやそうに鼻にしわを寄せていたレンを思い出して、ミーシャはくすくすと笑った。

 それなら、再びガンツにもらったスカーフをつければいいと思ったのだが、町に入るときに失くしてしまったスカーフの予備を出して見せたところ、レンに断固として拒否されてしまっていた。


 親の仇のように睨みつけて低くうなり牙をむくレンの剣幕に、ミーシャが戸惑う横で「ミーシャを見失ったときに、鼻が利かないで苦労したから嫌なんだろうよ」とラインは大笑いしていた。

 予想外の理由に驚いたミーシャの隙をついてスカーフを奪ったレンは、少し離れた場所に猛然と穴を掘るとしっかりと埋めていた。ご丁寧に埋めた場所の上で飛び跳ねて土を固める念の入れようである。

 その後、意気揚々と戻ってくるレンに、ラインが笑い過ぎて蹲っていた隣で、ミーシャは肩を落としてため息をついたのだった。


「本当は大衆浴場にも行ってみたいんだけど」

 ゆらゆらと湯の中で揺れる自分の髪を見て、小さくため息を落とす。

「裸だし誤魔化しようがないよねぇ。まさか帽子をかぶって入るわけにもいかないだろうし。やっぱり染めちゃう?」

 ミランダの茶色く染められた髪を思い出して、ミーシャは少し迷う。


 母親譲りの髪はさらさら過ぎて結びにくいけれど、毎日手入れして大切に伸ばしてきたものだ。

 何より、髪の手入れをしていると、優しく整えてくれた母親の手を思い出すことができる。

 白くてしなやかな母親の手は、いつでもミーシャを守り慈しんでくれた愛情の象徴のようなものだった。


 本当はレッドフォードから旅立つときに、髪を切るか染めるという案も出ていたのだ。

 良くも悪くも手入れの行き届いたミーシャの長い髪は目だったし、緑の瞳と相まって一族を連想させてしまう。

 だが、母親を思い出すよすがを失くしてしまうのが嫌で、ミーシャはどうしても首を縦に振ることができなかった。

 そんなミーシャの心情を思いやったのか、ラインも強く言う事はなく、代わりに人の多い所ではフードをかぶることでごまかしてきたのだった。


 しかし、ここにきてミーシャに迷いが生まれた。

 今回泊まっている宿屋には、部屋付きの風呂とは比べ物にならないほどの広い大浴場があるそうだ。

 室内には香りのいい香木で作られた特製の湯船。

 さらに外には岩で囲われた露天風呂があり、このお風呂を目当てに定宿にしてくれる客も多いのだと、宿屋のおかみは胸を張って自慢していた。


 さらに、町の中にある大衆浴場。

 町の人が気軽に使えるように安価で提供されているそこは、泳げるほど広いそうだ。

 立ったまま入れるほど深い場所もあり、足や腰の悪い人の湯治や運動に使われてもいるらしい。


「外で動くより、水の中で動く方が体に負担がかからないから、病後の体力改善にもいいんだよね。見てみたいなぁ」

 ガンツの所にも試験的に深い湯船はあったが、スペースの問題で広さはそれほどなく2メートル四方ほどだった。

 個人の持ち物と思えばそれでも十分すごいが、複数の人間が動き回れるほどの広さというと当然ミーシャは経験したことがなく、好奇心を刺激される。


「……おじさんに相談してみよう」

 髪は染料を落とせば元に戻る。

 だけど、大衆浴場はここにしかないし、次はいつこの町に来れるのかは不明である。

 知的好奇心という名の欲望にすっかり心を囚われていたミーシャは、小さくつぶやくと、サバりとお湯から上がったのだった。






「うーん、いい風」

 出航間近の甲板の上で、ミーシャは目を細めた。

 いまだに人々の乗船が終わっていないため周囲は慌ただしく、片隅で大人しくしている少女に注目する者もいない。

 レンもいるため早めに乗船手続きを済ませていたミーシャは、暇をつぶしに甲板に出て波止場を動き回る人たちを観察していた。


 もちろん、足元にはレンがお行儀よく控えているが、その首には細めの首輪とチェーンがつながれていた。

 すでにレンの体は、立ち上がるとミーシャの胸元まで頭が来るほど大きく成長してた。

 いかにも手入れされた美しい被毛は、レンが人に飼われている生き物であると証明していたが、それでも苦手な人からしたら、大きな犬は脅威でしかないだろう。

 閉ざされた船の中、当然のマナーとして、ミーシャもレンも納得していた。

 むしろ、客室にいれてもらえたうえ、綱をつけていれば部屋の外に出してもいいというのは破格の扱いである。


「それにしても、大きな船だね~。何人くらい乗れるのかしら?」

 改めて甲板をぐるりと見渡した後、ミーシャは帆の貼られたマストを見上げた。

 緩やかに登り始めた朝日の中、堂々と立つマストはまるで巨人のように見える。

 ブルーハイツ王国からレッドフォード王国へと向かう中初めて乗った船もミーシャにはとても大きく感じたが、今回乗りこんだ船はそれ以上だった。


 最初の予定通り、ジョンブリアンの港から一気に船で森の民の村があるオーレンジ連合国を目指すことしたラインとミーシャは、リュスト山をジョンブリアン側に下ったふもとの町から、港町まで直通の馬車に乗って進んだ。

 今までのように寄り道もせず、徒歩でなく馬車を使ったのは、オーレンジ連合国に向かう船便が冬になると無くなるという話をラインが聞きこんできたからだった。


 冬になると北の海は時化ることが増えるため、船便の数が極端に減るのだ。

 さらに、オーレンジ連合国までとなると長旅になる為、いくつかの港に補給のために寄港する必要が出てくるのだが、その間の国の治安悪化のため、航行を見合わせる船も出ているらしい。


「さらに言うと、どうもレッドフォードから別行動してたやつらが迂闊な事をしたみたいで、付近に森の民がいるんじゃないかと話題になっているらしい。と、言うわけで、その気になってるなら丁度いいから髪と目を染めるぞ」

 面倒そうな表情を隠しもせずに戻ってきたラインは、机の上にいくつかの瓶をごろごろ転がした。


「何色がいい?茶系に赤系、黒……は逆に目立ちそうだから灰色くらいに留めるとして」

「無難に茶色でいいよ。一番染めやすそうだし」

 そんな相談のもと、今、ミーシャの髪はありふれたブラウン、瞳は暗い青になっていた。


 鏡を見ると違和感がすごかったが、自分では見えないのですぐに気にしなくなった。同じ色に染めたラインと向かい合う時は一瞬びくっとしていたが、それも二日もすると気にならなくなった。

 人間は順応する生き物なのである。

 ちなみにレンは今のところ元の色のままだ。


 港でどうにか船の乗船券を取ることができたのは僥倖だった。

 正確には船の乗船券を手にいれようと港に向かう途中に体調を崩した貴族に出会い、診察して薬を調合することで安く譲ってもらったのだ。

 もともと治安の悪化を懸念して観光を取りやめようかと迷っていた所だったらしく、最初はお礼に無料でいいと言われたのだが、さすがにそれではこちらがもらい過ぎだとラインが渋った。そこでもともと乗船券としてラインが予定していた金額を払う事で手打ちとなっていた。

 大人たちのやり取りを、ミーシャは大変そうだなぁ、とのんびり眺めていたものだったが。


 そういうわけで、もともと貴族の利用する部屋だったからか、乗船してみると個室の上にかなりゆったりとした作りの部屋で、風呂場までついていた。

 さらに、レンがお目こぼしされたのも、実は件の貴族が一言添えてくれたおかげでもあった。

 でなければ、今頃レンは、貨物室の中で檻に閉じ込められていたことだろう。


 そうして、いくつかの偶然も重なり、ミーシャ達は考えられる最速で船の上の人となったのである。


 茶色に染められた髪がさらさらと海風に揺れる。

 思い切って色を変えてよかった事は、帽子やフードの陰に隠れる事をしなくてよくなった事だろう。

 もともと髪を結ぶ習慣があまりなかったミーシャにとって、例え色を変えたとしても人目を気にせず風に髪を遊ばせる日々に戻れたことは嬉しかった。


「予定通りなら、一週間から十日くらいでつくんだって」

 今回乗った船は人のほかに貨物も多く載せていることから、船足はゆっくりだし寄港地も多い。

 その分、船が大きいからあまり激しく揺れることはなさそうだ。


「お天気もよさそうだし、何事もなければいいねぇ」

 大きく背伸びをしながら、レンに話しかけたミーシャは、遠くに見える水平線を眺めた。

 この海の果てに、まだ見ぬ世界が広がっていると思うと、ミーシャの胸はどきどきと波打った。


「お母さんの故郷、どんなところかなぁ」

 深海の色に染められた瞳を輝かしながら、ミーシャはまだ見ぬ母の故郷を夢見るのであった。


 





 

 


読んでくださり、ありがとうございます。

今回は少し駆け足でお話が進みました。

というか、港町までの旅路を書いていたら、ストーリーがちっとも先に進まないので諦めました。

そもそも二人旅、こんなに長くなる予定ではなかったのですが、ライン君書くのが楽しすぎて。

私の中でライン君は隠密系のイメージ。体術と毒を駆使して戦います。飛び道具は小刀や針が鉄板ですよね!


そして、お知らせです。

kindleとブックウォーカーにて『森の端っこのちび魔女さん』が1巻無料となっています。

たぶん9月8日までなので、なろう派の方もこの機会に覗いてみてください。

結構加筆してますので。

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