20
視界が真っ白にふさがれたのはあっという間の出来事だった。
雲一つない青空の元、ラインの導くままにのんびりと山を登る。
樹木はすっかり見られなくなり、植物は、岩がむき出しの山肌に張り付くように生えている多年草などの高山植物が主だった。
「あ、あっちに黄色いお花が咲いてる!そっちには薄桃色のお花。花弁の形もいろいろあって楽しい」
草丈は短いのに花弁は大きく、意外なほどにカラフルで多種多様な花たちに、ミーシャはご満悦である。
「ラステュータにコランカ、だな。今年はやけに花が残ってるな?頂上は積雪があるから気温が低いのかと思ったが……。意外と、上まで登れたのか?」
ミーシャの指さす花々の名前を教えてやりながら、ラインは首を傾げた。
「これは知ってる。図鑑に載っていたわ。アーストールでしょう?白い花弁が本当にフリルみたいになっているのね。こんなにかわいいのに、胃薬になるなんてなんて優秀なのかしら」
しゃがみ込んで風に揺れる白い花をうっとりと眺めると、ミーシャは手早く花を採取した。
「ミーシャ、まだ先は長いんだから、ほどほどにしろよ。日が暮れる」
はしゃぐミーシャを少し呆れたように促してはいるものの、ライン自身もちょこちょこ足を止めては目に留まった目ぼしい薬草を採取しているのだから、所詮似た者同士である。
それでも、それほど時間をかけることなくサクサクと足を進めるのは、時間と共に頂上から吹き降ろす風が少しずつ冷たくなっているのを気にしての事だった。
山の天気は変わりやすい。
それでも、予定通り頂上の少し手前で進路を変え、山並みに沿って四時間ほど進めば、下山ポイントまで順調にたどり着くことができた。
「さて、最後の一休みしたら一気に下るぞ。満足したか?」
「うん!頂上まで行けなかったのは残念だったけど、思っていたより、たくさんの高山植物も見れたし、採取もできたし、大満足!今度は雪解けの時期に来てみたいなぁ」
採取した植物をいそいそと整理してリュックの外に括り付けたり、小袋にいれてしまい込んだりしながら、ミーシャは満面の笑みで頷いた。
「まぁ、な。確かに。この時期には珍しく、多くの花が残ってて俺もびっくりだった。ミーシャはついてるな」
笑いながら手を伸ばしてミーシャの頭を撫でると、ラインは水筒から水を飲み、口の中に飴を放り込んだ。
「ミーシャも、整理もいいが水分と糖分、しっかりとれよ」
「はぁい。山歩きは想像以上にエネルギーを使ってる、でしょ。耳にタコができそうなくらい聞かされてるんだから分かってるよ!」
ベッと小さく舌を出しながら、ミーシャもラインに倣って飴を口に入れた。
「これから行くジョンブリアンってどんなところ?」
「どっちかというと海と共に生きる国だな。小国だが気候に恵まれてるし近海は比較的穏やかで漁獲量も多い。後、貝や海藻の養殖が盛んだな。平地もそこそこあるから自国で食べる程度の穀物も取れていたし、先の大戦ではレッドフォードに加勢して、その褒章として元アザレの土地をだいぶいただいたな」
「つまり、レッドフォードと仲良し?」
「そうだな。もともと、諸外国に船を出すときの補給港として同盟を結んでいたから。遠方漁業も盛んで、うちの方まで船を出してたりするから、その流れで、乗せてもらって帰ることもよくある」
会話しながら、二人はゆっくりと山を下り始めた。
もともと緩やかに下ってはいたので、すぐに針葉樹の林に入り込むことができた。
「人里までは無理だろうが、出来ればふもとまではたどり着きたいな。少し急ごう」
少し高地ではしゃぎすぎたため、太陽はだいぶ低い位置まで下りてきていた。
「まあ、何事もなければ暗くなる前には着くだろう。そしたらそこで野営だな」
「お風呂は明日の楽しみ、ね」
ジョンブリアン方面に下った先にも小さいが温泉を売りにしている町があることをちゃっかり確認していたミーシャはにんまりと笑った。
ティンガでガンツに布教され、しっかり温泉信者へとなっていたミーシャに、ラインは苦笑する。
「しょうがない。残った猪肉を売るついでに一泊だけだぞ?」
「はーい」
ミーシャのとってもいい返事に笑っていたラインは、ふと眉をしかめた。
「なんだか視界がわるい、な」
木の生い茂った場所に入っただけでない、まるで煙ったようなうっすらとした靄にいつの間にか取り囲まれていたのだ。
「霧か。厄介な」
小さく舌打ちをしたラインは、腰に束ねて括り付けていたロープをほどき、片端をミーシャの腰にしっかりと結び付けた。
「本当は霧が晴れるまで動きたくないんだが、ここで夜になられても困る。もう少し行けば開けた場所があったはずだから、ゆっくりでも移動してみよう」
タイミングの悪い事に、道幅が人一人通るのがやっとの細さで片側は傾斜になっている難所へと入り込んだばかりだった。
通常なら、気にするほどもない道だが、視界が不明瞭なうえに霧で地面が湿ると、降り積もった落ち葉で足を滑らせる危険もあった。
「まあ、慣れた道だ。大丈夫だから、しっかりついてこい」
ラインには何度もこの道をたどった経験があった。
今回と同じように霧に巻かれたこともあったが一過性のものだったし、それに、たとえミーシャが足を滑らせたところで支え切れる自信もあった。
傾斜があるとはいえ、所詮片側だけであり、気を付ける方向が定まっているのなら不意を突かれてもミーシャ程度なら問題ない。
それは、自信家のラインらしい思考に思えた。
だが、自分一人ならともかく、足手まといを連れている時にラインがとる行動にしては異質だった。
何しろ「霧は一過性」と分かっているのだ。いくら足場が悪いとはいえ、無理に行動するリスクを考えれば、その場にとどまる選択を取っていたはずだ。
しかし、徐々に濃くなる霧の中、二人はゆっくりとはいえ移動を始めてしまう。
それは、何かに導かれているかのようだった。
かくして、気がつけば濃霧の中二人と一匹は見事に分断されていたのである。
一歩先もかすむほどの濃い霧の中、ミーシャは先を行くラインのうっすらと見える背中を一生懸命追いかけていた。
不思議なことに、霧が濃くなるほどに周囲の音が遠ざかって感じた。
はっきりと聞こえるのは、自分の進む足音と少し乱れた息遣いだけである。
しかし、その事を不思議に思う余裕もなく、ミーシャは必死に前を行く背中を追いかけた。
「ゆっくりと行こう」そう言っていたはずのラインの足取りは、平常時と変わらぬほどに速かった。
足元の不安定なミーシャにはとても追いつけないスピードで、その背中は少しづつ遠ざかっていく。
腰に結ばれていたはずの紐はいつの間にか外れてしまっていたようで、遠ざかる背中を引き留めるものはなにもなかった。
いつものミーシャならば、おかしいと気づいたはずだ。
よどみない足取りで振り返ることもないラインの事も、置いていかれようとしているのに声をかける事を思いつきもしない自分自身にも。
だけどまるで思考を閉ざされてしまったかのように、白い霧の中、ミーシャはただ必死にその背中を追いかける事しかできない。
やがて、その背中が霧の中に消えていきそうになった時。
「待って……、伯父さ……」
微かに見えるその背中に手を伸ばし、ようやく声をあげようとした瞬間。
ずるりと足が滑った。
「きゃぁ!」
すがるものも見つけられないまま真っ白な世界を滑り落ちていくその瞬間悲鳴を上げたはずだった。
だが、無情にもその不思議な霧は一切の音を飲み込んでしまい、先を行くラインへは届かない。
最初に倒れた衝撃で胸が詰まり、ミーシャは意識を飛ばしてしまった。
そうして、力を失った体は、静かに霧に吸い込まれていった。
「……ここ、は」
ピチョン、顔に落ちた水滴の冷たさにミーシャは目を覚ました。
そこは、小さな沢の側だった。
先ほどから微かに響いていたのは水の流れる音だったのだ。
「そうだ。私、足を滑らせて……」
まだうっすらと残る霧のせいで遠くまでは見渡せないが、自身の滑り落ちた形跡のある斜面はある程度見上げることができた。
「……よく、どこもケガしなかった、よね」
そろりとその場で体を動かしてみて、どこにも痛むところがないのを確認し、ミーシャは安どの息をついた。
ミーシャが滑り落ちた斜面はかなり傾斜が険しく、下から登るのは不可能に見えた。
「落ち葉が厚く積もっていて助かったのかな?」
それを抜きにしても、生えている樹木にぶつからなかったことも、落ちた先が厚い落ち葉の吹き溜まりになっていたことも奇跡に等しいのだが、そこを追及したところでどうしようもないとミーシャは頭を切り替える。
「おじさーん‼レーーン!!」
斜面の先はいまだに霧に飲まれていて、自分がどれほど下に滑り落ちてしまったのか、窺い知ることはできない。
ミーシャは上の方に声の限りに叫んでみたが、残念ながら返事は聞こえなかった。
「まあ、多少視界が悪くてもきっとレンが匂いをたどって見つけてくれるはず……」
そう呟いてから、ふと何かが頭をかすめて、ミーシャは首を傾げた。
(ん?何か、忘れてる気がする……)
「あ!!」
考え込むことしばし。
思い出したことに、ミーシャはサーッと顔を青ざめる。
「ガンツさんのスカーフ、外した記憶がない……」
ティンガの町で硫黄の匂いに巻かれてぐったりするレンを気の毒に思ったガンツが、気休めになればとまいていたスカーフ。
レンも気に入っていたから、そのままにしていたけれど、あれにはガンツ特製のハーブが包まれていたはずだ。
「確か気分不良を改善する効果と嗅覚を阻害する効果があるって……」
人間用だから、レンにどこまで効いてるかは分からないと言っていたが、その後のレンの様子を見る限り効果はかなりあったはずである。
つまり、あれをつけている限り、レンの嗅覚は少なく見積もっても通常の半分以下に抑えられているわけで……。
「うわぁ、伯父さん、気づいてくれるかな」
がっくりと肩を落とすミーシャは、何も見えない崖の上を眺めてつぶやいた。
遠ざかる背中を思い出せば不安は募るが、なんにせよあの霧が晴れない事には動きようもないだろう。
「遭難した場合は、極力その場から動かずに安全を確保すること、ッと」
つぶやきながら、ミーシャは自身の荷物を確認することにした。
幸いリュックは無くさずに背中にしょっていた。
外側にしっかりと括り付けていた毛布や手鍋なども幸い落としていないようだった。
残念ながらリュックの前面は泥やスリ潰れた落ち葉などが張り付いて汚れて小さな傷もたくさんついていた。おそらくこれの上に載ってそりのように滑り落ちたおかげで、ミーシャは無傷で済んだのだろう。
「うぅ、ありがとう。町に着いたら、皮屋さんにちゃんと補修してもらうからね」
パンパンと表面を払ってつぶやくと、くるりと辺りを見渡した。
さすがに、さっき摘んで乾かすためにリュックの脇などに括り付けていた植物は衝撃に耐えられなかったのか無くなっていた。
が、いくらかはミーシャと一緒に落ちてきたようで辺りに散らばっている。
『こっち』
それらを拾い上げていると、ふいに何かにささやかれた気がして顔をあげたミーシャは、はっと目を見張った。
視線の先の沢の中。細い流れの中に、自然のものではありえない色を見つけたからだ。
「なんで!?」
よく見慣れた色彩は、母親に作ってもらったお守り袋のそれだった。
信じられなくて首元を探るが、指に慣れたその感触はない。
滑落の衝撃で紐が切れ、飛んで行ってしまったのだろうか?
しかし、今はそんなことを考えるよりも先にすることがあった。
「まって!」
ミーシャが慌てて駆け寄り拾い上げるより一瞬早く、かろうじて岩に引っかかっていたお守り袋は流れにさらわれてしまった。
悲鳴を上げて、ミーシャはお守り袋を追いかける。
あの中には母親の遺髪やレンにもらった片方だけのピアス、ライアンにもらった指輪など、大切なものがたくさん入っていた。
しかし、細い流れにもかかわらず、慌てるミーシャをからかうようにお守り袋はさらさらと流されて行ってしまう。
沢の流れはぽかりと開いた洞窟の中へと続いていた。
お守り袋は吸い込まれるようにその中へと入って行ってしまう。
ミーシャは、一瞬ひるんだものの、お守りが見えなくなった次の瞬間には、はじかれたように洞窟の中に駆け込んでいった。
洞窟の中に飛び込んだ瞬間、なぜか一瞬クラリと眩暈がして、ミーシャは額を抑え足を止めた。
すぐに収まった眩暈に顔をあげ飛び込んできた光景に、目をパチパチとさせる。
「奥……明るい?」
洞窟の入り口から入ってくる光とは別に、奥の方からもほんのりと光が見えたのだ。
「洞窟じゃなくてトンネルなの?」
キョトリと首を傾げたミーシャの視界に、流れと共に奥へと進んでいくお守り袋が目に入った。
「やだ!まって!!」
自分が何でここに入り込んだのかを思い出し、我に返ったミーシャは、慌てて走り出した。
浅い場所の多い小さな流れに、ときどきどこかに引っかかったようにお守り袋は動きを止める。
そのたびに拾い上げようと手を伸ばすのだが、触れたと思った瞬間にお守り袋はまた動き始め、ミーシャの指先をすり抜けて逃げていく。
「もう!なんで!?」
届きそうで届かない。
絶妙の距離とタイミングに、追いかけることに夢中になっているミーシャは、いつの間にか洞窟の奥の方まで入り込んでいた。
そして、流れるお守り袋しか見ていないミーシャは、洞窟の中に入り込んだのに、いつまでもあたりが明るい理由に気づかない。
入口付近こそ普通の壁だった洞窟の内部は、奥に行くほどに半透明の水晶が増えていった。
そして、不思議なことに、その水晶自体がほんのりと白く発光していたのだ。
それこそがミーシャが入り口から見た光の正体であり、内側から輝く淡い光は、洞窟内をぼんやりと照らしていた。
しかし、そんな神秘的で不思議な光景に気づく余裕もないまま、ミーシャは走り続ける。
旅の装備が詰まったリュックは重く、ミーシャの体力を奪っていく。
息が切れ、胸が苦しい。
それでも、諦める事など出来なくて、ミーシャは荒い息を吐きながらただ足を動かした。
そして。
「っつ……か、まえ……た」
ようやく、お守り袋をその手に取り戻した。
指になじんだ柔らかい布の中にある硬い感触。
もう二度と話さないというように固く握りしめた手を胸に当て、ミーシャはその場にへたり込んだ。
胸が破けそうになるほどの苦しさと、お守り袋を取り戻した安堵で力が抜けてしまったのだ。
その場に、ミーシャの荒い呼吸音だけが響く。
やがて、息が整ってくると、最後に大きくひとつ深呼吸して、ミーシャはようやく顔をあげた。
「ここ……」
そこは、洞窟の行き止まりだった。
ずっと続いていた細い沢の流れは、行き止まりの壁の前に少し小さな水たまりを作って消えていた。
ミーシャの両腕を広げた幅二つ分ほどだろうか。
「そんなに深さがあるようにも見えないけど……」
覗き込んでみると、水底が見えるほど透明度が高かったが生き物のいる気配はない。
それなりに水流が早かったのに、溢れる様子がない事から、岩の隙間から地下へと水が流れ込んでいることが推測できた。
「よかった……ぎりぎりで捕まえられて」
その事に気がついたミーシャは、しみじみと呟いた。
あのまま水流に乗って地下へと吸い込まれていたら、二度と見つける事はできなかっただろう。
そうして、ようやくミーシャは周囲を見渡す余裕を取り戻した。
「ここって……洞窟の中、よね?壁が光ってる?」
ぼんやりと明るい周囲に目を丸くする。
そっと壁に近寄って観察するのは、もはや好奇心旺盛なミーシャの習い性である。
「壁というより、一部の鉱石が光って見えるんだわ。不思議……」
ミーシャはぼんやりと光を放つ壁を指先でなぞる。少しひんやりとした感触に目を細めた。
「発光する石って初めて見たわ。何て名前なのかしら?水晶っぽいけれど、水晶って光らないよね?」
首を傾げながら、ぐるりとあたりを見渡す。
突き当りの壁を中心にその不思議な鉱石が点在しているため、結果的に洞窟全体が薄明るくなっているようだった。
「そうよね。普通、奥に行くにつれて暗くなるはずで、お守り袋をずっと追いかけられるはずないのに。気づくの遅すぎじゃないかしら、私」
お守り袋を取り戻すことに夢中になるあまり、周囲の事などほんの少しも気にかけていなかった。
「こんな状態、伯父さんに知られたらまた叱られちゃう」
何もなかったからよかったようなものの、どんな生き物が潜んでいるかもしれない洞窟に駆け込んでいくなんて無防備にも程がある。
冷静になった今ならそう思えるが……。
「うん。でもしょうがないよね。お守り袋無くすわけにいかないし、きっと同じ状況になってもまた同じこと、すると思うし。くよくよしてもしょうがないから、今回、無事だったことを喜ぼう」
自分に言い聞かせるように言い訳を口にするミーシャの耳に、くすくすと笑う声が聞こえた。
「え?だれ??」
人の気配なんてなかったからの盛大な独り言だったつもりのミーシャは、羞恥にほほを染めぐるりとあたりを見渡す。
しかし、先ほどと同じように人影は見当たらないし、耳を澄ましても水の流れる音が響くばかりだ。
「……だれか、いるの?」
それなのに、ミーシャの勘が『何かがいる』と伝えてきている。
それは、幼い頃から深い森の中を一人で駆け回っていた時に、時折感じた視線のようなものに似ている気がした。
『いたずら者が多いから、目を合わせてはだめよ?怖がる必要はないけれど、出来るだけ関わらないようにしなさい.だけど、助けてもらったなら感謝は忘れずに、ね』
不思議なことがあるたびに、首を傾げながら報告したミーシャに、レイアースが笑いながら教えてくれた言葉が蘇る。
(これはもしかして悪戯だったの?)
幼いミーシャをからかうように、道に迷わされた過去がよぎる。
散々歩き回った挙句疲れて座り込んだら、頭上からそこにはないはずの木の実が落ちてきた事も…。
たわいのない悪戯が多くて、本当に危ない目にあわされたことはなかったし、本気でべそをかいたらその後にご機嫌取りのように探していたものが見つかったり、好物が落ちていたりしたので、ミーシャはそれほど気にしていなかった。
森の中に住む姿の見えない隣人といった感覚だったのだ。
「どこにいるの?あなたが私をここに呼んだの?」
誰ともなくミーシャが語り掛けた時、まるで返事のように風が吹き、ミーシャの髪を揺らした。
振り返った視線の先で、キラリと何かが光った。
それは、揺れる水の下で……。
「なにか、あるの?」
洞窟の突き当りにある小さな淵をミーシャは覗き込んだ。揺れる水面に見えにくいけれど、水底にキラキラと光る何かが見える。
よく見ようと、ミーシャが水面を覗き込んだ時。
突然、びゅうっと強い風が吹き、その背中を押した。
「きゃあ!?」
バランスを崩して前に倒れこんだ。季節は秋の終わりである。
冷たい水にびしょ濡れになる未来を思い描いて、ミーシャは心の中で悪態をついた。
(もう!やっぱり、ろくなことにならな~~い!)
目を閉じて冷たさに耐えようとしたミーシャは、無意識に伸ばした指先からするりと水の中に滑り込んだ。
そう。水しぶきも、水音もなく、するりと。
せいぜい1メートルにも満たない深さしかなさそうな小さな淵は、しかし、ミーシャを音もなく丸っと飲み込むと再び静寂を取り戻す。
辺りには、ただ水の流れる音だけが響いていた。
読んでくださり、ありがとうございました。
今回は難産でした。
書きたいイメージはあるのに、言葉が浮かんでこない。
文字をこねくり回しては消すを繰り返して、何とか形になりましたが、伝わりにくかったらもうしわけない。
不思議の扉を開いて、ミーシャ、二回落ちでございます。
次回、ようやく待ち受けている誰かさんと相対します。




