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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
2人旅

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17

気がつくと前回投稿からまたもだいぶ日にちが経過しておりました。

本当に、日々が過ぎるのが早すぎます…。

言い訳です。すみません。

 山を登る。


 とても単純な行為だ。

 目の前にある道をただ黙々と進む。


 道なき道を進むこともあるが、頼もしい道案内であるラインがいるため、迷う心配もない。

 ミーシャは先を行くラインの背中を黙々と追いかけた。

 その足元を、楽しそうにレンが歩いている。


 ティンガの町で、温泉の香りに辟易していたレンは、町から遠ざかるほどに薄れていく苦手な匂いにご機嫌だった。

 弾むような足取りに、その心を的確に読み取ったミーシャは苦笑する。


「鼻がいいって、大変ねぇ」

 笑うミーシャも、人間の中では嗅覚が優れている方ではあるのだが、幸いにも温泉の匂いはむしろ好ましい部類だったので、ダメージはない。

 むしろ、お湯を沸かす労力なくいつでも温かいお湯を使えるうえに、体の芯から温まる温泉に魅了され、暇さえあれば湯に浸かっていたくらいである。


「町の公衆浴場も広くて気持ちよかったし、また行きたいな」

 ニコニコと笑うミーシャに、先を行くラインはひっそりと笑った。

「じゃあ、今からでも引き返すか?山の上の薬草をあきらめるなら、もう2~3日はティンガの町でゆっくりしてもよかったんだが」

「それとこれとは別です~~。だって、霜の降りる今の季節しか採れない薬草がある場所を教えてくれるんでしょう?行きたい!」


 唇を尖らせて抗議するミーシャに、ラインは今度こそ声を出して笑い出した。

「本当に、ミーシャは薬師向きだよ。好奇心旺盛で、自分の望みのためなら行動することを嫌がらないし、努力だってする。新しい事にも忌避感がないから、研究者にも向いているかもな」

「う~ん。新しい薬や道具を作るのも楽しそうだけど、私は、母さんみたいに村を回ってみんなを助けることができるようになりたいなぁ」

 ラインの軽口にも、ミーシャは真剣に考えて答えた。

 母親に教えを受けながら過ごす日々の中で、ミーシャの目指したい未来像はしっかりと形作られていたようである。


「…そうか。レイアみたいな…、な。いいんじゃないか。向いてそうだ」

 目を細めミーシャを見るラインの瞳には何かを懐かしむような光があって、ミーシャは、ひっそりと息をのんだ。


 早くに母親を亡くし、残されていた父親も、数年後には後を追うようにはかなくなった。

 その後は、兄妹二人で支えあうように過ごしてきた。

 森の民の住む村は、2百人ほどの小さな集落だ。

 お互いに助け合うことが普通であり、そうであるからこそ成人前の子供二人暮らしも許されたとはいえ、やはり兄妹だけでは寂しい日もあったのだろう。


 それでも、二人で楽しく過ごしていたが、妹はほかに愛する人に出会い、村を出てしまった。

 一族の掟で、よそ者と結婚し、村を出る場合、二度と森の民の村に帰ることができなくなる。

 それは、希少な知識を持つ同胞を守るためのもので、他意はない。


 外の人間と言えども、森の民のありようを知り、むやみに利用しようとしなければ、共存も可能だったのだが、不幸にも、レイアースが選んだのは、大陸の反対端に位置する国の王弟だった。

 本人たちにそのつもりはなくとも、権力に近い立ち位置では、あいまいなことをすれば、たちまち飲み込まれ、それと知らないうちに利用され、搾取される事になっていただろう。


 そう、予想がついたからこそ、当時のレイアースは、きっぱりと一族に一線を引くことを決めたのだ。

 まだ16歳の少女の決意を無下にすることもできず、遠くから見守ることしかできなかったあの頃は、自由人と称されるラインにとっては我慢の日々だった。


 だが、そんな慣れない我慢の日々もすぐに終わった。

 サバサバして見えても、実は意外に熱血だし、そっけなくしているようで情に厚い。

 そんなラインにとっては、森の奥に追いやられ、一人過ごす妹を放っておくことなどできるはずもなかったのだ。


 ある日ふらりと現れた兄を、レイアースは驚きながらも歓迎した。

 破天荒だけれど優しい。たった一人の兄はレイアースの自慢だったのだ。

 嬉しそうに笑うレイアースに、苦労して探したかいがあったと笑うラインは、それからも何度も訪れては、レイアースの喜びそうなお土産を持ってきた。

 それは、当然共に過ごすミーシャにも同様で、ふらりと現れては珍しいお土産やいろんな話を教えてくれるラインをすぐに大好きになったものだ。


 だからこそ。

 突然、もう二度と会う事もかなわない黄泉の国へと旅立ってしまったレイアースに、ラインが何を思っているのか、ミーシャは聞くことができずにいた。


 ただ、何かの折に零す昔の思い出話や何かを懐かしむような瞳に、ラインも自分と同じように深い悲しみを隠していることを察していた。

 できる事なら、その悲しみをともにしたいとも思っていたのだが、ラインは、その隙を見せようとはしなかった。


 ただ一度。

 ティンガに向かう旅路の中で語りかけられたあの時だけが、ラインがレイアースの事を語ったただ一つの機会であり、あの時のミーシャに、ラインを思いやる余裕はなかった。


(伯父さんは、泣いたりしないのかな)

 聞きたくても聞けないもやもやは、ミーシャの心の片隅にいつもあった。

 母との別れからすでに半年以上の時がたとうとしていた。

 その中で、ミーシャは涙が悲しみをいやす特効薬だという事にうっすらと気づいていた。


(でも、伯父さんに悲しい時は泣いてって、言うのは違う気がするんだよね。それに、きっと私の言葉なんかじゃ泣いてくれないと思うし)

 すでに振り返ることもなく黙々と先を行く背中を見ながら、ミーシャは小さくため息をつくと手の中の杖をぎゅっと握りしめた。


 母親がその母親から受け継ぎ、はるばる森の民の村からブルーハイツまで共に旅をしてきた杖だった。

 足の悪い母親が使うには大きすぎ、父の屋敷に置き去りにされていたのを、思い出したディノアークが旅立つときに探し出して渡してくれたのだ。


 正直、普段使いにするには小柄なミーシャには大きすぎて使い勝手が悪かったけれど、母親が見守ってくれるような気がして手放すことができなくなっていた。

(母さんなら、なんて言ったかな)

 ミーシャがぼんやりと考えている間にも歩みは止まることなく、二人は黙々と登っていく。

 相変わらず楽しそうなレンは、ラインを追い越して走って行ったり、戻ってきてはミーシャの足元をうろうろしたりと忙しい。


 少しずつ標高が上がるうちに、茂っていた木々の様子が変わってゆく。


 見慣れた広葉樹がまばらになり、代わりにツンツンととがった葉が特徴的な針葉樹が増えてくる。

 さらに山肌の傾斜が増え、道は山肌を這うように細くなっていった。片側は急斜面になり、足を滑らせでもしたら大変なことになるだろう。

 光を遮られ、少し薄暗く感じる中を黙々と歩いていく。少し肌寒さを感じて、ミーシャはぶるりと震えた。少し早いペースで進んでいた為に、にじんでいた汗が冷やされ、体温を奪う。


「寒いか?少し休憩しよう」

 背を向けていたはずのラインが、ミーシャの変化に気づき、声をかける。

「まだ、大丈夫よ?」

 気丈に首を横に振るミーシャに、ラインもまた、首を横に振った。


「いや、予定より早いペースで進んでいるから、そろそろ休憩の時間だ。高山を登るのは体力を使う。こまめに休憩を取り栄養を補給しないと、気がつけばスタミナ切れを起こして、動けなくなることがあるんだ」

 そういうと、地面の平らな場所を見つけ、さっさと荷物を下ろしてしまったラインに、ミーシャも大人しく足を止めた。そして座り込むと、思っていたよりも足に疲労がたまっていることに気づいた。

微かに震える体に、ミーシャは目を丸くする。


「すごい。私、本当は疲れていたみたい」

「元々レッドフォード王国に比べてティンガの辺りは標高が高い。そこからさらに登っているから、体が気圧の変化に驚いたんだろう。空気が薄いと疲労も溜まりやすいからな。自分では気づきにくい」

 瞬く間に小さな焚火を起こしたラインは、小さな手鍋でお湯を沸かすと、はちみつで作ったレモンのジャムをそこに落とした。ふわりと甘い香りが辺りに広がる。


「生姜も入ってるから温まるはずだ」

 手渡されたカップを大切に両手で包み込んで、ミーシャは一口口に含んだ。

 舌を焼くほどの熱いお茶は、さわやかな酸味と優しい甘さで、最後にほんの少し生姜のピリッとした刺激を感じた。

「おいしい」

 じんわりと体にしみこむ温かさに、ミーシャは頬を弛めた。


「もう少し登れば、視界が開けるから、そうなったら目的地はすぐそばだ。山頂は雪が見えていたが、思っていたより下には降っていないみたいだな。予定通り、薬草の群生地でキャンプをして朝を待とう」

「早朝の霜が降りた時に咲く花、だったっけ。目の病気に効くんだよね」

 ワクワクした表情で見上げるミーシャに、自分のカップを傾けながらラインが頷いた。

「それ以外にも、それなりに珍しい薬草もあるはずだから楽しみにしてるといい」

「うん、楽しみ」


 つかの間、二人の間に穏やかな時間が流れた。




 景色が変わったのは唐突だった。

 まるで切り取ったように木が無くなり、そこには草原が広がっていた。

 正確には、草原だった場所、だろうか。

 空を遮る木々がないためか、膝丈ほどの草が茂り、風になびいていたのだが、葉は茶色く枯れ果て、ところどころ地面がむき出しになっていた。


「ここはすっかり冬支度ね」

 そういいながらも、ミーシャは物珍しそうにあたりを見渡した。ポツポツと樹木も見えるが先ほどまでと違いミーシャとあまり変わらない高さの低木が主だった。


「急に、大きな木がなくなるのね。不思議」

「気温やその他の要因が合わさった結果みたいだな。俺はあまり興味がなかったから詳しくはないが、村につけば詳しい人間もいるだろうから、聞いてみればいい」

 心持ち先ほどより歩くペースを弛めながら、ラインが答えた。

 独り言のつもりで呟いたミーシャは、返ってきた言葉に首を傾げる。


「村で研究しているのは薬や医術だけじゃないの?」

 不思議そうなミーシャに、さりげなく足元の草を歩きやすいようにふみしめてやりながらラインが笑う。


「まあ、その土地の風土を知ることで、どんな植物が生えるのかの予測も立てやすい。さらにその土地特有の動物や植物から知られていなかった病やその解決法が見つかることもある」

「……紅眼病みたいな?」


 レッドフォード王国を襲った未曽有の大惨事を思い出し、顔をしかめるミーシャに、ラインは軽い仕草で肩をすくめた。

「そうだな。あれは、いいタイミングだった」

「タイミングって」

 あまりにも軽いラインの反応に、ミーシャは何を言っていいのかわからず、困ったように眉をしかめた。


「よかっただろう。おまえがあの国にいて、病の探求に関わったからこそ、一族は素早く介入できた。もともと、お前の存在をどうするか話題になっていた所だったからな。ミランダのテコ入れもあり、国単位でかかわることがきめられた」

 それは、ミーシャの知らない話だった。

 国を襲った未知の病に好奇心を刺激された結果と思っていたのだ。


「まあ、ミーシャがいなくても、誰かしらが手を出していたと思うが、そうなるともう少し初動は遅かっただろうし、あれほどの数の一族の者が動くこともなかっただろう。そもそも、国に直接話を持ち掛けたかどうか…」

「…そう、なの?」

 ミーシャは、目をぱちりと瞬いた。

 ミーシャの中で、なんとなく『森の民』は困っている人の前にさりげなくあらわれ、救いの手を差し伸べるヒーローのように思っていたのだ。


「そんな御大層なものでもないぞ?基本は薬草・医術オタクの集まりで、村の中に引きこもっている奴らが大半だ。紅眼の対策法だってその中の一人が変わった土着の病に興味を示した結果だしな」

「あぁ、トマさん」

 病収束後も、しばらくはレッドフォードに滞在して予後を見ているはずの青年を思い出してミーシャは頷いた。


「うまい飯が食えて、研究費も潤沢にもらえると喜んでたな。村では、マイナーな研究の予算は奪い合いだから」

「物静かで優しそうな人だったのに…」

 思わぬ計算高さを知ってしまって、ミーシャはぽかんと口を開けた。


「私欲に走らないバックを見つける事は大変だ。あいつは運がいい」

「なんだか、あまり知りたくなかったんですけど…」

 大笑いするラインにミーシャが肩を落とす。


「ま、人間食わなきゃ生きていけないし。自給自足するにも限界はある。何より、実験器具や手に入りにくい薬草なんかは金がないとどうにもならないからな」

 笑いながら教えられるのは、どうしようもない現実だ。

 ちなみに、ラインは旅の費用は採取した薬草を売ったり、裕福な家庭から治療費をせしめることで補っていた。


(確かに、人間なんだから衣食住が必要なのは分かるけど・・・・)

 ミーシャ自身、森の中にあって不自由なく生活できていたのは、父親が気を遣ってくれていたからだというのは分かっている。

 もちろん、裏の畑で二人が食べる分の野菜を育てたり、森の恵みをもらったりしていたが、さすがに自分たちで糸をつむいだり布を織ったりはしていなかった。

 衣類や鉄製品や陶器などは自分で作り出すのは難しいし時間もかかる。

 今思えば、薬師としてほぼ無料で麓の村々を回っていたのも、父の領地への貢献の一環だったのだろう。自分たちで賄えないものを父に用意してもらうのだから、その分を領民に返していたのだ。


「なんか、世の中って世知辛い」

 何かの折に母親が言っていた「この世のすべてに意味があって、巡り巡って、その全てに生かされているのよ」という言葉の深淵を覗いてしまった気分だ。


「まあ、そう気を落とすな。着いたぞ」

何となく肩を落としたままトボトボと歩いていたミーシャは、ポンと肩を叩かれて顔をあげた。


「えぇ~~?なんで?」

 ミーシャの目線高さの茂みをかき分けて抜けた先の光景に、ミーシャは目を丸くした。

 ぽかりと広がった空間は、先ほどから目にしていた冬枯れの草原と違い、いまだ青々とした葉を茂らせ、ところどころには花が咲いている。


「ここら辺は地熱が高いみたいで、冬が来るのが遅いんだ。ガンツの風呂でも、植物の生育がおかしかっただろ?その環境が自然にできてるんだ」

 思わず、草原の中に駆け込んだミーシャを見て、ラインが笑う。

 秋に花をつけるはずの薬草に歓声を上げるミーシャの周りを、レンも楽しそうに飛び跳ねていた。


「ミーシャ、採取する前に荷物おろせ。ついでに焚き木を拾ってきてくれ」

「はぁ~い!」

 自身も荷物を下ろしながら声をかけたラインに、ミーシャは返事をしながら、駆け戻ってきた。


「いってきます!行こ!レン!!」

 そして、荷物を下ろすと採取用の折り畳みの籠をさっと広げて背負い、再び駆け出して行ってしまった。

 その顔は好奇心にキラキラと輝いていて、先ほどまでの陰りはみじんも見られなかった。

 慌ただしいミーシャに、ラインは肩をすくめるとすでに小さくなっている背中に声をかけた。


「向こうの一本立っている木の陰の方に、見たがってたトリトスのコケが生えてるはずだからついでに採って来い!」

「はぁ~い!」

 振り返り、ぶんぶんと手を振って進路を木の方に変えたミーシャから今度こそ視線を外すと、ラインは調理用の竈を作り始めた。








読んでくださり、ありがとうございました。


ようやくミーシャ念願の山登りです。

きのこや山菜の生える場所とか、一家の秘密の場所だったりしますよね。

ここは、ラインが偶然発見した場所で、一族にも秘密だったりします。

唯一、近場に住んでるガンツ君には教えているけれど、体力ヒョロヒョロなガンツ君は基本やってきません。

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