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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
2人旅

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16

久しぶりの二日連続投稿となります。

誤字脱字報告、本当に感謝しております。

 ミーシャは、窓から差し込む明るい光に目を刺されて、それから逃げるようにコロリと転がった。

 さらに、掛布を頭まで引き上げたところで、バッと体を起こす。


「やだ!今何時!?」

 窓から覗く太陽はだいぶ高い位置にあり、朝というにはだいぶ遅い時刻であることを伺わせた。

 昨夜は、夕食時に運び込まれてきた怪我人の対応をして、ベットへ入ったのは真夜中を過ぎていた。

 基本、早寝早起きで日の出とともに目覚めるミーシャも、肉体の疲労には抗えなかったのだろう。

「もう!なんで声をかけてくれなかったの?」

 八つ当たり気味に呟きながらも慌ててベッドから飛び出ると、簡単に身支度を整えてリビングへと階段を駆け下りた。


「アンジェリカさん!」

 そして、飛び込んだリビングから、キッチンに立つ背中を見つけて声をかけた。

「あら?おはよう。昨夜は遅かったのだから、もう少しゆっくりしていても良かったんだよぅ?」

 振り返ってさわやかにほほ笑むアンジェリカに、ミーシャは勢いのままに詰め寄った。


「だって、おじさん達は?!あの子は?」

「さっき、ガンツが交代して仮眠に入ったから、今はラインさんが側についてるわ。状態は落ち着いているって言っていたから大丈夫よぅ」

 ミーシャの勢いに目を丸くしながら、アンジェリカは洗っていた食器を水切り籠に伏せた。

 二人分の食器をそこに見つけて、ラインたちが交代したばかりであろうことに気づき、ミーシャは決定的な寝坊をしたわけではなさそうだと、胸をなでおろした。


「わかりました」

 頷いて、子どもが寝かせられているであろう病室に向かおうとしたミーシャを、寸でのところでアンジェリカが捕まえた。

「聞こえてたかい?大丈夫、って言ったんだよぅ?ミーシャちゃんは、まず顔を洗って朝ご飯」

「え?でも……」

 優しく、しかし抗えない力で背中を押され、患者の状態が気になるミーシャは戸惑うように別棟の方向とアンジェリカの顔を交互に見る。


「一日の始まりは朝食から、だよぅ。ご飯食べないでお仕事するのは禁止」

 キッパリと言い切ってニコリを微笑むアンジェリカを見て、ミーシャはシオシオと肩を落とした。

 目が笑っていない笑顔に、逆らってはいけないと本能が警告している。

「卵を焼いてあげるから、パッと顔を洗っておいで」

「はぁい」

 大人しく頷くと、ミーシャは言いつけを遂行するべく水場へと足を向けたのだった。


 アンジェリカの料理はおいしかった。

 卵はふんわり焼かれ、ソーセージはパリッと。朝摘んできたという葉野菜も新鮮で塩を振りかけただけでも、十分美味しかった。

 顔を洗う頃には、せっかく作ってもらった料理を掻き込むのは失礼にあたると思えるほどには落ち着いてきたミーシャは、しっかりかみしめてありがたく食事をとった。

(一日のエネルギーは朝食にあり、だもんね。あ、このソーセージ美味しい)


 そして、きちんと出された食事をとって、ようやく別棟へと向かう事を許されたミーシャは、心持ち足早に患者のいる部屋へと向かった。

「お~、起きたかミーシャ」

「おはよう、ライン伯父さん。患者さん、どんなかんじ?」

 ミーシャがそっと入り口から覗き込めば、気づいたラインが手招いた。

「なんでのぞき込んでるんだよ。入って来い」

 病室の隅で、残されていたガンツからの申し送りのメモを読んでいたラインに頷くと、ミーシャはそっとベッドの方へと近づいた。


 意外なことに、病室にはライン以外の人影はなかった。

 光の刺激はまだ強いという配慮のためか、厚いカーテンのひかれた部屋は薄暗い。

 片隅に置かれたベッドでは、包帯でいたるところをぐるぐるにまかれた小さな体が横たわっていた。

 血と汚れがこびりついていた髪の毛は綺麗に拭われていたが、相変わらず瞳は閉じられたまま。

 微かな胸の動きだけが、生きている証のようだった。


「サイエン君、7歳だ。両親は先ほど一度家に帰した。サイエン君の状態は落ち着いているし、母親の方は、限界ギリギリまで血液を提供してもらって貧血気味だ。さっきまでは、こっちで様子を見ていたが、祖父母も同居だというから慣れた自宅の方が良いだろう。まぁ、あの様子じゃ、すぐに戻ってきそうだけどな」

 読み終わったメモを、ポイっと近くの机の上に放り出して、ラインがミーシャの隣に並ぶ。


「…サイエン君」

 ミーシャは、ポツリとつぶやいた。

 突然連れてこられた子供の性別すら、ろくに把握していなかった自分に気づき、ミーシャは小さくため息をついた。


「暴走した馬の曳いていた馬車にはね飛ばされんだとよ。落下した先が店の前に積まれていた空き箱の上だったから、幸い命は助かった。腹部の傷は馬車にぶつかった時の衝撃、だな」

「……目を覚ます?」

 隣に立つラインを、ミーシャはすがるように見上げた。

 その視線を受け止め、ラインは微かに眉をしかめてから、肩をすくめて見せた。


「どうだろうな?幸い頭部への負傷は見られなかったが、出血は多かったし、手足の骨折もある。打てる手は尽くしたから、後はこの子の運と頑張り次第だ」

「……そうなんだ」

 ミーシャの脳裏に、かつてラインにいわれた言葉が蘇る。

 自分たちは万能じゃない。神様でもない以上、救えない命は当然あるのだ、と。


 輸血の説明をした後に、母親だけが子供と血液の型が一致した。

 父親は唇をかみしめ、母親は「自分の血をすべて使っても構わないからどうか子供を助けて」と叫んだ。血を抜き取って他者に与えるなど、忌避感を持ってもおかしくない治療法だというのに、それで子供が助かるならと微塵もためらわなかったという。


 その後も、限界まで採血して青白い顔をしているのに、「まだ大丈夫だから」と迫る表情は鬼気迫るものがあったそうだ。

 もっとも、ガンツは首を縦に振ることはなかったし、貧血でふらつきながらも興奮状態が収まらない母親に採血のふりをして鎮静剤をこっそり投与して眠らせていたのだが。

 その間、父親は、血縁者の方が血の型が一致しやすいと聞いて、親せきに事情を説明して頭を下げて回るために駆けずり回っていた。


 アンジェリカという前例があったために、受け入れられやすかったのもあるだろう。

 もし、同じような事がおきた時のために、とアンジェリカと町の医師を中心に、ひそかに血液を提供してくれる協力者を募っていたのだ。

 そのかいもあってか、必要な血液はすぐに集まった。


「がんばって。お母さんもお父さんも、みんなサイエン君の事を待ってるよ」

 そっと髪を撫でて囁くことしかできない自分に無力感を感じながら、ミーシャは改めて顔をあげた。

「なにか、できることある?」


「そうだな。目を覚ましてもすぐには食事は無理だろうから栄養剤と子供にも使える配合の強い痛み止め、傷の再生を助ける回復薬。必要な薬はいくらでもあるし、作りながら、暇つぶしに今回の治療の解説をしてやるよ」


 気になっているんだろう、とミーシャの髪を撫でながら、病室内に持ち込まれていた調合の道具と生薬が置かれた机の方に足を向けた。

「はい。よろしくお願いします」

 後を追いかけながら、ミーシャはもう一度ちらりとサイエンの方へと視線を投げた。

 

(目を覚ましたら、全身の痛みに泣いちゃう、かな?)

 だけど、痛みを感じるのも、泣けるのも生きていればこそである。

 とはいえ、必要以上に痛みを感じさせるのもかわいそうだし、泣くのは体力がいる。

 ラインの言葉通り、痛み止めも栄養剤も必須だろう。

 ちなみに、現在サイエンの細い腕には二本の管がつながれ、それぞれ栄養と水分補助のための点滴と輸血のための血液がゆっくりと落とされていた。


「サイエン君の瞳の色、見てみたいな」

「そうだな。……俺もだよ」

 思わず、というように小さくつぶやくミーシャに、調薬のための生薬を秤にかけていたラインが少し笑って同意を示した。

 

 ミーシャの願いが叶ったのは、それから二日後の事だった。







「本当に登るのかい?」

 心配そうに聞いてくるガンツに、ラインが呆れたようにため息をついた。

「もう、このやり取り何回目だよ。しつこいな。俺がついていて、ミーシャに無理をさせるわけがないだろう?」

 うんざりしたようなラインの様子に、ミーシャとアンジェリカは顔を見合わせて笑いあった。


 サイエンが目を覚ましてさらに二日が経過していた。

 念のため様子を見ていたが、明らかに改善傾向が見られたため、後はガンツがいれば大丈夫だろうという判断の元、ラインとミーシャは本来の目的である山へと向かうことを決めたのだ。

 もともとの予定では、ガンツ邸に滞在するのは一日だけで装備を補充したらすぐに旅立つはずだった。


 理由は、冬が来るからだ。

 もともと、今年の初雪は早そうという予測は出ていたのだが、途中エディオン姉弟とかかわっていた為予定が大幅にずれ込んでいた所に、今回の騒ぎである。

 町の方はまだまだ雪の気配はないが、登る予定のリュスト山山頂付近はうっすらと雪化粧を始めていた。


「だけど山頂付近はもう積もっているし、ミーシャちゃんは森暮らしとはいっても、雪の高山に登ったことはないんだろう?やっぱり危ないんじゃ」

 そして、ここにきて心配性を発症させてしまったガンツにしつこく引き止められているというわけだ。


「もともと、伯父さんとも雪が積もっていたら引き返すって約束だから大丈夫ですよ。ちゃんと、ストップかけられたら下山してジョンブリアンの方へ向かいますから」

 笑いながらも口を出したミーシャに、ガンツの心配そうな顔が向けられる。


「そうは言うけど。ラインの判断基準がいまいち不安なんだよ。こいつ、単独で冬のレガ山脈縦断したこともあるんだよ?積もったらッていうけど、十センチくらいじゃ積雪じゃないとか言いそうで」

「だー、もう、しつこい!行くぞ、ミーシャ!」

 まだまだ続きそうなガンツの言葉についにしびれを切らしたラインが、背を向けて歩き出してしまう。


「あ!もう!待ってよ、おじさ~ん」

 慌てて後を追いかけようとして、ミーシャは、くるりと振り返った。

「お世話になりました!落ち着いたらお手紙送りますね!ガンツさんもアンジェリカさんもお元気で」

 ぺこりと頭を下げると、元気よく手を振って、ミーシャはすでに遠ざかっていったラインの背中を追いかけて走り出した。


「あぁ~~、いっちゃった」

 しょんぼりとその小さくなっていく後姿を見送りながら、ガンツが名残惜しそうにつぶやいた。

「珍しくごねたねぇ。どうしたんだぃ?」

 その背を慰めるように、ポンポンと叩きながら、アンジェリカが首を傾げる。


 ラインとガンツの関係はサッパリしたもので、他に気を取られるものがあれば見送りすらしない、なんてこともざらだった。 

 下手すれば、ガンツの知らないうちにラインがいなくなっていた、なんてこともあったくらいで。驚くアンジェリカにも「だってラインだし」ですませるガンツにも唖然としたものだったのだ。


「いやぁ、だって殺しても死なないようなラインだけならともかく、あんな小さなミーシャちゃんも一緒なんだよ?心配じゃないか」

「まあ、確かにまだ子供だけど。ミーシャちゃん、しっかりしてるじゃないかぁ」

 アンジェリカから見たミーシャは、可愛いけれどしっかり者で、適当なことをしそうなラインの手綱を握っているようにすら見えた。


「そうなんだけど、そうじゃないんだって。だって、まだ成人前の子供なんだよ?本来なら連れ回すなんてもってのほかだってのに。…それに、なんか嫌な予感がするんだよねぇ」

 それでも何か納得いかないようにぶつぶつ呟いているガンツに、アンジェリカは肩をすくめた。

 ガンツが子どもに対して過保護なのは昔からだが、一族の、とつくとさらに加速するようだ。


「これは、自分の子供なんてできた日には大変そうだねぇ」

 ぽつりとつぶやきながら、そっとお腹に手を当てて、アンジェリカはひっそりとほほ笑んだ。


 

読んでくださり、ありがとうございました。


切ったり縫ったりの細かい描写は、迷ったけれど省略させていただきました。

すみません。

そして空気と化していたレン君は硫黄の匂いにやられてひきこもっていました。

ガンツ君に巻いてもらったスカーフ(ハーブ系ポプリ入り)が心の支え。きっと、嬉々として山の方へと駆けていったことでしょう。しかし、山の中でも場所によってはお湯は湧いているわけですよ…。

 頑張れ、レン君。

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