閑話:女の子の内緒話
ふと気が付くとあまりにも間が空いているのに愕然としました。
月日が過ぎるのが早すぎる!
というわけで、本編は準備ができてないので、小話を一つ。
「ミーシャ様の髪、とてもきれい」
まだ抜け出すことを許されていない寝床の中で半身を起こしたフローレンはうっとりと目を細めた。
就寝前の習慣で髪を櫛でといていたミーシャは、その言葉に首を傾げた。
「そうですか?私はフローレン様のつやつやの巻き毛の方が、可愛いと思いますけど」
薄い色の真っ直ぐの髪は手入れしやすいけれど、真っ直ぐすぎてヘアアレンジするのには実は手間がかかるのだ。
「えぇ~?!雨の日とか、最悪ですよ?膨らんでちっともゆうこときかないし」
しかし、眉をしかめるフローレンには、フローレンなりの悩みがあるようだ。
顔を見合わせた後、二人は同時に噴き出した。
「ないものねだりですね」
「本当に!」
ひとしきり笑いあった後、ミーシャは自分の荷物をごそごそと探ると瓶を一つ取り出した。
「これ、差し上げます。髪を洗って乾かすときにつけると、つやつやになるんです」
「え?いいんですか?」
受け取ったフローレンは目を丸くした。
「もちろん。私も使ってるものだし、作り方も簡単だから、後で紙に書いて渡しますね。材料も、どこでも取れるものなので」
「これ、使っていたら、私の髪もミーシャ様のようにきれいになれますか?」
嬉しそうに、フローレンは自身の髪に触れた。
二か月にわたる逃亡生活は、少女の髪からも張りや艶を失わせていた。
もともと、日々丁寧な手入れをされていたフローレンにとって、入浴どころか日々の清潔を保つことも難しい生活は、ハッキリ言ってストレス以外の何物でもない。
もっとも、たとえそう感じていても、それを訴えることはなかった。
命をつなぐ、そのことが最優先だという事は、物事を知らない箱入りのフローレンでも感じ取ることができたのだから。
「もちろんです。ついでに、こっちもプレゼントです」
嬉しそうなフローレンに、ミーシャまで嬉しくなって、ついでのように別の瓶まで引っ張り出した。
「これは肌に潤いを与えるものです。カサカサのお肌がプルプルになりますよ」
にこにこしながら、瓶の中身を傾け、フローレンの肌に塗りこんでいく。
肌を優しく撫でるように触れられ、心地よさにフローレンはうっとりと目を細めた。
「ふわあぁ~~~。すごくいい香りがします」
「苦手なにおいじゃなくてよかったです。これ、シャイントの花の香りで成分には関係ないんですけど私が好きだから付け加えちゃったんです。肌につけるものだから、自分の好きな香りがいいじゃないですか」
大好きな香りを受け入れられたミーシャはご満悦だ。
「自分で作れると、自分の好きな香りを楽しめるのですね」
そんなミーシャに、フローレンは思いもしなかったことを聞いたという顔で目を丸くした。
フローレンにとって、肌を潤す化粧水も髪につけるオイルも、商人から買うものであったのだ。
その中から自身の好みのものを見つける事はあったが、最初から、自身の好みで作り出せるというのはまさに、目からうろこ的な衝撃であった。
「自分で作れるのですか?」
「できますよ?」
そして、驚きと共に思わずこぼれた言葉は、あまりにもあっさりとミーシャによってすくい上げられた。
「そもそも、すべてのものは誰かが作ってるんですよ?」
驚きのあまりこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いたフローレンに、ミーシャは面白そうに笑った。
「そしてすべてとは言いませんが、少なくともこの二つに関しては、材料と手順さえ知っていれば素人でも作れますよ」
「え?作りたいです!」
あまりにもさらりとこたえられて、思わず手をあげて主張したフローレンに、ついにミーシャは声をあげて笑い転げた。
「ですよね。綺麗は自分で作れるのなら、自分で頑張りたいですよね」
「はい!だって、私もミーシャ様のようにきれいな髪と肌になりたいです」
大きくうなずくフローレンの瞳はキラキラと輝いていた。
もともとの虚弱体質に加えてここ二か月の強行軍により、フローレンの肌と髪の状態は過去最悪と言っていいほど荒れに荒れていた。
それが改善するならば、どんな努力もいとわない程度には、フローレンはお年頃だった。
「そんなにきれいにして、誰か見せたい人でもいるのですか?」
質問は何気ないもので、それを口にしたのは、フローレンの顔が、レッドフォードでお世話になった侍女さんたちの表情とどこかに通っていたからで、さほど他意はなかった。
が、果たして、フローレンの頬が紅色に染まった。
「……それは……そのぅ……」
もじもじと指を絡ませるその表情はどう見ても恋する乙女そのもので、ミーシャは、思わぬ収穫にぴょこんと居住まいを正した。
「いるのですか?見せたい相手が!?」
ミーシャは、恋を知らない。
今まで、そんな相手が身近にいなかったし、正直心情的にもそんな余裕はなかったからだ。
けれども、身近にいた侍女さんたちの動向で、それが、とてもかわいらしくて素晴らしいものだという事は学習していた。
つまり、女の子の恋バナ、大好物!である。
「そんな対象に見てもらえていないのはわかってるんです。でも、少しでもかわいいって、思ってもらえたらッて……」
ほほを薄紅に染め、恥ずかしそうに笑うフローレンはとても可愛かった。
「協力します!可愛いは努力でいくらでも天元突破なのですよ!」
「本当ですか?私にもできますか?」
「もちろんです!!」
かくして、お年頃の女の子たちは、様子を見に来たナタリーに「もう寝る時間です」と叱られるまで、和気あいあいと話し込んだ。
あげく、目を丸くするナタリーを巻き込む勢いで、さらに驀進した。
お年頃の女の子は、恋に恋するものなのである。
読んでくださりありがとうございました。
フローレンが目を覚まして、ミーシャ達が旅立つまでの間ぐらいのお話。
女の子が、恋バナでキャイキャイしてるのって、かわいいですよね。




