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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
2人旅

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難産でした・・・・・。

ナタリーには、管から流すためのスープを頼んだ。

消化機能が弱っていることを考えて、肉などのたんぱく質はなし、さらに繊維質の多い野菜はすり潰しても上手く潰れず、管を詰まらせてしまう危険性があるためダメ。

細かい注文を託されて、ナタリーはむしろ嬉々として去っていった。

大切なお嬢様のためにできることがあるのが、嬉しいようだった。


大人たちがそんなやり取りをしているうちに、気づいたら姉に寄り添うようにエディオンがすやすやと寝息を立てていて、みんなで顔を見合わせることとなった。

「ずっと、強行軍でしたし、先ほどは珍しく泣いてましたし、疲れたんでしょう。このまま此処にいても邪魔でしょうし、他の場所で休ませてきます」

幸い人心地ついて元気が出たらしい軽症の騎士たちが、木の枝や葉を上手に組み上げて仮設テントのようなものを作っていたので、そちらに連れて行くのだろう。


小さな体を大切そうに抱きかかえて出ていくグリオの背中を見送ると、テントの中には、ラインとミーシャだけが残されることとなった。

「信用してもらえたのかな?」

意識のないフローレンを残して去っていった二人に、ミーシャがぽつりとつぶやけば、ラインが、どうでもよさそうに肩をすくめた。


「さてな。なんでもいいから、食事の用意が済む前に、こっちもやることやっとくぞ」

あっさりと切り替えて、いつの間に運び込んでいたのか自身の道具袋から必要な器具を取り出すラインに、小さくため息を一つつくとミーシャはその手元を覗き込んだ。

「ちょっと、こっちの丸薬を細かくすりつぶしてくれ。そうだな・・・・紅眼の薬くらいまで。それが終わったら、湯をもらってきてくれるか?」

そんなミーシャに、コロンとした一センチほどの黒い丸薬を入れた擦り鉢を渡されて、ミーシャは首を傾げた。


「これは?」

「栄養剤の一つだ。中身はまだ秘密な」

森の民の長老の一人に認めてもらえたとはいえ、まだ、村へと顔を出していないミーシャの立場はあいまいだ。

正式に認めてもらっていない以上、どうしても教えてもらえる知識に偏りが出る。

はっきりとは言われていないが、どうやら、まだ臨床実験中の知識については、教えられないことになっているらしい。

いろんなことに適当なラインだが、その線引きはしっかりとしているようで、こうして、黙り込むことがたまにあった。


しょうがないことだとわかっていても、なんだか仲間外れにされているようで寂しく、ミーシャは心持ちしょんぼりとしながらも、言われた通りに丸薬をすり潰しはじめた。

その少し落ちた肩に苦笑しながらも、ラインはそれ以上何かを言うこともなく、自分も別の薬の調合を始める。

ほんのり、苦くて甘い匂い。

ゴリゴリと何かをつぶす音。

幼いころから馴染んだ空気が静かなテントの中に満ちていく。


「・・・・お湯、もらってくるね」

「お~~」

そっと、ラインのそばにすりつぶし終わった薬を置くと、ミーシャは湯を取りにテントを出て行った。

それに生返事をしながら、ラインは、渡された擦り鉢の中身を自身のものへと混ぜ合わせた。

とたん、一瞬擦り鉢の中が赤く染まり、その後ゆっくりと黄土色へと変わる。

そこに、小瓶の中身をさらに混ぜ足すと、最終的には深い緑の色へと変質していた。

出来上がりだけを見たら、ありふれた薬湯のように見える。

変化の過程を見ていたら、さぞかしミーシャから「なにこれ」「どうして」と大騒ぎになっていたことだろう。

その顔を思い浮かべて、ラインはクスリと笑った。


「おじさん、持ってきたよ」

ミーシャが戻ってきたときには、すでに真面目な顔に戻っていたラインは、何気ない様子でミーシャを手招いた。

「気道と食道のことは知っているな。喉の上部で二つに分かれていて、胸部側が気道、背部側が食道だ」

フローレンの横に膝をつき、実際に喉のあたりを指さしながら説明するラインに、ミーシャも真剣な顔で話を聞く。


「鼻腔から通すことによって舌を圧迫されないため、会話が可能であると共に、位置の関係で口から通すより入りやすいという理由もある。コツは・・・・まあ、何回かやってるうちに慣れる。不快感はあるが、管を通すだけなら、怪我をすることもそうない。今は道具の予備もないから無理だが、村に着いたら練習したらいい」

「練習?」

首をかしげるミーシャにラインが笑う。

「ま、まずは人形からだな。物好きなやつがいてな。練習用にかなりリアルな人体模型を作ってるんだ。ま、たいてい子供たちの玩具になってるがな」

「・・・・そうなんだ」

絶対にかわいらしいお人形なわけがない。見てみたいような見たくないような・・・・・。

ラインの表情から察して、ミーシャは口を濁した。


「じゃあ、やってみるか」

そういうと、ラインは意識のないフローレンの体を少しだけ持ち上げて、その下に折りたたんだ布を敷いた。

それからいつの間にか小鉢の中に沈められていた管を引き出している。

「軽い消毒作用のある洗浄液だ。滑りをよくするために少しだけ粘性もつけてある」

それは?と言いたげなミーシャの視線にラインが答える。


「入れるぞ」

小さく宣言した後、迷いない手つきでレインは、フローレンの鼻の穴へとその細い管を差し込んだ。

するするとまるで吸い込まれていくように管が、フローレンの体内に差し込まれていく。

三十センチ程差し込まれた頃、ようやくラインが手を止めた。

「こんなもんかな」

それから、聴診器を取り出すと胃の上に置いて耳に当てると管を咥えて空気を少しだけ吹き込んだ。

「よし、上等。意外と覚えてるもんだな」


満足そうに唇をほころばすラインに、ついに我慢できずにミーシャが詰め寄った。

「今の何?なんで、管を咥えたの?何を聞いてたの?「こんなもの」って、どうやって判断したの?」

怒涛のようにあふれ出す質問の嵐に、ラインは不謹慎と思いながらも、思わず吹き出していた。

薬を調合していた時に想像したミーシャの顔とあまりにそっくりすぎて、耐えられなかったのだ。


「なに笑ってるの?!」

真剣な態度を笑われて、ほほを膨らますミーシャに、ラインは降参というように両手をあげた。

「説明してやるから落ち着け。患者のそばだ」

半笑いでいさめられ、納得できないものを感じながらも、ミーシャは詰め寄っていた体を離した。


「聞いてみろ」

ラインは、ミーシャに持っていた聴診器を手渡し、押さえる場所を指示してから、先ほどのように少しだけ息を吹き込んだ。

「ボコボコって音がしたら、管がきちんと胃まで入ってる証拠だ。この音が聞こえない場合は失敗だから必ず確認しろよ?口の中でとぐろを巻いているだけならまだましだが、間違って肺の方に入っていたら取り返し付かないからな」

耳を澄まして、ラインの言った音を聞き取ったミーシャは、その音を記憶するように軽く目を閉じてから、もう一つの疑問を口にした。


「こんなもん、は?」

「胃までの距離の目安は、鼻から耳、耳からみぞおちまでの合計だ」

端的に答えながら、ラインは少し濡れていた手をぬぐうと、隅に置いていた薄手の毛皮を丸め、フローレンの背中を持ち上げた。


「そいつを背中にひいてくれ。先に薬湯を少し流してみよう」

促され、指示されるままミーシャが背中に毛皮を押し込む。

「ベッド上で食事をとらせるのと一緒だ。胃に入った食物が戻りにくくするための工夫だな。大体これくらいは上体をあげたほうがいい」

またも「なんで」が始まりそうな気配を察知して、ラインが先に口を開く。


「胃の中に入れるときの温度は理想は体温より少しぬるい程度だ。熱すぎたら火傷するし、冷たいと腹を冷やして下痢の原因になったりする」

説明しながら、管を筒のでっぱりのようなところに差し込むといつの間にかテントの支柱に結ばれていた輪になった紐へとそれを下げた。


それから、筒の上部を引っ張ると、なんと二つに分解した。

まるで入れ子のように二重になっていたのだ。しかもよく見れば内側の方は下部が三角になっている。どうやら漏斗のような形になっているそれの先端にはさらに何か小さな器具がついていた。

ラインは、それをつまむようにして、水分の落ちる量を調整しているようだった。


ポタリ、ポタリと液が雫となって落ちてくる。

それを二つに分かれた片割れの筒が受け止め、管へと流していく。


「あまり一気に流し込むのも逆流の原因になる。大体一秒に一回雫が落ちるくらいの速度で十分だ」

「ただの筒だと思ってた」

驚くミーシャにラインが頷く。

「それだと、どれくらいの速度で注入しているか確認ができないからな。こういう形に落ち着いたらしい。本当は透明な筒が欲しいらしいが、なかなか素材が見つからないそうだ」

ポタンポタンと落ちていく薬をミーシャがじっと見つめる。


「お母さんは、そのまま針で直接管をつないでお父さんに血を流してた・・・・。こうして、一度別に分けれていたら血をあげすぎてフラフラになることもなかったのかな・・・・」

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。一度別に血を取ったとしても、助けたいという気持ちが暴走したらもう少し、もう少しと与えていた気もするしな」

ぽつりとつぶやいたミーシャの瞳に映る後悔に、ラインは肯定も否定もしなかった。

後悔とは、後で悔やむと書くように、過ぎたことを取り戻すことはできない。

ただ、その痛みを次につなげることができることを願うばかりだ。


無言の中、薬はすべて問題なく落ち切った。

今のところ、顔色に変化はないし、咽る様子もない。


「そろそろ、スープもできたころだろう。ミーシャ、様子を見てきてくれるか?」

柔らかな声に促され、ミーシャが出ていくのを見送ると、ラインはそっと筒の水滴が落ちる部分を隠すように外側の筒を押し上げた。

少し、擦れはあるものの一見元の何の変哲もない筒の状態に戻し、そっと苦笑する。

水の流れの調整はすんでいるから、後は、スープを薬湯と同じくらいのトロミにすれば問題ない。


「残念ながら、すべてを公開するわけにもいかないんだよな。素人に任せて事故起こされてもかなわんし、な」

医療知識のない人間が扱うには過ぎた知識だし、大丈夫だとは思うが、勝手に扱われても困る。

ラインが、ナタリーに求めるのはただフローレンのそばに張り付いて些細な変化があったらすぐさま叫び声をあげてもらうことだけだ。

ミーシャに筒の構造を隠すことを伝え忘れたけれど、聡い子だから自然と口をつぐむだろう。

たとえ、疑問があったとしても、ラインと二人きりの状況になるまでは我慢するはずだ。


「さて、お嬢さん。これで間に合うといいな」

ミーシャにすら秘密にした薬湯の中身は、最近開発されたばかりの栄養補給剤だ。

あらゆる栄養素の込められたそれは、一日10粒飲めば最低限の栄養が取れるととある研究者が豪語して見せた代物で、臨床実験に協力しろと押し付けられたものだ。


確かに栄養素的には良いのだろうが、空腹感はまぎれないし、何より、味があり得ないほど不味い。

ちなみに内容の一部を何気なく聞いたら、聞いたことを後悔するような物が多数含まれていた。

毒と薬は紙一重とはいえ、やりすぎぎりぎりにも程がある。


非常食としては最悪だとラインのカバンの底に押し込められていたものだが、味の関係ない鼻腔栄養用なら最適ではないだろうか?

体が弱っている状態ではもしかしたら刺激が強すぎるかもしれないため、一粒にして胃腸薬も足したのはラインの気遣いだった。


「・・・・・というか、話せたとしても言わないほうがいいんじゃないかと思うんだよな、内容物。女性陣には総じて不評だったしな・・・」

劇的な効果がある内容に不安のある薬と、ほどほどでも安心できる薬なら、選ばれるのはどちらかというのは考えるまでもないはずだ。

ただ、どんな世界にも変わり者ってやつはいるものだ。


「おじさん、スープできたよ。これくらいつぶせばいい?」

鍋を持ったナタリーを引き連れてやってきたミーシャを迎え入れながら、ラインは、薬の中身は自分からは言わないでおこうとこっそりと決意した。





「・・・・ここ・・・・・」

ふと、目が覚めて少女は目を瞬かせた。

最後の記憶は薄暗い洞窟のこもった空気と不快なにおい。

ここは同じように薄暗いけれど空気はさらりと乾いていて薬のような香りがする。

ぼんやりとして、うまく頭が働かない。


(私・・・・どうしてここに・・・・・いるのかしら・・・・)

上手く動かない体は、何日も高い熱が続いた後とよく似ていた。

ゆっくりと首を動かして横を向こうとした時、耳になじんだ声が聞こえた。


「フローレンお嬢様!目を覚まされたのですね!!」

よくとおる高い声は起きたばかりの耳には刺激が強すぎたようで少女は眉をしかめた。

「ああ、申し訳ありません。少しお待ちくださいね!今薬師様を呼んできます!」

少女の顔を見て、あわてたように声を潜めると、それでも慌ただしく駆け出していく。

その背を見送って、少女は、ようやくここがテントの中らしいことに気づいた。


(私・・・・助かったの?)

弟と共に城を逃れて、道なき道を進んだ日々が脳裏に浮かぶ。

おいてきてしまった父や母を思えば後悔しかなくて、その上、満足に眠ることも食べることもできない日々は辛かった。

それでも、逃がしてくれた両親や護ってくれるみんなを思えば弱音なんて吐けなかった。

自分より小さな弟が頑張っているのだ。

たとえ一年の半分を部屋から出ることができないほど弱い体だとしても、姉としての矜持があった。


だけど、心よりも先に体が悲鳴を上げた。

食事が喉を通らない。

熱が出て体に力が入らない。


険しい山を越えるため馬を手放した後は、自分で歩けない少女は、交代で騎士に負ぶわれる事となった。

自分が情けなくて涙が出る。

必死で張りつめていた心は、体の不調と共にぼろぼろと崩れていった。


(そう…生き延びて、しまったのね)

最後には、言葉に出さないだけでずっと死んでしまいたいと思っていた。

きっと、両親も黄泉の国へと渡っているだろう。早く、自分もいってしまいたい。

声にできない願いは確実に体を蝕み、きっとこのまま目を覚まさなくていいのだと、思っていたのに


だけど、今。

不思議なほどに死んでしまいたいという心が消えていた。

体はまだ動かせないくらいだるいけれど、なんだかすっきりとした気持だった。


「ねえさま!」

駆け込んできた小さな体は、それでも飛びつこうとした直前に足を止め、その傍らに座り込んだ。

「ねえさま!ねえさまぁ・・・・」

ただ自分を呼びぽろぽろと涙をこぼす弟を少女は驚いたように見つめる。

どんな時でも笑顔を絶やさなかった弟が、今身も世もなく泣いていた。

しっかりと自分の手を握り締めて、流れる涙をぬぐいもせずに・・・・・。


「エ・・・ディ・・・」

なんだか喉が痛くて声が出しずらい。

それでも、少女は精一杯声を絞り出し、小さな弟の涙でぬれたほほを撫でた。


心配かけてごめんなさい。ありがとう。ただいま。大丈夫だから泣かないで。

ただの一つも声にならなかったけれど、弟は涙の残る顔で嬉しそうに笑った。


それは、少女の大好きなかわいい笑顔だった。



読んでくださりありがとうございました。


透明の素材が欲しい。

というか、ビニール素材が欲しい。

ファンタジーなんだから不思議素材でだせばいいじゃんという何かの囁きと戦いつつも、出すタイミングが見つからない。少なくとも今回じゃないなあ、と自嘲しました。

まあ、誘惑に負けてきっとその打ち出すんですけどね・・・・。

だってビニール素材やプラ素材ができたらあんなことやこんなこと、いろいろ出来そうなんですもの。

あ、ちなみにガラス素材のあれこれはあります。ただ、壊れやすいので意外と荒事の多いライン君は持ち歩きません。木製筒一択(笑


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