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22.9.19名前の間違いに気づき変更しています(ジョブソン→エディオン)。内容に変更はありません。我ながら、すごい間違いで申し訳ないです
「さて、真剣な話をしよう」
ミーシャ達の提供した食材と急きょ狩ってきた獣肉でつくった食事、それにミーシャの調合した薬草の生薬を飲み、これまた栄養たっぷりの薬草茶を飲みながら一息ついたとき、おもむろにラインが口を開いた。
何処か冷たく響いたその言葉に、久しぶりの温かい食事と満たされていく何かにまったりとしていた一同は、無意識に背筋を伸ばす。
それは、食事を終えたみんなの傍らで、簡単に食器を片付けていたミーシャも同様で、ヒヤリとした声にピャッと背筋を伸ばした。
「無事食事をとって、人心地ついたところで悪いな。
重症軽症合わせての怪我人の治療も終わったし、今体のだるさを感じてる奴らも鍛えてるんだから1日2日気を付けてれば、かなり復活するはずだ」
注目を集めたラインは気負うことなく、いつもの調子で言葉を続けた。
その言葉に、一瞬喜色を浮かべた一同は、だけど続く声に、顔を曇らせる。
「もっとも、それはきちんと食事や薬をとれた場合だ。
残念だが、俺たちはしがない薬師なんでな。処方したものを摂取できなければ、治してやることはできない。
で、お前たちが大切に守ってきたお姫様だが、意識が戻る様子はない。夢うつつにでも反応してくれればいいんだが、今のところその様子も見られない。このままなら、水分もろくに取れずに、早晩お姫様は儚くなるだろうな」
「そんな・・・」
みんなを代表するように、グリオが力なくつぶやく。
みんなの輪から少し離れたところに誂えられた小さなテントへと、皆の視線が向く。
そこにはいまだ意識の戻らない少女と、忠義者の侍女が控えていた。
「で、だ。グリオ。この集団のリーダーはお前で良いのか?」
唐突に問われて悲痛な顔で黙り込んでいたグリオは、驚いたように目を瞬かせた。
「確かに、旦那様からみなを率いて逃げるように申し付かったのは私ですが・・・・」
困惑しながらも頷くグリオに、ラインはもう一度念押しする。
「決定の最終決定はお前の手に委ねられているってことだな?他の誰でもなく?」
じっと見つめられて、その視線の強さに、グリオが迷うように唇をかんだ。
「それは・・・」
「話の途中で申し訳ありません。ですが、副団長が迷われているご様子なので申し上げます」
ふいに、そこに勢いよくその場から立ち上がり声を張り上げる若者がいた。
「グリオ副団長が、この場のリーダーで間違いありません!グリオ副団長の的確な導きがあったからこそ、我々はこの場まで進む事ができたのです。我々の中で、団長の決定に反対する者はおりません!!」
胸を張り言い切ったのは、まだ年若い騎士だった。彼自身も傷だらけだが、その目はグリオに対する信頼で光り輝いていた。
命を懸けた逃走劇の中、何度も訪れたピンチを切り抜け、ここまで導いてくれたグリオは、彼にとってはヒーローなのだろう。
周囲の人間も大小の差はあれ、同じような目をしていることを確認して、ラインは、小さく頷いた。
「では、今後のことについて相談がある。テントに来てくれ」
そうして、向けられた背を追って、グリオは慌てて立ち上がった。
先にテントに着いたラインは、そこでようやく迷うように立ちすくむミーシャの名を呼んだ。
「何をしてる。お前の患者でもあるんだぞ!さっさとこい!」
「はい!!」
大きな声で返事をすると、ミーシャは慌てて後を追い、テントの中へと体を滑り込ませた。
そこには、眼を閉じて横になった少女に寄り添うように男の子と、先ほどの侍女が座っていた。
「なにごとでしょうか?」
食事や薬の提供など、世話になっているからこそ強くは言えないのだろうが、侍女の目が、ぶしつけにテントの中に入ってきたラインを嫌そうに見る。
「お嬢様は、まだおやすみです」
自然声には咎めるような響きがこもるが、気にする様子もなく、ラインは少女の足元へと腰を下ろした。
「このままだと、その大切なお嬢様は永遠におやすみしたまんまだぞ」
「おじさん!!」
余りに直球なその言葉に侍女の顔が一気に青ざめ、寄り添っていた男の子・・・エディオンの顔が泣きそうに歪んだ。
慌てて追いかけてきたミーシャは、あまりにも身内の心を思いやらない態度に、咎めるような声をあげた。
「事実だ。そして、あんたみたいな保守的な態度の人間が、大事にするふりをして手遅れにさせ、患者を殺すんだ」
大切にしているミーシャの声すらも切り捨てるように、ラインは言葉を続ける。
ジッと侍女を見据える翠の瞳は冷たく澄んで、一切の揺らぎも見えない。
その言葉には、ラインが過去経験してきたままならぬ現実を伺わせるような重さだけがあった。
「いいか?たとえ俺たちがどんなに苦労して素晴らしい薬や治療法を開発しても、本人が飲んでくれなきゃお話にならない。試してくれなきゃ意味がないんだよ!それを肝に銘じて、これからの話を聞いてくれ」
黙り込む人々にそう言い切ると、ラインは「少し待て」とテントを出ていった。
その場に満ちた沈黙を破ったのは小さな涙声だった。
「姉様・・・・・死んじゃうの?」
大きな空色の瞳を涙でいっぱいにして、エディオンがすぐそばにいた侍女の袖を引く。
答えるべき返事を持たない侍女は、青ざめた顔で黙り込む俯くばかりだ。
「グリオ・・・・」
「・・・・・申し訳…ありません」
主君から託された大切な子供たちだった。
元の地位を取り戻すことは難しくても、せめて安心して暮らせる生活を手に入れるために頑張っていたつもりだった。
けれど、少女は死の淵に立ち、エディオンは一人ぼっちになろうとしている。
唇をかみしめ俯く大人たちに、ついにエディオンの瞳から涙が零れ落ちる。
と、その涙をそっと差し伸べられたハンカチが抑えた。
「大丈夫。おじさんはこのままならって、何回も言ってたでしょう?まだできることがあるのよ」
そっとエディオンの涙を拭きながら、ミーシャは優しく笑いかける。
「ほんと?」
突然差し伸べられたその手に、エディオンは縋り付いた。
優しいそのほほえみは、元気だったころの姉を思い出させるものだった。
過酷な旅の中、苦しそうな顔か何の感情も浮かべない顔ばかりで、忘れてしまっていたけれど・・・。
体の弱い姉は部屋からあまり出ることが無くて、だから、エディオンが珍しい花を手に訪ねれば優しく迎えてくれた。
なかなか文字が覚えられずにかんしゃくを起こしたエディオンに、忙しい父母に変わり根気強く付き合い、出来れば手放しで褒めてくれるのも姉だった。
そこに浮かんできたのは、確かに優しい微笑みだった。
「お願い、姉様、助けて・・・。大切な、大切な・・・・たった一人の姉様なんだ」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
突然、住み慣れた家を出て、何かに追われるように山の険しい道なき道を進み、食べる者も冷たく固い非常食ばかりの生活。まだ6歳にもならないエディオンには辛い日々だった。
それでも、尊敬する父に「男なら泣かずに姉を守れるようになれ」と言われた言葉を守り、歯を食いしばり頑張った。
日々笑顔がなくなる姉を気遣い、どうにか笑わせようとふざけてみたりもした。
そんなエディオンが、今どうにもならない無力感に涙をこぼしている。
ミーシャはもう一度エディオンの涙をふくと、反対の手でそっと髪を撫でた。
過酷な旅路の中で湯あみをすることも叶わなかったであろう髪は泥や汗などの汚れでべっとりと固まっていたけれど、気にするそぶりも無く優しく撫でる。
「ラインおじさんは、素晴らしい薬師なのよ?きっと、お姉さんの助けになってくれる。私も精いっぱい頑張るわ。だから、エディオンもお姉さんを応援してあげてね」
髪を撫でてくれる優しい手に顔をあげれば、大きな翠の瞳が、ジッとエディオンを覗き込んでいた。
まるで吸い込まれてしまいそうな綺麗な翠。
じっと見つめ返すうちに、エディオンの疲れ果て絶望に小さく固まってしまっていた体の奥から、何か燃えるように熱いものがこみあげてくるのを感じた。
(そうだ。泣いて蹲ってるなんて、僕らしくない!キーンズ家の男なら、いつだって胸を張って戦うものだって父様だって言ってたじゃないか。苦しい時こそ笑えって)
最後に会った、父の姿を思い出す。
片手には剣を持ったまま、もう片方の手で、いつものように少し乱暴に頭を撫でてくれた。
その顔は、かすかに笑っていた。
だから、自分は城を飛び出した後も、信じて頑張れたのだ。
きっとまた会える、と。
エディオンは、頬に残る涙の後を自分の袖で拭くと、にっこりと笑って見せた。
父の教え通り、キーンズ家の男らしく。
「ぼく、姉様を頑張って応援する。また、姉様と一緒にご本を読みたいから」
胸を張って宣言したエディオンに、同じように打ちひしがれていた大人たちははっと目を見張った。
その笑顔は、幼さは残るものの、自分たちの尊敬する主にそっくりだったからだ。
「人は宝だ」と領民を大切にして、理不尽な中央からの要求にも、盾となり守ってくれた。
「苦しい時こそ笑顔を忘れるな」と、どんな時にでもおおらかに笑っていた。その笑顔が、みんなの励みであり、指針となっていたのに。自分たちは今日を生き延びることに必死で、その大切な教えをすっかり忘れてしまっていたのではないだろうか?
思い出してみれば、この辛い旅路の中で、エディオンはよく笑っていた。
まだ幼いから、現状がよくわかっていないのだろうと軽く考えていたけれど、この小さなエディオンだけが、父の教えを忘れず実行していたのではないか?
のんきなものだと呆れながらも、その幼い笑顔に、自分たちは確かに癒されていたのだから・・・・・。
「いい子ね」
ミーシャが、エディオンを褒めた時を見計らったかのように、ラインが戻ってきた。
その手には、小さな袋を持っている。
何処かつきものが落ちたかのようにすっきりとした顔のエディオンや、まだ少し呆然としているグリオ達を見て、ラインは少し笑ったようだった。
「落ち着いたようなら、話を始めるぞ」
そういうと、ラインは手に持っていた袋から細い紐を束ねたものと、細長い直径五センチほどの筒を取り出した。
「現状、そのお姫様は「姉様の名前はフローレンですよ?」」
ラインの声を遮り、エディオンが元気に教えてくれる。
一瞬、なんとも言えないような顔をしたあと、ラインは、小さく咳払いしてから話を続けた。
「フローレン嬢だが、意識レベルが極めて低く、いわゆる昏睡状態だ。自力で飲み込むことも難しく、侍女殿の………失礼、名前を教えてもらっても?」
エディオンが口を開きそうなことを気配で察したラインは、説明を一時中断して、泣きそうな顔でこちらをみている侍女へと声をかけた。
「………私はナタリーです」
こんな時に、とも思ったが、ラインが自分達の小さな主人のこだわりに合わせてくれているのに気づいて、ナタリーは小さな声で答えると微かに頭を下げた。
その様子を見たエディオンが、満足したように頷いているので、間違った対応ではなかったのだろう。
同時に、ナタリーは、なんだか張り詰めていたものが、ふっと緩むのを感じた。
そもそも、本来のナタリーは、幼い少女の侍女に抜擢されるほど、穏やかで優しい性格だった。
しかし、少女を任され城を出た日から徐々に変わってしまった。
元々ナタリーは、三女とはいえ男爵家の娘であり、こんな山歩きの強行軍など初めての経験だったのだ。
しかも、いつ追手に追いつかれて戦闘になるかもしれないと思えば、ずっと心休まる暇はなかった。
そんな肉体的にも精神的にもぎりぎりの中、幼少期から見守ってきた大切なお嬢様が倒れ、ナタリーはさらに追い込まれた。
結果、まるで手負いの母猫のように、全方向に向け毛を逆立てていたのだ。
ようやく差し伸べられた助けの手にも素直に縋ることが出来ない程に。
しかしここに来て、ナタリーはようやく息をつくことを思い出した。
それは、姉を案じて泣きじゃくるエディオンの姿であったり、真摯に向き合おうとしてくれる自分よりも年下の薬師の少女のおかげだったと思う。
なんとなく、お嬢様のことは、自分1人でなんとかしなければいけないと思い込んでいたのが、そうではないのだと、素直に思えたからだろう。
「ずっと、失礼な態度をとって申し訳ございませんでした。どうぞお嬢様をお救いください」
しおらしく頭を下げるナタリーに再びなんとも言えないような顔をした後、ラインは大きくため息をついた。
「患者の身内が取り乱すのなんかよくあることだ。別に気にしてない。それよりも、今後のことだ」
クシャりと髪をかき上げると、ラインは改めて手に持った不思議な道具を掲げて見せた。
「フローレン嬢は自分で水分や栄養を飲み込めない。このままじゃ、意識が戻ることもなく衰弱死だ。だから、この道具を使って、直接胃のなかに水分や薬を送り込みたい」
「それは?」
不思議そうな顔のみんなを代表してミーシャが尋ねた。
「この紐は中が空洞になっている。コレを鼻から食道、胃まで通して流動食を流し込むんだ」
「は?」
ラインの言葉に、その場にいるみんなの表情が固まる。
「鼻からその紐を…なんだって?」
恐る恐るというように、グリオが声を上げた。
その表情は困惑に彩られていて、グリオがラインの話を一割ほども理解していないことを示していた。
ほかの面々も同じような表情を浮かべているのを見て取って、ラインは肩をすくめた。
「人の体は呼吸と食物では、通る場所が違う。
自身で物を飲み込めない場合、無理に口に食べ物を入れると、間違って息を通す場所へと食べ物が入ってしまうことがあるんだ。そうすると、肺に異常がおきて最悪死んでしまうことがある。
そうならないように、食べ物が通る道へとこの管を通して食事や飲み物を直接胃に流し込む。そうすることで、自分で食べることができない患者にも栄養を取らせることができるんだ」
それでも、グリオ達にも分かるようにと言葉を選びながら説明するラインを見つめながら、ミーシャは記憶を探った。
呼吸を通す道と食物を通す道。
それは、母に習った知識の中に確かに存在していた。
食べるために捕まえた小動物を捌くついでのように教えてくれた記憶は、生々しくミーシャの中に残っていた。
「口ではなく。鼻から通すのはなんで?」
思わず口をついたのは、反射的に浮かんだ疑問だった。
「それに関する答えは複数あるが、専門的な知識になるから、後でな」
ミーシャの問いに、レインは、苦笑とともに答える。
「それは、危険はないのですか?」
少しの沈黙の元、ナタリーが尋ねた。
「食物を流し込んでいる最中に管を強引に引き出し、食物や水分が呼吸の道に入ってしまうと危ない。だから、治療中は患者の手を握るか拘束させてもらうようにしている。
他にも体の中に異物を差し込むんだから不快感とかはあるが、幸いというか、フローレン嬢は意識がない状態だから気にならないだろう」
今まで聞いたことのない治療法に表情を曇らせるナタリーに対しても、ラインは、できる限り丁寧に説明していった。
「それをしたら、姉さま、元気になる?」
おそらく、かみ砕いた説明を聞いても半分も理解できていなかったであろうエディオンが、一番大切なことだというように真剣な表情で聞いた。
「今、お前の姉ちゃんに必要なのは適切な栄養だ。胃が弱っててうまく吸収できないかもしれないが、その時は、また別の方法を考えるよ」
ラインは、手を伸ばして、空いている手でエディオンの小さな頭を撫でた。
頭がぐらぐらと揺れてしまいそうなほど力が強いその撫で方は、最後にあった父親を思い出させ、エディオンは胸に迫る思いを飲み込むように一つ、頷いた。
「じゃあ、それ、して。お姉ちゃんを元気にして」
くるくるとまかれた、エディオンの小指ほどの細さの紐と水稲のような細長い筒。
エディオンには使い方もよくわからないその道具が、姉を救ってくれるというなら早く使ってほしい。
大人の難しい葛藤など知らない。
ただ、姉に元気になってほしいだけの弟は、どこまでも真っ直ぐだった。
大きな瞳で見上げてくるエディオンに、ラインは笑みを浮かべた。
「あんたらの小さなご主人様の意見はこうらしいぞ?」
どうする?とでも言いたげに向けられた視線に、グリオとナタリーは顔を見合わせる。
迷ったのは、一瞬だった。
このままならはかなくなる命だというのなら、聞いたこともない胡散臭い手法だろうと試したほうがましだ。
たとえ失敗したとしても、予定通りの死が訪れるだけ。
「お嬢様を頼みます、ライン殿」
読んでくださりありがとうございました。




