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なんと2年近く間が開いてました。
こんなノロノロのお話を待っていてくださった方、本当にありがとうございます。
グリオに案内されてついた場所は、山の中腹付近にある洞窟だった。
入口は、木の枝や蔦で偽装されていて、ぱっと見にはそこに洞窟があるとはわからなくなっていた。
斜面に開いた穴は大人が中腰になってやっと潜れるほどしかないが、中に入れば意外なほどに広い空間が広がっていた。
平野に居を構えるよりは、守りやすく良い場所を見つけたと言えるだろう。
しかし、その中の環境は、はっきり言って劣悪の一言だった。
入口が小さく、中に届く光は少ない。そのため、洞窟の奥の方はほとんど暗闇に沈んでいた。
さらに、空気の流れもほぼないのだろう。
人の汗や油の匂い、さらには血臭や膿の匂いなどが充満していてひどいものだった。
「ミーシャ、ランプをつけてくれ」
「はーい」
洞窟の入り口から中をチラリと覗いたラインは、顔を顰めて後ろに立つミーシャに指示を出す。
ミーシャは、素直に返事をすると、荷物の中からランプを取り出し火をつけてラインに渡した。
小さなガラス瓶に植物性の特製オイルを入れ、軸には燃えにくい太めの紐が入れてある。
それに持ち手のついたカバーを被せたランプは、『森の民』お手製の優れものだ。
蝋燭のランプよりも消えにくく明るい。
そのうえ、長時間持つ上に外に出す紐の長さを調整すれば、明るさも多少は変化させることができる。
さらにいえば特製オイルは、燃やしても煙も煤も出ない上に、差し込んである紐を通さないとオイル単体では燃えないようになっているため、安全性もバッチリだ。
先に中に入って、薬師を連れてきたことを説明しているグリオの声を追いかけるように、改めてランプと共に中に入ったラインは、ぐるりと中の様子を見渡してため息を飲み込んだ。
一体、いく日をこの中で過ごしたのか?
ランプの灯りを眩しそうに見返す顔は、それぞれにやつれて生気がない。
中には、横になったまま顔を上げることもできない人影もあり、立ちこめる血や膿の匂いはそこからだろうと容易に想像がついた。
「何人いるんだ?」
「私を含めて8人だ」
「怪我人は?ここに入り込んで何日経つ?」
「自力で動けないのは2人。狼にやられた。その後、この穴にたどり着いて3日が経つ」
ラインの質問に、グリオが返事を返す。
ラインは、小さく頷くと、再び、ぐるりと洞窟の中を見渡した。
思ったより湿度は酷くないが、こもる臭いで具合が悪くなりそうだ。
何より、こんな薄暗い環境では、診察どころではない。
「自分で動けるものは洞窟の外へでてくれ。余力のあるものは、自力で動けない者を運び出す手伝いを」
澱んだ空気を切り裂くように、ラインの声が響き渡る。
薄闇の中、怯んだようにお互いに顔を見合わす面々に、ラインは今度ははっきりとため息をついた。
「ここを墓穴にしたいならそれでも良いが、そうじゃないなら、さっさと動け。薬があっても本人に生きる気がないのなら無駄になる。時間は有限だぞ」
「ナタリー、フローレン様をどうぞこちらへ」
ラインの言葉に最初に動き出したのはグリオだった。
洞窟の1番奥に隠されるように置かれていた小さな人影に手を伸ばす。
その前にいた女性らしい人物が一瞬抵抗を示すも、グリオは構わず小さな人影を抱き上げた。
「皆も、外へ。この方の指示に従ってくれ」
グリオの言葉にようやく皆が重い腰を上げた。
ゾロゾロと動き出す人々と共に外に出たラインは、外の様子を見て満足そうに笑う。
特に何の指示も与えていなかったにもかかわらず、そこにはすでに焚き火が焚かれ、手持ちの中で1番大きな鍋が火にかけられていた。
その横では、小型のナタを持ったミーシャが薮を払って空間を広げようと奮闘している。
「あ、怪我人はそちらに寝かせてください。下に敷くものがあるなら持ってきて欲しいけど、あまり汚れてるようなら使えないかな………?」
ゾロゾロと出てきた人々も、予想外の状況に戸惑いながらも、逆らうほどの元気もないようで素直に示された場所へと腰を下ろす。
ミーシャは、ナタを振るう手を止めて、いそいそと火にかけた鍋の側へと戻る。
お湯が沸いてきたのを見てとると、そこからひとまわり小さな鍋にお湯をとり、薬草茶を沸かし始める。
滋養強壮効果のあるものだから、この場では最適だろう。
問題は少し癖があるから飲みにくい所だ。
爽やかな香りが広がり始めたら、飲みやすいようにその中に蜂蜜をたっぷり落として、火から遠ざけた。
「さあ、どうぞ。熱いから気をつけて」
そうして、近くに座る人から、できたばかりのお茶を配っていく。
ぼんやりと座り込んでいた人たちは、渡された木の器越しに伝わってくる熱にホッと息を吐いた。
「甘い………」
そうして、恐る恐る口をつけたお茶はミントのような爽やかさと蜂蜜の甘味で冷えた体を温めてくれた。
「おじさん、水筒の水は全部使っちゃったの。動ける人がいるなら、水を汲んできて欲しいんだけど」
何をするにも水は必要だ。
ざっと見たかぎり、みんな汚れて疲れきている。
「そうだな。グリオ、怪我人の治療は始めておくから、水を運んできてくれ。ついでに、下流の方で水浴びしてこい。怪我人を運ぶのにも不衛生だと触らせられん」
「………分かりました。急いで行ってきます」
だてに3日もここに足止めしていたわけではない。
きちんと水場の確保はしていたグリオは、言われたことを果たそうと、踵を返す。
ついでのように、まだ体力が残っている。
「さて、じゃあ診察していきますかね」
まずは、自力で動けず運ばれた2人の方へと足をすすめた。
「狼に襲われた時の傷だね」
巻き付けられた布を解くラインの後ろから覗き込んだミーシャがつぶやく。
「そうだな。腕の肉が食いちぎられてる。出血自体は止まってるみたいだが………。傷口から入った獣の毒が全身に回ってるな。さて、どうしたものか……」
左の上腕の肉が抉れていた。
噛みつかれそうになった時、咄嗟に腕を犠牲にして身を守ったのだろう。
「とりあえず、ミーシャは毒消の用意をしてくれ。時間が経っているからどれほど効果があるかはわからんが、やってみよう」
「わかったわ」
促されたミーシャは急いで薬箱のほうに戻ると、すり鉢や秤などの諸々の道具を取り出し調合を開始する。
「それは何をしてるの?」
不意に降ってきた声にミーシャは、顔を上げた。
そこには5つほどの小さな男の子がいた。
「怪我をしたお兄さんのための薬をつくってるのよ。あなたはお茶を飲んだ?」
「飲んだよ!あまくておいしかった」
元気に返事をする男の子は、少し痩せてはいるもの健康そうに見えた。
「お名前は?」
「僕、エディ。エディオンだよ!。お姉さんは?」
「私はミーシャよ。エディ君はどこからきたの?」
薬を作る手を止めず、ミーシャはエディと会話を続ける。
「僕、お山の向こうから来たの。突然たくさん兵隊さんが来てね、お父さんが逃げなさいって。だからお姉ちゃんとみんなとお家から出て、お山を越えたの」
「そっかぁ、大冒険、だね」
子供の口にかかると命懸けの逃避行もなぜか楽しげに聞こえた。
「お姉さんはお薬作れるんだよね?僕のお姉ちゃんも元気になる?」
だけど、そんなものは当然まやかしでしかない。
突然、両親から引き離され、安心できる場所から飛び出して逃げる生活が、楽しい冒険なんかであるはずがないのだ。
それでも、明るい声で頑張って笑っていたのは何もできない子供なりの処世術、だったのだろう。
日々、険しくなっていく大人達の中で少しでも空気を和らげようと「無邪気」である事を選んだのだ。
だけど。
無邪気な少年の表情が崩れて、瞳に涙が滲んでくる。
少年の肩越し、座り込む大人たちの姿が見えた。
背中を向けて見られないようにして、少年は静かに涙を流す。
震える声を精一杯振り絞り、ミーシャを見つめる。
「お姉ちゃん、ずっと元気がないんだ。昨日から、ほとんど眠ったまんま……」
ずっと怖くて不安で。
だけど、みんな一生懸命に守ってくれてるから、「もう嫌だ」なんて言えなかった。
そこに現れた2人の薬師は希望だった。
このどうしようもない現実を切り崩してくれるかもしれない、希望。
「………お願い。お姉ちゃん、助けて……」
ポロポロと涙をこぼす少年の小さな体をミーシャは抱きしめた。
「よく頑張ったね。大丈夫、大丈夫……」
自分で動くことが出来ない2人。
1人はひどい傷を負った騎士。
そうしてもう1人は………。
10を超えたくらいの小さな少女だった。
読んでくださり、ありがとうございます。




