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お久しぶりでございます。
こそっと投稿第二弾(笑
食事を終えても目を覚さない男に、待つのが面倒になったラインは、気つけ薬を取り出した。
本来なら水で薄めて使用するのだが、効かなかったら二度手間だと原液のままの瓶を慎重に男の鼻先に持っていく。
その際、しっかりと風上に立ち、厳重に栓をした蓋も慎重に開ける。
一雫でも服に跳ねてしまえば、自分が刺激臭に悩まされる事になるのは請け合いだ。
皮膚についたものは即洗い流せば問題ないが、衣類の繊維に染み込んでしまうと厄介な事になる。最悪廃棄処分だ。
めいいっぱい腕を伸ばした状態でも微かに香る刺すような刺激臭は、直に嗅げば三途の川を渡りかけても戻ってこれると大評判だ。
ちなみに作成するには、野外の家屋から離れた場所で特殊なマスクを装着する。
さらに体に染み付いた臭いはなかなか取れず、皆に遠巻きにされる。村でもしたくない作業第一位の罰ゲームである。
かくして、無情にもその原液を鼻先に突き付けられた男は、3秒後に無事に意識を取り戻した。
盛大に咽せて呼吸困難に陥っていたけれど、まぁ、当初の目的どおり、意識は復活した。
「おじさん、大丈夫なの?」
ようやく咽せが治まり、か細いながらも呼吸も元に戻った男は、虚な目を虚空に向けたままピクリとも動かない。
「ま、しばらくすれば正常に戻る。麻酔で意識刈り取ったのを強引に戻したんだから、朦朧状態でもしょうがない。むしろ、チャンスだぞ?今なら思考能力も落ちてるから、何でも答えてくれる」
いい笑顔で親指を立てるラインにミーシャの頬が引きつった。
それは「大丈夫」の範囲内なのだろうか?
ドン引き状態のミーシャに頓着する事なく、ラインは男の側に膝をつく。
「おい、聞こえてるんだろう?お前の名はなんだ?」
低くめた声に、男の視線が微かに揺れる。
「………‥グリオ。………グリオ=ダンティス」
掠れた声は盛大に咽せたためか薬の影響か。
それでも、素直に答えた男にミーシャは目を見張った。本当に答えた。
「フン。家名持ちか。1人では無いだろう?仲間はどこにいる?」
「…………なか……ま………仲間は………」
ところが、2つ目の質問で、男は口籠った。
虚な視線がフラフラと揺れる。
「いない、って言わないって事は何処かにいるんだろう?助けを待ってるのか?それとも、お前以外動けない状態なのか……」
ピクリと男の体が揺れる。
ジッと様子を観察していたラインがニヤリと笑った。
「ふ〜ん、怪我か‥‥病気、か?それとも逃亡生活の中で衰弱したか?」
「……なぜ……?」
男の目が驚きに見開かれた。
それと同時に、ミーシャも不思議そうに首を傾げる。
「おじさん、なんでわかったの?」
ミーシャの問いに、ラインは何でもなさそうに肩を竦めてみせた。
「こいつの服装と武器には隣国の特徴がある。ついでに言えばダンティスってのは隣国のとある地方の騎士に多い家名なんだよ。隣国は戦争だらけだからな。大方亡命してきた途中で食料や資金が尽きての山賊行為って所だろ」
サラサラと答えたラインの予測は、大筋を外してはいないのだろう。
男が驚愕に何度も息を飲む。
「さて。て、事で正直に話してもらおうか?
言っておくが、今、お前さんが生きてるのは、お前さんがコイツを脅すだけで傷一つつけなかったから温情をかけてみただけだ。
金や食料が欲しいだけならそんな面倒な事はせずに、気づいてないうちにサックリ射殺してた方が面倒はなかったはずだ。そうしていたら、今、お前はこんな事になってなかっただろうしな」
ラインの言葉に今度はミーシャが息を呑んだ。
確かに、自分は、この人が音を立てるまで、狙われている事にすら気づいていなかった。
つまり、この人がその気だったら、私は気付く間も無く死んでいたと言う事だ。
衝撃のあまり身震いするミーシャの様子に、やはりそこまで考えが至ってなかったか、とラインは苦笑した。
「だが、それもここまで。
次にお前が他者を傷つけない保証はないし、そこまでの信用もない。話次第では、このまま街の警備に突き出すかここで始末させてもらう」
冷たく響くラインの言葉に茫洋としていた男の瞳が徐々に光を取り戻していく。
その様子すらもラインはジッと観察していた。
(普通なら、もう少し酩酊状態が続くんだが、相当意志が強いか、元々薬物に体を慣らしてあるか……。思ったより厄介そうな案件に引っかかったなぁ〜〜)
「おじさん、お話聞いてあげて?良い人だよ?」
今からでも捨てていこうとちらりと思い浮かぶものの、先手を打つようにミーシャが袖を引いた。
まぁ、そうなるとは思ったけどこれだけは訂正しておこうとラインはため息を一つ落とした。
「ミーシャ、良い人は山賊はしないからな?」
「ウゥ‥‥そうだけど‥‥何か事情があったんだよ。ね?!」
冷静に突っ込まれたミーシャは、若干涙目で足元に転がったままの男を振り返った。ら、いつの間にかその背中にレンがキチンとお座りしていた。
「え?なに?」
「そいつが動こうとしたんだよ。まぁ、手足きっちり縛られた状態じゃ、どうやっても逃げられないとおもうけどなぁ。無駄な足掻き、お疲れ」
首を傾げれば一部始終を見ていたラインがニヤリと笑いながらも肩を竦めて見せる。
完全な嫌味である。
と、男の体から力がぬけた。
「分かった。質問には全て答える。だから……」
「要求を聞くかは、話を聞いてからだ」
話を最後まで聞くこともなく、ラインは首を横に振った。
ミーシャは、ハラハラしながらその様子を見ていたが、口を挟む隙はなさそうだと肩を落としてラインの背後に控える。
だが、せめて……。
「レン、コッチおいで」
成獣一歩手前の狼をうつ伏せ状態で背中に乗せていては、会話するのも辛いだろうとミーシャが手招いた。
レンは、一瞬戸惑った様子を見せたものの、ラインが微かに頷いたのを見ていそいそとミーシャの隣へと座る。
そうして首元の柔らかな毛を梳かれて、気持ちよさそうに眼を細めた。もっとも、その視線が男から離れることはなかったが。
そうして話を聞いてみれば、おおむねラインの推測通りだった。
辺境の地を治める貴族に仕える騎士であったが、主人一家が、ある日いわれのない謀反の疑いをかけられた。
おそらくは豊かな領地を妬んだ隣の領地の貴族の画策と思われたが、気づいたときには外堀は埋められており、どうしようもなかったそうだ。
王の名の元、攻め込まれ、このままでは一族皆殺しの憂き目にあうと、主人はせめて幼い子供たちだけでも助けるため自身を盾に血路を開き、主命を受けたグリオ達が主の子供たちを守り亡命するため隣国を目指した。
とはいえ、追われる身で平たんな道を行けるはずも無く、無茶を承知で山越えのルートを選んだそうだ。
追っ手を気にしながら道なき道を幼い子供や女性を連れて進むうちに、1人欠け2人欠け・・・・・。それでもようやく山を下るところで飢えたオオカミの群れに襲われ残っていた騎士の大半が命を落としたり、怪我を負った。
さらに、まともに食事もとれない環境から主からの大切な預かり者である子供たちも衰弱し、ついには移動することも出来なくなった。
せめてまともな食事と薬をどうにか手に入れようと、ついには強盗へと手を出したようだ。
「・・・・・・つまり、ここ最近、噂になってる山賊ってのはあんたのことか?」
話を聞きながら徐々に顔色が曇っていくミーシャが、今にも「助けてあげよう」と口にしようとしたとき、ラインが口火を切った。
その言葉に、ミーシャがびくりと体を震わせ口をつぐむ。
先ほど、矢を向けられたときの恐怖が知らず立ち上り、目に怯えの色が浮かぶ。
「違う!それは私ではない!・・・・・信じてもらえないと思うが、今回が初めての事で・・・・その少女も傷つけるつもりはなかった」
うつぶせになった不自由な体を必死に持ち上げるようにして訴えるその瞳を、恐怖の記憶に無意識に震える体を抑えながらミーシャはじっと見つめる。
泥に汚れやつれた顔で、だけどその瞳は力強くまっすぐだった。
ミーシャの怯える様子に気づき、辛そうにわずかに顔をしかめたが、それでも視線が逸らされることはなかった。
「・・・・・信じるわ」
囁くように小さな声でミーシャは答えた。
「・・・・・ミーシャ」
いささかあきれた様なラインにミーシャは首を横に振った。
「おじさんも言ってたじゃない。この人は、やろうと思えば声をかけることなく私を殺して荷物を奪う事ができた。実際そうしていたなら、今こうして捕まってしまうことも無かったはずよ?だけど、彼はそうしなかった」
「そうかもしれないが………」
「おねがい。ラインおじさん。私たちの知識は困っている人たちのためのものだって、私は母さんに教えられた。助けられる人がいるのなら、助けたいの」
真っ直ぐに見つめてくるミーシャの瞳に、それでも耐えること数秒。
ラインは諦めたようにため息をついた。
「グレオ、感謝しろよ。うちの可愛い姪っ子の頼みだからこそ、俺は動くんだ。じゃなきゃ、お前なんか野獣の餌にしてやったものの」
ブツブツと言いながら、ラインは男の拘束をサックリと解き放った。
「ありがとう、ラインおじさん!」
キラキラのミーシャの笑顔に、ラインはもう一度大きくため息をつくのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。




