31
ケントから、薬草を運ぶ旅に加わった流れを聞き、ミーシャは、うれしさと申し訳なさでどんな顔をしていいのか分からなかった。
ミーシャと同じ瞳と髪の色から『森の民』だろうと判断して、助けの手を伸ばしてくれたのは、純粋にうれしかった。
話を聞くに、ケントの助けがなければ、薬が届くのには、もっと時間がかかっていたであろうことは、輸送の事など何も知らないミーシャでも簡単に予想がついたからだ。
だからといって、何も船に乗って共についてこなくても良かったのではないか。
この時期の海の荒れる話は、あの後も、他の人から何度も聞かされていた。主に大丈夫かとヤキモキするミーシャを慰めるために繰り返された話だったのだが(大変な時期だからこそ慣れたベテランの乗る船しか出航しない、などなど)余計に不安を煽られていたのだ。
今回は、たまたま嵐に会うことも無く無事にたどり着く事が出来たけれど、そんな幸運が起こるなんて誰にも分らない事だったのだ。
同じように、荷物を運んでくれたという漁船の船長にもありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
娘を助けてもらった礼だと言っていたようだけれど、ミーシャはたまたまその場に居合わせただけで、別段大したことをしたわけでもない。幸運に幸運が重なった結果だったのだと、ミーシャは思っていた。
幸いにアイリスは戻ってきたけれど、危ない目にあったのは事実なのだ。
複雑な表情で黙り込むミーシャに、ケントは困ったように笑った。
「姉ちゃんがしてくれたみたいに、俺たちは自分の出来る事をしただけだよ」
「・・・・・・・でも」
「そんなに気になるなら、笑ってよ。で、ありがとうって言って、頑張ったねってほめて!せっかく頑張ったのにそんなしかめっ面されたら悲しいよ」
口ごもるミーシャに、ケントが頬を膨らませ、不満を訴える。
その子供っぽい顔に、ミーシャは漸く心からの笑顔を浮かべた。
ケントの言葉は、かつて何度も頭を下げるマリアンヌたちにミーシャが困り顔で伝えた気持ちと、言葉は違えどほぼおんなじだったからだ。
「そうね。とてもうれしい。おかげでたくさんの人たちが救われるわ。ありがとう、ケント」
素直に感謝を伝えると、ミーシャはケントをぎゅっと抱きしめた。
その体が数か月前に比べて一回りは大きくなっている事に気づいて、ミーシャの心がなんだかほっこりと温かくなる。あと数年もしないうちに、きっと追い越されてしまうだろう。
「へへへ・・・」
嬉しそうに笑いながら、ケントもぎゅっとミーシャの背中に手を回す。
護られてかばわれるだけだった自分が、ミーシャの役に立てたことで、少し大きくなれた気がしたのだ。
「ま、俺は将来大商人になる男だからな。これからも、姉ちゃんのためならどこにだって荷物を運んでやるよ」
「ふふっ・・・・・。その時はお願いします」
ケントの言葉がうれしくて、ミーシャは少しくすぐったそうに笑う。
まさか、その言葉が二人の生涯を通して守られるなんて、夢にも思わずに。
運び込まれた薬草は、速やかに調合され、病人達に配られた。
ミーシャが考案し、ネルとともに作り上げた新しい薬も試験的に投与が始まる。
長丸い形の容器に細長い筒が刺さり、それを咥えて勢いよく息を吸い込むことで中に入っている薬剤が吸い上げられる。
上手く薬剤が吸い込める形に辿り着くまでにかなり苦労した。何度も噎せて涙目になったのも今ではいい思い出だ。
実験に使う粉は体に無害な物にしたとはいえ、噎せれば当然苦しい。
それでも果敢に実験を繰り返すミーシャを見かねた周りの侍女や家族の面々が協力してくれた。
その過程で、噎せずに薬を吸い込むコツなども発見され、初めての人でも上手く吸い込むことができるようになったのも嬉しい誤算だった。
その甲斐あってか、試験的に投与した薬が劇的な効果をみせた時は、みんなで抱き合って喜んだ。
少しずつ改善しているとはいえ、2度3度と病状が良くなったり悪くなったりを繰り返す様子を見続けている家族も辛かったのだろう。
その助けに、自分達が少しでもなれたことは、関わった皆んなの誇りとなった。
しかし、助かった多くの命の裏で、間に合わず掌からこぼれ落ちてしまった命も当然あった。
葬送の鐘のなる中、ゆっくりと棺が穴の中に降ろされていく様子を、ミーシャは少し離れた場所から見つめていた。
穴の周りを囲む人々の中に、見知った小さな姿を見つけ、胸が痛む。
ポロポロと涙をこぼし祖母の名を呼ぶ姿は哀れを誘った。
それは、少し前の自分の姿と同じ。
近しい人を亡くした痛みをミーシャは誰よりも知っていた。
ギュッと掌を握りしめ、ミーシャは、その姿を目に焼き付けるように見つめ続けた。
どれ程手を尽くしても、助けられなかったかもしれない。
だけど、もしかしたら。
あの時、自分がためらわなければ、助けられていたのかもしれない。
それは、神のみぞ知る答えでしかなかった。
だけど、ミーシャは、決してこの光景を忘れまいと心に誓った。
思い出すたびに、きっと胸は痛むだろう。
自分の未熟さに打ちのめされ、後悔に悶え苦しむだろう。
だけど、これから先、薬師として生きていくのなら、コレは、決して忘れてはいけない痛みだとミーシャは心に刻んだのだ。
たとえ、それが人から見たら自己満足にすぎないのだとしても。
カランコロン。
久しぶりの青空に、澄んだ鐘の音が響き渡る。
もうすぐ雨の季節が終わり、本格的な暑さがやってくるのだろう。
亡くなった人は、彼女だけではない。
教会の神父様達は休む暇もなく駆け回っている。
亡くなった人達が迷うことなく安らぎの場所へ辿り着けるよう。
そして、遺された人々の哀しみが少しでも癒えるように。
ミーシャは、そっと目を閉じると心の中で祈りの言葉をとなえた。
カランコロン。カランコロン。
鐘はただ涼やかに鳴り響いた。
王城の1番高い塔の屋上は、物見櫓になっていた。
王都が一望できるその場所から、ミーシャはじっと眼下を見下ろしていた。
あまりにも高い場所から見下ろす王都は、まるでおもちゃの町のように見えた。
真っ直ぐ碁盤状に伸びた道を行き交う馬車も人も、まるで豆粒のように小さく、だけど、せわしなく行き交う様子からは、活気が見て取れた。
長雨と共に王都を襲った謎の病の正体が分かり、終息を迎えてから一月が経とうとしていた。
まだ暑さは続いているが、朝晩の風は少しずつ涼しく感じるようになってきた。
その事に、過ぎていく季節を感じる。
(なんだか不思議な感じ)
規制されていた王都への出入りは半月前に解除され、街はかつての賑わいを取り戻しつつある。
遠くに見える市場の規模も、元の大きさに戻っているように見えた。
そこには、すでに暗い病の影は見えない。
病の正体と共に薬が手に入り、「紅眼病」は、死の病では無くなった。
しかし、命は助かったものの、病の影響で気管支や肺、肝臓などに障害を残した者も多かった。彼等は今後も体の不調と戦って行かねばならない日々が待っている。
亡くなってしまった人達もいるのだから「命が助かっただけ幸せ」と言ってしまえばそれまでだ。
だが、毎日を重ねていく中で、思うようにいかない自分の体に、歯痒い思いをする事もあるだろう。
ミーシャは、そんな人達の苦痛が少しでも軽減すればいいと率先して事後処理へと走り回っていた。
慢性的な機能不全を起こしている臓器の改善と補助を促す薬を探し、慢性化した気管支の炎症を抑える薬を常備薬として患者の手元に定期的に届くように手配したり、国からの補助を取り付ける。
他にも、「紅眼病」を今後起こさない為の対策や元々手を出していた薬草園の改良など、息をつく間もないほどに忙しい日々を送っていたのだ。
幸いだったのは、「一度協力をすると宣言した以上は」と、『森の民』の一族も継続して協力をしてくれた事だろう。
ケントと共に薬を運んできてくれた『森の民』のトマが、元々「紅眼病」の元になっていた病を研究していた「物好き」だったらしく(正確にはその地域のみで見られる珍しい病を研究・解明して新薬を作り出すことが目的だったらしい)国より請われて、暫くはこの地に滞在して今後の指導をしてもらえることとなったのだ。
さらにケントは、いつの間にか薬の輸送を定期的に行う契約を国と取り付けていた。
大人の中に混じり、一歩も引かずに自分に有利な契約を結ぼうと奮闘する様はなかなか見ものだったと、のちにラインから聞かされてミーシャは呆気にとられたものだ。
幼い少年はいつの間にか商人として、しっかりと成長していたらしい。
死の恐怖から逃れることができた王都の人々も、悲しみから顔を上げ、ゆっくりと前に進み出した。
幸い後遺症もなく全快したアナを連れたユウとテトに会った時のことを思い出し、ミーシャの唇に少し苦い笑みが浮かんだ。
「助けてくれてありがとう」
取り戻した無邪気な笑顔で頭を下げるアナの手を両方からしっかりと握りしめたユウとテトは、少しだけ緊張した様子だった。
子供たちの中でアナ1人だけが病にかかった原因は、祖母マリーのせいだった。
キャラスの生肝は精力剤として市民には昔から親しまれてきた。
マリーが体調を崩し寝込んだ時、祖父は元気が出るようにと、いつもの習慣で祖母に与えた。
マリーは、家族の中で1番幼く体力がないであろうアナを心配して、コッソリと半分与えていたらしい。
大好きな祖母に「秘密よ」と囁かれ、素直なアナは決して周りに言わなかった為、誰にも気づかれることなく、同じ事が複数回行われていたらしい。
そうして、抵抗力の少ない幼い体の中で寄生虫が猛威を振るったのだ。
全ては、幼い孫を想う祖母の優しさからだった。
さらに、祖父は弱った祖母に「毒」を与えていた事実から酷く塞ぎ込んでいるそうだ。
知らなかったとはいえ、愛する人を助けようとした行動が、その愛する人を追い詰めていた。
それは、どんな皮肉だったのだろう。
3人の祖父のように、残された家族で気鬱を抱える者は多かった。
(精神的ケアも、取り入れていったほうが良いんだろうなぁ)
例え体が元気でも、人は酷く心を痛めれば、死を選んでしまうこともある。
支えてくれる者が身近にいれば良いが、そうで無い場合は、新たな問題が生まれてしまうだろう。
一見、平気そうに見えても、時間が経ってからふとした瞬間に思い出して、辛くなることもあるのだ。
自身の経験から、そのことは嫌という程実感していたミーシャは、心のケアの重要性を周りにも強調して回った。
見えない傷ほど、軽視されて、気がつけば手がつけられないほどに重症化しているものなのだ。
ユウとテトのぎこちない笑顔が、それを何よりも強くミーシャに意識させた。
幼さゆえに、自身の心の内が良く分からず、なぜ前のようにミーシャに近づくことができないのか戸惑っていた。
祖母が死んでしまったのは、ミーシャのせいでは無い。誰に言われるでもなく、ユウとテトとてそんなことは理解している。
だけど、心の奥底では「薬師」であるはずのミーシャが祖母を救ってくれなかった事に怒りを感じていた。
他者から見れば理不尽とも言える感情であり、ユウ達だって、そんな事でミーシャを責めるなんて考えてもいない事だろう。
しかし、理性と感情は別なのだ。
死んでしまった大好きな祖母。
助かった大切な妹。
比べる事など出来ない大切な存在のはっきりと別れてしまった命運に幼い2人は混乱し、感情のはけ口を求めた。
(責められても、良かったのに………)
サラサラと風に流される長い髪を手で押さえながら、ミーシャはぼんやりと想う。
だけど、理不尽な感情をぶつけられない程、2人は「真っ当に」育てられた子供だった。
結果、揺れ動く感情は行き場をなくし、2人は、複雑な笑顔を身につけてしまった。
それが「大人」になる事というならば、そうなのかも知れないけれど………。
「こんな所にいたのか」
あっちこっちに迷走する思考回路をぼんやりと追いかけていたミーシャは、ふいに後ろからかけられた声に我を取り戻した。
聞きなれた声に振り返れば、想像通りの顔がそこにはあった。
「ライアン様」
「あぁ、いい風が吹いているな」
ゆっくりとした足取りで隣に並んだライアンが、目を細めて気持ちよさそうに風を受けていた。
その横顔をしばらく眺めた後、ミーシャは唇に笑みを刻むと、何も言わずに視線を前に向けた。
この一月、ミーシャが忙しかった以上に、隣の青年も多忙を極めたはずだ。
紅眼病の事だけに集中できるミーシャと違い、一国の王であるライアンには、それに加えて国を動かすための政治がその肩にのしかかっているのだから。むしろ、王都とはいえ一都市で起こった病の事など、特効薬が見つかった今となっては些末時に過ぎないのかもしれない。
それでも、さっき眺めた横顔に色濃く残った隈と疲労の影を見つけてしまえば、ミーシャには、何も言うことは出来なかった。
本当なら、こんな所にいるくらいなら栄養のあるものでも食べて、一時間でも仮眠を取るように言いたいところなのだが。
多忙な彼が、なんでミーシャを探して、わざわざこんなところまでやってきたのかを思えば、ほんのりと胸が温かくなる。
尤も、その気持ちを言葉にする術を、ミーシャはまだ知らず、結局は口をつぐんだまま、二人静かに城下町を見下ろしていた。
「いつ旅立つんだ?」
唐突にライアンの口からこぼれた言葉は、常の彼になく風に消されてしまいそうなほど小さなものだった。
「・・・・・・早朝には。後で、お時間をもらってご挨拶に伺うつもりでした」
しかし、近い距離で隣に立つミーシャの耳に届くには十分な音量で、ミーシャも、なんとなく同じようにぽつりと答えた。
「そうか。・・・・・・本当は引き留めたいのだがな。紅眼病の目処が立った今、そんなことを願うわけにもいかんだろうな」
「トマさんはしばらく残りますから」
けして視線を城下町から戻さないまま、二人は静かな声で言葉を重ねた。
明日、『森の民』はこの城を去る。
それと共に、ミーシャも一族の元へと向かうことが決まっていた。
もともと一国に肩入れすることを嫌う一族だ。
これほどの人数が一堂に会し、協力してくれたのも異例の事だった。
全ては、ミーシャがこの場にいたからに他ならない事を、何も言わずとも誰もが分かっていた。
そうして、事が起こってしまった以上、これ以上ミーシャがこの場にとどまり続ける危険性も。
『森の民』を動かした「ミーシャ」という存在を、自身の欲のために使おうと狙う人間が必ず出て来るだろう。
だが、本当は、そんな政治的理由などではなく、ミーシャ自身が望んで、旅立ちを決めたのだ。
今回の事で、ミーシャは自分の未熟さと思い上がりを嫌というほど痛感していた。
そして、目指す高みに至るために必要な知識を手に入れるために、何よりも最適な場所があり、そして、自分が望みさえすればその場に加えてもらうことができるのだ。
きっとそれは、他の薬師がどれだけ望んでも得る事が出来ない特権であり、今は亡き母からの最期の贈り物に思えた。
心残りがないわけではない。
終息を見せたとはいえ、その後の残務処理はまだまだ山積みだし、薬草園やラライアの事もある。
この国で出会ったたくさんの優しい人たちの事だって気になるし、故郷の父ともますます遠くなってしまうだろう。
「いろいろ中途半端になってしまいますけど」
申し訳なさそうなミーシャの言葉に、ライアンはクスリと笑った。
「・・・・・・まあ、紅眼についてはトマ殿が頑張ってくれるだろうし、そのほかの事についても、いろいろと手を回してくれたのだろう?」
ライアンは、この一月、忙しそうに駆けまわる小さな背中をいろんなところで見かけていた。あまりに、わき目も降らずパタパタと走り回っていた為、声をかける隙も無かったのだが。
「だから、大丈夫だ。それでもここに留めたいと思うのは・・・・・・単に俺の我儘、だな」
少し苦いものを含んだライアンの言葉に、ミーシャがきょとんと首をかしげる。
まるで分っていない幼い表情に、ライアンは、困ったように笑みを浮かべた。
「これを受け取ってくれ。何かの時には少しは役に立つだろう」
そういってライアンは、自分の小指にはまっていた小さな指輪をミーシャに渡した。
美しい金の指輪に小さな青い石がはまっている。
余計な装飾の無いそれの内側には、ライアンを示す紋章が刻まれていた。
その紋章を見せることで、国内はもちろん関係のある他国でもかなりの融通を聞かせる事が出来るだろう。
そんなたいそうな意味を持つものとはつゆしらず、見た目はシンプルで小さなそれを、ミーシャは何気なく受け取ってしまう。
ライアンの小指にはまっていたそれは、ミーシャの中指にも少し緩くて、二人の体格の差を示しているかのようだった。
自身の手でミーシャの指に指輪をはめたライアンは、その事実にクスリと笑った。
「・・・そうだな。この指輪がこの指に丁度良くなる頃には、一度会いに来てくれると嬉しい」
「はい。ライアン様が許して下さるなら、また会いに来ます」
指輪のはまった指の、隣の指をそっと撫でて囁いたライアンに、ミーシャは無邪気な笑顔で嬉しそうに頷いた。
「すみません、ミーシャ様。ラライア様がお時間をいただきたいと・・・・」
その時、ライアンの様子を伺いながらも、申し訳なさそうにラライア付きの侍女が声をかけてきた。
「あ、もうそんな時間なんですね。すぐ行きます」
もともと約束でもあったのだろう。
ライアンにぺこりと頭を下げるとミーシャは侍女を連れて足早に去っていった。
1人屋上に取り残されたライアンは、その小さな背中を見送ってから、視線を空に上げた。
「・・・・・・・あれ、絶対意味わかってないぞ」
クツクツと笑いがもれる。
ミーシャに送った指輪は、内側に刻まれた紋章もだが、その色にも意味がある。
金と青。
それはライアン自身を示す色。
さらに言えば、あの指輪は、ライアンが生まれた時に子供の健やかな成長を願って両親が誂えたものだった。
「向こうには、そんな習慣はなかったかな?」
自国では、割と普通に行われている風習で、その指輪を他者に送る意味も有名だ。
同性ならば変わらぬ友情を、そして、異性ならば・・・・・・。
「さて、仕事しようかね」
最後に大きく背伸びをすると、ライアンは執務室へと戻っていった。
旅立ちは、まだ日も登りきらぬ早朝だった。
挨拶は昨日のうちに全て済ませていたミーシャは、まだ人の少ない王城をそっと後にする。
大げさなことはしてほしくないと、まるで隠れるようにひっそりと旅立つ姿は、けして表舞台に立とうとしない『森の民』にふさわしいものだった。
ほとんど音をたてることなく静かに歩く一行のスピードは中々のもので、たちまちに王城が遠ざかっていく。
見送りを断られた人々の多くが息をひそめて窓からその様子を伺っていたけれど、新たな旅立ちに静かに興奮しているミーシャは気づいていなかった。
代わりにしんがりを務めていたラインが苦笑と共に軽く手をあげる。
『森の民』の村に帰るということで、せめて国境までは送りたいとの申し出をネルが一行を代表して断っていた。
ライアンが後をつけるような真似はしないと思ってはいたが、どこにでも欲に駆られた者たちはいるのだ。
用心に越した事は無い。
その警戒心こそが、小さな一族でしかない『森の民』を長きにわたって守ってきたのだと、一同は心得ていた。
同じ理由でミーシャには、港より船に乗ると伝えていたが、実際は数人にばらけていきそれぞれに帰路を目指すこととなる。
真実をミーシャに告げなかったのは、存在を認めてはいてもまだ一族と認めたわけではないという意思の現れでもあった。
ミーシャが無事一族に認められるかは、これからの旅路の中で、そして、故郷についてからの日々の中でミーシャ自身が示していく中で決定するだろう。
さらに言えば、そのうちの何組が素直に故郷を目指すのかは、ネルにすら不明だった。
何よりも一族を愛し、それと同じほどに自由を愛す。それが自分たち『森の民』だ。
「さあて、帰るかのう」
つぶやきは小さく。
ようやく明けてきた空へと吸い込まれていった。
読んでくださり、ありがとうございました。
これにて、ひと段落です。
随分なスローペースで、申し訳ありませんでした。
型枠はできていたはずなのですが、一向に筆が進まず………。
言い訳です。ごめんなさい。
再び旅立ったミーシャですが、「チビ魔女」は1度完結をつけさせていただきます。
一応、建てたフラグが大量に回収できてない以上、先の展望はあるのですが、予定通りに行くと次の章ではミーシャが成長してるんですよね……。
「チビ」じゃ無くなってるのにこのままの題名で良いのか、迷ってます。
まぁ、身体的な意味で「チビ」を引っ張っても良いんでしょうが……(笑)
新しい題名で始めるにしても「魔女」の称号は残そうと思っているので、どこかで見かけたらまたのぞいて頂けると幸いです。
長々と、ありがとうございました。




