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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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あの後、ネルとともにミランダのもとを訪れたミーシャは、自分の思いつきを伝え、新しい配合を研究したい旨を伝えた。

ただでさえ残り少ない薬草を研究に回すのに難色を示したミランダの説得を手伝ってくれたのはネルだった。

そろそろ追加の薬が届く目処も経つ頃であり、そのタイミングで今よりも効果のある新薬を開発できているのは、今後を考えれば有益だ。


結局、ネルが味方についたことにより、ミーシャは研究用に薬草を融通してもらうことができた。

とはいえ、その数は本当に最小限であり、決して無駄にはできない。

ミーシャは、無理を言って融通してもらった薬草をもとに新たな調合に取り組んでいた。





空気の中にいかに薬効成分を含ませるか。更に、それが望むレベルの効果を上げるためのより良い配合と吸収方法。

今までにないものを生み出すことがこれほど困難なものだということを、ミーシャは、初めて知った。

今までミーシャが行っていた病状に合わせて薬を処方していた行為は、母親に教えられた知識の利用でしかなかったのだとまざまざと思い知らされ、ミーシャは唇をかんだ。


だからと言って、始めたものを今更やめる気も無かった。すでに使ってしまった薬草。それは、誰かの命をつなぐ大切なものだったのだ。

ココで諦めてしまえば、本当にムダになってしまう。

(自分の馬鹿さ加減や無力さをかみしめるのは後で良い。今は、目の前にある問題が先)


それでも、目標があることは、今のミーシャにとっては救いだった。

頭の中がそれで一杯になっている間は、余計なことを考えている余裕はないのだから。

沸き起こる疑問は出来る限り資料をひっくり返し、それでもわからなければ、ネルやラインを捕まえては教えてもらう。そうすることで、ミーシャは、自分には経験のほかにも基礎となる知識が圧倒的に足りないのだということを痛感していた。




それと同じく、明らかに疲労の溜まった顔で、それでも眼だけは力を失うことなくいくつもの疑問を持って自分に迫ってくるミーシャを、ネルは、面白いものを見る目で観察していた。


たどり着きたい形は見えているのに、そこに至る道筋が分からずもがいている。

それなのに、ほぼ直感だけでじわじわと答えに近づいていく姿は驚嘆に値した。

というか、次にはどんな事を思いつくかと見ているとワクワクしてしょうがなかったのだ。

だからこそ、決定的な答えにつながる言葉は決して与えず、観察していたのだ。


(ミランダあたりに知られたら、趣味が悪いと怒られそうじゃの〜〜)

人の命がかかっている現状で、確かに悪趣味といえる事をしている自覚があった。

しかし、決定的に薬草が足りていない現状で、例え、ミーシャの望む薬のレシピを見つけ出したとしても、現実的に処方は不可能だ。


(まぁ、薬草が届くまでのお遊びくらい、許されるじゃろ)

期間限定のお遊び。

そう、自分に区切りをつけてミーシャを見つめるネルの瞳は、喜色の陰に明らかに冷たい光を宿していた。

それは、一族を守る為の選別者の瞳。

もしもミーシャが一族の為にならないと判断すれば、ネルは容赦なく切り捨てるだろう。


『森の民』は一族の結束を何よりも重んじる。

そういう意味では、今まで「外」で暮らしていたミーシャは、まだ一族の人間では無かったのだ。

この場に、わざわざ長老の1人であるネルが現れたのは決して好奇心のためだけでは無かった。


(さぁて、嬢ちゃんは答えに辿り着けるかのぅ?)






「ダメだ。これじゃ、きっとほとんど効果なんてでない」

ミーシャは、考え付く限りの調合レシピを書き散らした紙をクシャクシャに握りつぶすと、机の上に半身を投げ出した。

寝る間も惜しんで資料をひっくり返し、考え続けた頭は明らかに働きすぎで、ボウっとする。

自分に対する不甲斐なさに滲んでいた涙を流す気力すら、今のミーシャには残されていなかった。


最初に思いつくきっかけになった毒は、元は特殊な鉱石で一定以上の熱を加えると固体から液体、そして気体へと変化する。

それを吸い込む事で知らないうちに体内へと毒素を溜め込んで行き、やがて死に至るというもので、元々は別の鉱石を探す鉱山で副産物的に発見されたものだった。

岩を砕く際の爆破の熱で溶け出した毒素を知らずに吸い込んでいた鉱夫達が原因不明の死亡を遂げる。

鉱夫の中にだけ起こる謎の病として研究された結果、発見されたのだ。


何と、若かりし頃のネルが関わっていた一件だったそうで、懐かしそうに詳細を語られた時は驚きに目を見開いたものだ。


ふうっとため息をつくと、ミーシャは、ぎゅっと目を閉じる。

(何がいけないんだろう)

肺へと薬を届けたいのだから、その鉱石の毒のように薬を吸い込ませればいいのだと思ったのだ。

だが、どうしても薬の成分をうまく空気に乗せる事が出来ない。

最初は単純に薬を煮出して湯気を吸う方法を試したのだが、よほど、煮出した後の湯のほうが効果があった。

煮詰められた物をもったいないからと砂糖を混ぜて飲ませると、効果はある上に飲みやすいと苦みの苦手な子供達に喜ばれた。


その後は、薬草の配合を変えて気化しやすい薬のレシピを探っているのだが、うまくいかない。

精々、普通に飲む効果の半分といったところか。

これでは、わざわざ新しい方法を試す価値はない。

さらには、実験に仕える薬草の量が限られている以上、効果のありそうな配合をまず机上で新味しては少量実験するという方法をとっているため、なおの事実験は遅々として進まなかった。


(もう、こんなことしてるくらいなら、患者さんの汗の一つでも拭いている方が為になるんじゃないかしら)

ミーシャの心を弱気な考えがよぎる。

ネルが薬の追加を手配してからすでに結構な時間がたつ。

どうも北方の国の情勢が怪しく輸送に時間がかかっているようだが、そろそろ追加が来てもおかしくはないだろう。


「・・・・・あ~~~~~~、っもう!!」

ミーシャは突然大声をあげると、机の上の物を腕で払いのけた。

あまりの勢いに、ミーシャにしては乱雑に積まれていた本や資料の束が宙を舞い、机の下へとまき散らされる。

その勢いで、あらゆる所に積もったり潜んだりしていた大量の埃まで舞い上がらせてしまった。


どれほど切羽詰まっていても調合室はさすがに清浄を保っていたものの、ここは、半ば資料室と化していた書斎で、掃除の為に資料を動かして大切なものがどこにあるか分からなくなっては困るという言い訳の下、人が入るのを拒否していた為、その埃の量は本当に大量だった。

おまけに、癇癪起こしての大声を出し切った後のミーシャは、吐ききった息を吸い込む必要があり、結果として盛大に舞い上がった埃を吸い込む羽目になる。


「ゲホッ!ゲホッッ!」

細かい埃が気管支にまで入り込んだようで、反射的に沸き起こる咳で息が出来ないミーシャは、眼尻に涙を浮かべて激しく咳き込んだ。

思考すらままならないその状態の中、それでも、ミーシャは、何かが脳裏によぎるのを感じていた。





「ミーシャ、どうしたの!?」

隣の調合室で薬を作っていたミランダは、突然の叫び声とその後に続いた騒音に驚いてミーシャのこもっているはずの部屋へとかけこみ、目を丸くした。

乱雑に散らかった部屋の中、そこだけ物のない机の上に縋り付くようにして、ミーシャが盛大に咳き込んでいた。


最後に見た時には、広げられながらも机の上にあったはずの本や資料の束が床に散らばり、埃がもうもうと舞い上がる状況に、ミランダは、正確にここで起きたことを悟った。

(行き詰まってたもの、ねえ)

食事も睡眠もろくにとらず没頭していた鬼気迫るミーシャを見ていただけに、うまくいかない研究に癇癪を起したのだろうと想像するのはたやすかった。

(そういえば、レイアースも昔、似たようなことしてたっけ)

こんな時であるのに、どこか懐かしく心が温まるのを感じながらも、ミランダは一つ息を吐いた。


「大丈夫?」

そうして、ようやく埃が収まってきた部屋に入ると、まずは閉め切られた窓を開けた。

湿気を多分に含んだ生ぬるい風が、埃だらけの空気を吹き飛ばしていく。

それから、どうにか咳の収まってきたミーシャの元へ歩み寄ると、そっとその背を撫でた。

(ずいぶん痩せちゃって・・・・・・。何か、栄養のつくものを無理にでも食べさせなくっちゃ)

少女らしい柔らかさのかけたその感触に、ミランダがひっそりと決意していると、ようやく咳の収まったミーシャがバット体を起こし、ミランダの腕に縋り付いた。


「ミ・・・ラン・・ダ・・さ・・・・。おね・・・が・・・」

先ほどまでの咳のせいでまだ整わない呼吸のまま、必死に言葉を伝えようとするミーシャの勢いに押されるように一歩後ずさりながらも、ミランダは、何とか踏みとどまった。


「わかったから、少し落ち着いて。なんて言ってるか、わからないから」

ポンポンと肩をたたかれ落ち着くように促されて、ミーシャは、呼吸を整えるために何度か大きく深呼吸をした。

少し生ぬるいが埃臭くない新鮮な空気が、肺を満たしていく。


「新しい方法を思いついたんです!試させてください!!」

まだ少しうるんだ目でしっかりとミランダを見つめると、ミーシャは大きな声で叫んだ。





「うまく薬を空気の中に混ぜれないのなら、そのまま吸い込んでしまえばいいんです」

ミーシャの言葉に、集まったネルやライン達は目を丸くした。

「もちろん、今のままではだめです。不純物も除去して、できるだけ細かく。できれば細引きの小麦よりも細かくするのが理想です。吸い込み方も考えなくちゃいけないけど…………。細い筒のようなものに詰めて出来れば一息に飲み込めるようにしたらどうかなって。・・・まあ、ここら辺は、適当な薬草で実験してみます」

集まった面々をまっすぐな視線で見渡して、ミーシャは言い切った。

「また、面妖なことを。どうやって思いついたんじゃ?」

呆れ顔のネルから、ミーシャはソッと目線を外した。

思いついたのは、埃を吸い込んで噎せた時だった。


咳は気管に入った異物を吐き出すためにおこる。

埃を吸って噎せ込んだということは、埃が喉の奥に入り込んだって事で、つまりは息にのせて細かい粉ならば吸い込めるという事だ。

そういえば、昔、パンを作ろうとして小麦粉を撒き散らし、同じように噎せたことがあった。

ならば、薬草も細かく砕いてしまえば、吸い込むことは可能なのではないか。


「吸い込んだ時に咳をしないような工夫は必要だろうけど、意外と有効な方法だと思います」

ミーシャが思いついたであろう現場を見ていたミランダは、ミーシャが言いたくない気持ちもなんとなく察知して、苦笑しながらも話題を変える手助けをした。

年頃の少女が部屋の埃を吸い込んでしまう現状にいたと言いたくないのは当然だろう。


「…………そうじゃなぁ。知らぬうちに粉塵を吸い込み肺の病が起きることもある。少量なら噎せずに薬剤を吸い込む方法もあるじゃろう」

ネルが考え込むように半眼を閉じながらつぶやいた時、部屋の扉が激しくノックされた。


「なんだ?忙しない」

ラインが眉をしかめつつ扉を開けると、衛兵が立っていた。

「ネル殿に急ぎの鳥がつきました」

そうして渡された小さな紙筒が、ラインからネルへと渡っていく。


破かぬようにゆっくりと薄紙を広げたネルの眉間が僅かにしかめられた。

「なんだ?ネル爺。悪い知らせか?」

表情を引き締めたラインへと、ネルが再び紙を手渡す。

そうしながら、同じように不安そうな表情を浮かべこちらを見つめる一同をぐるりと見渡した。


「薬の輸送を頼んでいた者からの連絡じゃ。どうも、間の国で戦が起こり、陸路が使えなくなったようで、トランスより海路を使いこちらに向かうそうじゃ」

「…………それは」

途端に、みんなの顔がハッキリと顰められ、1人訳がわからないミーシャは首を傾げた。


「船で運ぶとダメなんですか?」

レッドフォードに向かう途中で乗った船を思い出し、ミーシャは怪訝な顔をする。

陸路で山道を行くより速かったし、かなり快適だった。


「あの海域は、今の時期は、夏の嵐が起こりやすいのよ。特に遠距離を走る船は大きなものが多いから、陸から離れた沖海を走るの。そうすると、嵐にあった時港に逃げ込むのが難しくなるから、難破の危険が高くなる」

海のことをよく知らないミーシャでも理解できるよう、ミランダが噛んで含めるようにゆっくりと説明してくれる。


「無いわけではないけど、かなり商船の数も減っているはずよ。良く荷を積んでくれる船を見つけたわね」

最後はミーシャにというより自分の疑問をミランダは零した。

それに、ネルが肩をすくめる。


「詳しく書く余裕は無かったんじゃが、どうも荷船では無く、たまたま遠方漁業の為に立ち寄ってた船が乗せてくれることになったようじゃな。港で困っとったらたまたま知り合った少年が仲立ちしてくれた様じゃ」

「少年?遠方漁業の船って、漁船が荷を運んでくれるんですか?」

首をかしげるミランダ達に、ラインが微妙な顔でミーシャを見つめた。


「どうも、『森の民』に借りがあるらしいぜ?ミーシャ、お前、今度は何をしてきたんだ?」

「借り?漁船?少年??」

ふいに脳裏に鮮やかに舞う少女の姿が過った。

確か、家は魚を捕る仕事をしているって言っていたのでは無かったか………。でも、少年?


「まぁ、漁船なら足も速いから上手くすれば3〜4日で着くし、謎も解けるじゃろ。それよりも、ミーシャ、お主がすることはそれまでに薬の改良をする事じゃないかの?」

ネルの言葉に、ミーシャはハッと表情を引き締めた。

「お主の思う形、それまでに作り上げてみよ」

ニンマリと笑うネルに、ミーシャはコクリと頷いた。






読んでくださり、ありがとうございました。

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