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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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28

「よう。手伝いに来たぜ」

ラインに連れ出され、向かった先の治療院で久しぶりにミランダと再会したミーシャに、再会を喜ぶ余裕は無かった。

変装を解いたミランダと共に同系色の色合いを持つ人達が更に2人程、湯を沸かしたり薬を煎じたりと忙しそうに立ち働いていたからだ。

その忙しなさを目にしながらも、どこかノンビリとした調子で声をかけたラインに視線を向ける事なくミランダは部屋の隅を指差した。


「そっちの方に水薬に溶いたやつがあるから、2番の部屋から投与していって。ネル先生の指示で、薬の効果があるのはそこからだろうって事だから」

ミランダの言葉に、ミーシャは固まった。

看病の効率化を図るために患者達は症状の進行別に部屋を分けられていた。1番症状が重い人達から1番、2番と続くのだ。

つまり、薬の投与を「2番の部屋から」という事は………。


「了解。経口で良いんだな?」

動けないミーシャに構う事なく、ラインが指さされた鍋を手に動き出す。

「そう。カップ1杯分、きっちり飲ませて「あのっ!1番の部屋は……」

自分を置き去りに動き出す事態に、それでも諦めきれないミーシャは、2人のやりとりを遮る様に声をあげた。

突然、会話に割り込まれたミランダが驚いた様に作業の手を止めミーシャの方を振り返る。そして、青ざめた顔のミーシャに眉根を寄せた。


「…………残念だけど、現在、薬の量が足りていないの。効くか分からない人に飲ませてあげれるほどの余裕はないわ」

ミーシャの勢いに一瞬黙り込んだ後、ミランダが首を横に振る。

「でも、効果あるかもっ!」

「そうね。でも、効かない可能性の方が高い。それなら、確実に助かる命を優先させる。…………感情だけで優先順位を間違ってはダメよ」

頑是ない幼児に言い聞かせる様にゆっくりとした口調でミランダはミーシャの瞳を覗き込んだ。

「追加の薬がくるのは早くともあと数日かかるの。迷っている間にも症状は進行する。分かるわね?」


返す言葉もなく黙り込んだミーシャの背中をミランダが押した。

押された勢いのまま歩き出したミーシャの頬をいつの間にか涙が流れていた。

ミランダの言っている事は正しい。

そう理性では分かるが、ミーシャの心は「納得できない」と悲鳴をあげていた。

脳裏に渡した薬を手に少し困った様に笑う老女の顔が浮かんだ。

最初に紅眼病患者として治療院に運び込まれたユウ達の祖母は1番の部屋に移されていた。

相変わらず、ほとんど意識がなく、水分も満足に取れておらず、未だに息があるのは奇跡の様な状態だった。


廊下に出た所で、ミーシャの足は止まり、その場にすわりこんだ。

立てた膝に顔を埋めるように小さく丸まる。

ミーシャの、まるで襲ってくる何かから自分を守ろうとでもしているその姿を見下ろし、ラインは、小さくため息をついた。


世間から万能のように見られても、所詮、自分たちは神ならざる身。どれだけ手を伸ばそうと、その間をすり抜けていく命は幾つもある。

その現実に打ちのめされて、里に戻り、研究という名の殻に閉じこもる同胞をラインは幾人も見ていた。

(どう考えてもこれは配役ミスだろうよ、ミランダめ)

打ちひしがれる相手を励まし、立ち直させる言葉など、ラインに分かるわけがない。そもそも人づきあいが面倒でろくに里にも帰らず諸国放浪しているような人間なのだ。

クシャリと癖のない髪をかき乱した後、ラインは、座り込んだまま動かないミーシャの前に立った。


「病室に行くのが辛いのなら王城へ戻れ。お姫様にも投与したようだから、そっちの経過観察に回ってこい」

突き放すような言葉に、ミーシャの薄い肩がびくりと揺れた。

ラインの言葉は何よりも甘い誘惑としてミーシャの耳に届いた。

ラライアの元に行けば、今後ほかの紅眼病患者に触れあうことなく過ごすことも可能だろう。

これ以上、自分の無力感に苦しむことも無いかもしれない。

しかし、心の奥深くの何かが、ここで逃げてしまえば自分の目指していたものにはけして手が届かなくなるとささやいているのをミーシャは感じていた。

だから、顔をあげれないままかすかに首を横に振ったミーシャに、ラインは、今度は大きくため息をついた。

「じゃあ、俺は先に行ってるから、その顔患者の前に出せるくらいにとりつくろえるようになったら来いよ。いいな?しけた顔で患者を不安にさせるようならすぐに追い出すからな」

最後にポンっとミーシャの頭に手を置くと、ラインは足早にその場を後にした。

それは、人の心の機微に疎い叔父からのミーシャに対する精一杯の気遣いであった。


取り残されたミーシャは、静かな廊下の片隅でなす術もなく蹲っていた。

今回で何度目かの自分の無力さをかみしめると共に、脳裏にはラインの言葉がくるくると渦巻いていた。

『はったりでもなんでも患者さんの前では胸を張っていなさい。治療する人間が不安そうな顔をしていたら、ただでさえ病におびえている患者さんは不安になってしまうわ』

ふいに幼いころ母親にくり返された言葉とラインの声が重なった。

(言葉は違うけれど、同じことを伝えようとしているのかしら)

そう思いいたった時、ふわりと温かいものが頭を撫でていくように感じて、ミーシャは、思わずうつむけていた顔をあげた。

その感触は、母親の優しい手にとても良く似ていたから。


そうして開かれた視界に映ったのは、もう一度会いたいと願っていた優しい笑顔だった。

「・・・・・・・・・母さん」

少し透けて見える姿は、かの人がこの世のものではないことを如実に表していた。

しかし、そんなことはミーシャにとっては些細な問題でしかなかった。

「かあさん!」

何よりも求めていた人の姿に、ミーシャの瞳からこらえていた涙が零れ落ちる。

「あたし・・・・・私・・・・・」

たくさんの者が胸にこみあげてきて言葉にならないミーシャの前で、半分透けた姿の母親は穏やかに微笑んだまますっとその指先を廊下の先へと向けた。

その先には、一足先にラインが向かった患者たちのいる病室があった。


「・・・・でも、私・・・・・・」

促すしぐさに、それでもひるんでしまい、ミーシャは、再び顔をうつむけた。

自らの欺瞞の結果に対峙する勇気が、ミーシャには、どうしても持てなかったのだ。

ふいに、鼻孔が懐かしい香りを感じ取り、ミーシャは抱きしめられたと感じた。

忘れられるはずも無い大切な温もりに包み込まれる。


『大丈夫。笑いなさい、ミーシャ』

そうして優しいささやきを耳が拾ったと感じた時、かき消すように香りも温もりも消えてしまった。

「母さん、待って!」

慌てて目を見開いてみても、そこには誰もいない廊下があるだけだった。

自分の弱さが見せた幻なのかとミーシャは思った。

しかし、それにしては自分は優しい温もりに包まれた感触も懐かしい香りもはっきりと感じていた。

ミーシャは、きゅっと唇をかみしめた。

「黄泉の国に旅立ってまで心配させるなんて・・・・ふがいない娘で、ごめんなさい」

小さくつぶやくと、ミーシャは、すくっと立ち上がった。

そして、意識して口角を持ち上げ、笑みの形を作り上げる。


「苦しくても、はったりでも・・・・よね」

ミーシャは自分に言い聞かせるように小さな声でつぶやくと、いまだ震える足を前へと踏み出した。

自分にできることはまだあるはずだ。

辛くてもみっともなくても、出来る事があるなら頑張ろう。

母親のような薬師になりたいと誓ったあの日の幼い自分の為に。









ミランダの指揮のもと調合された薬を、次々と投与していく。

やはり症状の重い者には薬の効き目がいまいち良く無いようで、改善は見られるのだが、完治には程遠かった。


薬の効能は体内の虫を殺し体外に排出するというものだったが、卵の状態には効き目が悪いようで、複数回飲むことで繁殖する前に卵から孵化したばかりの虫を殺していく。

症状の比較的軽い者には2〜3度の投与で済むものが、その何倍も必要となるようだ。

厄介なことに敵は寄生虫であるため、一定数の数を残せば、再び体内で増殖してしまう。

改善に向かって見えた者も日がたてば元の状態に戻るであろうことはすぐに予想がついた。


つまり、想像していた以上に、薬の数が圧倒的に足りないのが現状であった。

体内の虫の数を減らせば、症状は少し緩和する。

その為、追加の薬が届くまでは、完治を目指すのではなく、多くの人達に1度目の投与を行い延命処置とした。

キャラスの食用を禁じたお陰か、新たな紅眼病患者が運び込まれる数はかなり減っている。

本当なら、予防の意味も兼ねて1度でもキャラスの生食をしたものには薬を投与したいのだが、現在発症している人間に対処するだけで精一杯であり、そこまでの余裕は当然なかった。


結局は薬が届くのを待つしかないのだが、はるか北の辺境より数国をまたぐ旅路である。

不安定な情勢の国もあり、いつ、薬が届くのかは、まさに神のみぞ知る、という状態であった。


「ネル爺様。質問があるのですが……」

今日の分の薬を投与し終わり、休憩室でお茶を飲んでいたミーシャのところに、ネルがヒョッコリと顔を出した。

今回の立役者であるネルは、「薬の作り方は教えたんだし、ここにわしの出番はもうないじゃろ」と、フラフラと街に出ては歩き回っていた。


本人曰く「環境調査」らしいのだが、ラインは「お役人の相手が面倒なだけだろ」とにべもない。

本来の現場責任者が不在のため、現在、国の責任者とのやりとりを押し付けられているラインは、精神的疲労につきうっすらと目の下にクマができていた。

その顔を見れば、そっと目をそらすしかないミーシャであった。


別に無理難題を押し付けられているわけでは無いのだが、人とのやりとりを苦手とするラインにとっては、不眠不休で働き続けるよりもよほど苦痛であったらしい。

「お前の得意分野だろう」

と、ミランダにどうにか押し付けようとするのだが、レイアースに対する「ぬけがけ」が癇に障っている為、絶対に代わろうとはしなかった。

「年長者にお任せするわ。…………たまには管理の仕事をして、苦労を思い知ればいいのよ」

ニッコリ笑顔で毒を吐き、そっぽを向くミランダに取りつく島は無かった。


そんなネルだが、気まぐれに顔を出してはミーシャに構って去っていく。

決して作業の邪魔をするのではなく、ミーシャが休憩をしているとどこからともなく現れるのだ。

まるで見ているようなタイミングの良さに、きっと誰かが知らせているのだろうなあ、と思ったけれど、ミーシャは問いただす気はなかった。


別に後ろめたいことをしているわけではないので監視されているような現状も気にならなかったのである。

それよりも、ネルの話してくれる母やラインの昔話のほうがよほど大事だった。

更に『森の民』の長老を名乗るだけあってネルは博識であり、薬草の育て方などにもたくさんのアドバイスをもらう事が出来た。


だから、お茶を飲みながらミーシャがおずおずと切り出してきた時も、ネルはいつもの質問タイムだろうと軽い気持ちで視線をあげた。向上心のある子供の相手が、ネルは大好きだった。時には、大人の思いもよらない着眼点を披露してくれる。


「紅眼病は寄生虫が引き起こす病気ですよね。最初は口から入り込み体内で増殖。血の道を通り全身に広がって、最終的には肺と肝臓に大きなコロニーを作り出す」

「そうじゃな。そこから全身に張り巡らせた小さな血の道にまで虫が入り込むことで赤い筋のような跡や白目が赤く染まるという現象を引き起こす。・・・なんじゃ、おさらいか?」

唐突に紅眼病の話を始めたミーシャに、ネルは怪訝そうに眉をひそめた。

「はい。おさらいです。だから、末期患者の虫を退治するには主にその二つのコロニーを叩き潰すのが重要だと思うのですが、肝臓はともかく、肺に対する薬の効き目がいまいちだと思うんです」

真剣な表情で言い募るミーシャのきらきらと輝く瞳に何かを感じて、ネルは居住まいをただした。


「それで?何か思いついたのか?」

「以前、知り合った方が、暖炉に塗りつけられていた毒薬の煙を吸って体調を崩していました。同じように煙や蒸気を吸い込むことで、直接に肺に薬の成分を届けることは出来ないでしょうか?」

ミーシャの言葉に、ネルは、小さく息を飲んだ。

経口で薬を飲むとどうしても肺に届く頃には、他に吸収されてしまい薬効は少なくなってしまう。

しかし、ミーシャの提案した方法ならば、うまくすれば効果は格段に変わるだろう。


「しかし、それには薬の成分を変えねばならん。研究に回す余地はあるのかの?」

「・・・・・まだ、ミランダさんには言っていないので分かりません。ですが、肺のコロニーは全体から見てもかなり大きなものです。そこを直接たたく方法があるなら、試す価値はあると思います。

いつ届くかわからない薬を待っているだけでは、ダメだと思うんです。届いたときにより良い方法が出来ていれば、すぐに処方できます」


迷いのないまっすぐな瞳に、ネルは、フッと笑みをこぼした。

絶望と無力感に打ちひしがれていたのはほんの数日前の事だ。しかし、目の前の少女はすでにしっかりと前を向き、さらなる高みを目指そうとあがいている。

数日前には見られなかった目の下のうっすらとしたクマは、ミーシャが寝る間も惜しんで、文献をひっくり返した証拠だろう。

ネルは、カップの中のお茶を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。


「そこまで自信満々に言うということは、薬の改良も目星がついておるんじゃろう。ほれ、行くぞ!」

「はい!」

唐突に歩き出したネルを、ミーシャは慌てて追いかけた。





読んでくださり、ありがとうございました。


そして、感想、ご意見ありがとうございます。

励みになります。

しかし、どうにもお返事でネタバレしてしまう癖がある為、しばらくはお返事控えさせていただきます。

このような場所での宣言、申し訳ありませんm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 医療の知識が全くないからさっぱり分からないんだけど、肺に入り込んだ寄生虫を殺したとして、どうやって取り出すんだろう? 唾でも誤飲性肺炎になるのに。 どんな状態で肺に虫がいるのか。 寄生虫怖い…
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