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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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20

2章の5話にかなりの量の加筆をしております。

ミーシャの思い出話と今後のフラグになってますので、興味を惹かれた方はどうぞ。

読まなくてもお話の展開がわからなくなるということは多分ありません。

与えられた部屋に戻ってこれたのは、大分夜が更けてからのことだった。

いつもの小屋は庭の片隅にあるため、多くの人が訪れる今日は警備上の不安があるからと、本日は久しぶりに王宮の客室へのお泊りだった。


ミーシャは、湯を浴びてさっぱりした身体をベッドの上へと横たえ、大きく息を吐いた。

「付き合いきれない」とミーシャの手を引いてラライアは退出したが、城の大広間では朝方まで、パーティーは続くそうだ。ライアンは少しでも多くの人を労うために、最後まで付き合うらしい。

(大人ってタフだな……)

ひっそりとそんな事を考えながら目を閉じる。

柔らかな感触に身体を預ければ、そのまま、ズブズブと沈み込んでしまいそうな錯覚に陥り、自分が思っていたより疲れていたことを知った。


「楽しかった………な」

脳裏に、大広間での出来事が浮かんでは消えていく。たくさん踊って、たくさん笑って、色んな人と話した。

なんだか嫌な視線を向ける人もいたけれど、コーナンやカイト達が直ぐに遮ってしまったため、あまり印象には残っていなかった。


「お城の舞踏会………まるで絵本の中のお話みたいだよね」

幼い頃に父親が土産にと持って来た絵本の中に、女の子が王子様と踊る場面があった事を思い出して、ミーシャはクスクスと笑った。

なん度も読み返しては憧れていた忘れられたお姫様のお話。


「王子様じゃなくて、王様と踊っちゃったし」

まるで背中に羽が生えたみたいに、体が軽かった。

ライアンが次に何をしたいのか考えるよりも先に分かって、足が勝手に複雑なステップを踏んでいた。

あれは、とても不思議な感覚だった。

気がついたら、音楽が終わっていて、たくさんの人から拍手をもらっていた。

「もう一度同じ事をしろって言われても、無理な気はするけど、ね」

きっとあれは、初めてのパーティーに出た自分へのご褒美的な何かだったのだろう。


(いっぱい、いっぱい、楽しかったし、明日から、また頑張ろう)

ふわふわした気持ちを抱えながらそう思うと、ミーシャは、あくびを一つこぼし、抵抗する事なく眠りの世界へと吸い込まれていった。









窓の外からは楽しげな喧騒がかすかに聞こえている。

老婆は力の入らない体を薄い布団に預け、ボンヤリとそれを聞いていた。

微かな喧騒よりも、隙間風のようなヒューヒューという音がやけに耳についた。

高熱に侵された老婆はその音が自分の喉から溢れる呼吸音だということに、気づけない。

ただ、ボンヤリとした頭でそういえば夏の祭りがあるんだと考えるだけだった。


去年の祭りの頃はまだ元気で、臨時の出店で焼き菓子を売って小銭を稼いでいた。

それなのに、今は身体どころが指一本動かすのも億劫だった。

高熱によるひどい倦怠感。それを無視して無理に動けば胸を破りそうな咳の発作と関節の痛みが起こった。


春が来る頃に崩した体調は、時とともに徐々に悪化して行った。上がったり下がったりする熱に倦怠感。

すぐに良くなると気楽に考えていた老婆が、流石におかしいと思った時には、すでにベッドから降りることすら難しくなっていた。


娘がなけなしの金で手に入れてきた熱冷ましの薬も飲んだその時には良くなるものの、すぐにまた上がってきてしまう。滋養のためにと娘が忙しい時間の合間を縫って取ってきたキャラスも、効いているのかいないのか………。


不意に喉奥から込み上げてきた咳の発作に、老婆は痩身を折り曲げるようにして耐えた。

薄暗い部屋の中、聞いている方が苦しくなりそうな激しい咳が響き渡る。

生理的に溢れてきた涙で滲む視界が不意に紅く染まった。

ようやく治まった咳の名残でヒューヒューと喉を鳴らしつつ、老婆は自分の手を濡らす紅い液体をボンヤリと見つめた。

独特の粘度と匂いを伴ったそれの正体に思い至り、ぐったりと弛緩していた老婆の体がガタガタと震えだす。


己の皺だらけの痩せこけた手を染める紅い液体。


生まれた時から王都で暮らし、あの最悪の年を越えたこともある老婆にとって、現在の己の状況が示す未来は最悪だった。

恐怖に喉奥から悲鳴が溢れかけ、しかし老婆の弱り切った体は、そんな衝動的な行動すら許してはくれなかった。

代わりとでもいうように、再び咳の発作が老婆を襲う。


薄れゆく意識の中、老婆は仕事から帰ってくる娘を想った。

最近、疲れた顔をしていた。

自分の体のキツさにあまり気にかけていなかったが、最近、咳もしていたような気がする。

それは、最初の頃の自分と同じでは無かっただろうか。

(ああ、神様………)

最後のその瞬間、老婆は年老いた娘のことを思い血に染まった指先で祈りの印を結んだ。




「母さん、ただいま。今日は薬を買ってきたから、食欲なくてもチョット頑張って。向かいのビーンさんにキャラスも分けてもらったの。今年は豊漁なんだって………」

娘は、弾む足取りで安っぽい木の扉を開けた。

例年通り焼き菓子の屋台を出していたのだが、祭りの雰囲気が行き交う人の財布の紐を大分緩めてくれたおかげで、予想よりも多くの臨時収入を得ることができた。

普段は自分で取りに行くキャラスや他の小魚も向かいの親父さんが、祭りの気前のいい空気に浮かれてタダで分けてくれた。

細やかではあるがなんだかいい事が続いて、娘は久しぶりに気持ちがウキウキしていた。


だから、気づくのが遅れたのだ。

薄暗い部屋の中が不自然に静まり返っていることに………。

体調を崩した母親は主に胸を病んでいるのか、咳をしていない時もヒューヒューと呼吸をするたびに喉を鳴らしているのが常だった。


「…………母さん?」

込み上げてくる不安に焦りながら灯りをつけた娘は、目に飛び込んできた光景に息を飲んだ。

窓際に置かれたベッドの上に母親はいた。

横向きに小さく丸めた半身をくすんだ紅に染め、大分苦しんだのか布団も服も乱れてメチャクチャだった。

今際の際に何を願ったのか、骨と皮だけの指を祈りの形に組んでいるのが不思議とはっきりと目に飛び込んできた。


「アァ…………、母さん」

すでに息をしていない母親へとヨロヨロと近寄った娘は、ランプの灯りに照らされた母親の手に触れようとして、ふと、手を止めた。

組まれた指先。

吐血によって分かりにくいけれど、そこにまるでミミズが這っているような赤い筋が何本も走っているのが見えたからだ。


「ヒイッ!」

それに気づいた瞬間、娘は後ろに跳び退り、腰を抜かして座り込んだ。

止まらない咳と高熱。そして、死体に浮かび上がる赤い筋。

それは、数年前に王都を壊滅寸前まで追い込んだ病の特徴だった。

きっとしっかりと閉じられている母親の瞳をこじ開ければ、白眼は赤く染まっていることだろう。


襲いかかる恐怖に耐えるため、体が悲鳴を上げようと鋭く息を吸い込み、しかし、娘はその息にむせて咳き込んだ。

呼吸を妨げるほどの激しい咳の発作。

体を折り曲げるようにして耐えた娘は、ようやく治まった咳の後、ゼイゼイと荒い息をついた。

呼吸が楽になるにつれて、恐怖に支配されていた脳裏がすっと冷えてくる。


2人が住んでいるのは、貧しい人が肩を寄せあうようにして暮らしている一角だった。

辛うじて一軒屋の形を取っているものの、隣の家とは人1人通れないほど近い距離で立っている。

こんな場所で、流行病で母親が死んだと知られたら………。

病とは別の恐怖が、娘の体を走り抜けた。


女は震える手で、母親の体をスッポリと薄い上掛けで包んだ。

そうして、傍の椅子へと座り込む。


本当は、自分がやらなければならないことは分かっていた。

偉い人たちの政策で、もしも見慣れぬ病を見つけた時は王立の治療院へと届けることになっている。

恐ろしい死病を乗り越えた王都は、同じ恐怖を繰り返さないための対策として、こんな貧しい下町のものにすら、その情報を徹底して通達していたのだ。


だが、そうすると、自分は今後どうなってしまうのだろう。

他に身寄りもない年老いた母娘が暮らしてこれたのは、昔からこの場所に住んでいたからだ。

良くも悪くも距離の近いご近所と支えあうように生きていた。

だけど、こんな事を起こして仕舞えば、きっとこのままここに住み続けることは難しいだろう。きっと、追い出される。

60近い女が1人、見知らぬ土地でどうして暮らしていけるだろう。


寒くもないはずなのに、女の体がカタカタと小さく震え始めた。

その想像は、自分が死んでしまうかもしれないという事より辛いものだった。

(少しだけ。少しの間だけ………)

だから、女は愚かとは分かっていても、動かない事を選択した。

ほんの少しの間だけ、心を落ち着けて、先の展望が見えたら、その時動けばいい。

少なくとも、2日くらいなら時間をおいても大した違いはないはずだ。

震える両手を握りしめ、女は何度も自分に言い訳を繰り返す。

その手の形は、もう動かない母親と同じ形を象っていることにも気づかないまま………。




こうして、人知れず復活した病は最初の犠牲者を出し、静かに牙を研ぎ続けたのだ。





読んでくださり、ありがとうございました。


舞踏会編終了です。

何時ものちび魔女とはちょっと違う、乙女な世界観は楽しかったけど些か難産でした。


そして、忍び寄る不穏な影。

お帰りなさい、何時もの世界(笑




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