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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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14

『お兄様。

この手紙をお兄様が読んでいるということは、私は森へ帰ってくる事が出来なかったのでしょう。

城に滞在したまま、すれ違いになってしまっただけなら、それで良いのですけれど、もし、そうでないのなら………。

どうぞ、のこされたミーシャを護ってあげてください。

この森深く隠すように育ててしまったあの子は、人の悪意というものを知りません。

きっと、たくさん傷ついてしまうでしょう。


そして、出来ることなら『森の民』としての道を取り戻してあげてください。

我が子ながら、あの子は教えてもいないのに誰よりも一族の誇りと力を持っていると思うのです。

親の欲目かもしれませんが。

そして、しっかりと確認したことはないのですがあの子は一族の力を引いているようなのです。

本当なら、もっと早くにお兄様に託すはずだったのですが、弱い私はどうしてもこの手を離す事が出来ませんでした。


お兄様。

お兄様には分かっているとは思いますが、私はとても幸せでした。

一族の森を遠く離れ、愛する人と共に生きる事を選択したあの日を後悔したことはありません。

本当に本当に幸せだったのです。

長い時を見守り続けてくださり、ありがとうございました。

最後までわがままで自分勝手な妹でごめんなさい。

私の愛する娘をどうぞよろしくお願いします』






少し乱れた文字は急いでこの手紙を書いた事を伝えてきた。

常にない家の乱れた様子からも、相当急いで飛び出していったのであろう事はすぐに想像がついた。

経過した月日の為に読み取りにくかったが、家の前に残るたくさんの馬の蹄の跡からも状況の切迫具合は伝わってきた。

そんな中でも、訪ねてくるであろう自分に向けて律儀に一筆残した妹の義理堅さを賞賛するべきか。

それとも、勘の鋭い妹のことだから、何かを感じていたのかもしれない。


長く人気の途絶えた冷たい居間の椅子に腰掛け、隠し戸棚の中にあった自分宛の手紙を読み終えたラインはゆっくりと息を吐いた。

心の中を吹き荒れる感情の嵐をそうしてどうにかやり過ごす。

人の死を多く見つめてきたラインであっても、血を分けたたった1人の妹の遺書となってしまった手紙を読むのはひどく心にこたえた。


いつもの様に戦場を渡り歩く中、約束の時が来たのを思い出し、妹の住処へと向かう道すがら耳に入って来たのは、訪ね人の訃報だった。

例え密葬にしても人の口には扉はつけられないものだ。

まして、王弟のスキャンダルともいえる出来事はヒッソリと流れ、ラインはかなり真実に近い情報を手に入れていた。

それでも、とりあえずは此方にとやって来て、見つけたのが件の手紙だった。


(馬鹿妹め)

唇を噛み締め、心の中で悪態を吐く。

言葉にして仕舞えば、抑え込んでいる嵐が噴き出してしまいそうだった。

決めた事は決して覆さない気の強さを奥に秘めた柔らかな微笑を思いだす。

故郷の森を遠く離れこんな深い森の中で、だけど一言も辛いと言った事はなかった。

手中の玉を慈しみ月に一度の(おとない)を楽しみに、穏やかに静かに暮らしていた妹は、本人の言葉通り真実幸せだったのだろう。

なら、憐れみを向けるのはお門違いだ。

例えそれが他人から見れば、ありえない日陰者のような暮らしだったとしても。


手の中の紙をぐしゃりと握り潰すと、ラインはそれを暖炉の中へと放り込んだ。

それから、黙々と住む人の居なくなった家の中を歩き回り、いくつかの物品を同じ様に全て暖炉の中に放り込む。

それは、今はまだ世間に出すことの出来ない過ぎた知識の塊だった。

妹がこの森の中で細々と続けていた研究の成果達。

本人も公表する気は無かっただろうが、研究者としての性で気になることをそのままにしておけなかったのだろう。

外傷の治癒をメインとする自分とは方向性が違うものの、コツコツと続けられたそれはラインの目から見ても見事なものだった。

この思想を今の医学に取り入れれば、劇的ではなくとも確実に薬学の一部が良い方へと書き換えられるだろう。

だが、だからこそ管理するもののいない状態で世間に出していい情報では無かった。

こんな森の中に荒らしに来る人間もそう居ないだろうが万が一もありえる。と、いうか、妹の正体を知るものがいれば、好奇心のままにやって来ることもあるだろう。

そんな輩の手に落としていい知識ではない。


赤々とあがった炎を見つめながらラインは、少し迷う様に手の中の冊子を弄んだ。

それは、妹の綴った日記であった。

毎日ではなく、何か心に残ったものをその時々に書き残したらしきそれは、薬師としての新たな考察と日常の思い出とがごちゃまぜに記されていた。

薬師としては宝ともいえる知識。

だが、それ以上に(ミーシャ)にとっては、大切な形見となるだろう。

少し迷った後、ラインは結局その冊子を自分の鞄の中に放り込んだ。

自分が責任持って管理をし、しかるべき時を見てミーシャに渡してやれば、問題ないだろう。


最初の日付が故郷の森を出た日だった事に胸の何処かが痛んだ気がした。

それ以前につけていたものは持ち出す事が禁じられたのだろう。

あの日。

妹が故郷から持ち出せたのは、数枚の衣服と生まれた日に父母から送られたネックレスだけだったのだから。


「本当に馬鹿な妹だ」

秘密を燃やす赤い炎を見つめながら、ラインは今度は小さくつぶやいた。

それでも、「幸せ」と微笑んだ妹の笑顔は今も鮮やかに蘇るから、ラインはそれ以上余計なことを考えずにすんだ。

あの男はとりあえず最低限のルールは守ったのだろうから。


炎が全てを燃やし尽くすまで見守ったラインは、灰の始末をつけてから家を出た。

そうして、扉の前でクルリと辺りを見渡し、おもむろに指笛を吹く。

独特のリズムで高く低く響いたその音が静かな森の中に響き渡り、最後の音が消えた時、バサバサと重たい羽音が響き、一羽の鳥が降り立って来た。

猛禽類の鋭い爪と目を持つその鳥は、ミーシャ達が伝達の手段として飼っていたものだった。

「やあ、カイン。久しぶりだな」

親しい友にするように柔らかな言葉をかけ首元を指先で擽れば、カインと呼ばれた鳥は気持ちよさそうに目を細め首を傾げた。

「ミーシャ達も行ってしまって、1人は寂しいだろ?俺はミーシャを追うつもりだが、カインも一緒に来るか?」

語りかける言葉をカインはジッと聞いていた。

そして、すぐにクゥッと喉奥で一声鳴く。

まるで返事をしたかのようなその声に、ラインはフッと笑みを浮かべる。


「じゃあ、さしあたり不出来な義弟の元に手紙を届けてくれるかな?俺も追っていくから」

カインの足に書簡筒を取り付けると飛び立ちやすいように腕を大きく振り上げた。

カインはその反動を利用して力強い翼をはためかせ空へと飛び立つ。

頭上高くクルリと一周弧を描いて見せてから、たちまち小さくなるカインの姿を見送った後、ラインもまた歩き出した。

後ろの小屋を振り返ることなく、スタスタと歩き去るその姿に暖炉の炎を見つめていた険しさはもう無かった。


深い森の中。

住む人も、訪れる人も失った小さな小屋は、少し寂しげに、しかしその中に抱える優しい日々の思い出を守るように、ただその場に立ち尽くしていた。









訪問は唐突に、そしてひっそりと終わった。


ミーシャが去った屋敷で、1人怪我の後遺症と戦っていたディノアークは、突然部屋の窓から飛び込んで来た『鳥』により、来訪者の存在を知った。

指定された日時に裏庭にある忘れられた小さな薬草園へと赴けば、茂った木々の陰に隠れるように1人の男の姿があった。

ディノアークの姿を認めてサラリと被っていたマントのフードを落とす。

そこから現れた見慣れた色彩に、男は一瞬肩を強張らせた。

それから、深々と頭を下げる。


言葉もなく下げられた頭をジッと見つめ、ラインは1つため息をついた。

言い訳もせずただ無言で頭を下げるディノアークを責める言葉は別段浮かばなかった。

幸せだと笑う妹の面影がその言葉を奪ってしまったのだろう。


「顔を上げてくれ。別にあんたを責めに来たわけじゃない」

どこか気だるげな声にディノアークは顔を上げた。

記憶に残るままの話し方をする相手は、その言葉通り憎しみも悲しみもその瞳には浮かんでいなかった。

愛する妻と同じ美しい翠が真っ直ぐに見つめてくる。

それにどこか居心地の悪さを感じて僅かに身じろげば、ズキリと腰から足にかけて痛みが走った。


「あぁ、そういえば背中を負傷したんだったな。神経に負荷が残ったか」

僅かにこわばる表情と体に、ラインがサラリと評した。

事もなげに言い当てられた現状に驚けば、苦笑が戻ってくる。

「あんたの怪我の話は伝わって来てる。そこから、おおよその流れを汲み取るのは別に難しくない。そんな化け物を見るような目はやめてくれ」

少し離れていたが同じ戦場にいたのだと伝えれば、ディノアークはあっけにとられた顔をした。

まさかそんな近くにラインが居たなんて思いもしなかったのだろう。


「話を聞いて訪ねようかと思った時にはあんたはもう戦局を離脱してた。まぁ、俺も直ぐには動けなかったし、側近達の素早い判断が仇になったのか良かったのか………。微妙な所だな」

ラインの言葉にディノアークは項垂れた。

戻って来た結果、自分の命は拾えたが大切な存在を無くしてしまった。

黙り込むディノアークに、ラインは苦い笑みを浮かべる。

責める気は無いと言っていながら、結局は似たようなことをしている自分に少し呆れる。

飲み込んだつもりの感情はどうも容易に消せるものでは無かったらしい。


「すまなかった。ミーシャに会いに来たんだ。どこにいる?」

短い謝罪に小さく首を横に振り、ディノアークはミーシャの現状を告げた。

途端、ラインの眉間に皺が寄る。

「…………よりによって、あそこかよ」

「なにか?」

小さな呟きは、ディノアークの耳には届かなかった。

怪訝そうな相手に、ラインはすっと表情を消し、首を横に振る。


「いや。なんでも無い。直ぐに訪ねてみよう。出来れば、俺が訪ねて行くことを相手方に伝えてもらえるか?王宮にいるなら、その方が面倒がないだろう」

ラインの言葉に、ディノアークは馬車を出すと申し出るが断られてしまった。さらに直ぐに旅立つというラインに表情が曇るのが自分でも分かった。

レイアースの事を話せる相手は少ない。

出来る事なら、ひと時でいいから語り合いたかった。

だが、そんなディノアークの心情など知らぬとばかりにラインはフードを被ると足元に置いたカバンを背に担いだ。

脳裏は、ここからレッドフォードまでの最速の旅路検索に忙しい。


「じゃあ、また。何かあればカインを飛ばす」

サラリと別れの言葉を口にして、ラインは振り返る事なく木立の中に消えてしまった。

なんの余韻もなく去って行った後ろ姿が消えてしまっても、ディノアークはしばらく動く事なく、もう何の気配も残さないその場所を見つめ続けた。


読んでくださり、ありがとうございます。


伯父視点。

彼は基本自分の興味のあるものにしか動きません。

ディノアークには興味ないため、例え後遺症で苦労してるのに気付いてもスルーです。

死にかけの重症とかだったら多分、嬉々として関わってたと思います。

ラインは外科。レイアースは内科の薬学を専門に研究してました。

ラインが隠匿した研究は薬草の効果をより多く引き出すための調合法とか毒草の有効活用法とか、でした。

やり方によっては証拠を残さず暗殺とかに使えそうな知識だったため処分。

でも、一応知識としては自分の脳内に残してあるって感じ。

故郷に戻ったら、専門職に知識を引き継ぐ予定です。


以上。本編に出てこないであろう裏設定でした。

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