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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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12

「栄養過多による急成長による弊害、ですか?」

 いつも通り薬草園の手入れをしていたアドルは、突然出かけていたはずのミーシャに呼び出された応接室で首を傾げた。


 ミーシャの為に与えられていた応接室の机の上には様々な資料が、机の上が見えないくらい積み重なり広げられていた。

 その机を挟んだ向こう側で、ミーシャは重々しく頷いた。

 その頬はほんのりと赤らみ、瞳が興奮の為にキラキラと輝いていた。


「今日、子供達にヒントを貰ったんです!」

 そういって、ミーシャがアドルに手渡したのは大きなトマトだった。

 赤く熟したトマトは瑞々しかったが、残念なことに皮の一部が弾けて中身が見えていた。


「これは?」

「食べてみてください」

 唐突な要求に戸惑いながらもアドルは、ミーシャの笑顔に押されるようにトマトに噛り付いた。

 少し水っぽく感じるが特に変わった味がするわけでもない、普通のトマトだった。


「次はこっちをどうぞ」

 ミーシャが何を言いたいのか分からず困惑顔のアドルに、新たなトマトが手渡された。

 今度は先程より小振りだが、傷は無いようだ。

「………美味しいですね」

 甘味があり、旨味も強い。

 明らかに先程より濃い味にアドルは目を細めた。


「同じ品種のトマトです。作った方も同じ。ただ、育て方が少し違って、最初に食べたトマトは普通に畑で育てたもの。もう1つは屋根のある場所で鉢で育てていたものです。土も肥料も同じですが、唯一水の量だけが違います。今年は雨が多いから、外で育てたものは水分の取りすぎでハジけてしまったそうです」

 両手にトマトを持ち、ミーシャが説明してくれるトマトの話をアドルは首を傾げながら聞いていた。


「………トマトの話は分かりました。が、それがどう、つながるんですか?」

 困惑顔を崩さないアドルに一瞬不満そうに唇を尖らせた後、ミーシャは、机の上にある資料を指差した。

「ここにあるのはセデスの成長記録です。種から育てて苗を選別し畑に植え、花が咲くまでに大体3か月かかるかかからないか、ですね」

「それが何か?」

「私が知る自生のセデスは花が咲くまでに早くても4か月はかかってました。そこから、1番薬の効果の強い実が実って熟すまでさらに2ヶ月近く。ここのセデスたちは明らかに成長が早すぎるんです」


「………それは」

「セデスはもともと雑草かと思うほど繁殖力が強く、比較的場所を選ばず育つ薬草です。

 それが過ぎるほどの環境と栄養を与えられたせいで、このトマトと同じ事が起こったんじゃ無いでしょうか?初日に齧ったセデスの葉、明らかに香りも独特の苦味も薄かったんです」

「それで、急成長による弊害、と、おっしゃったんですね」

 畳み掛けるように話すミーシャの眼を見つめ、アドルが呟いた。


「……確かに、それだけ成長速度が違えば変わってくるものもあるかもしれません。が………」

「アドルさん」

 迷うように視線を彷徨わせるアドルの視線を今度は、ミーシャがしっかりと捕まえた。


「ある人に「植物は大地に根付くものだ」と教えていただきました。そして、私になら分かる、とも」

 ミーシャの脳裏に何かを試すように自分を見つめるミランダの眼差しが浮かぶ。

 そうして、今まで自分が見てきた薬草達の様子や雑草に飲まれながらも生き残っていた10年以上前に作ったという母の薬草園。


「薬草の中には険しい岩場にしか生えない種類もあります。逆に湿度を好み、水辺に育つ薬草もある。それぞれの場所で、それぞれに合った成長をする。

 母の作っていた薬草園は小さな規模でしたがキチンと自然を感じた。区切るのではなく、あるままの姿で色々な植物が混在し、生きていた」

 ミーシャの翠の瞳が一瞬フッと伏せられた。

 強い意志を浮かべ輝いていた瞳が伏せられた途端、そこにゆらりと切ない光が滲んで見える。

 それは、郷愁か憧憬か………。

 ミーシャの事情など知る由もないアドルには分からなかったが、その切ない色に胸の奥がツキリと痛んだ気がした。


 しかし、瞳が伏せられたのは本当にわずかな時間で、直ぐにあげられた翠には、どこにもさっきまでの感情を見つけることはできなかった。

 その事にホッとした様なガッカリした様な相反した不思議な感情をアドルは味わうこととなる。

 自分の感情を言葉にするのに必死なミーシャは、そんなアドルに気づくことはなかった。


「ここの薬草園を見た時、とても美しいと感じました。まるで庭園のようだ、と。王城の庭ならそれでも良いのです。でも、作りたいのは王城の庭(それ)では無いですよね?人の目を楽しませる場所ではなく、人の体を癒す物の育つ場所でしょう?」


 感情のままに紡がれるミーシャの言葉は理路整然とは程遠く拙いものだった。

 しかし、その言葉は確かに惑うアドルの心のどこかにふれた。




「……ココで、作りたいもの」


 ここまで、美しく整えた薬草園は誇りだった。

 木を切り開き、根を掘り返し、レンガを積んで、土を作った。

 王城より派遣された庭師の言う通りに動いただけだが、土仕事などそれまでろくにした事のなかった体は悲鳴をあげ、慣れるまでは本当に大変だったのだ。

 そもそも、本来の役目を投げうち庭師の真似事をするアドルに眉を潜める輩は多かった。

 それでも、自分の手で作り上げたいと願い、地に這う様にして、仲間とともに1から作り上げたのだ。


 だけど、そうして作り上げた薬草園で育つ薬草達は、本来の役目を果たそうとはしなかった。

 薬として役に立たない薬草達はまさにハリボテ。宝石のふりをしたガラス玉でしか無い。

 だが、ガラス玉でも美しく目を楽しませることは出来る。いつか、本物になる日も来るかもしれない。そう、自分を慰めることで誤魔化し、手探りの中、必死で育ててきたのだ。


 ここを整えるのに2年以上の歳月がかかっている。

 そのすべて投げ打ってまた一から始めろ、とミーシャは言っているのだ。

 しかも、それが上手くいくという保証は無い。


 アドルの脳裏に初めて王と謁見し、理想を聞き、興奮とともに語り合った日々の記憶が蘇る。

 薬草が手に入りにくい環境を変えたい、と。

 物流が滞っても最低限の薬を自分たちで作り出す事が出来れば救えるはずの命は増えるはずだと目を輝かせていた。


 その言葉の裏にあの悲惨な日々があったのは間違いない。

 原因不明の流行病の前に門扉を閉ざした王城の中、ただ、死んでいく人々を看取るしかできず無力を噛み締めた。

 せめて、治せずまでもこの痛みを取り除いてやりたい。熱を下げ、腫れた喉を癒せば、水を飲ませることも出来るのにと歯噛みした。

 たったそれだけの薬草すらも、物流の滞った王都では手に入れる事が難しかったのだ。


 王の願いはあの日々を生き延びたアドルの願いでもあった。


 もう一度、理想を夢見て歩き出す気力が自分にはあるだろうか?

 これまでの日々を歩んできた仲間は、まだ、ついて来てくれるだろうか?




「アドルさん」

 黙り込むアドルをミーシャの翠の瞳が射抜く。

 吸い込まれそうな翠に包み込まれる様な心地に、アドルは無意識のまま大きく息を吸い込んだ。

 心の奥から、えも言われぬ高揚感が湧いて来る。


「私に、出来るでしょうか?」

 呟かれた言葉はまだ少し頼りない響きを伴っていたが、その瞳はミーシャの熱を写したかの様にキラキラと輝き出していた。

「出来ます」

 なんの根拠もない、だけど真っ直ぐな肯定の言葉がアドルの体を貫いた。


(そうか。私には出来るのか)

 いつからか、自信のなさを表す様に丸まっていた背筋がすっと伸びる。

 アドルは、大きく深呼吸を1つすると、ニコリと笑顔を浮かべた。


「まずは、何から始めましょう」

「そう、ですね。まずはそれぞれの薬草達を区切ってたレンガを壊しちゃいませんか?」

 まるでいたずらを企む子供の様な無邪気な瞳で、2人は未来について相談を始めた。

 それは、王と理想を語り合ったあの日以上の興奮を湧き起こし、アドルを酔わせる。


(なんだろう?今なら、なんでも出来そうな気がする)

 机の上の資料を引っ掻き回しながら次々とやりたい事が浮かんで来る。

 それは、久しぶりの感覚で、常にない全能感を感じながら、アドルは、次々と未来予想図を白紙の上に描きはじめた。






「ミーシャ様は博識なのですね」

 城への道を辿りながらテンツがポツリと呟いた。

 普段、無口なテンツの唐突な言葉に驚き足を止めたミーシャは、少し肩を竦めて再び歩き出した。


「私は生まれた時から森で暮らしていましたから。

 というか、薬草園の職員の中に、1人でも薬草の採取を専門にしていた人がいたならば、気づけていたはずなんです。

 不自然なほど早く育つ薬草にも、香りが少ない事にも」

 話が弾みすぎて少し日が暮れてきた街を、ミーシャはゆっくりと歩いていく。

 露店はすでにほとんどが閉まり、路地裏からは夕食の支度のいい香りが漂ってきていた。


「ですが、彼らも日々、薬を作る仕事をしていたのでしょう?」

 不思議そうに首をかしげるテンツにミーシャは少し困った様に笑った。

「私も、そう、思っていたのですけど、王都の周辺にはあまり薬草が採取できる場所がないんです。この国はほとんどが平地で山が少ない。平原で取れる薬草もあるけれど、たくさんの人が王都に集まってきた結果、手付かずの平原は王都周辺には少ないんです。

 結果、王都近辺の医師はどうしても乾燥した原料を扱う事が多くなる。生態は教本から得る知識が中心になってしまうんだそうです」


 先程、アドルと話していた中で知った王都の医師の現状は、ミーシャにとっても驚きの連続だった。

 アドルからして、自らの手で採取をしたのは数えるほどしかない、との事だった。

 基本全てを自分で賄っていたミーシャにしたら、信じられない話である。

「薬草によっては乾燥したものより摘みたての方が効力が強いものもある」と言ったミーシャに「知らなかった」と目を丸くするアドルに、さらなるショックを受けたものだ。


「生のものが手に入りにくいから、自分たちで育てようとしているんだとばかり、思ってましたから。………違ったんですけど、ね」

 苦笑とともにつぶやくミーシャに、薬師の心得などないテンツでは、なんと言葉をかけていいのか分からずに黙り込むしかなかった。


「でも、今日は本当にありがとうございました。騎士様をお使いに使ったなんて知られたら、きっと怒られちゃいますね」

 生まれてしまった沈黙を振り払う様に、ミーシャがおどけた顔で斜め後ろを歩くテンツを振り返った。


 子供達と別れて薬草園へと駆け戻ったあと、ミーシャは確認のために、いくつかの質問と共にテンツにトマトを買いに行って貰っていたのだ。

 できれば、同じ生産者がいいと言われて、テンツは子供達の祖父を訪ねて下町へと足を運んだのだ。


 その結果が、アドルが食べたトマトであり、ミーシャの推論を支える情報であった。


「いえ。子供達の家は分かっていましたから」

 安全の為にとミーシャの仲良くなった子供達の身元を調べていた事が役に立った。

 突然訪ねてきた王城の騎士に、子供達以外の家の住人が目を白黒させていたが、そこは気づかなかった事にしておこう。


「今度、お礼に何か作っていこうかなぁ〜。その時は、連れて行って下さいね?」

 楽しそうなミーシャの言葉にわずかに微笑んで、テンツは小さく首を縦に動かした。








読んでくださり、ありがとうございました。


説明回。

難しかったです。

淡々と説明するとミーシャの子供らしさが消えるしなんだか違和感ばかりが募って。

結局まるまる1話分書き直しました(泣


意味不明な部分があるかと思いますが、煮えた頭ではこれで精一杯。

のちに読み直して違和感感じたらチョコチョコ修正すると思いますが、その際はすみません。

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