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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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11

「何が悪いのかしら?」

 青々と茂る薬草の間に立ち尽くし、ミーシャはぼんやりと呟いた。

 先程までの雨に濡れた薬草はツヤツヤと光をはじき、とても美しかった。


 初めて薬草園を訪れてから既に4日が経過していた。

 ミーシャは時間の許す限り通いつめ、過去の資料を調べたり、実際に行なっている手入れを職員と共に行なってみたりしていた。

 しかし、一向に薬草が効果を失った原因を見つけることは出来なかった。


「…………図書館にいこ」

 溢れそうになるため息を飲み込んで、ミーシャはノロノロと歩き出した。


 ミーシャが気分転換にと向かう先はこの国に来る前から楽しみにしていた王立図書館だ。

 植物園を訪れた次の日に許可がおり、自由に行くことができるようになったのだ。


 当然のように護衛の騎士はついたけれど、そこは気にしないことにした。

 自覚は薄いがミーシャの立場は隣国の公爵家の娘であり、客としてこの国に訪れているのだ。

 多少煩わしいとはいえ、自分の身に何かあれば、国同士の問題になりかねないということは、説明されるでもなくミーシャにも察せられた。


 雨上がりの街をのんびりと王立図書館へ向けて歩く。

 本当ならこの行動だって「貴族令嬢」としては失格なのだろうが、1キロにも満たない距離をわざわざ馬車に乗って移動する必要性を、ミーシャにはどうしても理解できなかった。


 王都だけあって街の治安はすこぶる良いし、別に細い路地裏を進むわけでもない。

 さらに護衛の騎士まで付いているのだし、滅多なことは起こらないだろう。

 馬車移動を主張する周囲に、「なら、護衛の騎士はいらない」と反抗した結果、ミーシャは徒歩での移動をもぎ取っていた。


 一定の距離を置いて付いて来る騎士は1人だけだ。

 コレも最初は複数いたのだが、ミーシャの「息がつまる」との主張で減らしてもらっていた。


 アッシュブロンドの髪を短く切り、黒を基調とした騎士服を着た青年は、しっかりと鍛えられた体と鋭い目つきを持ったいかにも「騎士」といった雰囲気だった。

 性格も真面目で、無駄口を叩くことは無い。

 黙々と自分に与えられた仕事をこなす姿は無駄はないが面白みもない、とは、彼をつけてくれたジオルドの評価だ。


 もっとも、目つきは悪いが実は子供好きで面倒見がいいことをミーシャは知っていた。

 一月近い旅路を共にした1人であったからだ。

 自分から口を開くことは滅多にないが、聞かれたことには丁寧に答えてくれる青年のことをミーシャは信頼していた。


「テンツさん。そこの屋台によって良いですか?」

 ふと思いついてミーシャが指をさした先は、色とりどりの飴や焼き菓子を売る屋台だった。

 恰幅のいいおかみさんがニコニコ笑顔で立っていた。

 テンツはさっと周囲に目を走らせてから「大丈夫です」と短く許可の言葉をつぶやく。


 ミーシャはいそいそと屋台に近づくと、たくさんのお菓子の中から、いろんな色の飴が入った小袋を購入した。

「会えるかな?」

「彼らは良くあの辺りで遊んでいるそうですから大丈夫でしょう」

 手に入れたお菓子を手にポツリとつぶやいたミーシャは、さらりと返ってきた言葉に笑顔を浮かべた。


 王立図書館に初めて行った日、ミーシャは入り口のすぐ側で泣いている小さな女の子と、その子を困った顔で慰めている少し年かさの少年2人に会ったのだ。

 気になって声をかければ、女の子が転んで怪我をしていた為、手持ちの薬で手当てをしてあげたらすっかり懐かれてしまったのだ。


 子供達は下町の子供達で、図書館で定期的に開かれる子供向けの勉強会にやってきたそうだ。

 図書館では、学校に行けない貧しい家の子供達に無料で文字や簡単な計算を教えているそうで、国民の識字率を上げようという国の試みの1つだった。

 尤も、子供達の大半は参加した後に配られるパンが目当てだったが。

 さらに、参加したら貰えるパンの他に、テストに合格すると更に貰える特別なお菓子のために、勉強もしっかりと頑張っているらしい。


 話を聞いたミーシャは、よく考えられているなぁ、と感心したものだ。

 貧しい家の子供達はある程度育てば貴重な働き手となる。そんなところに行く暇があるなら、手伝いの1つでも……という家庭は多いだろうし、子供達にしても貴重な自由時間を勉強に使いたくはないだろう。


 しかし、たった1時間程度座っているだけで、パンが確実に手に入るのなら話は別だ。日々の食事にも事欠く生活を送っている家庭だって皆無ではないのだ。

 さらに自分の頑張り次第で滅多に口に入らない甘味が手に入るとなれば、子供達のやる気も上がるというものだろう。


 結果、子供達の学力の向上は目覚ましく、さらに文字を書けたり計算が出来ることで、将来的に就ける職業の幅も広がる。収入が上がれば、食べる為におこる犯罪は減るだろう。

 貧困層の底上げにも一役買っているのだ。


 ミーシャが知り合った子供達も、明日のパンに困るほどではないが、子供達の教育にお金をかける余裕はない家庭で、王立図書館の勉強会がなければ、自分の名前を書くことも出来なかったことだろう。


  「母ちゃんに名前書いてあげたら喜んでくれたんだよ〜」

「あたしも〜」

「オレも!ばあちゃん、泣いてたし!」

 嬉しそうに笑っていた子供達の顔は、とても誇らしげで明るかった。





「あっ!おねえちゃ〜ん!」

 王立図書館の前に着いて辺りを見回していると、遠くの方から小さな女の子が走ってきた。濃い蜂蜜色の髪がフワフワと光を弾いている。

「アナッ!また転んじゃうから、気をつけて!」

 最近4つになったばかりのアナはどうも勢いはあるのだが転びやすい。

 あわてて走り寄るミーシャに勢いよく飛びついて、アナはキャッキャッと楽しそうに笑った。


「アナ、1人で行くなよ!」

 慌てたような声とともに茂みからガサガサと男の子が顔を出した。

 そのすぐ後ろからもう1人。

「ユウ。テト」

「あ、ミーシャお姉ちゃん」

 名を呼べば、少年たちも嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 ユウがアナの兄で同じ蜂蜜色のフワフワの髪。

 テトは隣の家の幼馴染で黒い髪に褐色の肌が特徴的な少年だった。祖父が南からの移民で、その血を濃くひいているそうだ。

 2人は今7歳で、いつでも妹の面倒を見ながら3人で行動しているのだ。


「みんな、髪に枯れ草ついてる。何をしてたの?」

 アナの柔らかな髪に絡みついた枯れ草を取ってやりながら笑えば、子供達は手に持った袋を見せてくれた。

「水辺で野草摘み。雨上がったからさ〜」

「ごはんなの〜」

 袋の中には数種類の食べられる野草が入っていた。

 水辺は近隣の住人に等しく恵みをもたらしている。

 遊びと思えば、しっかりと家の手伝いをしていたらしい子供達に、ミーシャは「えらい」と頭を撫でた。


「いろいろ取れるのね〜。みんな、見つけるの上手ね」

 大人の入り込みにくい狭い茂みの中を探していた為、枯れ草だらけになっていたのだろう。

 褒められて少し照れ臭そうに顔を見合わせる子供達の手を引いて、湖のそばの少しひらけた場所へと誘導すると、ミーシャは草の上にそのまま腰を下ろした。


「そこの屋台でね、可愛い飴を見つけたの。お裾分けよ」

 そういって飴の袋を見せれば、子供達から歓声が上がる。

 それぞれに手を出す子供達の手を見て、ミーシャは首を横に振ると、それぞれの口の中に直接飴を放り込んだ。

 さっきまで野草摘みをしていた子供達の手は泥や草の汁で汚れていたのだ。


 口の中に広がる甘味にうっとりと目を細める子供達を眺めながら、ミーシャは子供達にいろいろ質問してみる。

 勉強の事、家の事、普段の遊び。

 子供達は口々に楽しそうに色々と話してくれた。

 無邪気なそのおしゃべりを聞いているだけで、上手くいかない薬草園の気鬱も晴れるような気がして、ミーシャも楽しそうな笑顔で1つ1つに相槌をうつ。


「そういえば、これ。お姉ちゃんにもあげる」

 ふと思い出したようにテトが袋の中から真っ赤に熟れたトマトを取り出した。

「爺ちゃんが作ってるんだ。雨のせいで水吸って大きくなりすぎて破れちゃったから売れないって、おやつにもらったんだ」

 手のひらほどもあるトマトは確かに皮が破れてひびが入っている。

 瑞々しく色も綺麗だけど、確かに、これでは商品にならないだろう。


「味もちょっと薄いんだけど、汁はタップリで美味しいよ。俺たち、水代わりに持ってんだ〜」

 そういってユウが、自分の袋からも同じようなトマトを取り出しかぶりついた。

 ミーシャはマジマジとトマトを眺めた後、ユウの真似をしてそのままかぶりついた。

 口の中に果汁が溢れる。

 確かに、少し水っぽいが充分美味しかった。


「充分、美味しいのに、勿体無いね。雨が降りすぎるとダメなの?」

 口の周りをベタベタにしているアナの口元を拭きながら、テトが頷いた。

「水を吸い上げすぎると表面の皮の成長が追いつかずにはじけちゃうんだって。傷が付くとそこから虫が入ったり、すぐ腐っちゃうから、売れないんだ。おかげで食べ放題なんだけど、最近、ちょっと飽きちゃった」

 肩をすくめるテトにユウも頷く。

「確かに。食事もトマトのスープにトマト味のものばっかり。勿体ないのは分かるけど、飽きるよな〜」

 妙に大人びた仕草や話し方が可愛くて笑ってしまいながら、ミーシャはふと、頭の隅を何かが掠めるのを感じた。


「………あげすぎても、ダメなのね?」

「そりゃあ、ね。大きくはなるけど味が悪いって爺ちゃんが言ってた。何事も適当な量があるんだって」

「そう言って、俺たちのパイ取り上げんだぜ。ひどいよな〜爺ちゃん。俺たちの方がこれから成長するのに栄養必要だってのにさ!」

「そう、食べ過ぎって言ってサァ〜!」

 途端に祖父への不満を口々にこぼす2人の声を耳に入らず、ミーシャは考え込んでいた。


「…………適当な………」

 頭の中を色々な情報がグルグルと回る。

 整えられたまるで園庭のように美しい薬草園。

 青々と茂った通常よりも大き目の薬草達。

「………私なら、分かる?」

 ミランダの諭すような瞳と言葉。

 そして、半ば雑草に埋もれるようにしてそれでも存在していた母親の昔作った薬草園の跡。


「お姉ちゃん?」

 突然固まったように動かなくなったミーシャに、子供達は不安そうにその顔を覗き込んだ。

 それすらも気づかず、ジッと考え込んでいたミーシャは、突然ガバリと立ち上がった。


「………わかったかも」

 ぽそりと呟くと、突然の奇行に心配そうに自分を見つめている子供達をミーシャはガバリとまとめて抱きしめた。

「ありがとう、3人とも!悩んでたことが分かったかもしれない!今から、確かめてくるね!このお礼は必ず今度するから!」

 叫ぶようにそう宣言すると、ミーシャは薬草園に向かって走り出した。


「…………なんだったんだ?」

「………サァ?」

 突然、ぎゅうぎゅうに抱きしめて、嵐のように去っていったミーシャの後ろ姿を3人は呆然と見送った。

「おねえちゃん、なんだか嬉しそうだったねえ?」

 アナは、どさくさ紛れに押し付けられた飴の袋を嬉しそうに握りしめた。

「おばあちゃんにあげてもいいかな?」

 呑気な妹の言葉に顔を見合わせてから、少年2人は顔を見合わせて肩をすくめた。


「いいんじゃない?」

「ま、姉ちゃん、またくるだろうし、そん時にはわけわかんだろ」

 歳のせいか最近体調が悪く食欲のない祖母も、甘いものなら食べてくれるかもしれない。

 興味の対象をすぐに移した子供達は、荷物を手に家に向かって走り出した。



















読んでくださり、ありがとうございました。


チビ3人組。

王湖の側の下町の長屋暮らしです。

お隣さんな為、血の繋がってないテト君含め兄弟みたいに育ってます。


貴族や裕福な家庭はちゃんと学校に通ってますが、一般的にはそうでもなく、識字率も低いです。

ライアン君が王様になって始めた改革の1つで、今後周辺の地域にも増やしていくための試験的に開催してます。

まぁ、子供達にはゲーム感覚&おやつ目当て&親が喜ぶから、な、感じ。

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