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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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「さ〜て、お茶も飲んでまったりしたことだし、王様に会う準備でもしましょ」

 ミーシャの荷物を片付けるためにばたばたしていた室内が落ち着きを取り戻した所で、ミランダはパチンと手を叩いた。


「準備………?」

 クッキーの最後の1つを口の中に放り込んでいたミーシャはもくもくと口を動かしながら首を傾げた。

 まるで子リスの様な愛らしい仕草に目を細めながらも、ミランダは重々しく頷く。

「そうよ。王様に会うには、流石にその格好じゃ、ね」

 そう言われて、ミーシャは自分の着ているワンピースを見下ろした。

 紺色の飾り気の無いワンピースは確かにミーシャの年頃の少女が着るには地味だが、生地は上質だしたっぷりとしたフレアーが贅沢だ。


「そのワンピースも素敵だけど、正式な場にはやっぱりドレスじゃないと。髪も編みグセがついてるから1度お風呂に入ってサッパリしてらっしゃい。

 その間に服は準備しておくから」


 追い立てられる様に浴室に追いやられる。

 いつの間に頼んだのか湯船にはたっぷりとお湯が張られていた。

 母親が好んで入浴をしていた為、贅沢にも森の小屋にも浴室があった。

 ミーシャもお風呂は大好きだし、入るのに拒否は無いのだけれど……。


「あの……私、1人で入れるので、大丈夫です」

 ミーシャは、側に控えて手伝おうと手を伸ばしてくる侍女から逃げた。

 1人で衣服の着替えができる様になってからは、母親とだって共に入浴することは無かったのに、なんで初めて会った人に肌を晒さなければならないのか。

 赤くなりながら逃げるミーシャと職務を全うしようとする侍女達の攻防は、浴槽に入れるハーブを手にしたミランダによって終止符を打たれた。


「ミーシャ、この香りが嫌いじゃなければ、浴槽に入れて。そして、貴女達。ここは良いから私の手伝いをよろしく」

 テキパキとした指示に、少し残念そうな顔をしながらも侍女達が去っていく。

 自分のお願いには1ミリも動いてくれなかった彼女達の掌返しにミーシャはガックリと膝をついた。


 その様子に笑いながらミランダかぽんぽんと背中を叩いて慰めてくれる。

「みんな、ミーシャにかまいたくて仕方ないのよ。さっき迄、私が独り占めしてたしね。お風呂上がったら、少し交流してみたら良いわ。これからお世話になる人たちなんだし、ダメな部分の線引きはしっかりしないとね」

 くすくす笑いながら、ミランダは手にしたハーブ袋を浴槽にポンッと放り込んだ。

 フワリと優しい香りが広がる。

「リラックス効果と肌が滑らかになる作用があるわ。今度、作り方を教えてあげる」


 ようやく1人になったミーシャは手早く衣服を脱ぐとザッと汚れを流し湯船に浸かった。

 爽やかなハーブの香りと何かの花の甘い香り。湯をかき混ぜれば、少しトロミがついている気もした。

 ほうっと満足げなため息が漏れる。

 ゆっくりと手足が伸ばせる広い浴槽は初めてでとても気持ち良い。知らず強張っていた筋肉をゆっくりと揉みほぐした。


 これだけ広い浴槽にお湯を張るのはとても大変だっただろう。

 ミーシャは、入浴を手伝われるのは困るけど、後でしっかりとお礼を言っておこうと心に決めた。


 長い白金の髪がゆらゆらとお湯の中で揺れているのをミーシャはぼんやりと眺めた。

 同じ色を持つ母親の存在を思い出せば、ふいに涙がこみ上げてしまいそうになる。

 父親が怪我をしたと森の家から呼び出されて、まだ3ヶ月も経っていないなんて信じられない。

 母の死から逃れる様に、こんな所まで来てしまった。

 慌ただしくしていれば、深く考えずにすんだから、父親の屋敷での生活に慣れる暇もなく飛び出しての旅路は都合がよかったのだ。

 だけど、胸を締め付ける寂しさは、こうしてふいにミーシャを襲い、動けなくしてしまう。

 この寂しさと折り合いをつけることが出来るのはいつだろうと、温かいお湯をかき混ぜながらミーシャは考えた。

 いつか、優しい気持ちで母親との思い出を懐かしむことが出来るだろうか?

 ふと浮かぶのが青白い死に顔ではなく、大好きだった笑顔だけになる日は………。




「ミーシャ、そろそろ上がりなさい」

 ぼんやりとしているうちに結構な時間が経っていたのだろう。

 扉の外からミランダの声がして、ミーシャは我に返った。

 急いで髪と体を洗うと、最後に綺麗なお湯を蓋つきの桶からすくいすすぐ。

 タオルで髪を拭いていると体からほんのりハーブの香りがして、匂いが移ってしまうほどぼんやりしていた自分に気づいて肩をすくめた。

(今が温かい時期で良かった。きて早々風邪でもひいたらたまらないもの)


 とりあえずの着替えだろう。

 柔らかな白い布で作られたシンプルなワンピースをバサリと羽織り、ミーシャはようやく浴室を出た。


「こっちに来て」

 部屋のソファーへと手招かれ、冷たい水を渡される。

 ミントの葉が浮かべてあり、スッとした爽やかさが鼻に抜けた。

「お髪を整えます」

 すかさず背後によってきた侍女が、ミーシャの手からタオルを取り上げた。

 一瞬戸惑ったものの、ミランダに目で押さえられ諦める。

 腰近くまである長い髪は確かに1人で乾かそうとすれば重労働だ。

 普段ならある程度拭いたら自然に乾くまで放っておくのだが、そんなわけにもいかないのだろう。


「とても美しい髪ですね。色も艶も……手触りもサラサラでいつまでも触っていたくなります」

 ウットリとした顔でミーシャの髪を布で挟む様に丁寧に乾かしていく侍女は、燃える様な赤毛を後ろでひとつにまとめていた。

「あなたの赤毛もとても綺麗だわ。サリの花みたい」

 夏に咲く大きな花弁の花の名を挙げれば、侍女は少し擽ったそうに笑った。

「私はミーシャと言います。お名前を伺っても良いですか?」

「私はティアと申します。私どもにそんな丁寧な言葉はお使いにならなくて結構ですよ」

 微笑みながら返すティアにミーシャは困った様に肩をすくめた。


「私、こんな生活したことないから、そんな風に言われたら困っちゃいます。ティアさんは年上みたいだし。

 ケジメ、とかの問題なら、人の目のないところだけでも普通にしてても良いですか?私への喋り方も、普通で良いです。敬語使われると、なんか寂しくなっちゃうので。

 ティアさん………だけじゃなく、みんなも」

 寂しそうに微笑む少女に、その場に居合わせた者達は、心臓を射抜かれた気分になる。

 慰めて甘やかしてなんでも言うことを聞いて、その寂しそうな顔を輝く様な笑顔に変えたい。


 ミランダが我慢できないという様にギュッとミーシャを抱きしめた。

「そうね。ずっと一緒にいるのに、他人行儀なのは寂しいわ。仲良くしましょう?」

 肩越しにその場に控えていた2人の侍女と隅に立つ執事服の男ににっこりと笑いかける。

 声は朗らかなのに、目の奥が笑っていない。

 その瞳は「こんなに可愛いミーシャのお願いをまさか断らないわよね?」とはっきりと語っていた。


 すでにミーシャの魅力にメロメロになっていたまだ若いティアは即座に頷く。

「ミーシャ様が望むなら、喜んで!」

 それよりも年配の侍女は少し戸惑った様に頷き、執事服の男もしばしの沈黙の後、わずかに顎を引くことで了承の意を示した。


「じゃあ、お着替えして、綺麗にしましょう。謁見の後、少し早めの晩餐に招待されたから」

 にっこり笑顔のミランダの声で、2人の侍女が動き出した。





 差し出されたドレスに着替え、髪を結ってもらう間に、もう1人の侍女が「イザベラ」、執事服の男が「キノ」と言う名前であること。ティアが16歳で、イザベラは22歳の既婚者であることがわかった。


 初めて着る正式なドレスは少し苦しい。

 深い紺のドレスは少し光沢のある生地で、ウエスト部分が幅広のリボンで結ばれ、スカートはふんわりと広がっている。

 いわゆるプリンセスラインと言われるタイプのそのドレスは、まだ成人前のミーシャによく似合っていた。

 アクセントとして同じ色で裾に細かな刺繍が施されていて、所々にキラキラと光る石が縫い付けられている。


 そして、ハーフアップにして残りをさらりと背に流した白金の髪が、どんな宝石よりも美しい輝きを添えていた。

 むしろ、色の濃いドレスのおかげでより、その髪の美しさが引き立っている。

 丁寧にブラシをかけられ油をつけてツヤを出した髪はサラサラで、思わず触れてみたい魅力に溢れていた。

 最後に、瞳と同じ色のエメラルドの首飾りをつけ、少しだけ紅をさせば完成である。


 鏡の中の少女は、恥ずかしそうにほんのりと微笑み、その瞳に戸惑いを浮かべていた。

 思わず抱きしめてしまいたくなる様な庇護欲をそそる表情に、ミランダやティアの顔がにやける。

「なんだか、私じゃないみたいで変な感じ」

 いつもより少し赤い唇が初々しい色香のようなものを演出し、ミーシャを少し大人っぽく見せていた。


「さて、もう少し時間もあるみたいだし、ミーシャはソファーでゆっくりしてて。私も軽く着替えてくるから」

 にっこり笑顔のミランダにソファーに誘導されたものの、着慣れないドレス姿では汚してしまったらと思うと安心してお茶も飲めない。

 しかも、それほどきつく締められていないとはいえ、初めて身につけたコルセットは充分苦しかった。

 結果、ゆったり座ることもできずに、ソファーにやけに姿勢正しく座っていることになる。

 しかも、かさばるパニエが邪魔でおそらくこの低さのソファーから1人で立つことすら困難だろう。


「………お姫様って大変だったんだ。尊敬するよ」

 思わずため息をもらせばティア達に笑われてしまった。

「まぁ、慣れ、ですよ」

「とってもお綺麗です」

 まだ成人前の少女だから正装に慣れていないのだろうと好意的な解釈のもと、励ましてくるティアとイザベラにミーシャは困ったように笑った。

(慣れるほど、こんな格好したくないな)

 本音が頭の中をよぎるが、ミーシャは懸命にも口には出さなかった。


「大丈夫よ。そんな格好するのは晩餐に呼ばれてるからだし、普段はいつも通りの格好でも怒られたりしないから」

 そう言って浴室の方から出てきたミランダは、ティア達と同じようなお仕着せっぽいドレス姿になっていた。


「ミランダ、その格好で行くの?」

「そうよ。似合う?」

 目を丸くするミーシャに、ミランダはにっこり笑ってくるりと一周回ってみせた。

 足首が隠れるほど長いもののパニエなどを入れて膨らましていないドレスはとても動きやすそうだ。

「………いいなぁ。私もそっちがいい」

 女の子らしく綺麗な格好は嬉しかったけれど、慣れていない圧迫感を伴うドレスにミーシャはすでに嫌気がさしはじめていた。


「まだ、始まってもいないのに、何を弱気なことを言ってるの」

「だって、これ、ご飯たべれる気がしないよ」

 泣き言を漏らすミーシャの頭をミランダはそっと撫でた。

「まるで月の女神みたいに綺麗だわ。最初が肝心なんだから、しっかりと胸を張って」

 優しい手つきで髪をすくミランダにミーシャは渋々頷いた。






 ゆっくりと謁見の間の扉が開かれ、入ってきた少女の姿に、ライアンは目を見張った。

 抜ける様に白い肌。淡い白金の髪を紺色のドレスが引き立てていた。

 少し不安そうな光をたたえる瞳は美しい森の色をそのままに写し取ったかの様な濃い翠色。ほんのりと染まった頬と唇が年相応の初々しい色香を放ち、目を惹きつけずにはいられなかった。


 森の妖精が姿を現したなら、こんな姿をしているのでは無いだろうか?

 そんな、らしくも無い考えが浮かぶほど、少女の美しさは浮世離れして見えた。

 大切に手のひらの中で守りたくなる様な、逆にめちゃくちゃに壊したくなる様な………。


 どこか張り詰めた空気の中、音もなく前へ進み出た少女は、ライアンの立つ一段高くなった玉座の前に膝をつき首を垂れた。

 見慣れた光景のはずなのに、なぜかひどく優雅に見える少女を見下ろし、ライアンはそっと息を逃した。


「頭をあげよ。長旅、大儀であった」

 重々しく響くよう計算された声音で声をかければ、少女が顔を上げた。

 こぼれ落ちてしまうのでは無いかと心配しそうなほど大きな瞳が、ライアンを見つめた。


「ブルーハイツ王国リンドバーグ公爵家の娘、ミーシャと申します。この度はお招きいただきまして、ありがとうございました」

 よく通る澄んだ声が、ぎこちないながら、おそらく教えられた通りの挨拶を述べた。

 そのぎこちなさを微笑ましく感じながらも、ライアンは鷹揚に頷いた。


「此度は急な招きを受けてもらい、ありがたく感じている。何か不自由があれば遠慮なく言ってくれ。できる限り対処しよう」

 ゆっくりと笑みを浮かべれば、はにかんだ笑顔が返ってきた。

 言葉の裏を探ろうともしないどこか幼い反応に、ライアンは目の前の少女が本当に貴族社会から隔離されていたのだということを知る。


 その瞳はどこまでも澄んでいて、多少の不安の色はあってもそこに怯えや媚びは無かった。

 真っ直ぐな視線を心地よく感じて、ライアンは気づけば作られたものではない自然な笑みを浮かべていた。


「わが国を楽しんでくれ、ミーシャ」











読んでくださり、ありがとうございました。

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