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なかなかお話が進みません………~_~;
「どうしてかって聞いていいか?」
不穏な言葉に固まるトーイを気にしながらも、真剣な表情のミーシャにジオルドは問いかけた。
「……………確証があるわけじゃ無いの。だけど、タイミングが……ね。
今回の神事は龍神に捧げるものだわ。ピンチを乗り越え、幸せな結末を迎える物語。それを舞いにして捧げるのよ。感謝と祈りを込めて。
だけど、その物語は真実だったのかしら?」
この街の繁栄の元となる伝説を否定するような言葉に、周囲の人間の表情が険しくなる。
それに目もくれず、ミーシャは言葉を続けた。
「だって、おかしいでしょう?この街は、街の半分が飲み込まれるほどの大きな津波に襲われてるの。その為に記録があやふやになってる。だけど、龍神の加護があるというなら、何で津波に襲われたの?津波の後に伝説の出来事があったとは言わないでね?神父様が、津波は『伝説』の後だと教えてくださったわ」
神父様の話を聞いた時の違和感の正体はそれだったのだ。
『結婚式』はこの場で行われた。
だけど、元の建物は津波で崩れて、この建物はその後に建立された物だという。
『龍神の加護』があるはずの街が『津波に襲われる』なんて、矛盾してる。
「ある人が教えてくれたの。伝説は作られたものだと。娘は「輪廻の輪に返ってしまった」って。それが真実ならつじつまが合う。愛するものを喪った龍神が悲しみのあまり津波を起こしたのよ。
それに恐れをなした生き残った人々はそれ以上龍神の怒りをかう事を恐れ、荒ぶる神を鎮める為に神事を行った。
幸せな物語を作り上げ、繰り返すことでそれが真実として少しでも神の慰めとなるように………」
沈黙がその場を占める。
詳しい資料が失われている以上、それが真実かは永遠に分からない。それほどまでにこの時代の300年という時の流れは永く重かった。
だが、ミーシャの語る言葉はまるで真実のように皆の心に響いた。
「………仮にそれが本当として、なんでそんな昔のことが姉ちゃんの身の危険になるんだよ?!」
その沈黙を破ったのは少年の悲痛な声だった。
抱かれていたジオルドの腕の中から身をよじるようにして抜け出すと、トーイはミーシャへと詰め寄った。
「どんな宗教の中でも1部に『狂信者』って生まれるんだって。娘の再来を思わせるほどに美しく舞う少女。更には300というキリの良い年数。暴走させるには充分じゃないかしら」
「そんな、だって姉ちゃんは……」
絶句するトーイ。
そんな少年に気づかず、どこか遠い瞳のままミーシャは言葉を綴る。その顔にいつもの朗らかな表情はどこにもなく、整っているだけに何か仮面のような凄みがあった。
「そもそも、不思議だったの。恋物語を舞うのにどうして成人前の幼い子供達にその権利が渡されたのか。もしかしたら遠い昔には舞い姫は生贄として捧げられていたのではないかしら?神の花嫁として。それをやめさせるため、花嫁にはなりえない幼い少女に舞い手を変えた………」
滔々と語るミーシャの言葉が不意に大きく手を叩く音で遮られた。
ばんっと響いたその大きな音に、フッとミーシャの瞳に光が戻る。
キョトンとしたように何度か瞬きをするミーシャの表情は先程までの表情の無いどこか神がかったものではなく、いつもの様子に戻っていた。
「で?つまり、その狂信者にアイリスが拐われたかもしれないって言いたいんだな?」
泣きそうなトーイを抱きかかえたジオルドの顔をミーシャはどこかキョトンとしたまま見つめ返し、そして、コクリと頷いた。
「初めてリハーサルをみてた時、嫌な目つきをした大人達がいたの。見た目は普通の人達で一瞬だったし、こちらに向けられたものじゃなかったからあまり気にしてなかったのだけど」
少し自信なさそうに語る様子はいつものミーシャで、どことなくホッとしながらも、語られた内容の不穏さにジオルドは眉をひそめた。
「なんで、その時に言わないんだ」
「だって、本当に一瞬だったの。次の日は居なかったし………。まぁ、沢山の人が見に来てたから見逃しただけかもだけど……」
自然険しくなるジオルドの声にミーシャはションボリと肩を落とした。
その様子に、険しくなった気配をどうにか吐息ひとつで納めると、ジオルドは老神父へと視線を向けた。
「そういう者達に心当たりはありますか?」
「………それは………居ないとは言い切れませんが……」
戸惑ったように口籠る老神父と不安そうに互いの顔を見合わす大人達の様子に、遂に不安を堪えなくなったトーイがシクシクと泣きだしてしまう。
これ以上は酷だろうと少年の身を直ぐそばにいたシスターに預け、ジオルドはグルリとその場に集まる一同を見渡した。
「………とにかく、ミーシャのいう狂信者かは分からないですが、そこのお嬢さんが言葉を交わした男がいる以上、アイリスちゃんを狙っていた者がいるのは事実でしょう。もう一度、不審な人間を見た者が居ないか、確認してください。
それと、禊の泉とやらを見せていただくことは可能ですか?連れ去られた経路を考えてみたい。
私達はこの手の調査のプロです。
彼女を無事助け出したいのなら、協力してください」
自信ありげなジオルドの指示に戸惑っていた大人達もザワザワと動き出した。
「余所者が」と拒絶する声はでる様子は無かった。
元々、荒事や事件など、酔って暴れた喧嘩やご近所の貸した貸さないのトラブル程度の平和な街である。
「狂信者」だの、「生贄」だの恐ろしげな言葉にすっかり震え上がり、どうしていいのか分からない。
そんな中、慣れた様子で指示を出されれば、分からないながらも縋り付きたくなるというものだろう。
「此方です」
この場を取り仕切る立場の老神父とてそれは同じのようで、素直にジオルド達を泉へと案内してくれた。
その場の情報収集の指示を仲間の1人に託し、ジオルド達は足早に進む老神父の後へと続いた。
みんなの集まっていた広いホールを出て幾つかの角を曲がり、地下への階段を下りていく。
案内されたのは天井近くに幾つか明かりとりの窓があるだけの殺風景な部屋だった。
床まで石で組まれた部屋の中央に彫り込み式で四角い水場があり、満々と水が満たされていた。
溢れる様子もない水は澄んでいるが、この街に来てすっかり嗅ぎ慣れてしまった潮の匂いがした。
「………コレは海の水?」
ミーシャが、そっと指先を浸し舐めてみれば塩っぱかった。
覗き込んだ四隅に掌ほどの小さな穴が開いているのが見えた。
「そうです。そばの海より水を引いて流すようになっています。私は仕組みをよくわかっていないので説明は出来ませんが、毎日途切れることなく新鮮な海水が循環して満たされるようになっていて、神事の際はここで禊をするのが慣わしとなっています」
老神父の言葉をよそにジオルド達は壁や床の確認に余念がない。
「此方の部屋で準備を?」
隅にある小さな扉を開ければ控え室らしく、畳まれたタオルや衣類が置かれていた。
「そうです。娘役はこの部屋に案内され、事前に説明された手順に従い1人で禊を行います。そうして、全てが終わりホールの方へとやって来る筈なのですが、予定の時刻が過ぎても姿を現さないアイリスに、何かあったのかと様子を見に来たら………」
「姿がなくなっていた………と」
後を継いでつぶやいたミーシャは興味深そうに水の中を覗き込んでいた。
「龍神役の子もここで禊をするんですか?」
「いえ。龍神役の禊の場は外の方にあります」
「………じゃぁ、アイリスちゃんは本当に1人になってたんだ。この部屋には外に出る道は無いんですか?」
調べているジオルド達を眺めつつ、ミーシャは老神父の目を覗き込んだ。
「少なくとも私は知りません。この部屋に至る通路も地下に至る階段は一本道で、階段上には世話役のシスターが控えていたので、不審な人物の出入りは無かった、と」
困惑の色を乗せながらも、老神父は淡々と答える。その瞳に嘘が無いことを確認しながら、ミーシャはグルリと水の周りを歩いてみた。
そうして、ふと気になるものを見つけ、その場にしゃがみ込むと目を凝らした。
石ではられた床の一部が少し凹んで見えたのだ。水の揺らぎでよく見えないけれど、何かの紋様も描かれているように見える。
「この水は抜かれることはありますか?」
「いえ。掃除する時もそのまま擦り汚れを流すだけです。ここの水を絶やすとよく無いことが起こると言われているため、水を止める事はありません」
「………そう」
老神父の言葉に頷くと、ミーシャは突然水の中に飛び込んだ。思っていたより水深が深く、一瞬頭まで水に浸かってしまう。
慌てて体勢を整えれば、水の深さはミーシャの肩近くまであった。
「ミーシャ?!」
突然響いた水音に驚いたジオルド達が駆け寄ってくる中、ミーシャは慎重に足先でさっき違和感を感じた場所を探る。
そして、一瞬迷った後、大きく息を吸い潜っていった。
水は澄んでいて視界はクリアだ。
直ぐに底へとたどり着いたミーシャは、目を凝らして床板の一部を観察した。
そして、だいぶ薄れているものの、やはり何かの絵が描いてあることを確認する。
ただ、少しおかしい。
まるで子供の落書きのような拙いものだが多分龍神が描かれているのは分かる。
だけど、頭と尾の位置が明らかにずれているのだ。
そこで息の切れてしまったミーシャは、一旦水面へと顔を上げた。限界まで粘ったせいで息が苦しい。
「何やってんだ、お前は」
「………ちょ………ま………」
そうして、慌てたように引き上げようとしてくるジオルドの手から逃れながら息を整えた。
ゼイゼイと荒い息を整え、ミーシャは縁に膝をついて手を伸ばしたまま固まっているジオルドを見上げた。
「底に何かの模様があるの。もう1回見てくるから、待ってて」
「じゃあ、俺が」
飛び込んで来ようとするジオルドにミーシャが首を横に振る。
「ジオルドさんまで、濡れる事ないよ。いってくる!」
そうして答えを聞く前に、ミーシャは再び水の中に潜ってしまう。
たどり着いた水底で、ミーシャは再び絵を観察する。すると、絵の描かれている石の一角が少し浮き上がって見えた。
そっと触れてみると2センチ角程の石板が外れたのだ。
(もしかして………)
指先で絵を押してみると抜けた石板部分へと絵の一部が動いた。
(やっぱり!これ、パズルになってるんだ!)
そこで再び息が切れ、慌てて顔を出したミーシャは、興奮のままに息を整えるのもソコソコに再び潜水した。
そうして、幾つかブロックを動かし、龍の頭と尾を正しい位置へと並び替えた。
最後に、取り外していた小さな石板を元に戻す。
それは丸い何かを大切そうに抱いている海龍の絵だった。
なんとなく絵の中の丸い何かを指先で押した時、変化は起こった。
ズッと絵の横の壁が横にずれたのだ。
ゆっくりとずれていくスキマへとすごい勢いで海水が流れ込んでいく。
(ヤバい!)
その流れに吸い込まれそうになり、ミーシャは慌てて水底を蹴る。
しかし、水流の勢いに負けそうになった時頭上にあげた手を誰かが引っ張ってくれた。
直ぐに力強い腕の中に抱き寄せられ、焦って水を飲んでいたミーシャはゲホゲホと咳き込んだ。
「何したんだ、お前は!?」
そんなミーシャの頭上から、容赦なく怒声が降ってくる。
こみ上げる咳に顔を上げる事もできず、かろうじて片手でゴメンナサイのポーズをとるミーシャをため息とともにジオルドは抱きしめた。
「………勘弁してくれ」
水底で何かしていると観察していたら、突然微かな音とともに壁の一部が開いた時は焦った。
水流に巻き込まれそのまま消えていきそうになるミーシャの手を、反射でつかんだ自分を褒めてやりたい。
そして、ミーシャの咳が治る頃には満たされていた海水が消え、壁の一部には人1人がしゃがんで通れるくらいの穴が開いていた。
「………こんな仕掛けが………」
老神父は本当に何も知らなかったようで、呆然とした顔でつぶやき、ぽっかりと開いた暗い穴を見つめていた。
「………ここから連れ出したのなら、世話役のシスターが気づかなかったのも頷ける。石の動く音も排水音も、どうやったのか殆ど無かったしな」
中に飛び降り、横穴を覗き込んだジオルドは顔をしかめた。
「………コレが何のために作られたのかは分からないが、神殿関係者にすら伝わってない抜け穴なんて……本当に胡散臭くなって来たな」
ため息と共に顔を上げたジオルドは、まだ呆然としている老神父に視線を合わせた。
「すまないが何か灯りを貸してもらえますか?中は広くなっているみたいだし、どこに続いているのか、行ってみます」
「わたしも!」
一緒に行くと手を挙げるミーシャをジオルドはジロリと睨んだ。
「ダメだ。何があるかもわからんし、とりあえずミーシャは着替えを貸してもらって大人しく待っていてくれ。そのままじゃ風邪をひく」
険しい顔で言い切られ、ミーシャはしょんぼりと肩を落とした。
確かに、服のまま飛び込んだから全身びしょ濡れだし澄んでいたとはいえ海水だ。
直ぐに塩でベタベタになってしまうだろう。
「それと、神事は代役を立てるか日を改めるかしたほうがいいと思います。コレだけの大掛かりなことをしでかしてくれた相手です。直ぐに見つかる可能性は低いでしょう」
ジオルドがランプを受け取りながら老神父に伝えれば、神父は暗い顔で頷いた。
「海神様は慈悲深い方。神事よりも幼い娘の命を優先する事にお怒りはしないでしょう。
皆様も、どうぞお気をつけて」
ミーシャの護衛にと騎士を1人残し、ジオルドは残りの2人を引き連れて横穴に潜っていった。
その背中を不満顔で見送ったミーシャは、年配のシスターに促され風呂へと案内された。
温かい湯で塩を流して出れば、白い布で作られた簡素なワンピースを渡された。
リハーサルの時にアイリス達が身に纏っていた物と同じもので、サラリとした生地で意外と着心地は悪くない。
そのまま案内された部屋にはベッドで横になるトーイと、いつの間に現れたのかミランダがいた。
部屋に漂う薬草の香りに、興奮状態のトーイを鎮めるためにミランダが沈静の香を焚いたのだろうと当たりをつける。
「………大丈夫?」
青白い顔で眠るトーイをそっと覗き込んだミーシャに、ミランダは頷いてみせながらベットから離れた場所に置かれたテーブルの方へとミーシャを導いた。
「わたしが来た時には酷い錯乱状態で、薬を飲ませて眠らせたの。ご家族は捜索の方に回っているそうよ」
潜めた声で状況を説明しながら、ミーシャにもお茶を淹れてくれる。
「飲んで。ジオルドが戻るまで、あなたにできることは何もないわ」
囁きに頷き、ミーシャはコクリとお茶を飲んだ。
優しいハーブの香りが不安に荒ぶる心を宥めてくれる。
「………ジオルド達は国でも腕利きの騎士なのでしょう。大丈夫よ」
まだ濡れている金の髪を宥めるように優しい手つきで拭きながら、ミランダがゆっくりとした口調で話す。
髪をすく手つきに目を細めながら、ミーシャはふと思い出して、口を開いた。
「ラーン・レドナ・ユス………後は知らないハッカのような香りだった。少し異国風の不思議な香り。知ってる?」
「香水?それがどうしたの?」
突然の言葉にミランダが首をかしげる。
「さっき禊の泉で微かに香ったの。潮の匂いでだいぶ薄れていたけど、何処かで嗅いだ事があって。多分、リハーサルの時に………」
「犯人が身につけていた物ってことかしら?それにしても………その3つにハッカ系の香りと言ったら………」
ミランダの顔が険しくなる。
「知ってるの?」
不安そうなミーシャに少し迷った後、ミランダは頷いた。
「わたしの勘が当たっていたら古い文献に載っていた薬香の一種だと思うわ。嗅いだ人間に酩酊感を与え、思考回路を鈍くする。継続的に嗅がせることで暗示をかける事も出来たはずよ」
「………暗示?」
「そう。相手の言うことを真実と思い込ませたり、簡単な命令を聞かせたり出来る」
ミーシャはしばらく考え込んだ後、ミランダを見つめた。
「神殿の関係者にその香りがする人がいないか探してみてもらえる?
泉の仕掛けは中から開けるものだった。
アイリスが入った後に誰もあの地下に降りていないというなら、その前に誰かがあの部屋に潜んでいたんだと思う。手引きした人が居るはずよ」
ミーシャの言葉に、ミランダは少し考えた後頷いた。
「同じものは無理だけど、似た香りのものを再現してくるわ。それを使って探してみましょう」
荷物の中から幾つかの丸薬を取り出し調合し始めたミランダをボンヤリと眺めながら、ミーシャはカップの中身を飲み干した。
少しぬるくなった液体が喉を通っていくのを感じながら、窓の外に目をやる。
神殿に広がる不安な気持ちなど知らぬと言いたげに窓の外には鮮やかな青空が広がっていた。
「………アイリスちゃん。どうか無事でいて………」
読んでくださり、ありがとうございました。




