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後半、会話+説明で文字がごちゃごちゃして読みにくいです。すみません。
朝の市場も活気にあふれていた。
色とりどりの野菜や果実が綺麗に並べられ、主婦らしき女性と店主の値引き交渉が声高にそこかしこで行われている。
食べ物を売る屋台では、穀物を煮たおかゆの様なものや、パンに野菜やハムを挟んだもの等、昼に比べるとボリュームが少なめでサッパリしている物が主流の様だった。
昨日とはまた違った顔をみせる市場にミーシャは、大きな目をまん丸に開き辺りを見渡した。
昨日は乾物が主流だった魚介類も今は採れたてピチピチと言わんばかりのツヤツヤとした魚達が並んでいた。
中には未だに活きて跳ねているものまでいて、何気なく覗き込んだミーシャは驚きに小さな悲鳴を上げ、周囲の笑いを誘っていた。
「塩で茹でて食べるとうまいぞ?買ってくかい?」
小さな桶の中でカシャカシャと蠢いている大量のカニに目を奪われていると、店主の親父さんがからかい半分の顔で声をかけてきた。
「ん〜〜食べてみたいけど、私、宿に泊まっているので、調理できないんですよ」
しかし、いかにも観光客な子供から予想外の返答が帰ってきて魚屋の親父さんはあっけに取られることになる。
求めてたのは「生きてるのを茹でるなんて!」な可愛らしい反論とそれによって起こる微笑ましい空気であって、決してそんな冷静な言葉ではなかった。
ミーシャにしてみれば食べる為に動物の命を奪うのは自分が生きていくための必然であってそこに残酷だのという思考は無かった。
獲った以上は美味しくいただくのが礼儀とすら思っている。
「この海老も大きいなぁ〜。川エビとは全然違う」
ニコニコと笑顔のまま、これまた新鮮にピチピチ跳ねている大きな海老を指差しているミーシャに、魚屋の親父さんは、1本取られたとばかりに笑った。
「そこの屋台に持ってって俺から買ったって言えば焼いてくれるぜ?安くしとくがどうだい?」
「え?良いんですか?」
笑いながら斜め向かいにある屋台を指差す親父さんにミーシャは目を輝かせ、自分のお腹具合と相談した。
(朝食食べたばっかりだけど、海老1尾くらいなら何とか……。1尾じゃ流石に悪いからジオルドさん達にも食べて貰って……)
良し、いける!と判断したミーシャはニコニコ笑顔のまま親父さんと海老の値段交渉を始めた。
そうして。
「おいっしぃ〜〜!!昨日も食べたのに、味が違う気がする!」
ミーシャは目の前で焼かれた熱々の海老を口に含んだ途端、驚きの声を上げた。
身がプリプリで弾力があり、かみ切ればジュワッと中から肉汁が溢れる。海老自体の味もしっかりとしていてコクがある。
更に、海老の甘みを絶妙な塩と焼き加減が引き立てていた。
「プリプリジューシー……」
しっかりと海老に刺された串を握ったのとは逆の手で、自分の頬を押さえ目をうっとりと細めるミーシャはとても幸せそうで、何気なく周りでそれを見ていた人々が「そんなに美味しいなら」と釣られたように魚屋へと押しかけた。
突如、大量の人に押しかけられた魚屋の親父さんと連動して忙しくなった海鮮焼き屋台の若者はうれしい悲鳴を上げることになった。
しかし、知らず売り上げに貢献していた当のミーシャは、海老に夢中で微塵も気づいていない。
そんな様子にジオルドは、自身も焼きたての海老をかじりながら笑ってみていた。
あの後、海老を食べ終わったミーシャの元になぜだかご機嫌の魚屋の親父さんが、茹でたての蟹を持ってきてくれた。
突然のことに驚いて辞退しようとするミーシャに「嬢ちゃんが気に入ったんだ。食べてってくれぃ!」と親父さんは笑顔で押し付けてきた。
ジオルドのとりなしもあり、あまり断るのも悪いと受け取った蟹も、熱々で美味しかった。
上手にむけないミーシャに親父さんが剥いて渡してくれたのだが、硬い殻を魔法のように手早く剥いていく手腕が見事で思わず歓声を上げてしまった。
いつの間にか周りには沢山の人がいて、みんな海老だの蟹だの食べていたので、やっぱりあそこは人気のあるお店だったのだろう。
そんな風に考えながらもミーシャはそっと自分の腹部をさする。
「………食べ過ぎたよぅ」
海老1匹のつもりがついつい調子に乗りすぎた様で、胃が重たくて苦しい。
「お婆ちゃんのところに行こう。で、胃薬分けて貰おう」
ブツブツつぶやきながら歩いていくミーシャの後ろをジオルドがクスクス笑いながらついていく。
ジオルドは一応は止めたのだが、蟹の美味しさにミーシャが止まらず暴走した結果なので、笑われたからといってミーシャに文句を言う権利はない。
しかし、背後で静かに笑われるというのもなかなか癪に触るものがあるのだ。
だから、目的地のテントの前で「薬師として秘密の話があるので中まではついてこないでください!」と拒否してみたのは半分は意趣返しのつもりだった。
最も、薬師の知識の中には悪用されないために門外不出のものもあり、そう不自然な主張でもなかった為、ジオルド達は微妙な顔をしながらも店の前で待つ事を了承してくれた。
(良かった。コレで気兼ねなくお話しできる)
少し罪悪感を感じながらミーシャは吊り下げられている薬草の束をくぐる様に店内に入った。
「お婆ちゃん、いらっしゃいますか?」
光を嫌う薬も多い為に薄暗い店内の中はそこかしこに薬草が積まれていて見通しが悪い。
辛うじて人が1人通れる幅の通路を辿りながら、ミーシャは奥に向かってそっと声をかけた。
「こっちじゃよ。よく来たね」
すぐに帰ってきた声を頼りにひときわ大きな薬草の山の後ろを覗き込めば、そこには小さなテーブルと椅子が2つ置かれていた。
そうして、なぜかすっぽりと頭まで黒いローブを被った老婆が座っていた。
「護衛の男達は外だね?」
仕草で向かいの椅子に座る様に示され、ミーシャは、素直に腰掛けながら頷いた。
「薬師としての話があるからと遠慮してもらいました」
ミーシャの言葉に老婆はクックっと喉を鳴らした。
「そりゃぁ、いいね。普通の薬師や医師でも他の人間にゃ知られたくない秘密なんて山の様にある」
機嫌よく笑う老婆をミーシャはジッと見つめた。
深くフードを被っている為、かすかに覗いた顎以外、その顔を伺い知ることはできない。
確かに少ししわがれた声は、昨日聞いた老婆のものだったけれど、ミーシャはどこか違和感を感じてしょうがなかったのだ。
同じ人物だとは思う。けど、何かが違う。
探る様な視線に、老婆の動きが止まった。
「勘のいいのは良いことだよ。長生きできる」
そう呟いた声は、先程までの老婆のものとは違う若い女性のものだった。
突然の変化に驚き息を飲んだミーシャの前で、フードがゆっくりと外された。
サラリと白金の髪がこぼれ落ちる。
シッカリと合わされた瞳は神秘的な森の色をたたえていた。
自分と同じ色彩を持つ老婆にミーシャは呆然と見入った。
母と伯父以外に初めて会った自分と同じ色彩を持つ人物。
しかしミーシャの中で、その人に会えた喜びよりも驚きの方が勝っていた。
「なんで?昨日は……」
愕然とするミーシャに老婆は随分と若々しい声でクスクスと笑った。
「擬態してたのよ。この色は随分目立つし、知られすぎているからね。ほら、これも」
そう言うと、老婆の手が自分の顔にかかり………。
「ひっ?!」
めりめりと引き剥がされていく皮膚にミーシャは目を大きく開き、鋭く息を吸った。
辛うじて悲鳴を上げなかったのは、理性のどこかでここで大声をあげてジオルド達を呼び込むことはできないと判断した為だろう。
そうして、顔から肌色の何かを剥ぎ取った後には艶やかな肌を持った若い女性の顔があった。
「改めて、初めまして。私の名前はミランダ。あなたのお母さんとは幼馴染として一緒に育ってきた仲だったのよ?」
柔らかな微笑みは、どこか母親のレイアースに似ている所があった。
レイアースも良くミーシャを驚かしてはこんな風に笑っていた。
「………あ、はい。よろしくお願いします」
人間驚きすぎるとかえって反応が鈍くなるものだということをミーシャは、初めて知った。
すっかり昨日とは別人となってしまった相手をぼんやりと見つめる。
「それ、どうなっているんですか?」
とりあえず気になったことを質問していたのはもはや反射の様なものだった。
ミーシャの好奇心は筋金入りで、本人の意識とはどうやら別物のようだ。
「ある植物の木の根を煮詰めて加工してあるの。それを顔に直接塗りつけて別の顔を作っていくのよ。よく出来たマスクみたいなものね。乾くと本物の皮膚の質感になるし、こうやってひっぺがさない限り、そう簡単には外せないの。欠点は汗を浸透させないから長時間つけていると蒸れてきちゃうことね。今後の課題よ」
簡潔に説明したミランダは外したものを広げてミーシャに渡してくれる。
それは昨日会った皺くちゃのお婆さんの顔で、ペラリと掌に乗っている様はなかなか不気味だった。
「髪は染めたりカツラだったとして、眼は?眼はどうしてたんですか?」
昨日は確かに灰色だった。
勢い良く身を乗り出すミーシャに、ミランダは机の下をゴソゴソと探った後、小さなガラスの小瓶を数本取り出した。
「コレを目に点眼すると虹彩が同じ色に染まるの。で、こっちをもう1度落とす事で定着できる。ただし、コッチは本当に脆くて水で濯ぐとすぐに落ちちゃうのよ。………涙もダメね。流れちゃう」
そっとつまんでランプにかざしてみれば、茶色や青、そして昨日の老婆と同じ灰色もあった。
「………これも「森の民」が作ったんですか?」
瞳の色を変えるなんて聞いた事もない。それを言えば、こんな薄い膜のようなもので顔を変えてしまう事だって初めて聞いた。
こんな物まで作り出してしまうなんて、完全に「薬師」の域を超えていると思いながら、ミーシャは手の中のものをまじまじと見つめた。
(王様や貴族が気にするはずだわ。こんな知識、手に入れられたら国の有り様まで変わってしまいそう)
「自分達の身を隠す為に考え出されたものなのよ。どんなに他の血を入れても、何故かこの色彩は消えなかったから。黒髪の人間と子供を作っても子供達の4人に3人はこの色になるの。まるで呪いのように」
ミーシャの顔が引きつっているのを見て、困ったようにミランダが教えてくれたのは、驚くべき一族の悩みだった。
「遺伝の法則が、私たちの一族だけには何故か適用されなかった。もしくは、私たちの血がそれだけ強いのかもしれない。詳しい事は未だに分かっていないわ。
だからと言って、晒して歩けば知識を欲しがるもの達に狩られることになる。
新たな知識を求めて村を飛び出した者達がたくさん犠牲になったわ。
私達はただ病や傷に打ち勝つ方法が知りたかっただけなのに……」
少し伏し目がちのミランダの表情が如実に一族の辿った歴史を物語っていた。
ミーシャは苦難の道を辿ったであろう過去の先祖達に思いを馳せた。
それでも諦めなかった先人達の英知の結晶がコレだというなら、恐ろしいものと怯えるのは失礼というものだろう。
思えば、一族を飛び出した母親がミーシャにその存在を決して話さなかった事も、幼い子供の無邪気な口から情報が漏れるのを恐れたためだろう。
隠れ住む村の場所を特定されてしまえば、どんな悲劇が起こるのか、考えるだけでも恐ろしい。
「でも、アレだけ見事に擬態できるって事は、気づいてなかっただけで「森の民」とすれ違ったりしてたかも知れない、って事ですか?」
ふと、思いついて問いかければ、ミランダは首を横に振った。
「他の誰かはともかく、ミーシャがすれ違った事は無いと思うわ。だって、別段隠す事なく、そのままで旅してきたのでしょう?見かけたなら、私のようにどうにか接触してくるはずだもの。自分がどうしても接触できなかったとしても、情報を回して見守る体制が出来てたはずよ」
「見守る体制………ですか?」
ミーシャはなんだか不思議な気分になる。
それまで存在も知らなかった相手をただ同じ色彩を持っているからという理由だけで、そこまで動けるものなのか?
「一族の結束を強める事で生き延びてきたから、ね。少々面倒な時もあるけど、帰る場所があるからこそ外をフラフラできるって感じなのかもね」
ミランダの笑顔は優しくて、ミーシャはなんだか切なくなった。
話ですら知らない「故郷」。
飛び出した母さんは、帰りたいと思わなかったのだろうか?
「まぁ、一族の情報網からもすり抜けちゃう不届きものはどの時代にも居たんだけど、実はあなたの伯父さんもその1人なのよね〜」
しんみりしてしまった空気を変えるように、ミランダが突然伯父の存在を出してきて、ミーシャはキョトンと眼を見張る。
「ラインは一族の中でも飛び抜けて自由人でね。本来は20をこえないと村を出る事はできないのに、15の頃には飛び出して、後は気ままにあっちこっちフラフラとして。
数年おきに戻ってきては驚くような新しい知識を持ち帰るものだから、誰も止める事が出来ないのよ」
少し困ったように語られる姿は、気まぐれに訪ねてくる伯父のイメージと見事に一致していて、ミーシャはおもわず吹き出してしまった。
「笑い事では無いのよ?おかげでこの緊急事態にも捕まえる術が無いんだから。とりあえず、見かけたらあなたの事を伝えるように情報は回したけど、いつになるか、本当に見当がつかないの。ごめんなさいね」
申し訳なさそうに肩を落とすミランダに、ミーシャは慌てて首を横に振った。
「気にしないでください。もともと、連絡取れるなんて思っていなかったんですから!いつか、でも、伝わるなら、嬉しいです」
「そう?そう言ってもらえると助かるわ」
まだ少し困った顔のまま、ミランダはニコリと笑った。
そうして、唐突に笑顔のまま落とされた爆弾発言に、ミーシャは今度こそ大きな声を上げる事になった。
「それで本題なのだけど、ラインが捕まるまで私が保護者代理としてあなたに付き添おうと思うんだけど、どうかしら?」
読んでくださり、ありがとうございました。
もう少し、ミランダさんのお話続きます。
もっとテンポ良くいきたいのですが、中々難しいですね……。
親切な方に文の最初の1マス空ける方法を教えていただきました。
ありがとうございました。




