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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
旅立ち

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9

そこは青一色の世界だった。

ゆらりゆらりと光を透かして揺れる視界がそこが水底であることを伝えてきた。

でも、息は不思議と苦しくなくて少しぼんやりとした思考にミーシャはココが夢の世界だとなんとなく気づいていた。


どこからか微かに聞こえるすすり泣く声にミーシャはユックリと首を巡らし、声の主を探す。

すると水底の砂の上に座り込んでいる背中を見つける。

白いゆったりとした服を着ていた。

長い髪は海の色に溶け込む深い青のグラデーション。

顔は見えないけれど、男の人なのは雰囲気で分かった。


そうして、その腕には白い何かを抱いている。

美しいレースに彩られた白いドレスとベール。

それは花嫁衣装のようだった。

ベールに包まれた頭をしっかりと胸に押し付け、守るように抱き締めて、泣いていた。


聞いている方が胸が痛くなるような声。

泣き声に混じり、微かに名前らしきものが聞こえるが良く聴き取れない。


ああ、彼は愛しい人を亡くしたんだ。

そう気付いたのはその鳴き声の持つ哀愁が最近聞いたことのあるものだったから。


《泣かないで》

そう、言ったはずのミーシャの言葉は、音になることはなかった。

近寄ってその背を撫でて慰めたいのに、先ほどまで自由に動いた体は、今は不思議とピクリとも動かなかった。


ただ、その場に立ち尽くし微かに震える背中を見つめていることしかできない。

胸が苦しくて………、その(ひと)の悲しみが移ってしまったかのように苦しくて哀しくて、ミーシャの頬を涙が伝って海にとけた。


《泣かないで……泣かないで………》

ピクリとも動かぬ体にもどかしさを感じながら、ミーシャは彼の涙を止められるのならなんだってするのにとすら思ってしまう。


(だって、あの悲しみを私は知ってる。1人で乗り越えるにはとても苦しいのも……)

だけどやっぱりミーシャの体は動かなくて、『寂しい』『哀しい』と泣く背中をただ見つめ続けることしかできないのだった。






フッと、唐突にミーシャは目を覚ました。

寝起きでうまく動かない体でゆっくりと首を動かすとサイドテーブルの上に置かれた青い石がぼんやりと光っているのが見えた。

柔らかな青い光がとても綺麗で……そして哀しく見えた。


緩慢な動きで体を起こしたミーシャは、そっと青い石を摘み上げた。

ミーシャの掌の上で1度2度と瞬いた後、石はその光を収めて行った。

(アレはあなたの記憶?)

光を無くしただ掌の上にある石をじっと見つめながら、ミーシャは心の中で問いかけた。

答えが返ることはなかったけれど、ミーシャはそれが真実に近いのだろうと思う。


夢の中の青い髪の男の人。

ゆらゆらと光の揺れる水底の哀しい声。

「………あれは、誰?」

石は沈黙を守り、何も答えることはなかった。





結局、あのまま目が覚めてしまったミーシャは、コッソリと宿を抜け出すとまだ日が昇らない海岸線をゆっくりと歩いていた。

水平線が薄っすらと色を変えてきているから、日の出ももう直ぐだろう。

一緒に目を覚ました子狼が水際で波と戯れて駆け回っている。


ミーシャの手の中には、あの青い石が握り込まれていた。

何気なく拾ってしまったけれど、コレは海に返すべきものなんじゃないかと思ったからだ。

だけど、いざ海を見ているとどうしても波間に投げ込むことができなくて、迷う心のままに1人海岸を歩いているのが現状だった。


(何してるのかしら、私)

ただの夢だと割り切ってしまえば簡単なのだ。

昨日聞いたおとぎ話が心に残っていて夢に出てきただけ。そう、考えれば、それが正解な気もするのに………。


そぞろ歩いていると、前方に誰か人影があるのが見えた。

海に向かって立ち尽くす人影に近づけば、それは自分とあまり変わらぬ年頃の少女だった。


「………アイリスちゃん?」

そっと呼びかけたのは昨日知り合った少女の名前。

舞台の上で見事な舞を演じきったあの子だった。


「あ、ミーシャさん」

呼びかけに海を見ていた視線をこちらに向けて、アイリスはほんわりと微笑んだ。

穏やかなその笑顔は、見た人を優しい気持ちにさせる。そんな笑顔だった。


「どうしたんですか?こんな朝早く」

「………なんだか目が冴えちゃって。アイリスちゃんは?」

「私は日課みたいなものです。好きなんです。日が昇る直前のこの時間が」

再び視線を海へと戻しつぶやいた横顔はひどく大人びて見えた。

「そっか……」

なんとなく、かける言葉を思いつかなくてミーシャはただ黙ったまま隣に並ぶと同じように少しずつ明るくなっていく水平線を見つめていた。


「あの昔話。どう思いました?」

つぶやきは波音にかき消されてしまいそうなほど微かな声だった。

「龍神様は幸せになれたでしょうか?」

不意に泣いている後ろ姿が浮かんで消えた。

「どう……かな?お話の通りなら、幸せだったんじゃないかな?」

曖昧に答えれば、アイリスは微かに微笑んだ。


「村娘の名前は伝えられていないんです。どこの誰だったのかすらも。まるで誰かがわざと隠してしまったかのように。わたし、あのお話を聞くたびになんでか胸が苦しくて泣きそうになるんです。小さな時から、ずっと」

つぶやくアイリスの目に涙はなかったけれど、ミーシャはなぜかアイリスが泣いている様に見えた。


「少し大きくなって分かりました。あまりにも一途に娘を愛する龍神様が切なくて……愛おしい。………神様相手に不遜ですよね」

微かに眼を細めるアイリスの横顔がとても大人びて見えてミーシャは、眼を瞬いた。

一瞬、別人の面影がアイリスに重なって見えたのだ。


「伝えたいんです。「娘」は龍神様に出会えて、愛されて、幸せだったって。私の舞に乗せて少しでも。………見ていてくださるかは、分からないですけど」

アイリスが口をつぐみ、その場を沈黙が支配した。

ミーシャはなんと言っていいのかよく分からなかった。

だから、自分より年下のだけど、不思議と大人びて見える少女の横顔をただ黙って見つめていた。


沈黙の中、ゆっくりと朝日が昇っていく。

どこか荘厳なその風景を、ミーシャは呼吸も忘れてみとれていた。

…………夜が遠ざかっていく。


不意にアイリスが両手を挙げて大きく伸びをした。

そうして、ミーシャを振り向きにこりと笑う。

「変なお話をしちゃって、ごめんなさい。なんでかな?お母さんたちにだって言ったことなかったのに」

少し照れ臭そうに笑うアイリスに先程までの不思議なほど大人びて見えた面影は無かった。


朝ごはんの準備を手伝わないといけないというアイリスと、また今日も練習を見に行く約束をして別れたミーシャは、小狼を呼び戻してゆっくりと宿までの道を戻っていった。


(なんだろう。胸がモヤモヤする………)

足元にじゃれつく小狼を適当にあしらいながら、ミーシャは思考の海へと沈んでいった。

昔話。明け方の夢。アイリスの言葉。

全てがごちゃごちゃになって一塊に沈んでいた。

きちんと整理できれば、答えは見えてくるはずなのに、足りないピースが見つからない。


「ミーシャ、どこに行っていたんだ!」

ミーシャのそんな胸のモヤモヤは、怖い顔で宿の門前に立っていたジオルドを見つけた瞬間、飛んでいってしまったのだが。


あまりにも早朝で、宿の人間も起きていなかったため、伝言を頼むことも出来なかったのだ。

というか、みんなが起きだす前にコッソリと戻る予定だったため、あまり気にしていなかったというのが正しい。


「………ごめんなさい。目が覚めて朝日見に行ってました……」

こういう顔をした人間に下手に言い訳したら火に油を注ぐようなものだというのを経験で知っているミーシャは、しょんぼり顏で頭を下げた。


頭上から、深い深いため息が落ちてくる。

「今度から、どこかに行くときは絶対に声をかけてくれ。ミーシャに何かあったら、信用して預けてくれた公爵閣下に申し訳がたたないからな」

きっと色々言いたいことがあるだろうに全て飲み込んで一言で終わらせるジオルドを、ミーシャは驚きの瞳で見つめた。


今までの経験則から説教1時間コースを覚悟していた為、なんだか拍子抜けする。

と、同時に、下手に説教を受けるよりもこみ上げてくる罪悪感にミーシャは、建前ではなく心の底から反省した。


「はい。ごめんなさい。自覚します」

今度こそ、心の底からの謝罪をすれば苦笑とともに頭を撫でられた。

「分かったならいい。朝飯食うぞ。ここの朝食用のパンは美味いんだ」

そっと促され食堂にエスコートされる。


その後、自分を探しに出ていた他の騎士達にもきちんと謝罪して、ミーシャはようやく朝ごはんを口にした。






朝食をとってひと息つけば、思い出すのは昨日の老婆との約束だった。

窓から陽の位置を確認すれば、まだ、太陽はそんなに高く登ってはいなかった。


「………市場のお店って、どれくらいで開くの?」

「朝食代わりに使う者もいるし、早い店ならもう開いてるとは思うが?」

ミーシャがソワソワとした様子で確認すれば、食後のお茶を飲んでいたジオルドが不思議そうに答える。

その答えにミーシャは肩を落とした。


(流石に早過ぎるよね)

いくら年寄りが朝早起きだといって、早朝から店を開くかといえば、そうでは無いだろう。

まして、あそこは薬草を売る店で食事を提供する店でも無い。開店時間はもっとゆっくりだと考えるのが普通だ。


(ちゃんと訪ねる時間を決めとけば良かった。………落ち着かない)

ミーシャは『森の民』について、ほとんど何も知らない。

母親は薬師だったし、たまに訪ねてくる伯父もそうだったけど、2人の口から『緑の民』なんて言葉を聞いたことはなかった。


ミーシャが知っている『森の民』の話は、全てジオルドが教えてくれたものだ。

だから、今回、間接的とはいえ『森の民』の話を聞けると思えば、ソワソワとして落ち着かない気持ちになるのだった。


(そういえば、母さんが父さんと出会ったきっかけは怪我をした父さんを治療したからだっていってた。昨日のおばあさんは母さんが「村を出た」って言ってたし、父さんにきけば、もう少し詳しい事が分かったのかな?)


ふと思い出したミーシャは、ため息と共にその考えを振り払った。

別れた時の父親の顔を思い出せば、とてもでは無いが傷を抉るようで気が進まなかった。

思い出話を穏やかな気持ちで語るには、もう少し時間が必要だろうと思えた。

父親にも、自分にも。


ソワソワしていたと思えば、沈んだ表情で俯きカップを手の中で弄びだしたミーシャを、ジオルドは痛ましそうな顏で見つめた。

この小さな少女はふとした拍子にこんな表情をして黙り込んでしまう。

それは、何気無い会話の中であったり、何気無い風景に目を留めた瞬間であったりと様々だが、いずれも亡くしてしまった人を思い出しているのは容易に想像がついた。


ジオルド自身も多くの戦場を駆け抜け、親しい友や苦楽を共にした部下を亡くした事はあった。それは、とても辛く苦しい経験だった。

だが、死を覚悟し、常に死を身近に感じていた戦場での自分と、今回のミーシャの経験を重ねるのは違うだろう。

唯一無二の存在を唐突にもぎ取られた苦しみは計り知れない。


そう思えば、ジオルドはミーシャになんと声をかけていいのかも分からず、ただ、ミーシャが自分の力で思考の海から抜け出してくるのをそっと見守るしかできなくなるのだ。


同じ様に感じているのか、ジオルドの腹心の部下である他の騎士たちもチラチラと気にはしている様だが、声をかけるものはいない。

横目で窺いつつも、先ほどの会話の続きをさり気なく続けている部下達を見て、ジオルドは、大の大人がみんなして何をやっているんだろうな、と少し呆れた気分になる。

まぁ、その大人の中にしっかりと自分も入っているのだが。


「特にする事も無いならもう市場に行ってみるか?朝市は、観光客向けというより地元の住人向けの店が多いから、昨日とは違う活気があって楽しいぞ?」

そっと声をかければ、フッとミーシャの瞳に意志が灯る。


「地元の人?」

「あぁ、野菜や果物、魚なんかだな。朝は生鮮食品が中心なんだ」

興味を示したミーシャにジオルドが笑顔で答える。

「うん。行ってみたい。どうせ、宿に閉じこもっててもすること無いし」

ミーシャはにっこりと頷いた。

新しいことを知るのも見るのも大好きだった。

森に住んでいた時には知らなかった事が、外にはたくさんある。


「じゃあ、取り敢えず一回部屋に戻って準備してから出発だな」

ジオルドの言葉にミーシャはいそいそと立ち上がった。


今日はどんな事と出会えるのだろうと思えば心が浮き立つ。

先程までの憂鬱な気持ちをサッサと隅に押しやったミーシャは、早朝の散歩で疲れてウトウトしている小狼を抱き上げると自分へ与えられた部屋へと足早に戻って行った。

















読んでくださり、ありがとうございました。


次は再び老婆(笑)との会合です。


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― 新着の感想 ―
[一言] こういう昔話って詳しく調べるとだいたいろくでもない真相が出てくるんですよね。 横恋慕した領主の息子が速攻で青年殺して海に捨てる、娘も即後追い投身自殺(領主の息子に強姦され済み)、偶然やも知…
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